サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

「気候変動の地元学」のススメ

2021年05月04日 | 気候変動適応

1.「気候変動の地元学」とは

 2013年から、「気候変動の地元学」を全国各地に提案し、実践をしてきた。「気候変動の地元学」とは、「地域住民等が、地域における気候変動の影響事例調べを行い、それらを共有し、影響に対する具体的な適応策を話し合うことで、気候変動問題を地域の課題あるいは自分の課題として捉え、適応策への行動意図と能力(具体的な備えや知識)の形成を図り、適切な適応策の実施につなげる環境学習及び普及啓発、計画策定の手法」である。

 ただし、「気候変動の地元学」を型にはめるつもりはなく、地域毎にカスタマイズをしている。影響事例調べを行なわずに、適応策への自助・互助を検討する場合もある。適応策の検討とあわせて、カーボンゼロを目指す緩和策のワークショップを行なう場合もある。

 「地元学」は仙台の結城登美雄さん、水俣の吉本哲郎さんが提唱し、実践してきたものである。吉本氏は、「地元学とは…地元の人が主体となって、地域の個性を受け止め、内から地域の個性を自覚することを第一歩に、外から押し寄せる変化を受け止め、内から地域の個性に照らし合わせ、自問自答をしながら地域独自の生活(文化)を日常的に創りあげていく知的創造行為である」としている。

 「地元学」では、見えなくなっている地域資源の発見、地域資源そのものと地域資源と地域住民等との関わりの再構築を狙いとする。「気候変動の地元学」では気候変動による地域資源の変化の発見とその変化に対する地域住民の関わりの再構築を図る。この意味で、「気候変動の地元学」は、気候変動の影響による地域資源の変化という点に注視して行う「地元学」ということができる。

 そして、気候変動が地域資源に影響を与えているならば、地域資源と住民との関係を再構築していくことが適応策だといえる。その適応策を通じて、地域コミュニティの活力を高めていくことも期待される。このように考えると、地域住民が気候変動の適応策を考えるプロセスは、まさに地元学と呼ぶのがふさわしい。

 

2.「気候変動の地元学」の検討経緯

 環境省環境研究総合推進費の「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」において、長野県が市民参加型の気候変動の影響調べ(市民参加型モニタリング)を実施していたことがとっかかりである。この影響調べを入口として市民学習をさらに促せないか、また学習した市民を主役として気候変動適応策の検討ができないだろうかという観点で考案したのが「気候変動の地元学」である。

 最初は、長野県飯田市での試行であった。飯田市の2つの環境NPOを通して、飯田市内における気候変動の影響事例を集めることができ、その成果の報告と適応策を考えるワークショップまでを開催することができた。飯田市では並行して住民アンケート調査を行ない、気候変動の影響実感が適応策の実施意図を高めること、さらに気候変動の影響実感が気候変動の原因認知を伴うことで緩和策(温室効果ガスの排出削減行動)に実施意図を間接的に高めることを明らかにした。

 こうしたスタディをもとに、全国各地に「気候変動の地元学」の提案を行なった。その結果、①県や市の地球温暖化防止活動推進センターにおける地球温暖化防止活動推進員の研修、②神奈川県相模原市藤野地区での実施、自助・互助による適応策の立案、③長野県高森町の市田柿という特産品の適応計画の策定などを行なうことができた。

 

3.「気候変動の地元学」の特長

 「気候変動の地元学」の特長として、3点をあげる。

 第1に、地域主体が参加するからこそ、気候変動による固有性のある地域資源への影響を網羅的に洗い出すことができる。専門家が外から見ているだけでは、抜け落ちてしまう気候変動の地域への影響を捉え、具体的な検討の土俵にのせることができる。

 第2に、気候変動や適応策に関する地域主体の認知や行動意図を高める機会となる。参加者は気候変動の地域への影響を知ることで、気候変動を現在、進行している地域の課題あるいは自分の課題として捉える。そして、適応策を話し合うことにより、地域主体が気候変動の問題認知や適応策の行動意図を高めることが期待できる。

 第3に、気候変動の地域への影響だけでなく、それを規定する地域の社会経済的要因の抽出・共有を行う。気候変動の影響は、温度や降雨の変化という気候外力の変化だけでなく、地域の社会経済的要因によって規定されるが、その社会経済的要因の解消が適応策だといえる。この社会経済的要因を、地域の状況を理解していない外部専門家が見出すことは困難である。

 特に3点目を強調したい。例えば、豪雨の頻度が増加し、地区内の側溝から水が溢れる内水氾濫が起こっているが、地区の過疎化と高齢化による互助による側溝の清掃等の維持管理ができなくなっており、適応策としては”側溝の維持管理ができなくなっている地域コミュニティの弱体化”という社会経済的要因の解消を図ることが重要である。この場合、豪雨でも氾濫しない、維持管理が不要な側溝に付けかえるという対処療法的な適応策もあるが、地域コミュニティの弱体化という根本的治療を行うことが望まれる。社会経済の問題の根本(脆弱性)に踏み込んだ適応策を進めるうえで、社会経済的要因にフォーカスする「気候変動の地元学」が有効である。

 

4.「気候変動の地元学」の実施上のポイント

 最後に、「気候変動の地元学」で留意すべき6つのポイントを列挙する。こうしたこだわりをもった「気候変動の地元学」をさらに全国各地で実践し、共有していきたい。

  • 私(たち)が、気候変動の問題の被害者であること、被害者となり得ることへの実感を高める。対策が後手後手となり、各地で豪雨や猛暑の被害が生じている。私(たち)の危機であることを自覚する。
  • 気候変動の身近な地域への影響について、私(たち)は知らないことが多い。地域の変化に詳しい地域に長く住んでいる人に聞くこと、影響を受けている人の状況や専門家の持つ知見も集めて学ぶことが必要である。
  • 気候変動の地域の影響の現状や将来予測を踏まえて、これまでの防災や熱中症対策では不十分であり、さらに追加的適応策の必要性があることを知り、考える。
  • 気候変動の影響は、心身の弱者及び社会経済的な弱者に深刻であり、弱者を支援するという視点を持つ。
  • 気候変動の影響は、私(たち)の暮らしを支える農林水産物や工業製品の生産地にとっても深刻であり、消費者はその影響を受ける。生産者を支える視点と特定の外部に過度に依存しない視点の両方が必要となる。
  • 気候変動の影響に対する適応策を行政に期待するだけでは不十分であり、自助(一人ひとりができること)と互助(助けあって行なうこと)の取組みを、私(たち)自身が企て、実践していくことが求められる。

 

注)本原稿は、認定NPO法人環境市民の季刊会報誌「みどりのニュースレター」2021年春号(通算320号)に寄稿したものです。

 


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