醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  721号  月花もなくて酒のむ独り哉(芭蕉)   白井一道

2018-05-05 12:06:33 | 日記


  月花もなくて酒のむ独り哉  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「月花もなくて酒のむ独り哉」。「酒飲み居たる人の絵に」との前詞がある。
華女 画賛の句なのね。
句郎 殺風景な部屋で独り酒をしている絵に芭蕉は言葉を添えている。
華女 一人酒というとなんか秋のイメージがあるわ。
句郎 「白玉の歯にしみととほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかり」。若山牧水の歌があるからね。牧水の歌は一人酒を楽しんでいる歌だよね。
華女 月の光が見えてくるわ。月の光が友なのよね。一人の酔いがいいのよ。誰にも気を使う必要がないからなのよね。
句郎 「月花もなくて」でこの句は切れている。月と言えば、秋だ。花と言えば、春、櫻だよね。
華女 私は「月」、秋の句として読んでみたいわ。
句郎 一人酒だからね。
華女 そうなのよ。一人酒は秋じゃなくては俳句にはならないわ。
句郎 しみじみとした情緒が出てこないということなのかな。
華女 そうね。
句郎 一人酒の酔いを楽しむことは瞑想にふけることだからな。
華女 秋という季節を味わうということね。
句郎 月花がなくても一人酒を楽しみ、瞑想にふけることはできるからね。
華女 そうね。それが酔いを楽しむということなのよね。
句郎 芭蕉は酔いの楽しみを知っていた人なんじゃないのかな。
華女 お酒はほろ酔いがいいのよ。酔いつぶれるほどお酒を飲む人はお酒を飲む資格がない人よ。お酒に失礼な人よ。
句郎 お酒の神様に失礼だということなのかな。
華女 そうよ。お酒にも義理というものがあるのよ。お酒への義理を尽くしてこそお酒の楽しさをお酒の神さまが与えてくれるのよ。
句郎 お酒のほろ酔いに神様はほほ笑むということなんだな。
華女 芭蕉が嗜んだお酒は今私たちが楽しむお酒ほどアルコール度が高くなかったんじゃないかと思うわよ。
句郎 そうなんだろうな。当時の庶民が楽しめたお酒というのは大半がどぶろくのような濁り酒だったんだろうからね。
華女 『万葉集』山上憶良の「貧窮問答歌」に出て来る「寒くしあれば、堅塩(かたしお)取りつづしろひ、糟湯酒、うち啜(すす)ろひて、咳(しは)ぶかひ、鼻びしびしに」の「糟湯酒」とは、どぶろくをお湯で薄めたようなお酒だったのかしら。
句郎 「糟湯酒」とは、今の甘酒に近いものだったんじゃないのかな。それでも当時にあっては高級品には違いないよ。
華女 芭蕉が嗜んだお酒はいろいろあったんでしょうけれど、普段にいただけたお酒は今のものに比べるとアルコール度は低くとも今のものに近づいているということなのね。
句郎 そうなんじゃないのかな。澄んだ清酒というものもあったんだろうけれど、ほとんどは濁ったお酒だったんだろうと思う。一人酒には摘みはいらなかったんだと思う。
華女 お酒には摘みはいらなかった。そうなの。
句郎 そうなんだ。日本酒には摘みはいらない。お酒だけで完結しているんだ。濁ったお酒を一人ちびりちびり楽しむ。ここの日本酒の飲み方があるんだ。