こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【14】-

2024年01月25日 | 惑星シェイクスピア。

(※映画「ター/TAR」についてネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいm(_ _)m

 

 今回は、↓の内容と全然関係ない映画の感想です♪

 

 ケイト・ブランシェットが女性指揮者リディア・ターを演じる「ター」を見ました。「プー~ぼくはハチミツが大好き~」と同じようなノリでサブタイつけるとしたら、「ター~女指揮者も男指揮者もやるこたいっしょ☆~」といった感じでしょうか(^^;)

 

 特にそのあたりのジェンダー云々といったことが大きなテーマということもないんじゃないかな……と個人的に思うのですが、女性が指揮者に「なりづらい」のは何故かとか、そうしたことを問うのはとても大切なことなんじゃないかな、とは思うんですよね。

 

 わたし自身はどっちかっていうと、リディアが「女性だから」とか、「彼女がレズビアンだから」どうこうといった視点からはあまり見てなかったような気がします。特段ベルリンフィル管弦楽団のことや、クラシック世界のことに詳しいわけでもなんでもないものの……とりあえずわたし、クラシック音楽が好きだったり、映画中に名前の出てくる指揮者のアバドが好きだったりで、その関連で「ベルリンフィルを指揮するのは大変なんだろうなあ」という強いイメージを昔から持っていたというか。

 

 客演指揮者であればともかく、首席指揮者ということになると話は別という意味で……リディアは映画の最初のほうに言及がある通り、とにかく凄い経歴の持ち主で、ベルリンフィルは楽団員の投票でオケの首席指揮者を決めると思うのですが、リディアは言わば民主的多数決により世界最高峰とも言われるベルリンフィルの最高指揮者の地位に就いたものと思われます。

 

 これもまた最初のほうに、マーラーの交響曲の全録の話が出てくると思うのですが、これは指揮者としてこの上もなくやり甲斐があるのと同時、解釈その他、物凄く頭を悩ませることになるのだろうなと、素人にも一応想像が出来ます。まあ、ベルリンフィルで録音が出来るのだし、その悩ましさも音楽家として幸福な歓喜を伴う苦労と思ったりするわけですが、リディアは他に作曲の仕事もしている。このあたりも、指揮者ターにかかる精神的重圧がどの程度のものか、その「ものを一から生みだす苦しみ」については理解できるところがあるように感じたり(いえ、普通のポップスの曲でヒット曲が出ないというのとはまた別の、クラシック音楽に特有の「変なものは出せない」といった並ならぬ重圧があったのではないでしょうか)。

 

 リディアの指揮者のお師匠さんはバーンスタインらしいのですが、バーンスタインは指揮者であるだけでなく、作曲家としても成功した人で、そちらの方面でも才能があったという意味で――リディアには物凄く大きなプレッシャーがあったのではないかという気がします。というのも、カラヤンもバーンスタインと同じく同時代の超のつく天才指揮者だったと思うわけですが、カラヤンは作曲はしなかった。また、わたしが昔読んだことのあるベルリンフィルの元楽団員だった方の本によると……カラヤンの前でバーンスタインの名前は禁句だった、ということなんですよね。また、その著者の方の推測によれば「カラヤンはバーンスタインの作曲家としての才能に嫉妬していた」のではないかということだったと思います。

 

 つまり、指揮者として優れているのみならず、作曲家でもあったベルリンフィルの首席指揮者はフルトヴェングラー以降おらず(確か)、もしこの両立をリディアが果たしたとすれば――「女性として初めてベルリンフィルの首席指揮者となった」のみならず、最早「女性として……」なんていちいち頭につくことのない、男性以上に優れた能力のある、クラシック界のさらなる最高峰の地位に彼女を押し上げることをそれは意味する。

 

