醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  719号  葎(むぐら)さへ若葉はやさし破れ家(芭蕉)  白井一道

2018-05-03 11:40:56 | 日記


  葎(むぐら)さへ若葉はやさし破れ家  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「葎(むぐら)さへ若葉はやさし破れ家」。「茅舎の画賛に」との前詞がある。
華女 実景を見てじゃないのね。
句郎 葎と廃屋というのは万葉の頃からの美意識として定着していたんじゃないのかな。
華女 『万葉集』にはどんな歌があるの。
句郎 「むぐらはふ賤しき屋戸も大皇(おほきみ)の座(ま)さむと知らば玉敷かましを」橘諸兄(たちばなのもろえ)がある。この歌は廃屋ではないが、粗末な家に葎が這っている。
華女 真夏の藪の中の家というイメージよね。葎の葉に触ると手がチクチクするような感じよね。
句郎 芭蕉にの句に「山賤(やまがつ)のおとがひ閉づる葎かな」がある。樵(きこり)でさえ、葎に覆われた山道では口をつむって通ると詠んでいるからな。
華女 ゴワゴワとした葎の葉っぱも春先の若葉は柔らかそうだと芭蕉は詠んでいるのよね。
句郎 暗喩というか、何かを暗示させるものがこの句にはあるように感じるな。
華女 「葎」は何を暗示しているのかしら。
句郎 例えば、口やかましく潤いのない痩せぎすの中年女性というイメージはどうかな。
華女 こっぴどく怒られそうなイメージね。
句郎 「葎さえ若葉はやさし」なんだ。とげとげしくなる夏の葎も若葉の頃はとても柔らかく食べられそうな感じがする。
華女 そんなこと言ったらますます怒られそうな気がするわ。
句郎 人間でも野草でも若いうちは柔軟で潤いがあるように感じているんだけれどね。
華女 「破れ家」が若葉の優しさを一層引き立てているようにも感じるわ。
句郎 山本健吉が名句はメタフォリックだと言っている。文学である以上、人間に対する理解が深まるような働きがなければ名句とは言えないのかもしれない。
華女 昔、後家の頑張りという言葉を母から聞いたことがあるわ。私たちが育ったころは戦後間もないころだったでしょ。戦争で夫を亡くした女性がいたじゃない。それらの女性に対して「後家の頑張り」と言って冷ややかに見る小母さんたちがいたのを覚えているわ。潤いを無くした女性を廃屋に生える葎というのはちょっと失礼なようにも感じるわ。
句郎 そうだよね。だから男はほとんど若い女性が好きなんじゃないのかな。
華女 女もそうよ。おじさんは嫌いよ。おじいさんはもっと嫌いかもね。やっぱり、女も若い男がいいわ。それもイケメンよ。
句郎 若葉は優しく、潤いがあり、柔らかな肌の持ち主だからね。
華女 誰でも若いうちというのはほんの一瞬よ。すぐ年取って来るわ。気が付くことが突然やって来るのよ。こんなに早くとね。
句郎 昔、葎を詠んだ和歌がある。「月影を葎の門にさし添へて秋こそ来れとふ人はなし」。藤原定家の歌なんだ。そうなんだ。若者の所にしかひとは寄って「秋こそ来たれ」と叫んでみても誰も来てくれる人はいやしない。
華女 定家の歌は現代の人が読んでも味わうことができる歌になっているのね。凄いわ。