西日本豪雨の甚大なる被害を受けた高知に
仕事で7月11日から一泊二日で行くことになった。
雨は過ぎ去り週が変わってからは、
連日30度を越える猛暑日に。
私は機材があるので車で一人高知に向かったが
案の定、高知道が通行止め。
高速にかかる橋が雨で流されたという。
仕方がないので、池田から大豊まで
吉野川沿いに国道32号線を走る。
高知道は雪が降るとすぐに通行止めになるので
何度か大豊から池田まで国道32号線を走っている。
途中、大歩危・小歩危の渓谷がある吉野川は
ラフティングの聖地だ。
mont-bellのお店もあり、直営のラフティング基地もある。
お店の駐車場に車を止めて吉野川を覗くと水位も高く
カーブは流れが渦巻き、濁っている。
水害時は、さぞ酷かっただろうと推察できる。
32号線も土砂崩れ寸前で工事車両があちこちにいる。
一部一車線通行で渋滞も。
何とか大豊まできて、そこからは高知道に入り
高知市内のホテルにチェックイン。
走行距離350キロ強を7時間半かけて到着したことになる。
明日この道をしかも仕事を終えて
また大阪まで戻らなければならないと考えると
まさに「行きはヨイヨイ、帰りは恐い」ゾッとするぜ。
明けて12日。不安定な空模様。気温32度。
13時半に仕事を終えて帰路につく。
「今日中に帰れればいいか」と、はやる気持ちを制し
今は亡き米朝さんの落語CD「崇徳院」をかけて走り出す。
しかしこのあと私は
「帰路を甘く見ていた」と思い知らされることになる。
まず襲ってきたのは睡魔。出張は睡眠時間との闘いだ。
350Km走破したあとの24時の就寝、
翌朝5時起床はさすがに辛い。
仕事が無事に終わった安堵と入れ替わりに、
寝不足による睡魔が襲ってきた。
今日も約350Kmを一人で走破しなければならない。
高知道の高知-大豊はあっという間に走ったが、
大豊を降りて池田までの国道32号線が辛い。
すべての車は大豊で32号線に入る。
大型トラックやバスも流れ込むので速度は遅くなる。
その上、先般の水害で一車線規制。渋滞区間もある。
しかも国道32号線は吉野川の
渓谷伝いを走るので休憩場所がない。
何とか乗りきるも池田から徳島道に入ると
もはや我慢できなくなる。
仕方なく吉野川サービスエリアで仮眠を取ることにした。
「甘いものは頭の回転を良くする」は
大食漢の肯定的言い訳の常套句。
もちろん私は肯定派なのでアイスクリームをペロリ。
すごくスッキリしたと精神が肯定的に受け入れ走り出す。
鳴門海峡大橋を過ぎると小雨が降りだす。
ワイパーの動きが再び睡魔を呼び覚ます。
先ほどの甘味と仮眠は何だったのか?
淡路サービスエリアで仮眠を取るべく入ったが
トイレのあと「甘いものは頭の回転を良くする」と
再度甘味による体力回復に再度チャレンジ。
試食の「いもけんぴ」を食べる。
にもかかわらず睡魔は止まず2度目の約10分の仮眠。
目覚めると腹が減っている。ような気がする。
淡路玉葱ミンチカツカレーを食べる自分を
食堂の斜め上から見ている自分がいる。もはや幽体離脱。
甘味も仮眠も、圧倒的睡魔にはなすすべがない。かなり頭が重い。
早く帰宅して布団に飛び込みたい。なら走るしかない。
明石海峡大橋を渡り、阪神高速・須磨からいつもの渋滞が始まる。
たまらず摩耶で湾岸線に乗り継ぎする。
しかし住吉入口もいつものように大渋滞。
約15分の牛歩にまたまた睡魔。
振り替えればこの辺りの記憶があまりない。
ヤバイよ~。ここでガム投入。それでも効かずさらにガム投入。
ようやく湾岸線に入る。
ここからはいつもスムーズだ。
約30分の走りで湾岸線から淀川左岸線に入り
ユニバーサルスタジオを尻目に、大開で降りる。
すでに辺りは真っ暗。19時半、ようやく自宅着。
往復700キロ、ストレスの捌け口は食事の私にとって、
帰路では1700キロカロリーは摂取している。
ヤバイよ~。
仕事で7月11日から一泊二日で行くことになった。
