ウイリアム・アイリッシュ『幻の女』
ハヤカワ・ミステリ文庫(新訳版) 2015年 ほか
妻と喧嘩し、あてもなく街をさまよっていた男は、風変りな帽子をかぶった見ず知らずの女に出会う。彼は気晴らしにその女を誘って食事をし、劇場でショーを観て、酒を飲んで別れた。その後、帰宅した男を待っていたのは、絞殺された妻の死体と刑事たちだった!迫りくる死刑執行の時。彼のアリバイを証明するたった一人の目撃者“幻の女”はいったいどこにいるのか?最新訳で贈るサスペンスの不朽の名作。(Amazon内容紹介より)
=例会レポ=
男女15名が参加した10月例会。課題本は多くの人が十代のころまでに読んだことがあるというミステリの名作でした。
では、以下、発言順に。
↓
・課題本を間違えて『黒衣の花嫁』を読んでしまった(*_*)
・アイリッシュは好きで、家に何巻もある。ヒチコック映画の原作になった『裏窓』や『黒衣の花嫁』も面白い。ミステリアスな女性が出てきてどこか憂いのある雰囲気がいいのかも。今回は懐かしく読んだが、やはりサスペンスの原点。証人が次々死んだり、身近な人の裏切りがあったりと。新訳本もすらすら読めた。
・アイリッシュを読んだのは初めてだが、「何だ何だ?」という感じで一気に読み進み、ラストの大どんでん返しにビックリした。
・50数年前、高校時代に読んだが、当時はアメリカミステリの全盛期で、E.クイーンの『エジプト十字架の謎』の方が面白く、本作には違和感があったのを覚えている。結末を知っているので、今回は作者がどんな形で「犯人らしくない」ように書いているか気を付けて読んだが、主人公を死刑に追いやろうとしているのに、文庫本P270で「自分が親友の役に立てるかどうかわからなくなっていた」とあるのは、作者の「神の視点」の失敗ではないか。同様の個所がいくつかあり、今の時代なら江戸川乱歩賞でも落選するのでは。名作であり、敬意は表するが、1位になるほどではない。もっと面白い本はある。
・アイリッシュは昔も今もAll Time Best5に入る作家。10年以上前に『幻の女』を課題本に推して落ちたが、ただ個人的には『死者との結婚』がベスト。今回新訳で読み直したが「らくだのジャケット」は「キャメル」だろうとか、細かいところが気になった。また、目撃者がいくら買収されてもシラを切りとおせるかなどとも思うが、それはそれでいいかな。暗い雰囲気も好きだし、楽しく読めた。
・ストーリーは夢中になれたが、人物が描けていないのは不満。アメリカは1人殺すとすぐ死刑になるんだなあ。親友が南米からすぐ駆けつけてくるという男の友情もすごいとは思う。しかも、それが実は犯人で証拠を次から次へと消していくという。しかしラストは「教訓」であっさりと終わり、心理的に深いものがないのは気に入らない。
・高校生の頃に読んで面白かった。今回は新旧の訳を数ページ読み比べ、旧訳の方が読みやすかったのでそちらで読んだが「おっかさん」というような言葉があって、時代劇っぽいところもあった。ぐいぐい引き込まれるサスペンスだが、人物はどこか宙に浮いているような感じ。死刑制度や調査の方法も気になるところがあったが、これはこれで面白い。余談だが、和田慎二の『愛と死の砂時計』というマンガがそっくりな内容で、『幻の女』をベースに描いたのか?と気付いた。アイリッシュは他にも読みたいが短編は絶版のものが多いので探して読んでみたい。
・面白い小説だが、簡単に死刑になるのか、それがメインなのであまりに単純に思えた。しかし、マンハッタンの街の雰囲気がとてもよく出ていた。1989~90年にかけて仕事でアメリカに行っていたが、アンセルモズの店の赤いネオン管が「その下の歩道を、一瓶のケチャップをぶちまけたように赤く染めていた」という表現などは、まさにその通りという感じがし、そういうものを含めた雰囲気に引き込まれた。また、キャロルがロバートを付け回すところも気持ち悪く、面白い。端役はあっさり殺されるが、途中から密になってどんでん返しになるのもよい。教訓で〆るのは、『刑事コロンボ』を思い出すが、あちらの方がパクリなのかも。
