picopandaのブログ

goo簡易ホームページとは違った味わいを出そうと思います。

荒らし屋登場?

2004年11月05日 04時00分07秒 | Weblog
gooの簡易ホームページを昨日見たら、掲示板に、「来ないで下さい」だのという書き込みが来ていました。もっと侮辱的なのもあったのですが…見苦しいので消しました。

私がどこかのホームページに無礼な書き込みでもしたというならば納得できますし、その方にお詫びに行くのですが、そもそも誰なのかが不明なのですね。

一体どうすればいいのでしょうねえ~?

それにホームページとは公開が原則でしょう?掲示板への書き込みに不当な点があれば、批判されても仕方ありませんが、ただ訪問しただけで非難されるとは!

こわ~い!gooにも怖い人がいると言いたいのでしょうか?皆さんは、どう思われますか?

扇動の極意

2004年11月05日 03時53分30秒 | Weblog
深夜、「そして、その時」(だったかな?)の再放送を見ました。いわゆるええじゃないか運動のことを取り上げていました。大政奉還頃の愛知県豊橋市辺りのことです。道端で伊勢神宮のお札を拾ったのに、お札を疎かにしたり、馬鹿にした人の家族が急死する事態が相次いだために、噂が広まって、皆で盛大にお祭りをするようになったそうです。その動きに合わせるかの如くに、近隣の金持ちなどが酒や食事を振る舞うようになると、今度はそれを当て込んで祭りに参加する者が増え始めて、大きな運動になったそうです。途中までしか見ませんでしたが、当初は東海道沿いで、いわゆる助郷に対する不満を募らせていた農民の不満が爆発するかのごとき勢いで、普及していったそうです。伊勢神宮には宣伝隊のような組織があったそうで、それが運動に先行してお札をまいて回ったと推定されます。番組で登場したかどうか、分かりませんが、幕末以降、新体制になれば年貢が減免されるとふれて回った組織もあったと伝えられていますね。(実際は、その逆に、年貢がきつくなり、更に地租改正となっていったわけです。)

こうした運動を扇動した組織の正体は、番組も途中までしか見なかったし、不明ですが、岩倉具視・大久保利通・西郷隆盛などを中心とした共謀の輪が駆動付けていたのは間違いないでしょう。江戸時代においては、下級公家や神社などは、下層民を手足としていたとされることも、この組織に関する手掛かりを与えてくれるように思います。