今月下旬の投票を控えた大阪のW選挙。
マスコミは、相変わらず橋下前知事を取り上げ、知名度アップに「貢献」している。
維新の会が府議会に提出した条例案がある。
国民の中にある「公務員バッシング」の気分を巧みに利用している。マスコミもそのあたりしか取り上げていない。
だがどうだろう。
橋下氏が知事就任後実行してきたことを冷静に見て欲しい。
私も、このブログで当時批判したが・・・万博公園内にあった「国際児童文学館」を、「カネを稼がない無駄な施設」と廃止してしまった。
この施設は、いわば児童書に関する図書館である。私も訪問したことがある。
確かに、財政面としては稼ぐどころか支出する一方かもしれない。だが、将来を担う子どもたちの知識や人格を養うことを考えたら、カネには換算できないほどの価値があるものだ。
それを前述のような理由で廃止してしまった。
今回の条例案提出の理由などを聞いていると、根本のところで共通している。「国際社会に有能な人材育成」など、聞こえはいいが、人間は経済活動だけのために存在し生きているのだろうか。
また、国際社会に貢献できないような人材は無用な存在なのだろうか。
どちらの存在もあっていいのである。
どちらかが重要で、他方が無用ということはないはずだ。
それを、橋下流の価値観だけで「モノサシ」を法定(条例化)して、そのモノサシによって、大半の(ここがミソ。大阪府民の圧倒的多数は橋下流モノサシでは排除される側になる)子どもたちが「無駄」扱いされるのである。
いきおい、それは高校(だけにとどまらず小中学校にも波及する)の教職員をサラリーマン化させ、企業の成績のようになるだろう。
効率よく優秀な子どもたちを作り出す学校・教師だけが優遇され、「金八先生」のような教師は、必要ないとされる学校である。
そんなことをすれば、長年の歴史で培ってきたあの「大阪風土」は根本から破壊され、30年50年後は、冷酷で賢く優秀な「冷たい大阪府民」が幅を利かしているということになりかねない。
大阪府民・市民の皆さん
マスコミに踊らされることなく、冷静な目で将来を見据えた選択をしていただきたい。
6日、精華町では、国民文化祭2011の少年少女合唱の部が開催された。
正直、上手いかどうかではかなりの格差があった。
さて、この中で、久しぶりに聞いた歌がある。
タイトルの「涙をこえて」だ。
学生の頃、みんなと一緒に歌っていた中の1つ。歌詞が印象的なので、私の記憶する範囲で1番だけ載せておく(もし間違っていたらご連絡を)
涙をこえて
心の中で明日が 明るく光る
かげりを知らぬ若い 心の中で
この世でたった一度 めぐりあえる明日
それを信じて (ランランラララララ)
涙をこえてゆこう
なくした過去に泣くよりは
涙をこえてゆこう
輝く明日 みつめて
という歌詞である。