先日あった実写版、テレビドラマの「火垂るの墓」を見た。
本当に切ない話でご存知のとおり。
今回は兄弟を見捨てるおばさん(松島奈々子)の心情をしっかり描かれていて興味深かった。
兄弟は海軍大尉の父親を持つ。
そのことが災いになった。
お国のためにと、当時体制側の人間だった父親に不自由なく育てられた兄弟。
おばさんには、「幹部軍人のみの配給物資です」なんて庶民には手に入らないものを得意げに見せる兄弟を見て、庶民にはそんな立派な配給はない・・軍隊の、国の不審を募らせていくのです。
父親を弁護して「絶対に日本は勝ちます!戦死は名誉あることです!」なんて自分の夫が戦死したときに軍人の息子に言われちゃあ頭にも来る。
夫は軍隊に捕られたじゃないか!殺されたじゃないか!
国は国民を守ってなどくれない!
夫もいない中、子供たちを私一人で生き延びさせなければならない。
国も勝手、軍隊も勝手、国民も自分のことで精一杯
兄弟ががやむにやまれず盗みをしたとなっては、
襟をただすべき軍人の家族がそんなことをしたのでは、
息子がお国のために戦死した雑貨屋夫婦には裏切られた思いで辛かっただろう。
どうにも自分のことで精一杯で後先どうなるか分からない中、
幼い兄弟が死んでいくこともみんな、見ぬ振りをしていった。
このアニメ版を日本の教師が国際交流を考えて中国の教師たちに見せたという話を聞いたことがある。
日本の教師としては、日本も戦争で苦労した、すべては戦争が悪いのだ、
2度とこのようなことは起こしてはならない、その思いをつづった映画ですと伝えたかったのだろう。
しかし中国の教師たちからはこう言われたそうだ、
そもそもそんな不幸なことになったのは日本が戦争を始めたからだろうが!
自業自得を美化しないでくれ!
俺もその話を聞いて、立場違えばと思い知らされた。
国民は被害者?いや、あの体制を認めた加害者である。
この幼い兄弟も加害者の先鋒だった親の子供なのだ。
心を鬼にしてまで見捨てていくしかなかった国民も、意識ある無しにかかわらず体制を認めていたのだ。
そのような目にあっても仕方の無い加害者であった。
おばさんが、兄弟の食事内容にについて自分の子供たちと差をつけ始めるシーンがある。
自分の子供には具を入れるが兄弟には汁だけしか食べさせない。
そういうおばさんを鬼と言うが、かといってその娘たちも自分のご飯を分けようとはしないのだ。
互いが加害者になり、増徴していく世界。
それが戦争なのだ!と「火垂るの墓」は描いているはずだ。
そのことを経験して、日本人は二度と起こしてはならないと誓ったのだと思う。
このような憎しみ、不幸の連鎖を絶って、個人の奥底の鬼が現れないように、日本は戦争を放棄したのではなかったか?戦争とは結局そのような状態を作ってしまうものだ、だから決して肯定してはならない。そんなことをドラマを見ながら改めて思った。
最後のクレジットで世界の貧困にあえぐ子供たちの映像を出して、
「火垂るの墓」に描かれた兄弟は世界には今もいっぱいいるとテロップを出したが、
それはそうだけど、最後にそこへ持っていくと論点が鈍ってしまうなあと感じた。
兄弟がかわいそう・・・それだけではない重要なことを描いてくれていた。
本当に切ない話でご存知のとおり。
今回は兄弟を見捨てるおばさん(松島奈々子)の心情をしっかり描かれていて興味深かった。
兄弟は海軍大尉の父親を持つ。
そのことが災いになった。
お国のためにと、当時体制側の人間だった父親に不自由なく育てられた兄弟。
おばさんには、「幹部軍人のみの配給物資です」なんて庶民には手に入らないものを得意げに見せる兄弟を見て、庶民にはそんな立派な配給はない・・軍隊の、国の不審を募らせていくのです。
父親を弁護して「絶対に日本は勝ちます!戦死は名誉あることです!」なんて自分の夫が戦死したときに軍人の息子に言われちゃあ頭にも来る。
夫は軍隊に捕られたじゃないか!殺されたじゃないか!
国は国民を守ってなどくれない!
夫もいない中、子供たちを私一人で生き延びさせなければならない。
国も勝手、軍隊も勝手、国民も自分のことで精一杯
兄弟ががやむにやまれず盗みをしたとなっては、
襟をただすべき軍人の家族がそんなことをしたのでは、
息子がお国のために戦死した雑貨屋夫婦には裏切られた思いで辛かっただろう。
どうにも自分のことで精一杯で後先どうなるか分からない中、
幼い兄弟が死んでいくこともみんな、見ぬ振りをしていった。
このアニメ版を日本の教師が国際交流を考えて中国の教師たちに見せたという話を聞いたことがある。
日本の教師としては、日本も戦争で苦労した、すべては戦争が悪いのだ、
2度とこのようなことは起こしてはならない、その思いをつづった映画ですと伝えたかったのだろう。
しかし中国の教師たちからはこう言われたそうだ、
そもそもそんな不幸なことになったのは日本が戦争を始めたからだろうが!
自業自得を美化しないでくれ!
俺もその話を聞いて、立場違えばと思い知らされた。
国民は被害者?いや、あの体制を認めた加害者である。
この幼い兄弟も加害者の先鋒だった親の子供なのだ。
心を鬼にしてまで見捨てていくしかなかった国民も、意識ある無しにかかわらず体制を認めていたのだ。
そのような目にあっても仕方の無い加害者であった。
おばさんが、兄弟の食事内容にについて自分の子供たちと差をつけ始めるシーンがある。
自分の子供には具を入れるが兄弟には汁だけしか食べさせない。
そういうおばさんを鬼と言うが、かといってその娘たちも自分のご飯を分けようとはしないのだ。
互いが加害者になり、増徴していく世界。
それが戦争なのだ!と「火垂るの墓」は描いているはずだ。
そのことを経験して、日本人は二度と起こしてはならないと誓ったのだと思う。
このような憎しみ、不幸の連鎖を絶って、個人の奥底の鬼が現れないように、日本は戦争を放棄したのではなかったか?戦争とは結局そのような状態を作ってしまうものだ、だから決して肯定してはならない。そんなことをドラマを見ながら改めて思った。
最後のクレジットで世界の貧困にあえぐ子供たちの映像を出して、
「火垂るの墓」に描かれた兄弟は世界には今もいっぱいいるとテロップを出したが、
それはそうだけど、最後にそこへ持っていくと論点が鈍ってしまうなあと感じた。
兄弟がかわいそう・・・それだけではない重要なことを描いてくれていた。