夜泣き屋_ブログ店

僕がいなくなったときに、ウチのチビたちが楽しめるような、「ウチのチビたちのためだけの千夜物語」を目指します

【友人T】

2013-10-12 17:48:59 | Weblog
【友人T】

明日、明後日は、仕方がないこととして、
今日だけは、絶対に仕事せんぞ!


って、心に決めて、とことんダラダラ過ごしました。

用事もないのに、バイク用品店に行って、帰り道も、いつも曲がらないところで曲がって、【いつもなら使わない道】を通って帰ってきました。

【いつもなら曲がらないところ】で曲がった、【いつもなら使わない道】


そこで、不意に、
∑( ̄Д ̄;)ノノ はっ!
気づいてしまいました。

その道は、私の【中学の頃の友人T】が亡くなった現場なのです。

【友人T】は、とってもいいヤツで、将来の夢をしっかり持ってるヤツでした。

サッカーの名門に進み、ゴールキーパーを守っていました。
九州大会の決勝は、テレビでも中継され、実況のアナウンサーは、何度もナイスプレイを見せるTの名前を何度も何度も実況しました。

この中継の数年後に、Jリーグが開幕しましたので、もし生きていれば、間違いなく、Jリーグで大活躍したと確信しています。

文才もあり、とっても面白おかしい作文を書いていました。中学生といえば、面白がって、【誰かを貶めるようなこと】を言いがちですが、Tは、そんなことは一切しない、Tは誰からも好かれ、みんなの人気者でした。


中途半端に素行が悪かった私が、【ヤマハ チャッピー】という、オバチャンが、お買い物に行くときに乗るような原付自転車に乗っている時に、Tは、【そのままレースに出れる】と言われた、スズキRG250γ(ガンマ)に乗っていました。
2サイクル250cc 45PSという、誰もが憧れる、カリッカリのレーサーレプリカです。

無茶な運転をするような性格でもなかったので、事故の原因は、誰もわからないのですが、事故に遭い。亡くなってしまったのです。

Tのお父さん・お母さんも僕たちが憧れるような方で、まさに理想的な家族でした。その家族が悲しむ姿を見て、胸が痛みました。

その、Tが亡くなった道を、今日、30年ぶりに通りました。

私は、バイクに乗るのを30年我慢してやっとこの夏、乗れるようになりました。

アイツが生きていれば、私にとって、すっごい自慢の友達だっただろうと、とても、とても残念な気持ちを思い出しました。

もっともっと安全運転せないかんですね。