不動院と天海と東照三所大権現(3)
天海と随風、蝙蝠沙門と無心~天海の別名~
日光山輪王寺には、天海蔵という、生前、天海が集めた
経典や書物を収蔵した書庫があります。
そこには、様々な貴重な資料が遺されているのですが、
その中に『王澤抄私』(二冊、№42)と
『枕月 三身義 新成顕本』(№41)という書物があります。
『王澤抄私』の表紙には、「蝙蝠沙門 随風之」や
「蝙蝠沙門 無心(花押)」などと記され、奥書には、
「随風(花押)」などの署名が見えます。
ここからは、随風が、蝙蝠沙門や無心などとも名乗っていた
ことが分かります。風に随(したが)うや、鳥でも
獣でもなく、闇を飛び交う蝙蝠のような僧侶、無心など、
もし自ら名乗ったのであれば、そこから当時の天海の
心の内がうかがえるかもしれませんね。
『枕月 三身義 新成顕本』の奥書には、
「常州江戸崎不動院当住随風(花押)」と署名があり、
これが随風を名乗った不動院住職時代のものであることが
わかります。
更にこの本には、「自定珍借用」とあることから、
稲敷市小野にある逢善寺十五世学頭の定珍より借用した
ものであることが分かります。
この定珍は、比叡山に学んだ極めて優秀な学僧であり、
天海とは、共に同じ師匠の実全に学んだ兄弟弟子の関係
にあったと考えられています。
このような書籍の奥書から、江戸崎不動院時代の天海
(随風)は、書籍を借用するなどして集め、熱心に写本
し、学問に励む日々を過ごしていたこと、その一方で
大きな志を抱きつつも、それが叶えられないもどかしさを
感じていたのかもしれませんね。
天海と随風、蝙蝠沙門と無心~天海の別名~
日光山輪王寺には、天海蔵という、生前、天海が集めた
経典や書物を収蔵した書庫があります。
そこには、様々な貴重な資料が遺されているのですが、
その中に『王澤抄私』(二冊、№42)と
『枕月 三身義 新成顕本』(№41)という書物があります。
『王澤抄私』の表紙には、「蝙蝠沙門 随風之」や
「蝙蝠沙門 無心(花押)」などと記され、奥書には、
「随風(花押)」などの署名が見えます。
ここからは、随風が、蝙蝠沙門や無心などとも名乗っていた
ことが分かります。風に随(したが)うや、鳥でも
獣でもなく、闇を飛び交う蝙蝠のような僧侶、無心など、
もし自ら名乗ったのであれば、そこから当時の天海の
心の内がうかがえるかもしれませんね。
『枕月 三身義 新成顕本』の奥書には、
「常州江戸崎不動院当住随風(花押)」と署名があり、
これが随風を名乗った不動院住職時代のものであることが
わかります。
更にこの本には、「自定珍借用」とあることから、
稲敷市小野にある逢善寺十五世学頭の定珍より借用した
ものであることが分かります。
この定珍は、比叡山に学んだ極めて優秀な学僧であり、
天海とは、共に同じ師匠の実全に学んだ兄弟弟子の関係
にあったと考えられています。
このような書籍の奥書から、江戸崎不動院時代の天海
(随風)は、書籍を借用するなどして集め、熱心に写本
し、学問に励む日々を過ごしていたこと、その一方で
大きな志を抱きつつも、それが叶えられないもどかしさを
感じていたのかもしれませんね。