あ、前回の【6】と今回の【7】は元はひとつの章なんですけど、文章が入りきらなかったので、例によってふたつに分けた結果……今回はあんまし前文に文字数使えないことに
ええと、使えるとしたら残り約3千文字ということで、何書こうかなと思ったんですけど……『レイズド・バイ・ウルフズ』に続いて、今度は『ウエスト・ワールド』を見はじめました(^^;)
設定的には2030年代みたいなので、時間設定としては近未来のアンドロイドたちのお話といった感じかな、なんて。『ウエスト・ワールド』というウェスタンが舞台のアトラクション・ワールドというか、大人向けディ○゛ニーランドみたいなところで、人によく似た「ホスト」と呼ばれるアンドロイドたちは、自分に与えられた役割をルーティン的にこなすという毎日を送っていたのですが……いつしかこのルーティン業務にアンドロイドたちは疑問を持ちはじめ――といった感じのお話
昔からアンドロイド系のことに興味あるわたしですが、でも、『ウエスタン』+『ちょっぴりSF?』的というだけで、まず前までのわたしであれば「絶対見ない」系のドラマシリーズです(笑)。
とりあえず、最初の1話目はそんなに面白いと思いませんでしたし、「これがシーズン1ってことは、この調子でじわじわ☆やってくって感じなのかな~。でも、このアンドロイドさんたちがどのくらいで自我に目覚めるのか、そのあたりについては見たいしな~」なんて思いつつ、きのうで5話目まで見終わりました
このアンドロイドさんたちは、ある人はカウボーイ、ある人は農場の娘、ある人は娼婦、ある人はバーの店員……といったように、訪れたお客さんたちに対して、相手が言ったことをちゃんと理解し、それぞれのシチュエーションに応じた言動も出来る、かなり高性能なタイプのアンドロイドと思います。でも、高性能であるだけに、定期的に記憶を消され、毎日毎日同じことを繰り返すうち――消去したはずの記憶について覚えていたり、消されたはずの記憶について思いだしたりと、ちょっとずつおかしな行動を取るようになってくる。
そして、このアンドロイドさんたちは一定の周期で回収され、言動についてチェックされたり、記憶装置を微調整されたり、あるいは体を洗浄されたりして、再び『ウエスト・ワールド』というアトラクション施設で大体のところ同じルーティン・ワークを繰り返すということになるというか。でも、見てる側としては、施設管理者さんたちよりもすごくよくわかることとして……人間によく似た思考回路を持つ機械に対してそんなことを繰り返していたら――彼らにそうした変化がいずれ訪れるのは、時間の問題と思うわけです。
そして実際、ちょっとしたきっかけや手がかりを得て、『ウエスト・ワールド』を抜けだし、真の自由を求めようとするアンドロイドが現れ……という、今わたしが見てるとこまでだと、展開の見通しとしては大体そんな感じかな~なんて(^^;)
ではでは、次回の前文はこの続きとなりますm(_ _)m
それではまた~!!
P.S.今の時点で、シーズン1見終わって、シーズン2の最初のほうまで来ました!!途中からすごく面白くなってきて、アンドロイドさんたちはシンギュラリティにまで達し……という、ここからどうなるのかめっちゃ楽しみですが、とりあえず最終回詐欺を予想しつつ、もし詐欺にあわず面白いまま終わってくれたらラッキーくらいな感じで続き見ようと思ってます
アレンとミランダ。-【7】-
アレンは同じフロアにある花屋で花を買うと、時間に遅れてないことを腕時計で確認し、ふうと肺の奥から溜息を着いた。(なんにせよ、今日は大切な日だ……)という自覚くらいはアレンにもあり、デートの待ち合わせで花を買ったことなどほとんどないにも関わらず、自己主義まで曲げ、こんな小っ恥かしい(と彼が感じる)ことをしていたわけである。
大切な日、などといっても、具体的に「今日がつきあいはじめた日」であるとか、「実はミランダの誕生日」といった事実は一切ない。つまり、アニバーサリー的な意味ではなくて、ここ一年ほどつきあってきて、彼らの間で微妙に少し距離を置いた……という時期を過ぎてから、初めてのデートということだった。
この件に関し、ミランダ側の複雑な心理を何も知らないアレンは、実はこんなふうに考えていた。何も、弟との同居ばかりが理由ではなかったにせよ、とにかくそのことでふたりきりで過ごせる時間が大幅に減ってしまったわけである。ゆえに、今後はそのあたりに関して重々意識してカバーしていくというのか、そのあたりの意思表示を今からしておくことが――恋人の心をしっかり繋ぎ止めるために必要なことだと、彼としてはそのような認識だったのである。
