城と歴史歩きを楽しむ

専門的でも学術的でもなく、気楽に
山城中心に城巡りと歴史歩きを楽しみましょう!

駿河・興国寺城 土塁の見事さに圧倒される土の城

2018-07-08 | 歴史
静岡県沼津市の興国寺城は、伊勢宗瑞(北条早雲)が初めて城主になった城で
今川氏の家臣から身を起こし、やがて戦国大名へと成長する起点となった城です。

その後、豊臣、徳川などの侵入してきた勢力によって、改修・補強がなされたとされ
今見えるのは、三河三奉行の一人、天野三郎兵衛の時に廃城となった姿のようです。

新東名高速の開通により。駿河湾沼津SAにETCインターが出来たので、訪れやすく
なりました。

巨大な土塁が残り、圧倒される
最大11mを測る土塁遺構が残っているが、往時はそれ以上の高さを誇る土塁が
ぐるっと取り巻いていたであろうことが想像できる。

土塁上の天守台と背後の深い空堀
北側の土塁上に天守台と伝わる方形の遺構が残っていました。土塁で囲まれた
北側は、深くて広い空堀で防御されています。
 伝天守台の人物との比較で規模の大きさが実感できるでしょうか?

土塁上から堀底を歩く人を見る
土塁の上から堀底を歩く人を見ると、ちっちゃく見えて、土塁の高さと
ボリューム感が判ります。
 本格的な土塁を見学したい方には、土塁を満喫できること間違い無しの
興国寺城です。

興国寺城から見える富士山
訪れる季節によっては、雪をかぶった富士山をバックにした景色を楽しめます。
 
天野三郎兵衛は、徳川家康の三河時代に奉行として活躍した戦国武将の一人で
 仏高力、鬼作左、どちへんなきは天野三兵 と称されて今に伝わります。
仏と鬼に対して中庸であったとも、どっちつかずの優柔不断ともいわれます。
 ちなみに鬼作左は「お仙泣かすな・・・」の本多作左衛門です。

興国寺城は地元の調査・保存活動が活発で、整備が行き届いていました。