ときどりの鳴く 喫茶店

時や地を巡っての感想を、ひねもす庄次郎は考えつぶやく。歴史や車が好きで、古跡を尋ね、うつつを抜かす。茶店の店主は庄次郎。

正法寺・六面憧

2014-05-01 03:35:30 | 史跡

                              正法寺・六面憧

                 物見山の登り口の駐車場に車を止めて、正法寺・巌殿観音へ下る隧道とは、反対側に登る小径があります。
                                    道脇の案内柱に、 正法寺六面幢とあります。
                                  この山は寺域ではあるが、境内ではなさそうです。
                                 不思議大好きですから、当然好奇心で覗きたくなります。
        この道は、大東文化大の裏手に続く道ですが、途中に直角に、山中に入り込んでいく道があり、こちらが六面憧へ続いているようです。
                    足場の悪い道を少し下ると、谷間に踊り場の平地があり、そこに六面憧が建立されていました。

                       

 

六面幢は・・・
緑泥片岩の板碑を六枚組み合わせて、六角筒状にして、上部に六角形の笠石を載せたもの。板碑にはなにやら文字が刻まれています。板碑は一枚消失したらしく、欠落しています。さらに一枚は、剥がれています。近くにある説明板に拠れば、最初の建立は安土桃山時代 天正十年(1582)の紀年銘があり、さらに幕末に分散されていたものを明治に組合わせた、とあります。あまり管理状態は良くないようで、結節部分は弱いようです。高さ107Cm、板石の大きさは横36・縦101Cm、笠石の直径は128Cmです。笠石の周縁には、飛雲、裏側には双竜・宝球、獅子、宝相華が極めて精巧に彫刻されています。板石にはそれぞれ銘文が刻まれています。

そもそも、六面幢とは何でしょうか。どうも墓ではなさそうで、祈願塔、供養塔のようです。説明文に拠れば、天正十年(1582)二月彼岸中日に、岩殿山の僧道照が開山栄俊、弟子俊誉、妙西、道慶、俊意らの菩提を供養するため、とあります。妙西、道慶は尼僧の名前のようですが、正法寺の門前に散在する僧坊の跡から想像すれば、かっては学林とか檀林が存在して、彼等はその学僧ではないか、と思ったりもします。

仏教は、六に関する概念が多くて、六面もそこから来ているのではないかと想像します。人間は常に悪行をおかし六道に輪廻転生する存在で、こうした人間を救おうとする地蔵の本願から六地蔵が分身した。六道とは地獄(怒)、餓鬼(欲)、畜生(愚)、修羅(闘争)、人間、天上(喜悦)を言うらしく、六道とは、仏教において迷いあるものが輪廻するという、六種類の迷いある世界のこと。天道;人間道;修羅道;畜生道;餓鬼道;地獄道とも表現されるようです。

また仏教は、生まれ方の違いによる四つの分類があり、胎生;母親の胎内から生まれるもの、卵生;卵から生まれるもの、湿生;湿気のあるところから生まれる虫など、化生;何もないところから忽然と生まれるもの、があり、これを四生というそうです。この部分、特に湿生と化生は、かなり荒っぽくて科学的ではありません。

                               

輪廻とは車輪の回転のように、無限に生死をくり返すことです。輪回とも書きます。六道輪廻とか六道四生といいます。輪廻転生ですから、円形が基本です。円盤を持っているのは死の神であり忿怒尊であり羅刹です。六道絵=六道輪廻図の原形はインドのようです

六面幢の意味は、こんな所でしょうか。ここから繋がる曼荼羅の概念が、朧気ながら理解出来そうです。

仏教の、死後の世界観=輪廻転生が少しだけ分かってくると・・・
先般の敗戦で、多くの戦死者が仏教の葬儀で埋葬され、仏教に拠り、死者は”輪廻転生して生まれ変わっている。とすれば、すでに輪廻転生して、他のものに生まれ変わったものが再び霊として浮遊して神社に祀られることがあり得るのか。靖国に祀られている英霊とは一体何なんでしょうか。
・・・こんな疑問も湧いてきます。

正法寺六面幢:埼玉県東松山市岩殿1210

コメント
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