ふくろう親父の昔語り

地域の歴史とか、その時々の感想などを、書き続けてみたいと思います。
高知県の東のほうの物語です。

花の谷。柚子

2010-09-30 10:31:11 | 花の谷
 にいやンが飛び込んできた。
 「きた!きた!」来ることは分かっていたのだ。いや来るといいなと思っていたというのが本音のところか。

 「やっと来てくれたね。よう来たねえ。」
 いつの間にか、寝てしまった子の寝顔を見ながら、にいやンは繰り返し繰り返し言っている。
 彼女は、その表情を見て、ほっと安心したようだ。

 「大変やったろう。」「ここは駅からも遠いし、連絡をくれたら迎えに行ったのに。」

 ほんとは、電話をしたのだが、留守がちなことから連絡がつかなかったのだ。

 「さあ、どうしよう。」「泊る所の掃除もできてないし、晩飯の準備もせんといかん。」
 口では、にいやン、忙しそうなのだが、嬉しくて仕方がないようだ。

 「時間もあまりないようやったら、ここでみんなで食べて行ったらどうじゃ。」
 「掃除はしてこんといかんき、2人でいってきいや。」
 「子供はおいちょいたらえいわや。」
 普段しゃべらん爺やんが、一気にしゃべった。

 「爺やん、かまん?」目で確認すると、2人で家に向かっていった。

 「さて何があるろう。」冷蔵庫をのぞいて見ると、いつものごとく酒の肴程度なのだ。

 「こんな時やき、下の店に無理を聞いてもらうかな。」

 「すまん。そうよ。無理ゆうて済まんけんど、弁当を4つ届けてくれんかなあ。」
 「酒はあるある。けんど酒を2升一緒に持ってきて。」

 「秋さんかえ。猪はないかえ。あったら欲しいがやけんどなあ。」
 「値は?。そんなもんじゃろ。」

 飲み会の準備は慣れたもので、2本の電話で大方のところは10分で手配を終わってしまった。

 「これからやけんどなあ。にいやンは、どうする気やろう。」爺やんは少し心配になった。
 子供は、よく寝ている。長旅で疲れたのだ。不安を抱えたままの母の気持ちも伝わっていたのだろう、よく寝ている。
 小一時間たったころだろうか、にいやン達は帰ってきた。

 爺やんは顔を見るなり、「にいやン、口紅がついちゅう。」
 「下へ、食べに行こうか?」とにいやん。

 「たのんだ。あと20~30分もしたら弁当が届くようになっちゅう。」
 「そんなことより、病院に連絡をしたかよ。亮ちゃんに電話。」
 「まだしてない。」「してくるき。」家に向かって走り出した。

 子供の泣き声がした。起きたのだ。
 彼女が子供をあやし、ミルクをやっていると、弁当というには少し豪華な食事が届いた。酒も2升。いつもの奴だ。
 柚子の香りが辺りを包んで、広がっていた。

 車が止まって、秋さんが新聞に包んだ、猪の肉を持ってきた。
 「おいちょくきに。」

 「又出て行くき。」と爺やん。
 秋さんは、普段の爺やンの家と違う雰囲気を感じたのだろう。すぐ出て行った。
 いつもは小一時間も離して行くのだが、爺やンの顔を見て出て行った。

 「1キロもあるにゃあ。」

 「さて、汁でも炊こうかねえ。」爺やんは準備にたった。