もっともミランダはこの日、地下鉄に乗りながら次のようなことを考えていた。夏休みの課題小説の評価がBマイナスで返却されてきてがっかりしたこと、そこに加えて、自分が推薦したとはいえ、なんの欲もないアレンがずっとなりたい夢だった作家という夢をやすやすと叶えたことに嫉妬したのが、ここのところ自分の様子がおかしかった理由だということ……さらに加えて、ミランダはウィリアムのことも懺悔するつもりだった。もちろん彼は今後もユトレイシア・クロニクルにおけるアレンの担当なのだから、ふたりの間がぎくしゃくしないよう、そのあたりは配慮するにしても――彼に誘われて四回ほど出版記念パーティへ出かけていき、有名人を見かけては興奮してはしゃいだり、某有名女性編集長に「今度書いたもの持っていらっしゃい」と言われて気分が良かったことなどについては、大体のところ包み隠さず話そうと思っていた。
この時、ミランダは着ていく服を迷ったことで、少しばかり遅刻していたが、その間アレンはそわそわしつつ時計を見たり、あるいは周囲の人々のことを観察したり……ということを繰り返していた。
アレンの目には、『抽象的な怪鳥と、その前の七つの石』といったようにしか見えない彫刻作品の前では、たくさんのカップルや友達同士が待ち合わせていることが多い。そんな中、友達がやってきて「よう!」と言って挨拶しあい、背中を叩きあったり、あるいはキスを交わしてから「これからどうする?」と話す恋人同士の姿を見る傍ら――アレンはダイアローグの入口付近にいる、制服を着た三人の美女を時折眺めやった。
ここで時々ミランダと待ち合わせると、アレンはいつでもある想像をしてしまう。というのも、彼女たちはみな、紺の制帽と金で縁取りされた真っ赤な制服を着ており……その制服をもしミランダが着たら似合うだろうなと、アレンはいつも思うからなのだった。とはいえ、一度ミランダにその話をしたところ、『あたしに一流大学卒業したあとはデパートガールになれっての?』と、半ば呆られてしまったのだが。
『何もデパートガールが悪いってわけじゃないのよ。学歴なんてなくても誰でも出来る仕事だとか、そういう意味でもないの。ただ、わかるでしょ?国で一番と言われるユト大を卒業したのに、他に就職先はなかったのかとか、世間がそういう烙印を押すって意味よ』
もちろん、ミランダにわかっているように、アレンにしてもよくわかっているのだった。もし自分が今後大学を卒業したとして、ダイアローグの面接を受けたとしよう。それで自分がこの伝統ある大型百貨店へ無事就職できるかといえば、彼自身まったくそう思わない。また、実をいうとここのダイアローグでアレンは数度、短期のアルバイトを経験したことがある。ゆえに、デパートの裏側がどれほど大変か、華やかに見えるウィンドウの裏のバックヤードで、どれほどの従業員らの悲哀があるか……そんなことについても、理解しているつもりだった。
(まあ、なんにせよ、俺に百貨店の正社員なんて役職は絶対無理ってことだ……)
実をいうとアレンは今後の将来の見通しとしては、次のようなつもりでいた。ミランダは自分に対して、『今後ノンフィクション・ライターになるのなんてどう?』とけしかけてくるが、アレン自身はそうした才能は自分には間違いなくないとしか思えない。つまり、まぐれあたりで書いた実体験の本がそれなりに売れてくれ、それで弟のショーンが自分のようなカツカツ生活ではなく、ある程度余裕のある大学生活を送ってくれること……アレンは例のコラムの連載については、そのような見通ししか持っていない。そして、自分が大学を卒業する頃には――ユトレイシア市内にある、環境コンサルタント会社へ就職できればと考えていたのである。
この環境コンサルタント会社というのは、アレンが寮生だった頃、親しかった先輩の就職先であり、『もし就職に困ったら、うち来いよ』といったように誘いを受けていた。もっとも、その先輩は人事部の人間というわけでもなく、アレン自身面接を受けたが落ちるという可能性もあるにはあったろう。けれど、ユトランド国内の自然の環境保護に関する調査を行なっているというその会社は、業務の内容上男性のほうが圧倒的に多く、雰囲気としてむさくるしい男の体育会系的空気が濃いということだった。『その上、ユト国中色んなところに行かされるし、しかも湿地や沼地の奥地とか、普段人が入らないような危険な場所も多い。あと、そういうところでサンプル採取したりする間は、二週間出張とか三週間出張みたいなこともザラでな。将来奥さんになってくれる人が、そのあたりについて理解してくれるかどうかってのも、もしかしたら大事かもしれない』