 わたしが想像するに、リディアはそのような高みをプライドを持って勝ち取ろうとしているように見えるわけですが、この映画はそんな彼女の人生転落劇なのではないかと思うんですよね。ここから先はリディアが「女性だから」とか、「男性だから」というよりも、今世界でジェンダー論についてあれこれ言われているように、「女性が男性と同等の地位を得た時、起きることは『ひとりの人間として』同じことなのでは?」といった問いかけを自分的には感じました。

 

 特段、脚本書いてるトッド・フィールド監督に「そうした意図がある」といったようには感じないものの(実際はどうかわかりません)、リディアはレズビアンで、ベルリンフィルのコンサート・マスターの女性と結婚しています。ふたりの間には養子の女の子もいて、映画の最初のほうで「家庭のほうもまあまあ上手くいってる?」といった印象だったりなかったり……いえ、リディアに子供に対する愛情があるのは本当と思うものの、コンマスの女性と結婚して何年になるのかわかりませんが、ちょっと倦怠期的雰囲気を感じたりもします。

 

 また、途中から「ああ、やっぱりそうなんだな」ということもわかってきます。実際に肉体関係を持ったということでなくても、リディアは自分が惹かれるところのあるチェリストを贔屓にしているようなところがあり……たぶんこれは、カラヤンが有名なザビーネ・マイヤー事件でクラリネット奏者の女性をその才能ゆえに抜擢しようとしたのと似たところがあるように感じます。ただ、リディアの場合、明らかに浮気心があるように見えるところがカラヤンとは違うのかな……といった印象かもしれません。

 

 このチェリストのオルガという女性も、リディアのそうした微かな気持ちを敏感に感じ取っており、映画を見ている分においては「まんざらでもない」といったように見えます。ところが、昔リディアの教え子であったクリスタの自殺に、リディアのパワハラが背後にあったのではないか――といったことがすっぱ抜かれると、リディアは指揮者として頂点にあるその地位から転落してゆくことに

 

 その瞬間、リディア・ターというひとりの人間が、周囲の人々とどのように接してきたかがはっきり表れるようになってきたように見える、というか。そうした最悪の時に味方してくれる人々こそ本当の友人、本物の隣人といったところがあるのでしょうが、リディアには最終的に何も残らなかったのではないか……という気がするんですよね

 

 リディアの元教え子であったクリスタへのパワハラというのは間違いなくあったことで(過去に恋人関係にあったかどうかはっきりしないものの、肉体関係があったのではないかと想像されます)、リディアは彼女がどこかの楽団の指揮者になろうとするたび、はっきり妨害していた。でもそれは、「彼女は推薦できない」とか、「貴団に相応しくない」といったメールによる返事であったにせよ、リディアの秘書であるフランチェスカはそのあたりの事情をよく知っていて……それで、このフランチェスカという女性、長くリディアに献身的に仕えるのと同時、彼女自身も指揮者を目指してリディアのそばで長く音楽の勉強をしてきたらしい。ところが、副指揮者の席が空いた時、フランチェスカはその席に就くことが出来ず、彼女はリディアのもっとも痛い点をつくことの出来る裏切り者、敵に回ることになってしまうわけです。。。

 

 こう文章で書くと、何やらフランチェスカ自身の人間性に問題があるような感じなんですけど(汗)、でも実際はそうではなく、映画見ている分においてわたしが思ったのは――「便利遣いはもうごめんだわ」と彼女が思ったのではないか、ということなんですよね。

 

 おそらく、前々からリディアは自分をマネージャーとして今後もうまく使っていきたいだけなのではないか……との疑念が、フランチェスカにはあったのだと思う。そこで、副指揮者の席に就けなかったことでそのことがはっきりとし、またクリスタが自殺したことに対しては彼女自身にも罪悪感があり――といった、そうした複雑な心理があったものと想像されます。

 

