カメラを片手に

雪が残る西国三十三所第四番「施福寺」へ①参道編

朝方に通り雨があり最低気温は9.5℃、一番寒い二月なのに季節外れの暖かさ
午前中は曇り空が続くも、18℃迄上がっている。
明日にかけ雨が降り、春一番が吹くかもとの予報?
      12時、18.0℃、63%
 
  『願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃』西行 

今日は「西行忌」、僧位から「円位忌」、
平安末期~鎌倉前期の武士・僧、そして歌人「西行法師」の1190年の忌日。
実は亡くなられたのは旧暦の2月16日、何故一日前を忌日にされた理由は、
2月15日は釈迦入滅の日で、各寺では「涅槃会」が開かれる(月遅れも)。
仏教の修業者にとり憧れの日とされ、先の歌から西行も望んでいたようです。

1190年の終焉の地は、大阪府南河内郡河南町弘川の真言宗醍醐派『広川寺
1189年に後鳥羽天皇の病気平癒を祈願された「空寂」を慕い訪れたと。
また江戸期に西行が好んだ桜から「似雲・じうん」と称し「今西行」とも呼ば
れるほど西行を慕って諸国を廻られ、広川寺に「西行庵」を建立した。
似雲没後、西行墳の脇に葬られている。

さて河南町、河内長野を通る国道170号、和泉市へ入り、府道228号を走り
槇尾山中に突き当たれば、西国三十三所第四番「槇尾山 施福寺(槇尾寺)」の
駐車場です。施福寺は天台宗で槇尾山(標高600m)の山腹に位置し、南北朝
時代の槇尾山大縁起(重文)によれば、欽明天皇(539年~571年)に播磨国
加古郡の「行満上人」が創建されたと伝えられている。
ご本尊は弥勒如来で、右脇侍が札所本尊の「十一面千手観世音菩薩」です。 

      駐車場

お参りしたのはもう半月前、前日に雪が降り、残る雪の中、寒い日でした。
駐車場前のトイレを使ってください。というのも上ったお寺では「施福寺バイ
オトイレ」へ案内され、3つあるが、2つ故障中で使用可能のは1つだけ。

下の写真、真ん中の小屋で入山料500円を払いました。 
本堂は標高475m辺りで、標高280m辺りの駐車場から約1㎞もの急峻な階段を
30分以上かけ登り、西国三十三所のなかで一番厳しい参道とされている。

まだ舗装された階段状の道、横は川の流れる谷筋を上がります。

横にはつらら

駐車場から7分後、山門前の十三重石塔前に到着。

 
      
8分後には1603年、豊臣秀頼により再建された「仁王門」に。

 

仁王像の両前には杖が置かれており御自由に!(持って行った方が良い)
       

わらじが奉納されている中を、通り抜けここから本格的なお山登りです。
道も地道や階段が始まり、息を整えて上りましょう。
駐車場から10分、再出発です。
 

木橋には雪の残っており、雪を踏みしめてゆっくりと上がります。

暫く行くと石垣が両サイドに現れ、
      

塔頭跡と放置された塔頭も・・・。
      14分

お参りされた方が下りてこられ、お声をかけて頂けました。

この石橋が危険、滑らないようゆっくりと踏みしめる。(下りが曲者)  

ここから急な石段でジグザク状に登ります。

前方に明るい開けた場所が見え、更に上に建物がありそうです。
でもここで急いではダメと、降りてきた方からお教えを。
実は左側が深い谷で、落ちられた方もおられると・・・

21分でここまで来れました。

堺市内でしょうか?、大阪湾越しに六甲の山々も・・・
      

石段を上り真ん中にあるお堂が二つ。

下は「愛染堂」で「弘法大師御剃髪所跡 」とされている。
空海さんが得度され剃髪したといわれる場所で、堂内には愛染明王像のほか、
勤操と空海の像が安置され、西国愛染十七霊場第15番札所です。

本堂まで最後の石段を上りましょう。

その途中に「弘法大師御髪堂」で空海の剃髪した髪が祀られているとされる。
 

28分で本堂につきました。

手水舎も凍り付いています。



お参りさせていただき、写真もOKでした。次回に続く     

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