今日は朝から公立から民間に委託されて2年目のある保育園におじゃましました。
全体の約2割の子どもたちが何らかの理由で「要支援」と考えられています。あるクラスには約35%の「要支援」と考えられる子どもたちがおり、4月に見学したときには、クラスの中の一斉保育だけで生活するのにはかなりの無理があると思われました。それで、支援学級のような形での「グループ保育」が検討され、今日は試みてから5回目の「にこにこの日」でした。
子どもたちは朝から「にこにこやなぁ」と期待感いっぱいにホールに集まってきました。まだ始まったばかりでこれからが楽しみですが、とにかく子どもたちの表情や動きが一斉保育の時とは違ってとても輝いてイキイキしていたのが印象的でした。
小集団での一人一人の子どもたちの興味や動きに合わせた活動の中でめいっぱい「楽しかったなぁ」「頑張ったよ」という手ごたえのある経験を積み重ね、クラスの友だちの中でも存在感や役割をもって相互に受け止められる集団づくり、題材や素材の選定、設定期間、保育の流れなどについて、お昼寝の時間に話し合いました。
「にこにこ」ということばは「あかん!」「だめよだめよ」と叱るばかりでなく、できるだけ「にこにこ」して子どもたちに関わることができたらいいなっていう保育者の側からの思いが込められているようです。でも、議論の中では「にこにこばかり、楽しいばからりでいいの?!」「子どもたちは叱られないからメリハリに欠けるところがあったんじゃない?」「信頼関係を築いてきているのだから、保育者の側からの子どもへの要求をしっかりと示して叱ることも必要ではなかったの?」など現状に満足しない厳しい提起もありました。
「今日はにこにこの日だ!」という期待感や目的(目当て)をもって登園できたら生活にメリハリがつき意欲的な園生活が送れるのではと期待しています。
園長さんはどっかりと構えて、体制面のことなど行政に対してはしっかりとものを言い、必要な対策をとらせる、保育者の力量アップのための研修はおしまないという姿勢など、とっても頼りになる存在と写りました。
介護保険や障害者自立支援法の分野で先行実施されてきた応益負担や行政の公的責任の放棄の波が、保育や療育の分野でも「保育改革」(保育所や障害児施設に関わる児童福祉法改正)の名の下で押し寄せてきています。
「貧困」「格差」の広がりの中で保育を必要とする若い世代の中に、様々な子育て困難が広がっています。もっと専門的な療育を受けさせたいとねがっても、働かなければならない現実があります。「保育改革」の中身は専門的な療育機関(地域間格差がひどい)を増やすのではなく、逆に保育園に就園させ、療育機関は保育所の巡回指導に回るという安上がりな方向です。
そうすると、保育所に益々「要支援」の子どもたちが増え新たな保育困難を生じさせかねません。条件整備がきちっと進められるのであれば「統合保育」の可能性は広がるでしょうが、それはあくまでも「可能性」であって一人一人の「適切性」を吟味しなければなりません。私の目からは、できるならば療育園などに通った方が望ましいと思われる子どもたちも見受けられます。
一方、少子化傾向なのに、卒園後の学齢期・通常学級の中では受け止めきれない「要支援児」が増え、支援学級や支援学校はパンク状態です。あるテレビ番組の中で通常の学校で行き場を失った発達障害の子どもたちを「浮遊する子どもたち」と表現していました。就学前に当てはめると、保育所や幼稚園には「支援クラス」はないわ、療育園は少ないはで行くところがなく、大変なことにならなければいいがと懸念します。障害の重い子どもたちや「手のかかる」子どもたちが敬遠されかねません。
また、必要な訓練や療育を十分受けていない子どもたちが学校にあがることになります。障害を受容していない、受容できない保護者への働きかけが益々必要になります。学校は更に「要支援」の子どもたちが増えるだろうという悪循環になるでしょう。障害の早期発見、早期療育は鉄則です。これをしっかり守らなければなりません。
先だっても、療育分野の関係者が集まって保育・療育を守る運動をどう進めるかの議論をしたばかりです。
今日勉強させてもらった保育園での「グループ保育」のとりくみは、そうした「保育改革」の方向にも一石を投じることになるのではないかと思っています。
前回は「変なおっちゃんがおったなぁ」程度にしか思っていなかった子たちが、帰り際にはいい顔をしてちゃんと視線を合わせて「バイバイ」と言いに来てくれました。次の「にこにこの日」が楽しみです。