 リディア・ターは絶頂期にあったとも言えるこの頃、おそらくは「世界で一番忙しい指揮者」として世界中を飛び回っていたのではないかと思うのですが、そのスケジュール管理その他の雑用をなんでもフランチェスカがやっていたとすると、彼女はリディアのウィークポイントをよく知っており、どこをどうすればリディアの一番痛いところを突けるかも熟知していたものと思われます。

 

 もしこうした転落劇がなかったとしたら、今後もリディアに追従してくる音楽関係者やマスコミ関係者などは引きも切らなかったのでしょうが、一度こうなってしまうと、すべてがリディアに不利に働くようになってしまう。成功している間はリディア・ターにおもねる人間はいくらでもいた。ところが、今度は逆に誰もが背を向けるようになり……それは奥さんのシャロンも例外ではなかった。彼女はリディアの浮気にも気づいていながら知らない振りをし……といったところがあったようなのですが、優れた音楽家であるリディアのことをよく理解し、支え続けてきた人なのだと思います。

 

 映画を見る分においては、リディアの名誉に傷がつき落ち目になったからというより――シャロンにとって、同じ楽団の人々や世間の人がどう言ってようと、妻として味方であることに変わりはないというスタンスだったのだと思う。けれど、「浮気のことは今までも見逃してきたし、オルガのことも乗り越えられる」、「でもあなたはそもそも、ベルリンフィルの常任指揮者になりたくてわたしに近づいてきたんでしょう?他の人にもベッドで同じようにしてるとはその時は知らなかったけど……」、「そういう意味でもうわたしは用済みなんじゃない?」――などなど、リディアに対して愛情がなくなったというより、ずっと昔からふたりの結婚生活に横たわってきた問題が、こうした危機に際して表面化してきたということだったのではないでしょうか。

 

 こののち、ふたりの関係は離婚協議へ発展しそうな雰囲気ですが、親権の関係かどうか、リディアは愛する子供とも引き離され、完全に孤独になります。周囲の人々の態度の変化やSNSによる中傷その他により、リディアは精神の均衡を崩すようになっていき……最後、ベルリンフィルによる定期公演か何かだと思いますが、指揮台に上がろうかという時思いきりすっ転び、カプランという長く協力関係にあった男性のことを罵ってしまいます。「マスをかくしか能のないチンカス野郎がっ!!そんな汚い手でわたしに触るんじゃないっ!!」と怒鳴ってしまったというのは完全なわたしの脚色ですが、リディアがこの時なんと言ってしまったのかは、映画で確認してみてくださいませ(実際にはここまでひどくないです。下品ですみません^^;)。

 

 とにかく、この時のことがトドメとなり、リディアはベルリンフィルの栄光の首席指揮者の座を退任。その後は、アジアのほうに拠点を移し、指揮者として活動を続ける模様……といったところで映画のほうは終わりを迎えます。。。

 

 その~、わたし、天ぷらで見るずっと前に、映画見に行った方から「最後の意味がわからん☆」みたいに聞いてたので、「よくわからない終わり方なのかな?」とは一応思ってました。でも、映画のほうは後半に至るまでかなりのところ完璧なのに……アジア方面の描写が出てくるあたりから、自分的に「ん?」といった印象だったと思います。そして、最後のあのなんとも言えない、一歩間違えるとギャグのようにすら見受けられる終わり方は――わたし自身は希望のある終わり方と思ったし、リディアは音楽さえあればこれから再起をはかってなんとかやっていけるのではないか……といったように想像しました。

 

 で、わたし、あの終わり方の意味がわからなくて、軽くネットでググって見たんですけど、あれは「モンスターハンター」のゲーム音楽の指揮で、座席に座っている観客の方はコスプレしたファンだ……ということらしいと、監督であるトッド・フィールドさんのインタビュー読んでわかりました(笑)。

 

 なんていうか、そのことがわかってスッキリするのと同時、リディア・ターの指揮者の未来はやはり明るいのではないかと思ったわけです。世の中の大抵のスキャンダルは、時とともに忘れられることが多いという意味でも……もっとも、リディアの場合はひとりの女性の死に間接的に関わっており、彼女を死に追いやったという意味でどうかと思うのですが、ベルリンフィルを振れるくらいの指揮者を世界がずっと放っておくかといえばそんなこともなく――彼女はほとぼりが冷めた頃にでも、どこかアメリカやヨーロッパの中規模クラスのオケでタクトを振ってそうな気がしませんか?

