槍の使い手を刀の担い手が倒すには3倍の技量が必要。
という俗説があるように、リーチ差がある槍の方が白兵戦では有利だ。
だから人類の歴史ではよりリーチ差のある武器を開発し、槍という兵器を絶滅させた。
しかし、今直面している魔術の戦いはそうではない。
例え投剣に魔術と遠距離の攻撃手段があって本質的には格闘戦、白兵戦。
そして相手は槍の使い手、今まさに原始的な戦いへ逆戻りした。
味方はシエル先輩、言峰神父。
両者はいずれもボクなど一瞬で抹殺できるほどの技量を持つ歴戦の代行者である。
潜った修羅場の数も段違いで、唯の吸血鬼1人だけなら十分すぎる陣容だ。
が、相手は27祖の一角であるタタリ。
今の姿はかつての第4次聖杯戦争のランサー、ディルムット・オディナ。
これがもしもカッコいい外見だけならよかったが、タタリはランサーの能力を引き継いでおり、
人間がサーヴァントに勝てる可能性など、赤毛の異常者を除けば極めて難しい。
だからこうなる事は薄々分かっていた。
「あ……ぐっ――!!」
「シエル先輩!!!」
ランサーの槍が先輩の左肩を突き刺し鮮血が飛び散る。
「ふっ!」
直後言峰神父が黒鍵をランサーに向かって投擲。
その数は6本、数秒もしない内にランサーに黒鍵が殺到する。
が、ランサーはもう一本の槍を回転させてその全てを叩き落とす。
例え1本でも人間の手足を吹き飛ばす威力を持つはずの黒鍵を吸血鬼は片手で軽々と迎撃してしまった。
「先輩から離れろ!」
だけど視線はボクから完全に外れた。
その隙を突く形で地面のそこらで転がっているコンクリートの破片を投擲。
狙い通り、ランサーの頭に直撃し派手な音を立てるが頭が割れて脳漿がブチ撒かれることはなかった。
くそ、知識として知ってはいたけど本当にサーヴァントの人外の力と頑丈さには恐怖を通り越して呆れるな!
しかし、今の攻撃でランサーはよろけ、シエル先輩が自力で脱出しボクの隣まで後退する。
「シエル先輩!」
「ああ弓塚さん、この程度ならまだ大丈夫……。
いやそうでも無いようですね、どうやら治癒魔術が効かないようです」
「…え、あ?」
絶え間なく血が流れる肩を押さえ苦笑を零す先輩。
魔術師として最高の技術を有する先輩を以って直せない傷となれば、
「ふむ、その身体能力だけでなく宝具まで再現するのか…厄介だな」
言峰神父が答えを呟いた。
ランサー、ディルムット・オディナ。
聖杯戦争では運がない歴代のランサーの中でも特に不運にまみれた英霊だ。
だが、傷を癒すことができない呪いを与える槍、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を保有しており、
セイバーのエクスカリバーのような派手さはないが相対する相手にとって厄介極まりない宝具に違いない。
まあ、その第四次聖杯戦争では外道上等の敵がいたのもあるが、
身内の不穏調和がランサーにとって最も厄介で最大の敗因であったが。
だが、今は違う。
現在ボク達が相対しているランサーはマスターの縛りが一切ない状態の英霊。
腹ペコのように魔力不足もなければ、手加減する気は一切ないと―――来た!!
「■■■■■――――!!」
獣のような咆哮と同時に一瞬で距離を詰めて来てからの一突きをギリギリ避ける。
負傷しているシエル先輩も傷があるとは思えぬ素早さでランサーの攻撃から逃れる。
しかし、飛び込んで来たランサーがこれだけで攻撃を終えるはずもなく、
主にボクを狙って二双の槍を自由自在に操り追い詰める。
「ぐぅ!?」
それにこっちは反撃どころか避けるのに精一杯だ。
致命打を受けずにいられるのは例え戦い方はどの素人のボクであるが、
それでもなお英霊を相手にしてかすり傷で済んでいるのは吸血鬼の能力のお陰である。
が、それもいつまで持つやら。
吸血鬼の能力が優れていても何もかも経験不足のボクでは長くは持たない。
これがもし平均的な魔術師もしくは魔術使いならば、経験不足を人外の力で無理やり捻じ伏せたであろうが、
英霊とはボクのような人外を殺すには慣れているのだから、本当に相手が悪すぎる……!!
「■■■■――――!!」
「――――っっっ!?」
槍の横なぎを避けれず左腕で受け止めてたが、
魔術で強化しているにも関わらずミシリ、と腕が嫌な音を立てると同時に激痛が走る。
そして受け止めた槍は止まらず、進み続けている。
漫画とかアニメなら衝撃を殺すため自分から飛んで衝撃を和らげるなりするのが定番だが、
残念なことに自分はまだそこまで器用な真似は出来ない、ゆえに次の瞬間ボクはランサーに宙高く吹き飛ばされた。
「が…あ―――っ?!」
今まで経験したことがない激痛と共にぐるぐると視界が何度も上下逆さまになる。
数秒ほど宙を舞い、その間に公園の木々をなぎ倒しながら落下した。
それでもなお起き上がることはできるのは吸血鬼様様であるが、
眼がチカチカするし、何よりも勝てる要素が見当たらないという絶望の心境が心を犯し、体の動きを鈍くする。
そのせいだろう、だからランサーの槍を今度こそ避けることができずまともに受けてしまった。
「あ……?」
わき腹に深々と突き刺さる槍。
意外と痛みはあまりなく、熱い感触しかない。
吸血鬼ならこの程度問題ないがランサーの宝具は傷を癒す力を防ぐ代物。
全身から力が抜けて地面に倒れ、視界に移るのは黒い地面だけとなる。
「弓塚さん!!」
「ちっ…!」
ゆえに聴覚だけが外界を知る手段となり、
シエル先輩がボクの名を叫ぶ声、それに意外なことに言峰神父の悪態が聞こえた。
「吸血鬼を心配する代行者か、実に珍しい。
そして、今宵の我が舞台の役者として演ずるに値する」
「…ランサーではなくタタリが出てきたか」
狂戦士のように雄叫びを挙げて襲い掛かってきたランサーが口を開いたようだ。
否、この無駄に自らを演出家と看做しているような口調はランサーではなく、タタリだ。
「然り、神父言峰。先ほどまでは意識はランサーであったが、今はタタリだ」
「そうですか、出来ればこの町から去ってくれませんか?
