本当に久しぶりに、ひつじあかねさんからお便りが届きました。
ひつじあかねさんは「つなみてんでんこ」の絵本の執筆者です。東日本大震災直後にその絵本を出版した方です。
津波がおきたら、それぞれてんでんに(家族を心配して家に戻ったりせず)それぞれがそれぞれ高台にいち早く逃げる等、助かる行動をとることの大切さを知らせる言い伝えをもとにした内容でした。
そのひつじさんが、今回は次のような物語を寄せてくださいました。(題はありません)
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しばらくは幸せに暮らしていました。
そんな若夫婦に待望の赤ちゃんが産まれることになりました。
嫁は働き者の夫に負けず劣らぬ知恵者でありました。
怠けるということを知りません。美味しいご飯を作りながらも文字を学んだり、知らないことを知ることが大好きで楽しかったのでした。が、もうそろそろ生まれる頃になったその時に、嫁は赤ちゃんを迎える準備がもう少し足りないと気がついて、夫に買ってきてもらいたい品物を頼みました。
お天気の良い日に夫は小銭と風呂敷を持って町へ出かけました。その日は小春日和。桜の花が咲き始める頃のことでした。
嫁は夫が帰るまではまだ赤ちゃんは生まれないだろうと思っていました。産婆さんも近くにいるし、村人たちも優しいし大丈夫、心配ないと思っていました。
今日一日で済む話しなのだから。
大工の夫は町で仕事がある日は大工仲間が迎えに来ます。いつもは町まで仲間達と歩くのですが、今日は一人で歩きます。
大工の夫は思いました。
「あ〜ぁ、なんて自由なんだろう」今、自分を縛るものは何もありません。
今日一日のご用は単なる買い物だけ。
頼まれた品物を調達したら、町でのんびりと、くいと酒でもひっかけて夕方までには帰れば良いだろう。
大工はそう思いました。
普段は真面目な夫は、ちょいとだけ、今日だけはのんびりしてみたいと思いました。それは悪いことではないだろうと。
いつもは大工仲間達と仕事上がりにちょいと一杯ひっかけてから一緒に帰るのですが、今日は珍しく一人です。
町に着いて店で買い物を済ませるとご用は終わりました。品物を包んだ風呂敷を肩に担ぐとお日様が真上に来ていて腹が空いて来ました。
団子屋で食べる昼飯は美味しいのですが、何かが足りない気がします。
大工の夫の足はいつのまにか自然といつもの酒場に向かっていました。
お天道様の高いうちはお酒を飲んだことがないのですが、今日は特別な自由の日です。
それに、おでんにはお酒が良く合うのです。お釣りの小銭も重いので、全部お酒に変えて飲み干しました。
そしてふらふらした足どりで、川沿いの土手を歩き、大きな桜の木の下でコロンと眠ってしまいました。
危なっかしい酔っ払いめ!が。
昼間の酒は体を温めて酔いが回るのが早いのかも知れません。
穏やかな春風が草花の甘い香りを運び、若い酔っ払いを包みます。風呂敷包みを枕に大工はしばらくの間夢の中。
何の記憶もありません。
はっとして目覚めると、辺りはまだ陽が落ちる前でした。まだ明るい。
「帰らなければ!」
大工は慌てて、風呂敷包みを抱えると歩き出しました。
家に着く頃には暗くなってしまう。
いつもの道を夢中で歩きました。
急いで歩きました。
もうそろそろ家に着く頃と思いながら歩きました。
昼間の酒とおでんのおかげで大工は疲れません。
睡眠も充分でしたから朝になるまで夜通し歩き続けました。これは…。
実は、人間には見えていないのですが、近くの森の中に住んでいる狐や狸など色々な動物達の精霊が面白がって大工をバカして楽しんでいるのです。
朝になってうっすらと明るくなり、周りが見え始めた時に大工は気がつきました。
自分が同じ田んぼの中をぐるぐると歩き回っていた事を。
大工は全身ドロだらけになって朝やっと家にたどり着きました。
赤ちゃんは父親が狐に騙されて田んぼの中をぐるぐる回っていた夜のうちに、朝までには生まれていました。
珠のような男の子。
息子を授かり喜んでいた嫁は帰って来た夫の姿を見て笑いました。
全身ドロだらけでみすぼらしい。
その話しを聞いて、またまた笑い転げ、たいそう笑ったんだとさ。
でも、生まれてきたその子どもはなぜか、つまらないウソをつく子どもでした。
親になった大工の夫婦は子どものウソつきを直そうと頑張りました。
