貧乏は正しい! 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの最終戦争 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの東京物語 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの資本論 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの未来計画 橋本治著 小学館文庫
どうやって若者は今後生きていけばいいのかを考えさせるために1991年にヤングサンデーに連載されたものをまとめて出版された本の文庫版。
昭和が終わり、ベルリンの壁が崩壊した1989年。
バブルの最中でもあるが、大きな事件が起こるたびに、世の中がこれからどうなっちゃうんだろうと考え始めた時期に、著者橋本治はさっさと古い時代の終わりだと考えた。
そして2年後から、ソ連が崩壊、バブルの破裂、阪神淡路大震災、オウム事件と世紀末を感じさせる激震が日本を襲い、ホントにひとつの時代が終わっちゃったわけだ。
それに先駆けて、古い時代が終わっちゃったんだから、これからは新しい時代を生きていかなければならない、特に若者は、というわけでこのシリーズが連載される。
新しい時代を生きていくには、新しい世の中を作っていくには、古いこれまでの時代を理解してないと失敗すると橋本は考えて、17歳をターゲットにマンガ雑誌に世の中の成り立ちを説いたものを単行本化の後、1998年に文庫化された。
読んでの感想は、おおむねこれまで考えていたことと相違はなくて、自分では言語化出来なかったものをわかりやすく(文体はかなりわかりにくいが)まとめたものだと思えた。
もっともそう思ったのは自分だけかもしれなくて、世間の”常識”では無茶な話ととらえていたのかもしれない。
しかし時代が進んでしまえば、結局著者の言うことが間違っていなかったと言える世の中になっていて、だから当時この本を読んで“運良く”自分の身の振り方を考えることが出来た若者は、オッサン、オバハンの入り口にさしかかるであろう現在も強く生き抜いていることだろう(か?)。
世の中を知るのには当時としては大変有意義な教科書だと思う。
ただし20世紀の教科書だ。
世の中はすでに21世紀。
あれから時代は進み、「これからの未来」はすでに「今の時代」になっている。
当然”教科書”には書かれていない。
だから”その後”は各自が自分で考えて生きていかねばならないのだ。
その考える力の基礎をこれらの本が担ってくれるのは間違いない。
だから今読んでも役に立つと思う。
「事件」を見にゆく 吉岡忍著 文春文庫
週刊文春に1987年から88年にかけて連載された記事を書籍化したもの。
バブルの時代に起きた事件を取材したものだが、同じような事件が現在も同様に起こっている。
橋本治流に言えば、時代はすっかり変わったのに、相変わらず人がやることは変わっていないということか。
偽やせ薬、不倫殺人、人員削減、餓死、児童淫行など今も新聞雑誌をにぎわしている。
やっていることが変わらないということは、やっている思考も変わらないということで、おいおい新しい世の中を迎えて考え方は変わらなかったのかい、とツッコミを入れてしまいたくなる。
まあ変わらないから、世の中こんなザマなんだけど。
ペログリ日記’95~’96 田中康夫著 幻冬舎文庫
「噂の真相」連載の書籍化。
20世紀末期の個人的日記であるはずのものが、文章のすきまから当時の世相を垣間みることが出来て面白い。
日記文学とはだいたいそういうものだろう。
超多忙な筆者の毎日と超人的な体力とPG数にあきれるが、そういう時代であった。
もうすでに日本という国からは何も生み出されてはいない時代であったはずだが、相変わらず世の中は忙しく動いていて、後から思えば最後のあがきであったのかしれないと思える。
そういう時代を面白がりつつ、冷静な目で時代を観察していた人はどれぐらいいたであろうか。
特別付録のペログリ嬢4人による対談は、他の追随を許さない真の田中康夫”研究”であり”分析”である。
ただし誰もその後W嬢と結婚するとは予想していなかった。
南山手町の街並み 1