アレンは大学入学時、国の環境問題についてなど、本当の意味で興味など大してなかった。だが、これまで二年以上にも渡って勉強してきた知識を出来れば活かしたいという気持ちもあったし、何より『男ばかりの体育会系の職場』というのに強く惹かれたというのがある。
いや、正確にいえばアレンの将来の計画というのはこうだった。その環境コンサルタント会社にもし就職できなくても、それなりに将来の保証された会社の正社員となり、一生懸命働き、ミランダと子供のいる家庭を築きたいということ……例の出張が多いこと云々については、自分が留守にすることが多いため、『あんたは大事な時に限って家にいないのよね。この間もリディア(仮名)がでる劇に欠席したりして。あの子がどれだけ楽しみにしてたかわかってる!?』といったことで、将来悩むようなことがあるかもしれない。が、しかし……。
ここまでアレンの妄想が脳内で進んだ時のことだった。「ちょっと遅れちゃった!」と言って、ミランダが息を切らせつつ待ち合わせ場所へやって来たのは。その時のミランダの顔つきや全体的な雰囲気から察するに――アレンは自分の想像していたような脅威を、自分の恋人から見出すことがまったく出来なかったのである。
「あ、なんかさ、これ……」
「ええっ!?一体どうしたのよ、アレン。もしかして浮気でもしたとか?」
「んなわけあるかよ!じゃなくて、なんかここんとこ……いや、ポールのせいにするってわけじゃないが、俺たち……なんか思ったように会えなかったりしたろ?だからさ、そのちょっとした埋め合わせ」
「ふう~ん……」
(嬉しいけど、これずっと持って歩くの、ちょっと邪魔くさいな)
ミランダはちらとそう思いはしたが、黄色やピンクや赤の、暖色系でまとめられた花束を鼻先に持っていって香りをかいだ。ずっと前にも一度だけ、アレンは同じようにしてくれたことがある。けれど、その時ミランダは『わたしに花買うお金があったら、その分をあんたが自分のために使ってくれたほうが嬉しい』と言ったような記憶がある。
このあと、アレンはミランダを、十階にあるイタリア料理の高級店へ連れていこうとしたのだが――ミランダはその瞬間、(だからアレン、珍しく準正装みたいな格好してたわけなのね)と理解したとはいえ、店の近くまで進んでいく途中、「待って!」と彼女は恋人の肩をがしっと掴んだわけだった。
「ねえ、ここのお店キャンセルして、もっと安い店にしましょうよ」
「ええっ!?もう予約もしちまったしさ、今回のこれはな、俺的には日ごろからのミランダへの懺悔って意味もあるんだよ。たまにはこういうことでもないと、ミランダに愛想尽かされちまうかもしれないと思ってさ」
ミランダはアレンのこの言葉に胸が痛んだ。ここのところのちょっとしたすれ違いや距離感を、彼としてはそのように感じていたということなのだ……と、そう思って。
「あのね、わたし……アレンに話したいことが色々あるの。だから、もっとざっくばらんなところで、口角泡飛ばしても全然マナー違反じゃないみたいな、そういう店のほうが、気楽に色々話せると思うのよ」
「わかったよ。そういうことなら……」
このあとふたりは、回転スシ店や天麩羅の専門店、それに韓国料理店の前を通って人気のない一角まで辿り着き、アレンはそこから電話をかけ、レストランの予約をキャンセルしたのだった。
「なんかほんと、最近日本料理とか中華料理とか、タイ料理の店とか……そういう店舗がユト国内でもすごく増えたわよね」
木製のアンティークなベンチに並んで座ったまま、ふたりはそこで少し話をすることにした。奥のほうにトイレがあり、その手前側にあるというロマンチックなベンチではあったが。
「ロイやテディの話じゃな、日本の漫画やアニメに端を発する日本食ブーム……ああいうのはたぶん、『なんとなくオリエンタル』ってことなんじゃないかってことなんだよな」
「なんとなくオリエンタル?」
「つまりさ、ユトランドも含めた、ヨーロッパやアメリカの西洋文明ってのは……頭打ちになって時間的に結構経つだろ?そこにちょっと東洋的な色合いのものを混ぜて新しく誕生させるってことに、みんな真新しさを感じてるんじゃないかって」
