・・・眠れなくなった。
酒をガンガン飲みながら、ユーチューブで、いろんな曲を聞いていた。
ふと、コブクロの「蕾」が聴きたくなってしまった。
この曲は、「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』の主題歌に書き下ろされた曲です。
作詞作曲は、コブクロの小渕さん。
レコード大賞をとったときに、「母が一緒に歌ってくれたと思う」っていうコメントをした、有名な曲です。
♪涙こぼしても
汗にまみれた
笑顔の中じゃ
誰も気づいては
くれない
だから、
あなたの涙を
ぼくは
知らない。
私には、おばさんがいて、母のお姉さんにあたる人です。
農家に嫁いだおばさんには、お子さんがいなかったせいか、私のことは、とても可愛がってくれました。
ほんとは、一度妊娠したのだけど、流産してしまって、そのあと、子供ができることはなかったのです。
私が、高校生の頃、
私は、バイトがしたかったのですが、私にバイトをさせると、何をしでかすかわからなかったので、ビビッたウチの
おとんとおかんは、
「おばしゃんちで、働いて来い!」
と、言います。
私は、暑い夏の田んぼで、寒い冬の畑で、おばしゃんと一緒に、農作業をしました。
私は、見た目も悪かったし、高校生の頃には、私に期待してくれる人なんか、誰もいませんでした。
だのに、おばしゃんだけは、
「あんた、強かね〜。」
「あんた、力の強かね〜。」
って、私をほめてくれました。
ほんと言うと、私が褒められるようなところは、「力が強い」って、そこだけしかなかったのですが、等身大で期待してもらえることがなかった私にとっては、「私のいいところ」をそのまま見てくれる貴重な存在でした。
・・・ちなみに、オヤジも、私に期待してたみたいですが、その期待は、【弁護士になれ】とか【市議会議員になれ】とかいうようなむちゃくちゃなものでした。
「強かね〜。」「アイスクリームば、食べんしゃい。」
それから、何年もたって、私も仕事をもち、家族を持ちました。
おばしゃんは、肺癌を、患いました。
親戚が、おばしゃんをはげますための飲み会を企画しました。
カラオケのある座敷で。
おばしゃんは、
「Rの歌が聴きたか。」
って、言ってたそうです。
だけど、その日。
私の声は、仕事の都合で、枯れてました。
これから、入院生活に入る、おばしゃんに、なんの応援もできなかったのです。
親さえ、もう、だめかな、ってあきらめかけた私に、無償の期待をしてくれたおばしゃん。
今でも、コブクロの「蕾」を聴くと、
「この歌をおばしゃんにささげたかった!」
って、涙がとまらなくなるのです。