長崎県長崎市南山手町,相生町
撮影 2014年3月23日 日曜日 16時00分
貧乏は正しい!ぼくらの最終戦争 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの東京物語 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの資本論 橋本治著 小学館文庫
貧乏は正しい!ぼくらの未来計画 橋本治著 小学館文庫
どうやって若者は今後生きていけばいいのかを考えさせるために1991年にヤングサンデーに連載されたものをまとめて出版された本の文庫版。
昭和が終わり、ベルリンの壁が崩壊した1989年。
バブルの最中でもあるが、大きな事件が起こるたびに、世の中がこれからどうなっちゃうんだろうと考え始めた時期に、著者橋本治はさっさと古い時代の終わりだと考えた。
そして2年後から、ソ連が崩壊、バブルの破裂、阪神淡路大震災、オウム事件と世紀末を感じさせる激震が日本を襲い、ホントにひとつの時代が終わっちゃったわけだ。
それに先駆けて、古い時代が終わっちゃったんだから、これからは新しい時代を生きていかなければならない、特に若者は、というわけでこのシリーズが連載される。
新しい時代を生きていくには、新しい世の中を作っていくには、古いこれまでの時代を理解してないと失敗すると橋本は考えて、17歳をターゲットにマンガ雑誌に世の中の成り立ちを説いたものを単行本化の後、1998年に文庫化された。
読んでの感想は、おおむねこれまで考えていたことと相違はなくて、自分では言語化出来なかったものをわかりやすく(文体はかなりわかりにくいが)まとめたものだと思えた。
もっともそう思ったのは自分だけかもしれなくて、世間の”常識”では無茶な話ととらえていたのかもしれない。
しかし時代が進んでしまえば、結局著者の言うことが間違っていなかったと言える世の中になっていて、だから当時この本を読んで“運良く”自分の身の振り方を考えることが出来た若者は、オッサン、オバハンの入り口にさしかかるであろう現在も強く生き抜いていることだろう(か?)。
世の中を知るのには当時としては大変有意義な教科書だと思う。
ただし20世紀の教科書だ。
世の中はすでに21世紀。
あれから時代は進み、「これからの未来」はすでに「今の時代」になっている。
当然”教科書”には書かれていない。
だから”その後”は各自が自分で考えて生きていかねばならないのだ。
その考える力の基礎をこれらの本が担ってくれるのは間違いない。
だから今読んでも役に立つと思う。
「事件」を見にゆく 吉岡忍著 文春文庫
週刊文春に1987年から88年にかけて連載された記事を書籍化したもの。
バブルの時代に起きた事件を取材したものだが、同じような事件が現在も同様に起こっている。
橋本治流に言えば、時代はすっかり変わったのに、相変わらず人がやることは変わっていないということか。
偽やせ薬、不倫殺人、人員削減、餓死、児童淫行など今も新聞雑誌をにぎわしている。
やっていることが変わらないということは、やっている思考も変わらないということで、おいおい新しい世の中を迎えて考え方は変わらなかったのかい、とツッコミを入れてしまいたくなる。
まあ変わらないから、世の中こんなザマなんだけど。
ペログリ日記’95~’96 田中康夫著 幻冬舎文庫
「噂の真相」連載の書籍化。
20世紀末期の個人的日記であるはずのものが、文章のすきまから当時の世相を垣間みることが出来て面白い。
日記文学とはだいたいそういうものだろう。
超多忙な筆者の毎日と超人的な体力とPG数にあきれるが、そういう時代であった。
もうすでに日本という国からは何も生み出されてはいない時代であったはずだが、相変わらず世の中は忙しく動いていて、後から思えば最後のあがきであったのかしれないと思える。
そういう時代を面白がりつつ、冷静な目で時代を観察していた人はどれぐらいいたであろうか。
特別付録のペログリ嬢4人による対談は、他の追随を許さない真の田中康夫”研究”であり”分析”である。
ただし誰もその後W嬢と結婚するとは予想していなかった。
南山手町の街並み 1
長崎県長崎市南山手町,相生町
撮影 2014年3月23日 日曜日 16時00分