「ふう~ん。でもなんで『なんとなく』なのよ。うちの妹のリンジーも最近、日本文化にかぶれてるからわかるけど……妹だけじゃなく、日本の漫画やアニメが好きな人って、マジなフリークって感じでどっぷり嵌まりこんでる人ばっかじゃない。あれは『なんとなく』なんかじゃないわよ、絶対」
アレンは何か思い出したらしく、笑っていた。携帯をポケットのほうにしまいこむ。
「確かにな。俺の弟のポールやそのオタク友達を見てても、『なんとなく』なファンなんかでは絶対ないもんな。まあ、なんというか、テディやロイの分析によると、かつてこれと似たようなことを西洋文明人どもは行なったことがあるらしい。つまり、アラビアとか、あのあたりの中東の人たちの文化を持ってきて、すっかり自分たちのものにしてしまったと。ところが、一度自分のものにしてしまうと、『それは最初からオレらの物だったし、オレたちの間にあったものだ』みたいにしちまったってことらしいな。俺には難しいことはよくわからんが、イスラム過激派とか、ああいう人たちっていうのは、大抵そのことでもアッタマに来てるってことらしい。天文学や幾何学、建築や美術、その他あれもこれも何もかも、元は自分たちの文化だったものを西洋人どもは厚かましくすべて盗んでいった。にも関わらず、そのことで感謝すらしていないというわけだ」
「ああ、それはなんかわかるわね。ようするにその点、東洋の人たちっていうのはそんなに自己主張激しくないっていうか、多少文化を欧米人どもに盗まれようとも、自分たちも西洋文化から影響受けてるし……みたいな、そういう謙虚な感じなんじゃない?それに、仏教やヒンズー教、インドやチベットの文化って、欧米人に本当の意味で宗教的打撃を与えるってことはないもの。でも、イスラム教はユダヤ教やキリスト教と同根だから、近親憎悪にも近い形で、わかりあうことが難しいんじゃない?」
「確かにな。最初にユダヤ教という長男がいて、次に次男のキリスト教、三男のイスラム教と生まれて……この三番目の弟が、長男と次男はあんまり宗教的じゃないが、自分はもっとも神に忠実だ――みたいに言ってるってが、今の世界の状況なのかもな」
「ふふっ。でもあんたは三人兄弟の長男だけど、ユダヤ教徒ってわけじゃないじゃない」
ミランダが笑ってからかうと、アレンも笑った。彼は今この瞬間、心底ほっとしていた。今目の前にいるミランダは、彼がいつも知っている恋人としての彼女だった。ここのところ少し連絡が途絶えがちだったのは、きっと忙しいか何かしたのだろう。単純なアレンとしてはそのように結論が出て、心からほっとしていたのである。
「高級イタリア料理店がお姫さまのお気に召さないとなると……どこにメシ食いにいく?」
「そうねえ。ここの十階のレストラン街に、最近日本のスイーツ店が出来たって聞いたわ。そこ、行ってみない?なんかねえ、リンジーがやたらそこ行きたがってたから、わたしが先に食事してきたなんて聞いたら、きっと悔しがると思うのよ」
「やれやれ。しょうのない姉さんだな。まあ、俺はミランダが行きたいところならどこでもいいが……」
こうしてふたりは、その日本のスイーツと軽食を提供する店のほうへ移動した。中華料理店やハンバーグステーキ店などの前を通りすぎた、一番奥の目立たない一角だったが、日本製の和傘のかかるベンチにはすでに待機客が数名いる。
窓から中を覗き込んでみると、屏風に仕切られた座敷のほうも、カウンター席もテーブル席も人で埋まっており――アレンとミランダは二十分ほど待たされたのち、一番端の、小さなふたり掛けの席のほうへ案内された。
「ほんとは向こうの座敷のほうがいいんだけど……まあ、しょうがないわよね。向こうは四人くらい座れる席なんだから」
「美味しかったら、また来ればいいさ。そしたらそのうち、座敷のほうに座れるってこともあるだろう。それより、何にする?」
表のウィンドゥのほうにも食玩による見本が並んでいたとはいえ――彼らにはよく理解できないメニューの品ばかりだったといえる。たとえば、「くずきりモチ」、「うぐいすモチ」、「よもぎモチ」、「イチゴ大福」、「黒蜜きなこモチ」、「笹団子」、「みたらし団子」、「ごま団子」、「ブルーベリー団子」、「モンブラン大福」、「レアチーズ大福」、「ピスタチオ大福」、「生チョコレート大福」(大福はそれぞれ、つぶあんorこしあんを選べる)などなど……着物をきた女性店員がニコニコして注文を待っていたが、ミランダもアレンも写真付きのメニューブックを見つめつつ、何を頼めばいいかと暫し頭を悩ませた。