全体の約2割の子どもたちが何らかの理由で「要支援」と考えられています。あるクラスには約35%の「要支援」と考えられる子どもたちがおり、4月に見学したときには、クラスの中の一斉保育だけで生活するのにはかなりの無理があると思われました。それで、支援学級のような形での「グループ保育」が検討され、今日は試みてから5回目の「にこにこの日」でした。
子どもたちは朝から「にこにこやなぁ」と期待感いっぱいにホールに集まってきました。まだ始まったばかりでこれからが楽しみですが、とにかく子どもたちの表情や動きが一斉保育の時とは違ってとても輝いてイキイキしていたのが印象的でした。
小集団での一人一人の子どもたちの興味や動きに合わせた活動の中でめいっぱい「楽しかったなぁ」「頑張ったよ」という手ごたえのある経験を積み重ね、クラスの友だちの中でも存在感や役割をもって相互に受け止められる集団づくり、題材や素材の選定、設定期間、保育の流れなどについて、お昼寝の時間に話し合いました。
「にこにこ」ということばは「あかん!」「だめよだめよ」と叱るばかりでなく、できるだけ「にこにこ」して子どもたちに関わることができたらいいなっていう保育者の側からの思いが込められているようです。でも、議論の中では「にこにこばかり、楽しいばからりでいいの?!」「子どもたちは叱られないからメリハリに欠けるところがあったんじゃない?」「信頼関係を築いてきているのだから、保育者の側からの子どもへの要求をしっかりと示して叱ることも必要ではなかったの?」など現状に満足しない厳しい提起もありました。
「今日はにこにこの日だ!」という期待感や目的(目当て)をもって登園できたら生活にメリハリがつき意欲的な園生活が送れるのではと期待しています。
園長さんはどっかりと構えて、体制面のことなど行政に対してはしっかりとものを言い、必要な対策をとらせる、保育者の力量アップのための研修はおしまないという姿勢など、とっても頼りになる存在と写りました。
介護保険や障害者自立支援法の分野で先行実施されてきた応益負担や行政の公的責任の放棄の波が、保育や療育の分野でも「保育改革」(保育所や障害児施設に関わる児童福祉法改正)の名の下で押し寄せてきています。
「貧困」「格差」の広がりの中で保育を必要とする若い世代の中に、様々な子育て困難が広がっています。もっと専門的な療育を受けさせたいとねがっても、働かなければならない現実があります。「保育改革」の中身は専門的な療育機関(地域間格差がひどい)を増やすのではなく、逆に保育園に就園させ、療育機関は保育所の巡回指導に回るという安上がりな方向です。
そうすると、保育所に益々「要支援」の子どもたちが増え新たな保育困難を生じさせかねません。条件整備がきちっと進められるのであれば「統合保育」の可能性は広がるでしょうが、それはあくまでも「可能性」であって一人一人の「適切性」を吟味しなければなりません。私の目からは、できるならば療育園などに通った方が望ましいと思われる子どもたちも見受けられます。
一方、少子化傾向なのに、卒園後の学齢期・通常学級の中では受け止めきれない「要支援児」が増え、支援学級や支援学校はパンク状態です。あるテレビ番組の中で通常の学校で行き場を失った発達障害の子どもたちを「浮遊する子どもたち」と表現していました。就学前に当てはめると、保育所や幼稚園には「支援クラス」はないわ、療育園は少ないはで行くところがなく、大変なことにならなければいいがと懸念します。障害の重い子どもたちや「手のかかる」子どもたちが敬遠されかねません。
また、必要な訓練や療育を十分受けていない子どもたちが学校にあがることになります。障害を受容していない、受容できない保護者への働きかけが益々必要になります。学校は更に「要支援」の子どもたちが増えるだろうという悪循環になるでしょう。障害の早期発見、早期療育は鉄則です。これをしっかり守らなければなりません。
先だっても、療育分野の関係者が集まって保育・療育を守る運動をどう進めるかの議論をしたばかりです。
今日勉強させてもらった保育園での「グループ保育」のとりくみは、そうした「保育改革」の方向にも一石を投じることになるのではないかと思っています。
前回は「変なおっちゃんがおったなぁ」程度にしか思っていなかった子たちが、帰り際にはいい顔をしてちゃんと視線を合わせて「バイバイ」と言いに来てくれました。次の「にこにこの日」が楽しみです。