小渡城は豊田市小渡町にある山城です。南下してくる武田勢を食い止めるために
今川方の三河、美濃の周辺勢力によって普請された山城で、土の城です。
小渡城主郭下に立つ案内板の縄張図 作図:千田嘉博氏
この地域としては珍しい畝状空堀群が現存するのが大きな見どころとなっています。
主郭と主郭下の案内板
主郭には後世の石塔が建ち、現代の山道が一部あるので縄張図を持参して
確認しながら見学をするようにしたいものです。
主郭から西側の土塁状遺構へ向かう尾根道 イノシシが荒らしている
戦後の食糧難の時代には、ここも耕作地だったそうだ。
小渡城に限らず、山城の削平地は近代の耕作地となっていた場合が多いので
戦国時代の遺構だと思い込まず見学する必要があるようです。
土塁状遺構と削平地
この部分は案内板の縄張図で「土塁状遺構」となっている。
ということは、土塁遺構とは言い切れないということで、削平地に後世の石造物が
祀られているので、それとの関連が考えられるということでしょう。
地形的には見張り台には最適の場所だと思いますので、往時には何らかの
施設が有ったのではないかと想像しました。
往時は川湊があり、陸上交通の要衝でもあった小渡は大変栄えた場所だったようですが
今では、そんなふうに考えられない鄙びた山間の町でした。
今川方の三河、美濃の周辺勢力によって普請された山城で、土の城です。

この地域としては珍しい畝状空堀群が現存するのが大きな見どころとなっています。

主郭には後世の石塔が建ち、現代の山道が一部あるので縄張図を持参して
確認しながら見学をするようにしたいものです。

戦後の食糧難の時代には、ここも耕作地だったそうだ。
小渡城に限らず、山城の削平地は近代の耕作地となっていた場合が多いので
戦国時代の遺構だと思い込まず見学する必要があるようです。

この部分は案内板の縄張図で「土塁状遺構」となっている。
ということは、土塁遺構とは言い切れないということで、削平地に後世の石造物が
祀られているので、それとの関連が考えられるということでしょう。
地形的には見張り台には最適の場所だと思いますので、往時には何らかの
施設が有ったのではないかと想像しました。
往時は川湊があり、陸上交通の要衝でもあった小渡は大変栄えた場所だったようですが
今では、そんなふうに考えられない鄙びた山間の町でした。