ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

女子プロレス、ルチャ・リブレ、レトロなどなど、プロレス人生を謳歌するロッシー小川の仕事や趣味について大公開!!

女子ガイコク人列伝(第44話)マルセラ

2009年02月05日 19時21分49秒 | 女子ガイコク人列伝
1971年5月31日生まれ、メキシコ・ゲレーロ州出身。156cm、60kg。(得意技)タパティア、プランチャ
 86年にローカル・インディーでデビューしたが、なかなか注目されることがなく、長い時間を要してCMLL入り。90年代後半から00年代初頭にかけ、大日本プロレスに長期参戦。団体の用意した寮で暮らし、他団体の女子レスラーとの対戦で大日本マットを活性化させていった。特に強烈なキャラクターではないため、どちらかと言えば玄人好みの、しっかりしたルチャを披露していた。
 帰国後の05年からCMLLが女子部を再開し、ここでチャンスをものにしたのがマルセラだった。05年9月17日、アレナ・メヒコでダーク・エンジェルを破り、復活したCMLLの第8代世界王座を奪取。デビューしてから19年目の快挙だった。その年の11月、新間氏が企画した『IWGP』に来日。CMLLのチャンピオン・ベルトを持参したが、あまり注目されることなく、帯同したアマポーラとの対戦に終始した。
 私は06年9月にメキシコに行った際、HIROKAと再会。これがきっかけで急に親しくなったが、「日本に行きたいので、いろいろな団体にブッキングをお願いしたい」と頼まれた。その時に「マルセラにお世話になったので、彼女を連れて行きたいんです。彼女にいい思いをさせたいので」と言われ、改めてマルセラの存在に気がついた次第だ。07年1月にHIROKAに連れられ来日したマルセラだが、じっくりと話をしたり接触したりしたのはこの時が初めてみたいなもの。お互いのことは知っていたが、接する機会がなかったのだ。
 マルセラとHIROKAはCMLLではライバル同士で、6人タッグやタッグで毎回対戦しているため、激しさといい、リズムといい、間といい、絶妙のタイミングでルチャの醍醐味を発揮してくれた。HIROKAのルチャはマルセラによって開眼されたと言っても過言でない。無我の後楽園大会ではHIROKAとシングルを行ない、その模様は週刊ゴング誌でカラー2ページに渡り紹介された。素顔のマルセラは日本食が大好きで、トランプを教えたら、暇さえあれば「大貧民」に興じていた。
 07年4月にはナショナル王者にもなった。ナショナル王座はメキシコでは、世界王座と同等の権威と価値がある由緒あるタイトルだ。また、毎年11月開催されるボディビル・コンテストでも、存在感を発揮。10歳の男の子の母だが、鍛え方はハンパじゃない。HIROKAにとって、師匠であり最高のライバル。本場で見る二人の対決は、絶対に目が離せない!






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