 

 で、わたし的にはターが現実にいる女性で、日本のいくつかのオケで振ったことがあったりした場合……日本のどこかの楽団が招いてくれて首席指揮者の座に就いてもらうとか、あるんじゃないかなと思ったりしました(ちなみにこれは、日本人の気質的なこととして、ターにスキャンダルがあったこと自体「なんのこと?」といった白紙の状態で彼女のことを迎えてくれるだろう……といった意味で、馬が合いうまくやっていけるんじゃないかなといった意味です^^;)。

 

 それではまた~!!

 

 

 ↓この映画は、「ターはオワタァッ!!」という映画ではないと、個人的にはそう思っております(殴☆)。

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【14】-

 

 ロルカ・クォネスカはその後もまったく回復の兆しを見せることはなかった。アルダンとダンカン、それにノーマンとコリンとニディアとは、交替で彼の様子を見守りつつ、ひたすら医務官であるギベルネス・リジェッロの帰還を待ち詫びた。

 

 無論、AI<クレオパトラ>が二十四時間体制で医療カプセル及びメディカルルーム全般の管理も行なっているのであるから、ロルカの傍らに人など誰もおらずとも、少しでも異変があればクルー全員に通知がされるよう設定するのは簡単である。だが、他でもない性被害者であるニディアが、責任を感じてロルカのそばを離れようとしないため、「それなら……」ということで、彼らは交替でロルカのことを見守ることにしたのだった。

 

 ところが、衛星によって惑星シェイクスピアの隅々までを監視することまで出来ている彼らが――突然、ギベルネスの姿を消失したのである。それは惑星シェイクスピアの現地時刻としては、ヴィンゲン寺院の第二神殿に三女神たちが顕現した時間帯と一致する。その頃、宇宙船のメインブリッジでは、ギベルネスが砂漠の城砦跡にてそろそろ眠るらしいのを確認し……彼がテントで休む間、周囲に何か危険なことが潜んではいないかと、ノーマンが引き続き監視を続けているところだった。

 

 だがこの前日、ノーマンはロルカの傍らで彼が専門とする宇宙物理学の論文を書き上げ――さらにはそのあと、眠る前のお楽しみとして、VR世界にて三人の美女を相手に精魂尽きるまでセックスしていたのがいけなかったのかもしれない。ギベルネスが眠るテントの周囲をチェックするうち、脳が強い催眠暗示に襲われ、彼は船長席でぐっすり寝てしまっていたわけである。

 

 次にノーマンが目を覚ました時、あたりは計器パネルが放つ、黄や緑やオレンジの微光以外、まったく暗くなっていた。この時ノーマンは寝ぼけていたせいもあり、自分が広大な宇宙に投げ出されてでもいるように錯覚していたほどである。とはいえ、次の瞬間にはビクンと体が震え、船長席からずり落ちそうになったことで――彼は初めて現実をはっきり認識したわけであった。

 

「ク、クレオパ、一体どうしたんだい!?」

 

 いつもなら、『何かご用でしょうか?』とでも、返事があるところである。ところが、どこからもなんの返答もない。

 

「クレオパ、いいやっ、クレオパトラ、何はともあれ、まずはブリッジの照明をつけてくれっ!!」

 

 計器のパネル類が光源を放っていることから、船内のどこかで故障が起き、エネルギー源が完全に落ちたわけでないことははっきりしている……だが、AIクレオパトラからはなんの返答もなかった。個人宅のAIの場合、主人の好みによって『時々へそを曲げる』など、より人間らしさを出すため、設定することも可能だったが――そもそもこの宇宙船<カエサル>には、そんな設定自体存在していない。