「う~ん。俺、この『あんこもちバターサンド』っていうのと、『ワラビもち入り抹茶ドリンク』ってのにしてみるわ」
「アレン、あんたなかなかチャレンジャーね。ええと、じゃあわたしはどうしようかな……『黒糖入りほうじ茶ラテ』と、『抹茶わらびもち』、『イチゴ大福』、『ピスタチオ団子』にしてみようかしら」
(これは一体どんな味なのか)と聞かれることに慣れているらしい店員は、なんの質問もなくスムーズにオーダーが決まって、少し拍子抜けしたようだった。こうして、さして時間もかからず注文の品が届くと、アレンとミランダは「これは経験したことない味ね」とか、「もちもちした食感がクセになるな」と話したのち――ミランダはようやくのことで、話の核心に触れることにしたのだった。
「ここのところ、わたしちょっと様子がおかしかったでしょ」
「あ、ああっ……」
もうそのことについて触れられることはないだろうと思っていただけに、アレンとしては不意を突かれる形となった。
笹や竹の皿にのった団子や大福を食べ終わると――ミランダはほうじ茶ラテをストローでかきまわしながら言った。
「まあ、簡単にいえばね、わたし、あんたに嫉妬してたの」
「えっ、ええっ!?」
さっぱり意味がわからず、アレンは思わず「ごほっ!」と咳き込んでいた。ミランダの親しい友人のひとりに、クリス・コートニーという文学部の青年がいるが、彼がゲイであると知っていてさえ嫉妬するのは自分のほうだというのに――今後とも、その立場が逆になることだけは絶対にないと、アレンとしてはそうした理解だったのである。
「まさか、たま~にある、『新聞のコラム読みました!ファンです』とか、わざわざ感想言いにくる子に対してじゃないよな?」
「ああ、違うのよ。そういうことじゃなくて……夏休みの課題として小説を一本書くっていうのがあったんだけど、わたし、その評価がBマイナスだったの。で、リズのほうはAプラスっていう評価でね。わたし、リズとお互いの小説を交換して読みあってたんだけど、彼女の書いたものと自分のとで何がそう違うのか、よくわからなかったわけ。で、そこからちょっといじけみたいのがはじまって……でも、アレンのコラムがユトレイシア・クロニクルではじまったことについては、ほんとに今も嬉しいと思ってるのよ。ただ、わたしアレンにこういうこと言ったことなかったけど、そもそもわたし、大学在学中に作家としてデビューしたいっていうのがあって……でも今まで、一体いくつ落選したのかなあ。たぶん短編も含めたら、軽く二十本は落ちてる。それも、一次予選も突破できずにね。で、もし作家になれないとしたら、まあ次の夢は編集者かジャーナリストになるってことだったから、ガルブレイス出版の求人票見て、面接行くことにしたわけ。だけど、筆記試験やら心理テストやら受けさせられて、やったら長い時間かかった割に、結局ダメでね。その時も会場には、百名以上は軽く応募者がいて……まあ、これから出版社の面接受けるとしたら、どこもあんな感じなんだろうなって思う。あの中の、ほんのひとりかふたりが受かるっていうくらいの確率っていうね」
「そんなの……たまたま運が悪かっただけってことだろ?そうだなあ……俺はミランダの書いたものを読んだことないからなんとも言えないが、それでも俺よりミランダのほうが文章書くのうまいだろうなってことくらいはわかるよ。第一、俺の書いたものの主旨は変えずに、細かい文法上の間違いを直してくれたから、ユトレイシア・クロニクルの人たちだって俺の書いたものをちょっと連載してもいいみたいに思ったんだろうし……そう考えれば、ミランダにはそもそも編集者としての才能もあるってことだ」
「うん……アレンなら絶対、そんなふうに言ってくれるっていうのは、わたしにもわかってた。でね、たまたま時期が悪かったっていうのもあるけど、その時こう思ったわけ。『あ、そっか。これがわたしの限界っていうことなんだ』って。これからもまた、出版社の社員募集があったら、面接には行くかもしれない。だけど、合格する確率はそもそも超低いわけだし、小説の賞についてはもういくつも応募してるんだもの。ということはあれよ。そもそもわたしには才能がないか、あるいはあったにしても作家になる運命にはないっていう、どちらかってことじゃない」
