深海に溺れる魚、
と言う厨2的詩的表現をつい口にしたくなるほど今年の冬は寒い。
吐く息は白く。
吸い込む空気は喉と鼻を刺激するほど寒気を帯びている。
おまけに深夜の公園ということもあって周囲に人影はなく余計に寒さむい気がしてしまう。
いや、公園だけではなく街全体がそうだ。
例の吸血鬼の噂のせいで夜を歩く人間は少なくなり、街全体の活気が冷えている。
吸血鬼の噂。
ボクはそれを知っている、そうタタリの事だ。
だが【原作】ならば本来それは夏の蒸し暑い夜に演じられるはずのもの。
しかし、現在それは年が明けた冬に始まった、いや始まってしまっている。
その原因は初めはボクのせいではないかと考えていた。
なぜなら、吸血鬼タタリは人の噂を媒体として現れる吸血鬼。
それも人が口に出さずとも一度思ったり、見ただけで再現してしまうチート野郎だ。
そんな吸血鬼からすればボクのように型月のあらゆる知識、【原作知識】などと言う物を持つ人間は非常に都合がよい。
例えば英雄王。
例えば帰騎士王。
例えば征服王。
そんな古今東西の英霊の姿を文字、
あるいは絵と言う媒体でしか知らなくともタタリはそれらを再現してしまう。
現に今街で流れる噂。
そして昨晩志貴と戦っていたタタリはまさにそうだった。
あの時は英霊ではなく、ただの人間を再現していただけだったが、
このまま行けば間違いなく、英霊と対峙することになる――――あ、鼻が。
「へっくち!」
人間よりも頑丈な肉体とはいえ、吸血鬼でも寒いものは寒い。
くしゃみと共に鼻水が鼻から垂れる、そして生憎ティッシュを持ち合わせていない。
どうしたものかと思わず考えていたが、
「ふむ、寒いのか?」
隣に立つ長身の神父がそう言うと懐からポケットティッシュを差し出した。
自然と出た神父の気遣いに感謝の言葉を告げたいのだが、直ぐに口にでなかった。
それもそのはず何といっても彼こそが蟲爺、桜、に並ぶFateにおけるラスボス枠、言峰綺礼なのだから。
「いらないのかね?女性がそういつまでも鼻水を垂らすのはよくないものだと思うのだが?」
「え、あ、はい……」
どう反応すべきか迷ったいたが、
極めて常識的な助言を神父から頂いた。
あるいは頂いてしまったというべきかもしれない、しかも、あの言峰綺礼から。
とはいえ、彼の言うことは事実なので、
感謝の会釈と同時に、ティッシュを受け取った。
紙に魔術的な加工といったものはなく本当に唯のティッシュであり、そのまま鼻をかんだ。
「まだ寒い時期だから今後はティッシュを携帯するように気をつけるとよい」
「どうも……」
おまけに寒いから風邪に気をつけろ、ティッシュを携帯するように言われる始末。
まるで母親のようだ、というか、イメージしていた言峰綺礼とのギャップについて行けない。
そもそも見た目の印象からして隣に立つ神父が他人の不幸が三度の飯より大好きな愉悦部部員とは思えない。
表情が乏しいとはいえ、見た目は長身で真面目な神父さんといった印象が強い。
とても間桐雁夜の空回りっぷりを見てワインがうまい!と愉悦していた人間には見えない。
かといって愉悦覚醒の契機となった聖杯戦争は【原作】通り勃発しているのは確かだ。
なにせ今回シエル先輩経由でここ三咲町に来たのは、聖杯戦争の体験者の意見を求められたからだ。
そしてこの神父と態々夜の公園で突っ立っている理由は勿論タタリ捜索のためで今はシエル先輩を待っている。
「お待たせしました」
って、先輩のことを話したとたんに本人がやって来た。
まずは情報収集した結果を話さなかれば。
「来たか。では、はじめるとしよう」
神父の言葉にボクと先輩は頷いた。
「三咲町に流れている様々な噂は第四次聖杯戦争に類似しているかどうか、結論から言えば黒だ。
正直見覚えがありすぎて困惑するほどだ、特に昨晩のタタリが実体化させた人間は戦争参加者のアインツベルンの人間で間違いない」
「やはり、そうですか……」
言峰綺礼の話に先輩が深刻な表情を浮かべる。
ボクと同じような最悪の展開、タタリが再現する英霊と対峙する可能性に気づいたのだろう。
だが、問題がある。
タタリは元となる噂や人間、伝承がなければ存在できない。
秋葉さんのような混血に長期滞在しているアルクェイドさんを再現したのが【原作】の展開だ。
つまり常道とは違う、異物がこの街に紛れ込んだことにほかならない。
その筆頭がボク自身であるが――――他にもある。
「第四次聖杯戦争で生存したマスターは3人。
1人は言峰綺礼神父、1人は時計等の魔術師、ウェイバー・ベルベット。
そして最後の1人は衛宮切嗣の3人のみ、つまりこの内の誰かが三咲町に訪れた可能性が高い」
三咲町の神秘と冬木の神秘が関わる可能性。
それはビル爆破を初めとしてあの苛烈な聖杯戦争を生き残ったマスターの誰かが三咲町に訪れること。
これならば、タタリが【漫画版の原作】で、
遠野志貴が弓塚さつきの吸血鬼化とその死を胸に秘めていたにも関わらず、
噂という形で再現したようにタタリは確実に再現できる、その候補は3人。
「私は冬木、あるいは海外で教会の仕事をしていたため三咲町へ訪れた事はない」
1人は目の前の神父、言峰綺礼。
だが、海外での討伐に参加、後見人としての仕事のため三咲町に訪れたことはない。
「時計塔の魔術師、ウェイバー・ベルベット。
聖杯戦争時に世話になった家に訪問するため日本に何度か来ていますが、三咲町には来ていません。
彼のスケジュールを確認した所、冬木以外は東京の秋葉原かその他観光地ぐらいしか移動していません」
2人目は時計塔の名物講師、ロード・エルメロイⅡ世として名を馳せつつあるウェイバー・ベルベット。
先輩が調べた所によるとこちらもやはり、三咲町とは関わっていないようである。
というか、冬木は世話になった老夫婦の下を訪問しているのだろうけど秋葉か……。
本人はゲームオタだが、前に人形師と魔法使いを見かけたようにコミケには参加しているのだろうか?
