<ポンタの東北紀行 第四回 (仙台・塩釜・松島)>
三日目は仙台の知人の車で仙台の被災地を回り、塩釜、松島と回る予定だ。
若林区・宮城野区の海岸寄りの被災地を廻るが、仙台平野で平らな土地が多いためかなり奥まで津波が押し寄せたようだ。
現在は瓦礫のほとんどは片づけられ、ただただ広い空き地が続いていた。
[元の街並みを知らない者にとっては、何もない埋立地にしか見えない風景だ。本当に広い範囲が被災したんだなぁ…と実感する光景だ。]
[今回の旅行で初めて知ったのだが、震災当時仙台の中心部周辺にいた人たちは地震で電気やガスのライフラインが一斉に止まったため、ほとんどの人が海岸部が大津波で甚大な被害を被ったことを翌日の新聞を見るまで知らなかったようだ…(^_^;)]
[凄まじい津波のパワーを感じる…]
続いて塩釜市に向かう。今回の旅の目的の一つに、以前このブログでも紹介させていただいた「うらと海の子再生プロジェクト(http://www.uminoko-saisei.net/)」の塩釜市場にある事務所に訪問する事があった。
震災直後、代表の小泉さんの「浦戸諸島の漁師自身が自主的に進める漁業再生にご協力を…」という呼びかけに賛同して全国から1万人を超える賛同者が支援をして、牡蠣の養殖では前年比で50%を越える回復を達成できたという。
ただ、ここまでくる道のりは本当に大変だった事を伺っていたので、ぜひ陣中見舞いを…という思いがポンタにあったのだ。
[プロジェクト事務所のある塩釜魚市場]
[小泉代表と事務局メンバーの皆さん…]
(写真を取り忘れてしまい、年賀状の写真を使わせていただきました。)
事務所の訪問を終えて昼食にはぜひ牡蠣を食べようと浜田漁港に向かう。
浜田漁港は塩釜と松島の間にある小さな漁港でここで水揚げされた牡蠣をその場で食べることができる牡蠣小屋が1軒あった。観光客は松島にある牡蠣小屋にほとんどが行くようで、ここは穴場的な場所だそうだ。
[美しい港だが、港の中にはまだ水没したままの漁船が残っていた。]
[港に水揚げされた新鮮な牡蠣を食べられる牡蠣小屋]
[牡蠣は10個で1000円。食べ放題2000円。もちろん食べ放題を二人分頼んだら…80個ほどの牡蠣を一気に鉄板に乗せてくれた。]
[大粒の牡蠣で、ポンタは38個、知人は50個ほどを食べて…お腹が牡蠣で一杯になってしまった。]
今日は浦戸諸島の桂島に渡る予定だが、少し時間があったので松島遊覧船に乗って塩釜港に向かうことにした。
[松島の遊覧船乗り場。ここでも奥の細道の碑があった。松尾芭蕉の足跡がいたるところにあるなぁ…]
[松島を巡るこの観光船も第三芭蕉丸という名前だ。]
抜けるような青空の下で松島の素晴らしい景色を十二分に堪能し、マリンゲート塩釜に到着。今度は市営汽船に乗り換えて、本日の宿泊地である浦戸諸島の桂島に向かう。
[こちらは塩釜と浦戸諸島の島々を結ぶ定期船。買い物帰りの人や学生も乗っていた。]
[塩釜港をあとに、一路桂島へ…]