顔見知りと言いながらお互いに人となりを知らない間柄。
心の距離は離れてます。
健太に興味を持つ京子が切り出したボクシングに関わる話題は成功したようです。
京子 「ねえ、健太君。今幾つ」
健太 「二十三ですね」
京子 「デビュー・・遅いよね」
健太 「ええ、まあそうですね」
京子 「これまで何してたの」
健太 「それって・・なんですぐにプロにならなかったのって事ですか」
京子 「・・・うん。まあそんな事かな」
健太 「・・・ウチは母子家庭なんですよ。お袋は幾つも仕事を掛け持ちして俺を育ててくれたんです。なもんで何時までも甘えちゃいられないんで卒業してすぐ印刷会社に就職したんです」
京子 「それがなんで・・・話したくなかったらいいんだけど」
健太 「別に隠すような事でもないし・・・社会人になってしばらくは俺もお袋の役に立ってるなっていう充実感はあったんだけど・・・その内なんていうか・・・なんだか物足りなって来て・・・」
この話から二人の距離は縮まり始めました。
京子 「ああ、それってわかる。続かないよね、本当はやりたい事があるのにそれを押し殺して生活するって」
健太 「そう・・・かな」
京子 「去年までのあたしがそうだった。北口に移る前あたし七曲りの栗山不動産で事務やってたのよ」
健太 「ああ、社長のとこで・・」
京子 「そう。あたしこう見えてもコロナ前は結構大きなホテルでコックやってたのよ、まあ、見習いだけど」
健太 「へえ、本格的な修行だ」
京子 「でもあれが始まって人員整理の対象になって社長のところに世話になったの」
健太 「ああ、そうだったんですか」
京子 「まあ、お陰で暮らしていけたけど、なにかつまんないのよ」
健太 「そうですよね、わかるな」
二人の距離はもう一つ縮まりました。
京子 「それが知らない内に態度に出ちゃうらしいんだね。社長からよく、お前その仏頂面を何とかしろって言われわ。別にそんなつもりはなかったんだけどね」
健太 「そうかやっぱり態度にでるのかな・・・」
京子 「こっちに移るって事がきまった時、お前どうするって言われたの。だから料理の道に戻りたって言ったら・・・お前はそれがいいかもなって」
健太 「社長には分かってたんですね」
京子 「そうだったんだろうね」
健太 「・・・きっとお袋もそんな気持ちで俺を見てたんだろうな」
京子 「お母さんが?」
健太 「・・・去年22歳の誕生日をお袋が焼き肉屋で祝ってくれたんです。その時突然、あんたボクシングそんなにやりたいんだったら今の仕事辞めてもいいよって・・・俺、ボクシングの事なんか一言も話してなかったのに・・・」
京子 「・・・おかあさんも分かってたんだ」
健太 「ええ。・・・三年あげるから、やるんなら後悔しない様にとことんやりなさい。その代わりグダグダ続ける様な真似だけはしないで、先がないと思ったらスパッと足を洗って。その後の人生の方があんたには大事なんだから・・・そう言ってくれたんです」
京子 「すごいお母さんね」
健太 「ええ、本当にお袋はすごいです」
こうしてお互いを分かり合えた二人は胸襟を開き、京子は健太を応援することにしました。
京子 「・・・プロテスト受かったんでしょう。これからどうなるの」
健太 「一ヶ月後にデビューが決まってるんです」
京子 「あら、そう。それじゃ応援に行くわね」
健太 「本当ですか」
京子 「勿論よ。鳥功の大将も応援してくれるわよ」
健太 「ええ、それはそう言ってくれてますけど・・・」
京子 「きっといろいろ声かけてくれるわ。・・アッ、ねえ、友達いる?」
健太 「ええ、友達くらいいますよ。・・・ああ、こっちにって事?」
京子 「そう」
健太 「ああ、いませんね。こっちに来て半年ですから」
京子 「知ってる?健太君のギャラってね、君が売ったチケットの中から支払われるんだよ」
健太 「ああ、そうなんですか」
京子 「だから、チケット買ってくれる人が多ければ多いほど手取りが多くなるの」
健太 「そうなんだ」
京子 「あたし応援するから、友達にも声かけるから頑張って」
健太 「京子さん有難う。よろしくお願いします」
ここまではメデタシメデタシでした。
ところが・・・
撮影鏡田伸幸
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