雨は過ぎ去り週が変わってからは、
連日30度を越える猛暑日に。
私は機材があるので車で一人高知に向かったが
案の定、高知道が通行止め。
高速にかかる橋が雨で流されたという。
仕方がないので、池田から大豊まで
吉野川沿いに国道32号線を走る。
高知道は雪が降るとすぐに通行止めになるので
何度か大豊から池田まで国道32号線を走っている。
途中、大歩危・小歩危の渓谷がある吉野川は
ラフティングの聖地だ。
mont-bellのお店もあり、直営のラフティング基地もある。
お店の駐車場に車を止めて吉野川を覗くと水位も高く
カーブは流れが渦巻き、濁っている。
水害時は、さぞ酷かっただろうと推察できる。
32号線も土砂崩れ寸前で工事車両があちこちにいる。
一部一車線通行で渋滞も。
何とか大豊まできて、そこからは高知道に入り
高知市内のホテルにチェックイン。
走行距離350キロ強を7時間半かけて到着したことになる。
明日この道をしかも仕事を終えて
また大阪まで戻らなければならないと考えると
まさに「行きはヨイヨイ、帰りは恐い」ゾッとするぜ。
明けて12日。不安定な空模様。気温32度。
13時半に仕事を終えて帰路につく。
「今日中に帰れればいいか」と、はやる気持ちを制し
今は亡き米朝さんの落語CD「崇徳院」をかけて走り出す。
しかしこのあと私は
「帰路を甘く見ていた」と思い知らされることになる。
まず襲ってきたのは睡魔。出張は睡眠時間との闘いだ。
350Km走破したあとの24時の就寝、
翌朝5時起床はさすがに辛い。
仕事が無事に終わった安堵と入れ替わりに、
寝不足による睡魔が襲ってきた。
今日も約350Kmを一人で走破しなければならない。
高知道の高知-大豊はあっという間に走ったが、
大豊を降りて池田までの国道32号線が辛い。
すべての車は大豊で32号線に入る。
大型トラックやバスも流れ込むので速度は遅くなる。
その上、先般の水害で一車線規制。渋滞区間もある。
しかも国道32号線は吉野川の
渓谷伝いを走るので休憩場所がない。
何とか乗りきるも池田から徳島道に入ると
もはや我慢できなくなる。
仕方なく吉野川サービスエリアで仮眠を取ることにした。
「甘いものは頭の回転を良くする」は
大食漢の肯定的言い訳の常套句。
もちろん私は肯定派なのでアイスクリームをペロリ。
すごくスッキリしたと精神が肯定的に受け入れ走り出す。
鳴門海峡大橋を過ぎると小雨が降りだす。
ワイパーの動きが再び睡魔を呼び覚ます。
先ほどの甘味と仮眠は何だったのか?
淡路サービスエリアで仮眠を取るべく入ったが
トイレのあと「甘いものは頭の回転を良くする」と
再度甘味による体力回復に再度チャレンジ。
試食の「いもけんぴ」を食べる。
にもかかわらず睡魔は止まず2度目の約10分の仮眠。
目覚めると腹が減っている。ような気がする。
淡路玉葱ミンチカツカレーを食べる自分を
食堂の斜め上から見ている自分がいる。もはや幽体離脱。
甘味も仮眠も、圧倒的睡魔にはなすすべがない。かなり頭が重い。
早く帰宅して布団に飛び込みたい。なら走るしかない。
明石海峡大橋を渡り、阪神高速・須磨からいつもの渋滞が始まる。
たまらず摩耶で湾岸線に乗り継ぎする。
しかし住吉入口もいつものように大渋滞。
約15分の牛歩にまたまた睡魔。
振り替えればこの辺りの記憶があまりない。
ヤバイよ~。ここでガム投入。それでも効かずさらにガム投入。
ようやく湾岸線に入る。
ここからはいつもスムーズだ。
約30分の走りで湾岸線から淀川左岸線に入り
ユニバーサルスタジオを尻目に、大開で降りる。
すでに辺りは真っ暗。19時半、ようやく自宅着。
往復700キロ、ストレスの捌け口は食事の私にとって、
帰路では1700キロカロリーは摂取している。
ヤバイよ~。
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