・謎解きものとして一晩楽しめた。『幻の女』は、予備校時代に「ダッチくん」というあだ名の話したこともない男子がくれた本で、青春の1冊でもある。ダッチくんはダッチワイフを持っていたのでそう呼ばれていたのだが、本を読むと同じ名の警官がチョイ役で出ていて、それがくれた理由なのかなと思った。
・25年前に旧訳で読んだが全く覚えておらず、新訳で読み始めても全然思い出せなかった。たぶん何かのベスト1とかで読んだのだろうと思うが、今読むと突っ込みどころはたくさんあるが、タイムリミットというプロットの斬新さ、意外な犯人、というのも読みどころでアメリカ流サスペンスのツボをおさえた作品。新訳と旧訳ではラストの表現が逆で「赤の他人を連れていくには顔を覚えておくことだ」というのが旧訳。ニュアンスが異なる。幻の女の正体はあっけなかったが、戦時中にも享楽的で、平時と非常時が全く違うアメリカという国が描かれている。
・新訳本を読んで「これは前に読んだかもしれない」と気づいたが、刑事が犯人と思い込んでいて途中で違うと気づいた。人物をイメージしながら読むので、幻の女は「パンプキン」の帽子というとティム・バートンの『ナイトメア』に出てくる女の人のイメージになってしまい、「パンプキン」という表現にもう少し気を使ってほしいと思った。金銭感覚も、観劇チケットが1ドル、ウィスキーが60セントというのは、時代が違うから仕方ないが違和感がある。価値観を今に合わせてもよかったのでは。全体的には旧訳の方が上品思だと思う。
・高校生の時に読んだ。犯人は覚えていたがプロセスはまったく忘れていたので新鮮な気持ちで読めた。サスペンスはスピードとムードがすべて。人間が描けていなくても、2時間ドラマのようなものと思えばよい。が、「パンプキン」という訳には引っかかる。今どきの言い方ではない。無理に言わなくてもいいのに。ただ、帽子やたばこ、絹のストッキングの時代だったなあと楽しく読めた。『黒衣の花嫁』も良かった。
・『幻の女』は初めて。他の作品は読んでいたのだが。新鮮で、作者の意図通りにビックリさせられた。新訳は少しこなれていない感じがする。旧訳とどちらがいいかわからないが、日本語のリズムらしさがない。「らくだ」はやぱりキャメルだろう。アンドリュウ・ガーヴの『ヒルダよ眠れ』も妻殺しの話だが、これの後に読んでいたらがっくりしていたかも。
・新訳のみを読んだが、作者が思うように、楽しく読んで、まさか犯人がこの人とは・・と驚いた。
K講師
皆さんが訳文を細かいところまで見ているなと感心する。これが出た昭和30年代は、洋物はルパンものがあるくらいで、それまであまり読んでいなかった。横溝正史など時代小説が華やかなりし頃だった。そこで目黒と一緒に洋物を読んでみようとなって、ディクスン・カーの『皇帝のかぎ煙草入れ』やピーラー・ラムゼイ、ハメットの『マルタの鷹』なども、すごく面白かった。『幻の女』はその中の1冊だが、そもそもミステリは細かいところは気にしなくていい。この小説では、やはりサスペンスとして優れた「鋳型=原型」を作った、このことがすごい。風俗ではなく構成を見るもの。古典が古典たりうるのは、時代を超えた面白さがあるから。しかし、訳でも大いに変わる。個人的には、幻の女がきれいでないのが気になったが。
1942年の作品ながら、あらためて面白さを感じたという意見が多数。名作が名作と呼ばれる理由をしっかり学びとれた本作でありました♪
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