扇にて酒くむかげやちる櫻 芭蕉
句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「扇にて酒くむかげやちる櫻」。芭蕉45歳の時の句。『笈の小文』に載せている。また「扇子にて酒くむ花の木陰かな」という句が伝えられている。
華女 「扇にて酒くむかげや」とは、どのようなことなのかしら。
句郎 扇で酒酌む格好をする舞いの真似をしたんじゃないのかな。
華女 花見の余興をして楽しんでいたのね。芭蕉は仲間の余興を句に仕立てたということなのね。
句郎 舞いを踊ったりする余興のある花見を芭蕉はしていたんだということが分かる句だよね。
華女 「扇にて酒くむかげやちる櫻」。この『笈の小文』に載せられている句と句集「駒掫」に載せられている句「扇子にて酒くむ花の木陰かな」、どちらの句が最初に詠まれたのかしら。
句郎 句集「駒掫」に載せられている句が初案だったんじゃないのかな。「扇子にて」の句を推敲し、「扇にて」の句になったんじゃないのかな。
華女 『笈の小文』に載せられている句だからということ。
句郎 それもあるけれども、句としても躍動感が「扇にて」の句にあるように感じるからかな。
華女 なるほどね。花の木陰を詠んでいるのよね。でも本当に芭蕉が詠みたかったのは花吹雪のような散る桜だったということね。
句郎 そうなんじゃないかな。扇で酒飲む真似をしていると一陣の風に舞う桜の花吹雪になみなみと注がれた盃の中に花びらが舞う。
華女 分かるわ。花見の醍醐味ね。そんな花見酒の喜びのようなものを詠んでみたかったということね。
句郎 「扇にて酒くむかげや」の「かげや」に風に吹かれて散る桜の花びらが表現されるように詠んでいるのじゃないかと感じているんだけど。
華女 「扇子にて」の句は一物仕立ての句になっているように思うけれども、「扇にて」の句は取り合わせの句になっているのよね。舞う人影と散る桜との取り合わせでしょ。
句郎 「ちる櫻」という下五の言葉に力が漲るような感じがするな。
華女 「扇にて」の句は「ちる櫻」を詠んでいるのよね。そうなんでしょ。
句郎 花吹雪を詠んでいる句なのかな。
華女 花吹雪を詠んだ芭蕉の代表的な句のようにも思うわ。
句郎 花見と花吹雪、爛漫の春を表現しているということなのかな。
華女 芭蕉はお花見のようなお酒が好きだったのね。
句郎 いやそうでもなてんじゃないのかな。「酒のめばいとど寝られぬ夜の雪」なんていう句も芭蕉は詠んでいるからね。
華女 一人酒を飲んで布団に入ったが寝付けなかったということなのね。目が冴えて冴えてしょうがないということよね。分かるわ。そういうことってあるように感じるわ。孤独感よね。そのような孤独感が芭蕉にはあったのね。孤独感というのは近代のものだというような話を聞いたことがあるけれど、もうすでに江戸時代には孤独感のようなものがあったのね。
句郎 「扇にて」の句が元禄時代の句だとしたら、「酒のめば」の句は近代的な句なのかもしれない。