ときどりの鳴く 喫茶店

時や地を巡っての感想を、ひねもす庄次郎は考えつぶやく。歴史や車が好きで、古跡を尋ね、うつつを抜かす。茶店の店主は庄次郎。

睡蓮とあやめ

2014-05-16 23:04:38 | 写真と詩歌

睡蓮とあやめ

公園の池之端にアヤメが咲き、水面に逆さ木立が・・・

池之端の四阿・・・

○睡蓮の 敷き重なりし 広葉かな  ・・星野立子

睡蓮の開花情報・・・満開はどんななんでしょうか?

 

 

睡蓮

光と色彩の画家 モネ

モネの絵の中に赤(紅)い睡蓮があります。いまだ実際に見たことがありません。本当でしょうか?ピンクは見かけるのですが・・・


 

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ウクライナはどこへ行く?

2014-05-16 22:46:48 | 時事ニュース

ウクライナはどこへ行く?

 

”フルシチョフはバカだ”

フルシチョフ


昔フルシチョフは国連での演説で「私はフルシチョフはバカだといった奴を処刑した。なぜなら彼は国家秘密を洩らしたからだ」といったとか。

「《ある男が赤の広場の塀に「フルシチョフはバカだ」と落書きした。この男は逮捕され、懲役11年を言い渡された。「俺の罪は何だ」と男が叫ぶと、裁判官は「1年は国の財産である壁を汚したため。残り10年は国家機密漏洩罪だ」と答えた。》(ソ連のジョーク)」
また、ある説では、"赤の広場で酔っ払いが「フルシチョフは馬鹿だ!」叫び、逮捕された。男は早速裁判にかけられ懲役25年の判決を受けたが、その内訳は不敬罪が5年、国家機密漏洩罪が20年であった"。
これは、一つの事件を、後文の方では誇張しているのかもしれないし、同様な事件が数件頻発していたのかも知れない。
これには原因があって、ソヴィエト崩壊で、クリミアにも独立国家の動きがあった時、多くのクリミア人が”ロシアに残ることを希望した"のに対して、フルシチョフがクリミアをウクライナに併合させて独立を認めたことに、クリミア人もロシア人も共通して抱いた、フルシチョフへの反感だったという。
ウクライナ出身のフルシチョフは、ウクライナへ”恩”を売ろうとしていたのかも知れない。

 

”・・・・・一皮むけば、タタール人”

タタール人

これは、ソヴィエト連邦と呼ばれていた国の中の、住民の多くに共通する諺?だそうで、今ロシア人とかウクライナ人とか区分けされていても・・・一皮むけば、タタール人で、三代・四代前の祖先は”タタール人”だったと言うことらしい。
さすがに、今では”遊牧民族の生活スタイル”を継続するタタール人は少数派になっているが、祖先は遊牧民族のタタール人は、相当数いると言うことの裏付けの諺のようだ。
ではタタール人とはなにか・・と考えると、実は正確には分からない。タタール人はモンゴル人をさしたり、トルコ系民族をさしたり、よくわからない。 無理矢理整理してみると、 タタールはモンゴル系の遊牧部族をさす。モンゴル系とかトルコ系とか、系が付くのが特色で、もともと遊牧民であるのだから、彼等に国境という概念は存在しない。生業の羊の放牧と牧草地が彼等の関心事で、その生活スタイルに適合する民族には、”来るを拒まず、去るを追わず” で融合していったのではないだろうか。

コーカサスの草原

そしてやがて定住していったのが、コーカサスの草原であったり、ロシアの草原であったりした・・・・・その中で、目立つのが、モンゴルとトルコの融合の民族のタタール人・・目立たないが、当然アラブ系や、スラブ系やアングロサクソン系も融合の中にはあろうことは、容易に想像できる。ウクライナと国境を接する国は、ロシアは勿論だが、ルーマニア、ポーランド、ベラルーシになる。したがって、隣接する国からの移動住民は多いのであろう。

広大なユーラシア大陸を、遊牧で移動していると、山岳で様々な鉱脈を発見する機会は多いだろうと想像できる。彼等は、遊牧で旅して、相当レベルの高い”鉱山学"の知識を所有していたのか。
その意味で、古代の日本とも関係が深い。

高麗王陵墓と羊


外秩父丘陵日高地方・高麗の郷に高麗神社があり、高麗王若光を祀った神社とされる。高麗王若王の墓は聖天院に弔われている。若王の墓の前には、確か羊が墓を守っていてという記憶があった。高麗王若王は高麗族=高句麗とあり、昔高句麗は遊牧民族で、時に中華を脅かし、やがて漢民族に追われて、朝鮮半島に入り、そして朝鮮族の対立から日本へ逃避したと由来書は伝える。高麗王の高句麗はもともと遊牧民でユーラシア大陸を闊歩する民族であったのだ。羊は、その頃の遊牧民族の名残・・・

たたら


さらに、鉄の製法を持って、縄文から弥生に時代を切り替えた朝鮮系渡来人は、鉄の製法=”たたら”を伝えた。”たたら”は、「タタール人の開発した鉄の製法」であるそうで・・・。ここで古代日本とタタール人は結びついたのだろう。思えば興味深い”文明伝承の流れ”・・・・・

現実に戻ると、この期にいたって、プーチンから、ウクライナのあり方に、連邦制の提案がなされた。国家の役割を、外交と防衛、それと通貨に絞って限定し、その他の住民サービス・厚生面は各自治国に任せるという連邦制国家の仕組みのことである。プーチンの頭の中から発想なのか、メルケルのアドバイスなのか、よく分からないが、キーになる二国は、これを落としどころと考えているようで、オバマとキャメロンの発想にはないが、概ね賛成できそうである。
ウクライナの欧州派とロシア派の対立軸は、細分化されて、先鋭化が和らぎそうだ。言ってみれば、少し前に言われた小さな国家の考え方であり、ウクライナが西洋側に帰属することもなければ、ロシアに併合されることもない。現時点でも妙手の落としどころのようにも思える。
しかし、矛盾の根元は、ウクライナの経済的基盤の弱さで、ここを再構築できなければ、将来に、今のような対立の構図が再燃するとも予感できる

 

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