 

「……ダメか。そうだな。まずはスクリーンを復旧させるとするか。そうすれば、船内の様子もチェックすることが出来るし……」

 

 誰にともなくブツブツ呟きながら、ノーマンが手動によってスクリーンのスイッチを入れようとした時のことだった。何度繰り返しスイッチをカチカチ押しても、一向なんの変化も周囲には起こらない。

 

「やれやれ。一体どうなってる……」

 

 そこでノーマンは、ブリッジから通路へ出るための自動扉の近くまで行き、まずは照明をつけることにした。すぐにパッとブリッジ全体が明るくなると、彼は心底ほっとした。だが、スクリーンのほうはまだ死んだままであり、ノーマンは暫くあちこち探りチェックしたのち、「チッ」と舌打ちした。

 

「こりゃ、システム全体を一度再起動する必要があるな。何故そうなったかの原因探しはそのあとだ」

 

 ここでノーマンは少しばかり迷った。自分がついうっかり居眠りしてしまった間に何ごとかが起きたのは明白である。おそらくアルダンもダンカンも、自分たちのどちらかのほうがよほどリーダーとして相応しいとばかり、責め立ててくるだろう。だが、なんらかの理由によってシステムがダウンした場合――緊急時を除き、クルー全員の承諾が必要となるのであった。

 

 無論この場合、メインブリッジの再起動が必要なのは明白なことではあった。だが、場合によってはノーマンの独断によって再起動レバーを使用したことにより、他のクルーたちが使用している電子実験器具、記録データその他が突然消え飛ぶ可能性というのが間違いなくあったわけである。

 

(俺だって、惑星シェイクスピアを取り囲む惑星の、3D実験データが突然すべて消えたりしたら……当然アッタマに来るだろうからな。というか、そんな奴とは金輪際一生口も聞きたくないとすら思うかもしれん。しかも、アルダンもダンカンも間違いなくそのタイプだ。ということは、だ。自分の居眠りという罪を隠すため、再起動してもいいかどうかと確認せずに、そんなことはしないほうがいいということになる……)

 

 それに、「何故突然全システムの再起動を、誰になんの断りもなしにしたのだ」と問い詰められた場合――ノーマンはうまく言い逃れられる術を持たなかった。そこで(やはり、人間正直なのが一番だ)と溜息とともに考え、クルーたちの部屋を順に訪ねることに決めたわけである。

 

「ああ、そうだ。まずはコリンの部屋を訪ねて、彼に味方になってもらおうと思ったが、そういえばロルカはどうしたろう。メディカルルームは緊急時には非常用電源に切り換わるから、突然酸素が止まったりだなんだ、そうした問題は一切ないはずだが……」

 

 ノーマンはそんな独り言を呟きつつ、携帯用光源によって周囲を照らしつつ、メインブリッジから暗い廊下を歩いていった。こちらも非常用照明として、微かに一部の壁が細長い光を発してはいるものの、いつも通り明るくするためには手動で照明スイッチを入れる必要があった。

 

 だが、ノーマンは宇宙船全体のエネルギーの総消費量が一時的に許容量を越えたからシステムがダウンした可能性もあると考え、順番に廊下の照明を点けるようなことはしなかったのである。無論、そうしたところで大してエネルギーを消費したりはしない。全体の1%にも満たない程度であったろう。けれど、ノーマンはどちらかというといちいち区画ごとに手動でそんなことをするのが面倒だったのである(普段はクレオパトラに命じれば良いだけなのだが、手動で照明スイッチを押すには一度パネルを外さねばならなかった)。

 

「たぶん大丈夫とは思うが、先にロルカの様子を見てくるか。ええと、今の時間帯はダンカンの当番だったっけ?もしかしたら、彼の様子を見ながら暇つぶしにゲームでもしているかもしれないな」

