シスコに赴任して少し慣れた1980年のある日のことだ。本社からVIPのアテンド要請があった。待ち合わせ場所はシェラトン・ホテルのロビー。
「はじめまして、Sと申します。」
「やーどーもどーも。Fです。」
大男だ。身長185cm体重は90キロは下るまい。銀座に本社のある大得意の社長さんだ。
「御社にはいつも大変お世話になっております。東京支店の担当者よりくれぐれ・・」
「かたい挨拶はよしましょう。おたくの歴代の駐在員さんにお世話になっているのはこちらの方です。初代はKさんでしたね。Sさんは何代目になりますかね・・・」
「サンフランシスコ駐在員としては3代目です。」
「そうですか。ところでずいぶんお若く見えますが何歳になられますか?」
「30歳です。」
「仕事ざかりですね。この度は案内をよろしくお願いします。早速ですが、セラモンテ・ショッピングセンターをちょっと見て、スタンフォードにあるマクドナルドに行ってもらえますか。」
「えっ?は、はい。」
いきなり行き先を指定されるとは想定していなかった。しかもダウンタウンではなくシスコ郊外だ。
「いえね。定点観測店なんですよ。同じ場所を訪ねた方が前回との違いが実感できるからね。」
「でもどーしてマクドナルドなんですか。どこの店も同じじゃないんですか?」
「そーかな。じゃ行って見てみようじゃないですか。」
というわけで、フリーウエイ101号線を南東に約60キロのところにあるスタンフォードに向けて出発した。そこは云わずと知れたスタンフォード大学のあるところでシリコンバレーの中心地である。
「あ~そこそこ。そのショッピングセンターの駐車場に入って。」
なんのことはない。案内どころかナビゲーター付きのただの運転手だ。
「うーん。なるほどね。どーですかSさん?」
「いつも見るマックとは少し様子が違いますね。どことなく内装も落ち着いているような・・・。」
「気がついたかね。ここはマクドナルドの実験店舗なんだ。世界中どこに行っても同じ外観、同じメニュー、同じサービスが売りのマックにしてこーゆー実験をしていることはあまり知られていないが、たいしたもんだね。東のハーバード、西のスタンフォードと云えばアメリカの最高学府。マックの顧客は圧倒的に子供たちが多いが、大学教授や学生もハンバーガーは食うからね。しかし、彼らは知的で落ち着いた雰囲気を好むから遊戯施設を備えたどこにでもあるマックでは集客できないんだよ。いや、すごいね。今回も来てよかったよ。どこかで昼飯にしようや。」
「この近くにいいビアガーデンがあるのですが如何ですか?」
あいつは運転しかできなかったと云われたら本社からなんと云われるやら。ここはなんとか得点せねば。
「いやー。これはすごいね。ぐるっとまわりが森林にかこまれて青々とした芝生の広いこと広いこと。これぞビアガーデンだね。日本じゃどこを探してもないね。どーやって見つけたのSちゃん。」
いつの間にかSさんがSちゃんになっている。気さくな社長さんだ。
「実は母方の親戚がアメリカ人と結婚してここに住んでいるんです。その時教えてもらったんです。何を飲まれますか?いろいろありますが、アンカー・スチームはどうですか?」
「お~シスコのビールね。それをもらおーじゃないか。」
あっと云う間にジョッキ3杯が空いた。F社長ご機嫌である。やれやれ。
「たまには初めての場所を探すのもいいね。こりゃ~反省しなきゃならん。どこかもっとおすすめの場所を知らんかね。」
これは困ったことになった。やけくそで覚悟を決めた。
「もっと南の方にカーメルと云う芸術家が多い町があります。そこの海岸は真っ白な砂で、なんでもその砂はハワイからわざわざ運ばれて来ているそうです。有名ゴルフ場が沢山あるモントレーのすぐ近くなんですが・・・。」
「その町は知らんなー。そこに行ってみよう。すぐ出発だ。」
さらに101号線を南に下り、Prunedaleで西に進路変更、西海岸に沿って南北に走る1号線に入る。途中延々と続くアーティチョーク畑を通って明るい内にカーメル海岸に到着した。
artichoke の花
「本当に真っ白だね。こんな白砂は初めてだ。来てよかったよ。」
「以前はもっと白かったそうです。太平洋の荒波に洗われて徐々に砂が沖に流されるそうですが、今はもうハワイでも採り尽くされて補充がきかないそうです。」
アテンド慣れしている知り合いの駐在員より仕入れたばかりのネタがここで役立つ。芸術家の多い町だけあって到るところギャラリーとアトリエの店。とある店で不思議なものを発見。思わず買ってしまったところ。
「それはなにかね?初めて見る装置だが・・・」
「説明書きによると鳥に餌を与える装置のようです。ほら中に餌を入れてこうして木の枝にかけておけば鳥が来て餌をたべるんです。わが家のバックヤードに林檎の木が8本あるんですが、ハミングバードがときどき来るんです。」
「ほんとかね。もっと南国の鳥かと思っていたよ。驚きだな。どーだい、きみ、せっかくここまで来たんだ。今日はここで泊まって行こうじゃないか。小さな宿がいっぱいあるから晩飯を食う前に片っ端からあたって見よう。」
その日はどうーしたことか、どの宿も満室。仕方がないので小さなレストランで作戦会議。
「あるある。これだな。アーティチョークの前菜とイカフライ(fried calamari)。ワインはナパのジンファンデールにしよう。」
あらゆる業態のレストランを経営しているだけあって、僕はラクチンだ。
「おねーさん、マヨネーズ持って来て。」
とウエートレスに勝手に頼んでいる。
「どーしてアメリカ人はアーティチョークをバターソースで食べるんだろーね。俺にはちっともうまくない。君、これでやってみたまえ。」
と云って、手提げカバンから出して携帯用の醤油をくれた。なるほどマヨネーズ醤油で食べる方がはるかにうまい。店の主人にチップを与え宿泊場所を探させる。モントレーの町なかのホテルを予約してもらう。その名も ”Double Tree Inn”
ホテル・カウンター
「カーメルのレストランから予約をいれたんだが・・・」
「はい、お伺いしております。生憎今晩は一部屋しかありませんがよろしいですね。」
と云って意味ありげにニヤリと笑った。
「どーも勘違いされたみたいだな。」
「えっ。何が?」
「君もかなり鈍いね。われわれをわけありの仲とにらんだみたいだぜ。はっはっは。 俺にはそっちの趣味はないから安心したまえ。」
F社長の大鼾と、もしやと云う不安から寝苦しい夜を過ごすこととなった翌朝。
「Sちゃん、おはよう。お蔭で熟睡できたよ。ビヤホールと真っ白な海岸よかったよ。帰ったらお宅の社長に世話になったと云っておくからね。」
それ以来、出張してくる度に呼び出される間柄になってしまった。
そうだ、今度 mさんと half moon bay での Fishing challenge の折にはもー少し足を延ばしてカーメルに行ってみるのも悪くないな。
moon over the ocen in Carmel
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