一生懸命に愛情を注いで育てました。
そして、小さな祠(ほこら)の前ではお稲荷様に呪文を唱えました。
「いつも商売繁盛ありがとうございます」
「いつも豊年満作ありがとうございます」
「イタズラしないでください」
などと唱え続けました。
そのおかげ様かどうかは分かりませんが、大人になるまでにはその子どもは、人を騙す「ウソ」は悪いことだと反省する人間になったんだとさ。
そうなんだってさ。
おわり
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以上のようなお話です。
童話のようなファンタジーのような、でもちょっと怖いお話でした。
ひつじさん、ありがとうございます。久しぶりに新鮮な物語を読むことができました。
ところで、ひつじさんは写真3枚についての説明もつけてくださいました。以下に紹介致します。
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しろにじ、白虹は夜の空を半分くらい占拠するほどの広大なものです。
見たらびっくり‼です。
写真だとその広大さが出ませんね。
そして、消えるのも早い。運が良ければ?見ることが出来るかも?です。ウチの家族は何故か何度も観ているので、昼間のダルマ虹🌈とか幻日とか…環天上アーク、環水平アークなどなど、驚くほどヘンテコリンな、美しい空の展開ショーを。
何故観るのか?分かりませんが、このような「美しいこの世」を。
最近では、二重になる大型の虹🌈がでることが多く日本各地で聞かれます。
夫にそそのかされて一冊目の絵本を描いたのが50才代の頃です。
科学的に言えば、太陽と地球🌏☀の電磁波の変化や大気の変化のせいで光の屈折率が変わってきているのかも分かりません(?)が、そうは思いたくないのです。
神さまが見せてくれている、こんな美しいこの世を。と信じたい。きっと、未來は美しい良い世界になるよと。
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そんなにいろいろな姿をお月様は持っているのですね。
私は子どもの頃、「お月様の周りに白い輪ができている時、お月様がかさをかぶっているから、明日は雨だね。」等と聞かされていたような気がします。この頃は、星をじっくり見ることはあっても、月はいつもの月にしか見えていませんでした。大きい月、小さい月、赤っぽい月、白っぽい月等とね。多分住宅地だからでしょうね。松島あたりで見た空は、本当にこぼれ落ちそうなくらいの大小の星がびっしりと詰まってきらきら瞬いていて、思わずしばらく見とれたことがありました。そんな空で見たら月もまた、今まで知らなかった姿を見せてくれるのでしょうか?
虹と言えば、現在の天皇陛下が天皇に即位する日に空の端から端まで長くくっきりとした色鮮やかな虹が晴れた空にかかり、その下にも少し薄い色ですがはっきりと虹がかかっていたことを思い出します。しばらくの間続いていてそれは見事でした。
虹は晴れやかで心を浮き立たせます。空は自然の見ごたえのあるショーですね。
ということで、今回は終わりなのですが、最後にもう一つ。
東日本大震災の後、避難の仕方として「つなみってんでんこ」の言葉が報道でよく聞かれました。
その言い伝えについて、あるコメントで、「途中であった困っている人も見捨てていくのですか?」という疑問が出されていたことがありました。それはこの言い伝えの趣旨を理解していませんよね。そういうことを言っているのではなく、家族もそれぞれ一人でもいち早く高台に避難することを申し合わせておくことを前提にする話で、途中で会った人を見捨てましょうということではありませんよね。
もっと柔軟性を持った想像力を持ってほしいと思っていました。
災害が多い現在ですが、そんな中でもひつじさんがおっしゃるように、「美しい未来」をつくるべく努力をするのは我々一人ひとりの心なのでしょう!
主人公は誰なんだろう。
なんともわからない不条理がいいのですかね。
いかにもひつじさんらしい。
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きょうも茨城で震度4の地震がありましたが、明日も元気で生きているかわからない世の中ですね。
ひつじさんもきっとそんな心を抱いている方なのでしょうね。