 

 ノーマンもアルダンもダンカンもコリンも、ロルカの身に起きたことを運の悪い非常な不幸と考え、(こんな奴、自業自得だ)とまでは考えていなかった。とはいえ、自分の身内というわけでもないのに、その傍らで様子を見守り、ただ時間を浪費するのは苦痛だった。そこで、ラボを使わずとも出来る仕事をしたり、あとは本を読んだりゲームをしたりプラネットテレビを見ていたりと……最初のショック段階を通り越してしまうと、そんなふうになるのは比較的早かったものである。

 

 だが、もしかしたらノーマン・フェルクスはこの時点で、何かの選択を誤っていたのかもしれない。いや、そもそも彼がもっと図々しいタイプの不正直なずるい人間で、『再起動?一体なんのことだい』とでもシラを切り通すことの出来る性格だったとしたら――彼は死なずにすんだ可能性がもう少しくらいは高かったに違いない。

 

 ノーマンはメディカルルームへ辿り着くと、扉のロックを解除して中へ入った。中のほうは、メインブリッジや通路がそうであったように、必要最低限のみの光源だけ残っているといった状態でなく、コンピューターのメディカルシステム自体が完全に生きていた。

 

 そのことが入室と同時にすぐわかり、ノーマンは心からほっとする。もっとも、クルーのうち、誰もそう口にする者はなかったが、(ロルカはいっそのこと死んでしまったほうが、意識も確認できない今の状態よりよほど幸福なのではないか)とは、ノーマンにしてもまったく思わないと言えば嘘になる。

 

「まあ、なんにしても良かったよ、ロルカ。何が原因でメインシステムが落ちたのか、その理由がはっきりしないうちに医療カプセルの電源まで切れでもしたら……俺にしても寝覚めが悪いものな」

 

 相変わらず両の瞳をカッと見開いた恐ろしい形相のまま、ロルカはカプセル内に横たわったままでいる。もし仮にロルカがこのままの状態であっても、本星エフェメラにある最新式の医療カプセルであれば――ロルカは意識を回復させることが出来る可能性のあることから、おそらく彼は最終的にクルーの中で一早くここ宇宙船<カエサル>より離脱することになるかもしれない。

 

「ある意味、それで無事意識が回復したというあとであれば……保険金のほうもたんまり出るし、こんなところで残り五十年も時間を浪費しなくて済んでむしろハッピーだったということになるのかな。だが、同じクルーの女性をレイプしようとしたって件に関しては裁きを受けなきゃならんだろうし……やれやれ。ロルカ、君のことは人間として嫌いというわけじゃなかったが、俺も監督不行き届きだってことで、弁明したりなんだり、色々面倒くさい手続きやらなんやら色々あるんだぜ」

 

 ロルカの健康状態が、以前となんら変わりないらしいと確認すると、ノーマンは(やはりなるべく早く再起動する必要があるな)と考えた。今、ここのメディカルルームはAI<クレオパトラ>の管理下にない。ただ、準医療補助モードにより、生命維持装置及び治療装置のほうはなんの問題もなく働くとはいえ――もし仮に、より積極的な治療が必要になった場合には、本来であれば傍らに人間の医師がいてあるゆる可能性について精査し、判断・選択を下す必要が出てくるだろう。だが、今ここにはAI<クレオパトラ>に代われる船医がひとりもいないのだ。

 

「よし、それじゃあ次はまず、コリンのところへ行くか。彼に事情を説明して、出来れば俺の味方をしてもらおう。アルダンとダンカンは俺の責任について色々うるさく追求してくるかもしれないが……ん?」

 

 この時、ノーマンは医療カプセルの反対側へ回ろうとして、自分の足が何かを蹴ったことに気づいた。そしてそれが、某有名メーカーのスニーカーを履いた足であるとわかる。

 