「残るは魔術師殺しの衛宮切嗣――――この男だけはこの町に訪れた」
「魔術師殺しが、かつてこの町に来たと?」
残る1人。
魔術師殺しと恐れられた衛宮切嗣。
その男がかつてここに来た事実に嫌悪感を隠さない先輩。
人を嫌うような素振りを見せない先輩がここまで嫌うなんて【原作知識】以上に何をしたんだあの正義の味方は?
まあ、正義の味方がこの町に来たことにはボクも驚いたし…。
「弓塚さつきがこの町に住む裏専門の医者から聞いた話では。
どうやら、あの男はその医者に魔術師としての肉体の修復を図るため治療に訪れたらしい」
「裏専門……まさか、遠野君がいつも通っている時南宗玄の所ですか弓塚さん!?」
「あ、はい。そうです、先輩」
衛宮切嗣は聖杯戦争で魔術回路の大半を破壊され、あの肉体は呪いに浸された。
聖杯戦争では遠坂の結界を解術する腕前がアインツベルンの結界を感知、突破できないほどにまでなる。
と、なれば肉体と魔術回路の修復を図ろうとするのは自然だ。
この町に住み、なおかつ裏のこと、神秘側の世界を知る医者は時南先生のみ。
たしかに先生は魔術師というより退魔師の類だが、
直死の魔眼という破格の神秘を身に抱き常に壊れ気味の志貴の肉体を管理するだけの技術の持ち主だ。
だからもしかすると衛宮切嗣も同じように助言や治療を試みたのでは?そう考えて本人に聞いてみたら、大正解であった。
正直、冗談かと思ったけど、
患者のカルテとい物的証拠まで出てきたのだから間違いない。
とりあえず先輩、これを見て記ください。
「っ!それはカルテですか。
見せてください……なるほど魔術師として死んだも当然の肉体になっていたのですね。
おまけに、この肉体は何ですか?どんな呪いを受けたやら?だから密かに治癒を試みた……辻褄が合いますね」
先輩に渡したカルテには【原作】では表面上でしか分からなかった病状が詳細に記載されていた。
素人の自分でもよく生きていられるな、と感想を述べたくなるような状態である。
先生本人から聞いた話では人の手に余ると匙を投げ、
気休め程度に痛みを和らげる薬を与え、長生きするための幾つかの助言したそうだ。
「しかし、まさかあの男との縁がまたできるとはな」
ふと、神父が言葉を漏らした。
それに思わずボクは尋ねた。
「言峰さんはその、
衛宮切嗣という男の事をどう思っているいるのですか?」
「……嫌いな男だ、当たり前の幸福を自分から捨てる愚かな人間だ」
ボクの問いに顔を背けつつ言葉を発した。
当たり前の感情と幸福を自分から捨てる男、衛宮切嗣。
当たり前の感情と幸福を感じることができない男、言峰綺礼。
そんな2人は考えてみれば、両者が互いを理解することは決して出来ない。
そう言えば、ゼロではこの神父は衛宮切嗣に怒りを――――。
「だが僥倖だ」
刹那、ぞっとする殺意と笑みが言峰神父から漏れた。
「例え夢幻であれ奴は奴だ。
今度こそ完膚なきまでに叩き潰せる。
ああ、まったく今回は遣り甲斐のある仕事だ」
そう、くつくつと神父は笑った。
さっきまであった真面目な神父の印象は崩壊。
こんにちわ、ボクらの愉悦神父である、
というか、この人行き成り人相が悪くなったぞ!
どう見ても悪人の類にしか見えないし、リアルで見ると引くな!
シエル先輩なんてサドな上司でも思い出したのか顔に手を当てて天を仰いでいるし。
「はぁ、真面目そうな方だと思ったけどやっぱりこうですか……。
さてさて、話は分かりましたし、捜索を開始するとしましょう言峰神父、弓塚さん」
っと、そうだった。
先輩に話すべき話はこれでお仕舞いだ。
聖杯戦争のことやシオンのことなど不安要素は沢山あるが、今すべきことはタタリを探すことだ。
「ふむ、その通りだがどうやら向こうからまた来たようだ」
「っ!の、ようですね!」
反応できなかった自分はえ、
なんて間抜けな声を出して言峰神父と先輩が向けた視線の先に振り返る。
「あ、ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――!!」
故障したテレビの画像のように姿はあやふやであったが、
たしかに人であって人でないものがそこにいた。
くそ、何時の間に!?
そして両手に持つ2本の槍。
これは間違いなく聖杯戦争の、
「故ロード・エルメロイのサーヴァント、ランサーか」
感嘆深けに神父が呟く。
しかし手には代行者を象徴する武器、黒鍵を先輩と共に既に構えている。
この場には志貴もアルクェイドさんもいない中、
現象に過ぎないタタリにどこまで通じるか分からないがやるしかない。
体内の電子回路に電流を流すイメージをし、魔術回路を起動。
さて、どこまでやれるか?
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