やっと台風も過ぎ静かな朝がやってきました。
って・・・家はまだ雨戸をしているので暗闇です。
わが町は大した被害もなかったようで一安心です。
昨日の私と言えば一日中料理三昧でした。
朝食を済ませるとパン作りを開始
出来上がるまで3時間ほど・・・。
いつものように発酵の合間に家事一般をこなし、
昨日のパンは具入りパン・アンパン・ピザパン計20個
それにあんこが残ったので、ぜんざいまで作りました。
『太るもとを沢山・・・きっと太る・・・』
そんな思いでしたが、子ども達と主人が喜んで食べてくれたのでいい事にします。
その後にもらった栗を栗ご飯にしようと・・・
栗の皮むきに1時間・・・疲れました。
夕食の準備も普通にし、本当に料理三昧の一日でした。
この世に生を享けて・・・『周りの愛情!編』
前回の『祖父の厳しさ・・祖母の優しさ』で書いたように
私は祖父といつもの様に山の畑に
リヤカーの荷台で揺られながらあまりの気持ちのよさに眠りの世界へ・・
そこに突然の激痛で目を覚ましたと同時におお泣きしている私がいました。
祖父は私の鳴き声に驚きあわてて車輪から左足をはずしてくれました。
そんな事があって暫く私は立つことも歩くことも出来ずにいて・・・。
「きっと甘えてるだけだよ」
と祖父は自責の念を抑えるように言っていたようです。
それでも一向にたつ事もできない私を見かね・・。
長女のお舅さんが
「立つ事も歩く事もできないのはおかしいから・・・」
と言って病院へ連れて行ってくれました。
そこで左足骨折がわかり治療へと・・・。
暫くそのままにしていたのでお医者様も大変で
骨を元通りにするのに痛くておお泣きしたことを覚えています。
私の生家から病院へ通うのは大変だと言う事もあり、
暫く姉嫁ぎ先にご厄介になる事になりました。
当時姉のお舅さんは市議会議員を務めていて
とても世話好きの優しい人でした。
私をいつも病院に連れて行ってくれたのも
途中でギブスを切り足浴可能になったら、
毎日温かいお湯に私の足をいれ丁寧にマッサージをしてくれていたのも
姉のお舅さんでした。
優しいお舅さん・おおらかなお姑さん・
当時姉のところには義兄の姉妹もいて本当に大変な中
姉の家族に大切にして貰った事を覚えています。
その後も姉のお舅さんとは縁が深く、
(私たちを育ててくれた2番目の姉は義兄の弟・・次男と結婚)
最後の時を見取った事を覚えています。
とても優しくいろんな方から慕われた人でした。
今私が普通に歩く事ができたのも姉のお舅さんがいたからこそなんです。
『本当にありがとうございました。』
このことを忘れない事が恩返しですね。
その後足も全快し生家に戻っては、
いつものように祖父に怒られ、祖母にかばわれ・・・
の毎日を過ごしていきました。
そんな陽だまりの日常も長く続く事もなく・・・・。
祖父母との別れが来るのですが・・・
それはまた今度『永久の別れ編』パート2へつづく
って・・・家はまだ雨戸をしているので暗闇です。
わが町は大した被害もなかったようで一安心です。
昨日の私と言えば一日中料理三昧でした。
朝食を済ませるとパン作りを開始
出来上がるまで3時間ほど・・・。
いつものように発酵の合間に家事一般をこなし、
昨日のパンは具入りパン・アンパン・ピザパン計20個
それにあんこが残ったので、ぜんざいまで作りました。
『太るもとを沢山・・・きっと太る・・・』
そんな思いでしたが、子ども達と主人が喜んで食べてくれたのでいい事にします。
その後にもらった栗を栗ご飯にしようと・・・
栗の皮むきに1時間・・・疲れました。
夕食の準備も普通にし、本当に料理三昧の一日でした。
この世に生を享けて・・・『周りの愛情!編』
前回の『祖父の厳しさ・・祖母の優しさ』で書いたように
私は祖父といつもの様に山の畑に
リヤカーの荷台で揺られながらあまりの気持ちのよさに眠りの世界へ・・
そこに突然の激痛で目を覚ましたと同時におお泣きしている私がいました。
祖父は私の鳴き声に驚きあわてて車輪から左足をはずしてくれました。
そんな事があって暫く私は立つことも歩くことも出来ずにいて・・・。
「きっと甘えてるだけだよ」
と祖父は自責の念を抑えるように言っていたようです。
それでも一向にたつ事もできない私を見かね・・。
長女のお舅さんが
「立つ事も歩く事もできないのはおかしいから・・・」
と言って病院へ連れて行ってくれました。
そこで左足骨折がわかり治療へと・・・。
暫くそのままにしていたのでお医者様も大変で
骨を元通りにするのに痛くておお泣きしたことを覚えています。
私の生家から病院へ通うのは大変だと言う事もあり、
暫く姉嫁ぎ先にご厄介になる事になりました。
当時姉のお舅さんは市議会議員を務めていて
とても世話好きの優しい人でした。
私をいつも病院に連れて行ってくれたのも
途中でギブスを切り足浴可能になったら、
毎日温かいお湯に私の足をいれ丁寧にマッサージをしてくれていたのも
姉のお舅さんでした。
優しいお舅さん・おおらかなお姑さん・
当時姉のところには義兄の姉妹もいて本当に大変な中
姉の家族に大切にして貰った事を覚えています。
その後も姉のお舅さんとは縁が深く、
(私たちを育ててくれた2番目の姉は義兄の弟・・次男と結婚)
最後の時を見取った事を覚えています。
とても優しくいろんな方から慕われた人でした。
今私が普通に歩く事ができたのも姉のお舅さんがいたからこそなんです。
『本当にありがとうございました。』
このことを忘れない事が恩返しですね。
その後足も全快し生家に戻っては、
いつものように祖父に怒られ、祖母にかばわれ・・・
の毎日を過ごしていきました。
そんな陽だまりの日常も長く続く事もなく・・・・。
祖父母との別れが来るのですが・・・
それはまた今度『永久の別れ編』パート2へつづく