「ヒッ、ヒイぃぃぃィっッ!!」

 

 ノーマンはその場で腰を抜かした。何故ならそこには、胴から切り離された首とふたつの腕、それに足が存在していたからだ。

 

『スニーカー?まだそんな年代物のダサい靴を履いてる奴がいるとはな』

 

『はははっ。そう言うなよ、アルダン。これもちょっとしたクラシックなオシャレというやつさ』

 

『クラシックなオシャレねえ』

 

 食堂でアルダンとダンカンがそんな会話をしていたのを、ノーマンは覚えている。ゆえに、顔の真ん中あたりにも一発食らったらしくとも、残る体の特徴から見て……この肉塊がダンカン・ノリスであることはほぼ間違いなかった。

 

(レ、レーザー銃……いや、違う。原子破壊銃でまずは腕を撃たれたのか?だって、そうだろう。顔の真ん中に最初に命中したのであれば、腕や足まで撃つ必要はないわけだからな……)

 

 震える体をどうにか立ち上がらせようとした次の瞬間、ノーマンは床に「おえっ」と吐いた。アンドロイド・コックの作ってくれたピザの切れ端が、まだ消化しきってない形で胃から出てくる。

 

 そして、ノーマンが恐怖と気分の悪さから、そのまま蹲ったままでいると――メディカルルームのドアがシュッと開く音がした。ノーマンはギクリとして顔を上げた。そして、全身の筋肉が安心から弛緩してゆくのを感じる。

 

「ニディア、君か……」

 

 今のこの状況を説明するには、ノーマンはあまりにも精神的に打ちのめされていた。彼はやはり善良な性格をしていたのだろう。現在のこの状況を想定した場合、おそらく思考機械であるAIが計算したのでなくとも、『宇宙船内<カエサル>には殺人者がいる』と推測するまでにそう時間はかかるまい。となると、残りは消去法からいって、アヴァン・ドゥ・アルダンか、コリン・デイヴィスか、ニディア・フォル二カの三人しかいないわけだ。にも関わらず、彼は自分に好意を持っていると思しき女性を疑うことをしなかったのである。

 

「見ないほうがいい。顔に穴が開いて識別不能とはいえ、体つきや着ているものから見て、これはダンカン・ノリスだ。もしかしたら、外部から侵入者でもあったのかもしれない。ということは、これはすでに緊急事態ということになるから、俺は君たちから許可を取らずとも、全システムを再起動できる権利があるということに……」

 

 ノーマンは動揺するあまり、自分でも何を口走っているか、よくわからなくなってきた。だが、『全システムを再起動』と聞き、(こいつもすぐ殺したほうがいいな)と即断したにも関わらず、二ディアは内心ではニヤリと笑いつつ、か弱い女の演技を続けた。

 

「外部から侵入者だなんて……そんなアラートでも鳴ったってこと?それで、そいつが船内システムに侵入してダンカンを殺したってことなのかしら?」

 

「わからない。だが、今この宇宙船<カエサル>に残っているのはおそらく、他に俺とアルダンとコリンの四人だけってことになるだろう?ロルカも数に入れてもいいが、何分彼は今こんな状態だし……」

 

「そうね。クソの役にも立たないつまらない男よ」

 

 こんな緊急事態でなかったら、ノーマンにしてもおそらく、(そこまで言うのは流石にひどいんじゃないか)などと、苦笑いして終わらせていたかもしれない。だが、この時彼はついこの間自分に迫ってきた女性の何かがおかしいと、初めて気づいたのであった。

 

「二、二ディア、君……」

 