なんだかんだと言って私。この町を気に入っているのですから」
いつもの柔らかな雰囲気を一切消してシエル先輩が本心を述べる。
「君の願いは却下する。
私にはやらねばならぬことがある。
それが適うまで私は辞めるつもりは毛頭ない。
しかし…英霊を再現するのはなかなか骨が折れたが……これは実に良い。
今まであらゆる者を再現してきたが、ああ、実にすばらしい、まったくすばらしい!!」
そう言い人の感情を逆なでするような声でタタリが大笑した。
くっそ、気に入らない、まったく気に入らない。
ロアと同様自分の願望、いや妄執のためだけに人を巻き込んでおきながらこの態度が気に入らない。
今すぐ奴をこの手で消してやりたいが、ようやく地面から顔を上げることしか出来ていない自分の無力さが情けない!
「さて、お喋りはここまでとしよう。
真祖の姫、魔眼の死神に続く3番目の不安要素はたった今排除した、次は君たちだ。
私としてもう少し会話を楽しみたかった所であるが何、予定が混んでいる故ここで死んでくれ」
「…っ舐められたものです!アーパーや遠野君はともかく、
私を差し置いてへっぽこ吸血鬼の弓塚さんを3番目の脅威を見ましたか!!」
「その話、興味深いが、私がそこに転がっている半端者兼肉壁以下とは実に不愉快だ」
え、あれ?
いや、アルクェイドさんや志貴がタタリにとって脅威になるのは納得できる。
けど何でボクがシエル先輩を差し置いて3番手に!?
で、半端者はともかくさりげなく肉壁呼ばりした言峰神父ぅ…。
「疑問、という顔を浮かべているな弓塚さつき。
今は新人役者に過ぎないが、いずれ人々が舞台の役者として注目されるだろう。
君の真の能力はそう評価するに値する力を秘めているのだよ、それこそ君と同じく才能に満ちているそうだろう埋葬機関?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みをタタリは浮かべる。
そうだ、シエル先輩もボクと同じく辺凡な人間であったが、
ロアの吸血鬼と成れたように吸血鬼としての才能に恵まれてい―――うっ…っ。
「不愉快ですね、どうして吸血鬼という生き物は進んで人を不愉快にさせるのか疑問を覚えますね」
そのシエル先輩は無表情かつ息が詰まるほど濃厚な殺意を纏い淡々と怒りの言葉を綴った。
かつて対峙した先輩なんか比較にならないほど本気の殺意に気持ちが萎縮する。
あの時の先輩は確かに殺すつもりがあったけど、ここまで迫るものはなかった。
そしてもしもあの時に今のような態度で先輩が対応していたら…生き残れなかっただろう。
だけど、それで今の問題は解決しない。
先輩がどんなに卓越した代行者でもまがい物であっても片腕が負傷した以上英霊に勝つことは無理だろう。
言峰神父もそうだ。
元々シエル先輩に能力的に劣る以上英霊に対抗するなんて無理だ。
つまり状況は相変わらず絶望的、ボクに出来ることは―――くそ、何にもできない!!
何か手は、何か手はないのか?
いっそ【漫画版】のシオンのように意図的に吸血鬼として暴走させるか?
けど、ボクはシオンのように暴走しつつ制御するほど賢くない。
そのまま周囲を巻き込んだ挙句自滅するか、先輩に殺されるかの2択になるだろう。
「おや…?」
タタリが首を傾げつぶやく。
っと、今度は何を…あ、タタリの姿が。
「英霊を再現するのはどうやらここまでのようだ」
タタリはぼやけたテレビの画面のように姿が薄れる。
「今宵はここで終劇としてごきげんよう、また会おう紳士淑女の皆様」
「待ちなさい!!」
先輩が叫ぶと同時に黒鍵を投擲。
黒鍵は姿が薄れたタタリを貫くが陽炎を貫くように打撃を与えることはなかった。
「キ、キキ…キキキキ!!!劇は始まったばかり。
君の怪我もその吸血鬼の傷もランサーを演ずる私が消えれば回復する。
慌てる事はない、劇はまだ回り回る、次は君が活躍できる劇を脚本家として用意しよう!!」
狂笑するタタリに先輩は睨み、
言峰神父は無表情で観察し、ボクは呆然と見る。
黒板を爪で引っかくような頭が痛くなる笑いと共に姿が薄れていたタタリはやがて本当に消えた。
「我々の負けだな」
ぶっきらぼうに呟いた言峰神父の言葉が今の感情を代表していた。
あのままタタリと戦っていれば間違いなくボク以外の2人もあの場で倒されていただろう。
準備不足を言い訳にしても負けは負け。
相手のお情けのような形でこの瞬間を生きながらえたという、圧倒的な敗北であった。
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