去年の今頃の話だ。
俺の彼氏とも出会って2,3回目だったかHIVの話をして聞かせた。
初めは軽く話していたが、そのうちに彼の方から不安になったようで過去のセックスの様子を聞かせてもらえるようになったんだ。
彼は若いけれどいろいろ経験があり、今まで何人かの年上と付き合ってきたが誰一人セイファーセックスの話をしてくれた人はいなかったらしい。
それに、今までどの人からもゴムなしアナル、そして中出しをされてきていることなど驚愕する事実が分かってきた。
俺も遊んで来た奴だけど普通にゴムを使ってきたし、彼とのセックスでもHIV感染するような重大な行為はしていなかったから自分自身への不安はほとんど無かった。
しかし、何より俺の大切な人が奪われるかもしれないことに対して大変な恐怖を感じ、頭を抱えた。
今まで10人くらい付き合ってきたそうだが誰もゴムをつけてくれた人はいなかったという、
これが実態なのか・・。
それにこんな未来ある若者とエッチをしていながらセイファーセックスの術を教えてやる年長者が誰一人いなかった!?
今までの男たちの所業を憤り、憎んだ。
その人たちも彼が感染源である恐れも十分あるのによくもまあ・・。
今もそれぞれで意識無く活動しているだろうか。そりゃ蔓延するはず・・。
急ぎ一緒にHIV検査に行くことにしたが、どう考えても危険な過去に、限りなく最悪な結果が想像出来てしまい俺はふらついていた。
当時愛媛県では、月に一人は感染者が出ているような状況でもあったのだ。
障害者の彼がさらなる病気に苦しめられるのか・・?
俺は彼に陽性反応が出るかもしれないことを前提に準備を進めていく。
当日に最悪の結果が出てもうろたえないように、彼や俺自身を支えられる情報が欲しかった。
電話相談センターを見つけ、もうヘロヘロな状態で電話する。
そこではとても親切に、もし感染していた場合の治療方法や費用などを教えてくれた。
「本当に彼のことを大切に思われているのですね」と励ましてまでくれた。
早めに診断が出来れば、今の技術ではまず発症を抑えられることが出来るようになっていること、定期的な検査や投薬は必要だが、まあ慢性疾患だと思えばいいこと、費用は障害者手帳が発行されて、ほぼ無料にになることなどを教えてくれた。
俺はとりあえず彼をすぐに失うことではないことに本当に安心した。
また、国の経済的な支援に手を合わせて感謝したい気持ちで電話を置いて、
少し光が見えたような気がして涙した。
検査当日まで、彼には「もしも」のことなどある程度情報を知らせて、
悪い結果でも一緒に乗り越えていけることを話し合った。
当日の朝、二人はほとんど飯ものどに通らない状態で保健所へ向かった。
ちょうど即日検査を実験的に実施してくれていた日があり、狙って行った。
以前は採血後、結果が出るまでに1週間かかっていたから、その間は生きた心地がしないんだよね、
これは助かる。
即日検査では問診および採血後、1時間程度待たされる。
二人寄り添って彼を落ち着かせる、と言っても俺自身の方も不安定で仕方なかったけれど。
まず俺の方の結果が出た、大丈夫だった。
そして彼が緊張して入室する。
結果によっては彼が錯乱して逃げ出すかも、などと言ってたので、俺は出口のルートまで調べ、
封じるように構えて待っていた。
結構早く出てきた、 あっ大丈夫だったか?