「だって、そうじゃない?生きてるんだか死んでるんだかわかんないこんな状況、本人もつらいし、周囲の人間だって迷惑よ。ダンカンはね、『そろそろ交替しましょう』って言った時、暫く残ってわたしとふたりでなんか色々話したがったの。彼、今は中性体でしょ?でも最初の人生では男のDNAを持って生まれてきたのね。そのせいかしら、ロルカがどんなふうにわたしをレイプしようとしたのか知りたかったみたい。実はわたしのほうから誘うか、そんなふうにロルカが勘違いするようなサインを送ったから、『彼も君をものに出来ると思っちまったんじゃないのかい?』だの、くっだらない退屈な話をしてたわ。だから、わたし言ってやったの。『ロルカはわたしをレイプしようとしたんじゃない。殺そうとしてきたのよ』って。そしたらダンカンの奴、好奇心を剥き出しにしたような顔でこっちを見てきたわ。まるで、その話を全部聞く権利が自分にはある、とでも言いたげにね。それで、まずは原子銃で右腕を撃ってやったの。次に左腕。見た目は残酷だけど、原子銃って実はそんなに痛くないのよ。ううん、違った。撃たれた瞬間は最初何が起きたのかよくわかんない。そのあと自分の床に落ちてる腕を見て、痛みが襲ってくるのよ。で、痛みとともに何が起きたのかがはっきりわかる。ダンカンの奴、『二ディア、どうして』って最後に聞いてきたわ。でもわたし、その顔見て満足だった。真実を最後まで知ることのない欲求不満のままこいつを死なせることが出来て、ああスッキリっていう何かそんな感じよ」

 

「二、二、二ディア……」

 

 ノーマンはガクガク震えはじめた。恐怖のあまり立っていられなくなり、医療カプセルに縋りつくと、そこでは両目をカッ開いたロルカ・クォネスカがこちらをじっと見ている。

 

「ど、どど、どうして……」

 

(ついこの間、君は俺に――)そう言いかけて、ノーマンはそれ以上舌をうまく動かすことが出来なかった。どてっと、自分が吐いたものの上に不本意ながらも腰を下ろすことになる。ゲロがケツに染みた。

 

「どうしてですって?」

 

 二ディアは手のひらサイズの、見た目は小さいながら、威力は抜群のエネルギー銃をノーマンに向け、嫣然と微笑んだ。

 

「あなたはダンカンよりも下卑たところがなくって、人間としても善良だった。だから、理由くらいは教えてあげてもいいかもしれないわね。それは、あなたもダンカンも結局のところ地球発祥型人類に過ぎないからなのよ」

 

「まま、ママ、待って………っ!!」

 

 ノーマンは必死にもがいて後ずさりしようとした。

 

「さようなら、ノーマン・フェルクス。我らが人の好い善良な船長」

 

 次の瞬間、二ディアはなんのためらいもなく弾き金を引いた。おそらくノーマンはダンカンとは違い、苦しみも何もなく瞬時に息を引き取っていたことだろう。何故なら二ディアはそのためにこそ、ノーマンの心臓の真ん中を狙って撃ったのだから……。

 

「やれやれ。あとは残りふたり、アヴァン・ドゥ・アルダンとコリン・デイヴィスか。ロルカ、ありがたく思いなさいよ。心優しい温情から、わたしがあえてあんたの医療カプセルの電源を抜かないことをね」

 

 二ディアはメディカルルームの外へ出ると、入室するために必要なパスワードを変えようしてやめた。このふたつの死体を前に「まあ、怖いわ。一体誰がこんなことをしたのかしら?」などと演技する手間を省くためだったが、おそらくそこまでの配慮をする必要もなく事は終わるに違いない。

 

(この緊急事態に際して、普通まず真っ先に向かうとしたら、それは絶対メインブリッジよ。でも、わざわざノーマンがこちらまでやって来たということは……向こうには今誰もいないってこと?)

 

 二ディアは瞬時にして広い船内図を頭の中に思い描き、(まあ、入れ違いになったっていう可能性もあるわね)と、そう判断した。それから、こう考える。(もしも自分が人間なら……まずこういう時、どう行動するかしらね)ということを。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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