東寺の北大門を出たところに観智院(ホームページはこちらをクリック)がある。
ここの床の間には宮本武蔵筆の鷲の図が描かれている。何故この絵がここにあるのかガイドさんに尋ねたところ
吉岡一門との三度に渡る戦いの後、3年ほどの間この寺に身を寄せていたそうでその時に描いてもらった由。
床の間の脇にも襖画として竹林の図が描かれている。なにしろ400年以上前の作品なのでかなり傷んでおり
はっきりとした輪郭は薄れているものの二羽の荒鷲や竹林の力強い筆使いは緊張感に溢れていた。上のホームページでみることができます。
東寺の後は今は残っていない西寺跡を目指して西に進んでいると羅城門跡の標識を発見。
今は公園の中に石柱と看板があるだけだがここは平安京のメインストリートである朱雀大路の南端に
設けられた都の表玄関にあたる大門でこの門を境に京の内外が分かれてそうだ。
980年に暴風雨で816年に引き続き2度目の倒壊をした後は再建されることはなかったと書かれている。
腹が減ってきたので食い物屋を探し回ってやっと見つけたのがこのお店。
入ってみてびっくり。昼間と云うのに居酒屋は大盛況。みんな飲むは飲むわ。
ビールのあては九条ネギたっぷりのだし巻き卵をいただきました。
疲れた~。この日の歩数。19,585歩
ここの床の間には宮本武蔵筆の鷲の図が描かれている。何故この絵がここにあるのかガイドさんに尋ねたところ
吉岡一門との三度に渡る戦いの後、3年ほどの間この寺に身を寄せていたそうでその時に描いてもらった由。
床の間の脇にも襖画として竹林の図が描かれている。なにしろ400年以上前の作品なのでかなり傷んでおり
はっきりとした輪郭は薄れているものの二羽の荒鷲や竹林の力強い筆使いは緊張感に溢れていた。上のホームページでみることができます。
東寺の後は今は残っていない西寺跡を目指して西に進んでいると羅城門跡の標識を発見。
今は公園の中に石柱と看板があるだけだがここは平安京のメインストリートである朱雀大路の南端に
設けられた都の表玄関にあたる大門でこの門を境に京の内外が分かれてそうだ。
980年に暴風雨で816年に引き続き2度目の倒壊をした後は再建されることはなかったと書かれている。
腹が減ってきたので食い物屋を探し回ってやっと見つけたのがこのお店。
入ってみてびっくり。昼間と云うのに居酒屋は大盛況。みんな飲むは飲むわ。
ビールのあては九条ネギたっぷりのだし巻き卵をいただきました。
疲れた~。この日の歩数。19,585歩