僕の渓流釣りは上村川で始まった。
大阪から赴任してきた当時の上司が渓流釣りが好きということで同行させてもらった最初の釣り場は、お隣愛知県の名倉川。
その後、もう少し脚を伸ばして寒狭川にも2、3度行った。
しかし、思うような釣果が得られず、もう少し自宅から近いところに釣り場はないものかと、インターネットなどで情報を集め「次回はこの上村川ってとこに行ってみましょうよ」と提案したのは僕だ。
2005年5月。ゴールデンウィーク後の早朝の上村川に、我々は降り立った。
「めっちゃくちゃ綺麗な川やなあ。これまでに見た中で一番綺麗やわ。下手に動くと魚に感づかれるな」
これまで東北や北関東の渓流で竿を出した経験の長い上司Kさんをして、「いちばんきれい」と言わしめた上村川は、その後僕のホームリヴァーとなり、多くの思い出深い釣りをして、思い入れのある魚と出会った。
忘れ去られたような沢を見つけ奥まで分け入ったのも上村川であれば、本流竿の扱いの基礎を身に付けたのも上村川だ。
渓の釣り専門だった僕に、本流釣りへ転向するきっかけを与えてくれたのも上村川だ。
ある渓で釣り終えて、V字谷の底から上がってくる途中で、真新しい熊の糞を見つけたのだった。
それまでの僕の釣り方がなんて恐いもの知らずで無鉄砲な釣りだったのかを教えてくれた。
真夏でも水底まで突き抜けて見えるくらい高い透明度を誇った上村川の流れに変化が表れ始めたのはいつ頃だったか。
正確には覚えていないが、2009年のシーズンにはかなり色付いていたように思う。
「透明度が高い=プランクトンが少ない」ということだとしたら、痩せていた上村川が肥えてきているのかとも考えられるのだが、そのシーズンを最後にそれまでのような楽しい釣りをさせてくれる魅力的な川から、魚の姿が薄い川に変わり始めた。
端的に言うと「釣れない川」になってしまった。
春先には下流のダムから遡上する多くの銀毛アマゴに出会えたのが、その姿を殆ど見かけなくなった。
毎年尺クラスのアマゴが竿を絞ってくれたポイントは、尺どころか魚の姿が殆どなくなった。
そもそも植林事業によって周辺の山は針葉樹の森である上に、川底も白い砂礫層なため魚が大きくなる要素は少ない。
尺クラスが精いっぱいというような川ではあったが、それでも尺アマゴに出会えるポイントは幾つかあった。
楽しい思い出をたくさん与えてくれた上村川を裏切ることになると思い、僕は諦めずに通ったが状況は好転しなかった。
2013年8月17日、その日の上村川釣行も全く期待はしていなかった。単に川の状況調査のための釣行と考えていた。
「僕の渓流釣りは上村川で始まった」。何度もその言葉が脳裏をよぎった。
使い始めて7シーズン目を迎える10mの長尺ロッド、「琥珀本流エアマスター」の裁きを磨けたのは、南飛騨の益田川、小坂川、そして奥飛騨の高原川という岐阜県が全国に誇れる名川であるが、本流竿の扱いの基礎を学んだのはこの上村川だ。
渓の釣りしか出来なかった僕が、長良川本流で散々な目に遭った時、先ずは通い慣れた川で本流での釣り方をマスターせねばと帰って来たのも上村川だ。
ナチュラルドリフトしか出来なかった僕がドラグドリフトや聞き流しをマスター出来たのは、前述の益田川、小坂川、高原川、長良川、このような強者ひしめく有名河川ではあるが、先ずは基礎を身に付けねばとやってきたのもこの上村川だ。
自宅から1時間余りの距離にあんなに美しい川が流れているなんて僕はなんて幸せなのかと思った時期もあった。
休日に少し空いた時間があればすぐに釣行した。
禁漁の時期にも上村川の清廉な流れを見に来た。
思い出を振り返りながらクルマを走らせ、久しぶりの上村川に降り立った。
先ずは毎年何本もの尺アマゴに出会えた過去の有望ポイント。
しかし、尺どころかアタリすらない。
水温は20℃を僅かに超えるくらい。
真夏の上村川はこれくらいにはなる。
確かに厳しい条件ではあるが、全く食わなくなる水温でもない。
実際過去にはこれくらいの水温で尺アマゴを獲ったのだ。
そしてやっとのことで釣り上げたアマゴも体長20cmほどの小型。
しかも頭が大きくて身体全体は痩せている。
恐らく餌が少ないのだろう。
川の水は以前とは比較にならぬくらい透明度が落ちている。
やはりこの水質の変化と関係があるのではないか。
もう上村川が復活する日は来ないのかなあ・・・
順に上流に向けてクルマを走らせた。
降り立ったポイントごとに、そこでの釣りの思い出が脳裏を過った。
感傷的になり竿を出す気にもなれず、寂しい気持ちのまま上村川に通い始めた当初によく入ったポイントに到着した。
水温は21℃。時刻は14時を少し回った頃。いちばん暑い時間帯だった。
一帯のポイントで魚が着いて居そうな箇所を流しながら少しずつ釣り上がった。
しかし全くアタリはない。
この状況では無理もないな・・・
期待どころか殆ど諦めかけてはいたものの、周辺ではいちばん有望と思われる流れに餌を流した。
打った餌が馴染み始めた時、ツツツッという弱い感触とともに目印が下流側に動いた。
間髪入れずあわせをくれると、確実に鈎に乗った感のある重めの手応え。
何とかまともなサイズが出迎えてくれたかなと余裕で取り込むつもりが、流れに乗って走るとかなり重い。
僕は腰を落とし竿を強めに矯めた。
激しい首振りの後、上流の緩流帯に向かって走る魚影。
その魚影に僕の胸は高鳴る。
「あぁっ!尺アマゴやないか!」
その魚体を、差し出した網に導き入れた時の気持ちはなんと表現すれば良いのだろう。
諦めていたのに獲ったという喜び、現実と思い出とが重なるような懐かしさ、
上村川はまだ死んでいなかったという安堵の気持ち・・・
「私はまだ死んでいないのよ!」・・・瀕死の上村川が言うかのように出迎えてくれたこの尺アマゴへの感謝の気持ち。
それらが複雑に混じり合って、僕は暫くの間その尺アマゴを眺めて感傷的になっていた。
その日はそれで納竿とした。
弱った体力を回復させた後、僕はその尺アマゴを流れに返した。
上村川をどうか復活させて欲しい。
そのために、強く大きくなる遺伝子を残して欲しい。
精悍な鼻曲がりの顔付きと盛り上がった逞しい背。
過去にはこういうアマゴを何本も獲った上村川。
この魚を獲ったポイントは漁協管内でも上流域であり、その辺りの透明度はそれほど落ちてはいないが、極薄いエメラルドグリーンだった色が、薄い琥珀色に変わっていたように思う。
その証拠にアマゴの体色も黄色がかっている。
この日のタックル
竿:シマノ スーパーゲームベイシス 75-80MH
水中糸:ナイロン0.5号
ハリス:フロロ0.4号
鈎:オーナー スーパーヤマメ7号
餌:ブドウ虫
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