彼は俺と同じ今後の注意事項が書かれた用紙を持っていた。
あ~良かった・・・。
他の検査の人もいたから早々にその場を立ち去り、地下の駐車場に来たときにやっと緊張が解けて俺は泣崩れた。
本当に危機一髪だったと思う。
彼も今回のことでよく勉強できたし肝に銘じたろう。
俺と一日でも早く会ってなければどうなっていたか・・。
今思い出しても本当に大変な出来事だった。
今では二人の絆をより確かなものにした出来事であったと思えるけどね。
俺の彼氏とも出会って2,3回目だったかHIVの話をして聞かせた。
初めは軽く話していたが、そのうちに彼の方から不安になったようで過去のセックスの様子を聞かせてもらえるようになったんだ。
彼は若いけれどいろいろ経験があり、今まで何人かの年上と付き合ってきたが誰一人セイファーセックスの話をしてくれた人はいなかったらしい。
それに、今までどの人からもゴムなしアナル、そして中出しをされてきていることなど驚愕する事実が分かってきた。
俺も遊んで来た奴だけど普通にゴムを使ってきたし、彼とのセックスでもHIV感染するような重大な行為はしていなかったから自分自身への不安はほとんど無かった。
しかし、何より俺の大切な人が奪われるかもしれないことに対して大変な恐怖を感じ、頭を抱えた。
今まで10人くらい付き合ってきたそうだが誰もゴムをつけてくれた人はいなかったという、
これが実態なのか・・。
それにこんな未来ある若者とエッチをしていながらセイファーセックスの術を教えてやる年長者が誰一人いなかった!?
今までの男たちの所業を憤り、憎んだ。
その人たちも彼が感染源である恐れも十分あるのによくもまあ・・。
今もそれぞれで意識無く活動しているだろうか。そりゃ蔓延するはず・・。
急ぎ一緒にHIV検査に行くことにしたが、どう考えても危険な過去に、限りなく最悪な結果が想像出来てしまい俺はふらついていた。
当時愛媛県では、月に一人は感染者が出ているような状況でもあったのだ。
障害者の彼がさらなる病気に苦しめられるのか・・?
俺は彼に陽性反応が出るかもしれないことを前提に準備を進めていく。
当日に最悪の結果が出てもうろたえないように、彼や俺自身を支えられる情報が欲しかった。
電話相談センターを見つけ、もうヘロヘロな状態で電話する。
そこではとても親切に、もし感染していた場合の治療方法や費用などを教えてくれた。
「本当に彼のことを大切に思われているのですね」と励ましてまでくれた。
早めに診断が出来れば、今の技術ではまず発症を抑えられることが出来るようになっていること、定期的な検査や投薬は必要だが、まあ慢性疾患だと思えばいいこと、費用は障害者手帳が発行されて、ほぼ無料にになることなどを教えてくれた。
俺はとりあえず彼をすぐに失うことではないことに本当に安心した。
また、国の経済的な支援に手を合わせて感謝したい気持ちで電話を置いて、
少し光が見えたような気がして涙した。
検査当日まで、彼には「もしも」のことなどある程度情報を知らせて、
悪い結果でも一緒に乗り越えていけることを話し合った。
当日の朝、二人はほとんど飯ものどに通らない状態で保健所へ向かった。
ちょうど即日検査を実験的に実施してくれていた日があり、狙って行った。
以前は採血後、結果が出るまでに1週間かかっていたから、その間は生きた心地がしないんだよね、
これは助かる。
即日検査では問診および採血後、1時間程度待たされる。
二人寄り添って彼を落ち着かせる、と言っても俺自身の方も不安定で仕方なかったけれど。
まず俺の方の結果が出た、大丈夫だった。
そして彼が緊張して入室する。
結果によっては彼が錯乱して逃げ出すかも、などと言ってたので、俺は出口のルートまで調べ、
封じるように構えて待っていた。
結構早く出てきた、 あっ大丈夫だったか?
彼は俺と同じ今後の注意事項が書かれた用紙を持っていた。
あ~良かった・・・。
他の検査の人もいたから早々にその場を立ち去り、地下の駐車場に来たときにやっと緊張が解けて俺は泣崩れた。
本当に危機一髪だったと思う。
彼も今回のことでよく勉強できたし肝に銘じたろう。
俺と一日でも早く会ってなければどうなっていたか・・。
今思い出しても本当に大変な出来事だった。
今では二人の絆をより確かなものにした出来事であったと思えるけどね。