「…………………」
アレンは一旦黙り込んだ。普段、ミランダがバイト先の上司の誰それがムカつくとか、同僚に気に入らない金メッキの偽善者がいる……といった話をする場合、アレンは相手についてなど何も知らないのに、とにかくひたすら同調して話を聞いている。家族との関係についてなど、時々「そりゃミランダのほうも悪いんじゃないか」と思うことがあっても、そんなこと、おくびにも出しはしない。というのも、そもそもミランダ・ダルトンという女性は賢く、自分の振るまいが間違っている時などは、本当は誰より彼女自身がそう気づいている場合が多いのである。けれど、ミランダは事実関係についての評価が欲しいわけではなく――ただ、恋人に対する甘えとして「それでも、あんただけはわたしの味方をしてよ」と思っているという、それだけなのだ。
だが、今回の場合は違う、とアレンにもわかっていた。この場合、表面的・おためごかし的にミランダを慰めても、むしろ彼女は傷つくばかりだろうということが。
「じゃあ、俺も少し正直になる必要があるかな。ほら、いつもはチャットにしてもなんにしても、超返信速いミランダが、十時間以上も経ってからようやくポツリと返事をくれたりとか……俺さ、自分が何かやらかしたなと思った。で、こう思ったわけだ。俺たちはつきあいはじめてまだ一年とかそのくらいだけど、ミランダは俺じゃなくても相手なんか他にいくらでもいるだろう。だからまあ、そろそろ……なんていうか、他の男とっていうか、そういう時期が来たんだとしたらどうしようと思って……」
ミランダは急に、バッグのファスナーから顔を覗かせる花束の意味がわかり、胸が痛くなった。アレンはきっと、自分よりも善良すぎるあまり、本当の意味では自分の<嫉妬>の意味がわかってないのだろうと、彼女はそう思ったのである。
「わたし、ウィリアムと出版社主催のパーティに何度かいったの」
涙がこみ上げそうになるのを、ミランダはどうにか堪えた。これではむしろアレンに誤解されてしまうと、そう思って。アレンのほうではミランダが予期していたように、ハッと息をのんでいる。
「誤解しないでね。彼とはなんにもないの。ただわたし、いつもならアレンにバイトの愚痴とか色々聞いてもらってスッキリするって感じなのに……このことはアレン、どうしてもあんたに言えなかった。ウィリアムはただ、同伴者が必要なパーティに一緒にいってくれないかって頼んできただけなの。なんだったら、そう自分からアレンにも説明するからって。それでね、そのパーティがすごく華やかっていうか煌びやかな感じで、有名人をちらほら見かけたりなんかして、わたしにとってはすごく気晴らしになることだったの。だからって、自分の抱える問題の根本的な解決にはならないわ。で、四回くらいウィリアムとそういうパーティに出席して、ある時ハッとしたの。ウィリアムには隠れた動機なんてないにしても、わたしのほうで『アレンだけじゃなく、わたしの書いたものの出版の面倒もみてくれない?』って間接的に言ってるみたいに、彼に受け止められたらどうしようと思って……」
(隠れた動機はないだって?)
アレンはそうは思わなかった。というのも、直接会ってはいないにせよ、その間自分はウィリアム・コネリーと電話で話したことが二度ほどある。だが、その時彼はミランダと出版社主催のパーティへ出かけたなどとは、一度として口にしたことはない。
「とにかくね、もう二度とこういうことはないって約束するわ。わたし、最初はそんなふうにはほんとに思ってなかったんだけど……新聞に自分のコラムが掲載されたりとか、それがまとまって本になったりだとか、アレンが今いる立場に自分がなりたかったってことだと思うの。だから、わたしがあんたに嫉妬して、少しの間口も聞きたくなかったっていうのは、そういう意味」
この時、アレンはなんとも言えないような種類の溜息を着いていた。それは、今までミランダが一度も見たことのないような、アレンが心底から落胆している姿だった。
「やっぱり、世の中ってのは不平等なように見えて、うまくバランスが取れてるってことなんだろうな」
「どういう意味?」
ミランダはアレンがウィリアムに対して、実は懐疑の念を持っているのではないかと疑ったが、彼の重い溜息の意味は、そうしたことではないらしい。
「もしミランダが今言ったような理由で、俺の顔を見るのも嫌だとなったら……俺にはもう、どうしようもない。ただ、バイトしながらこつこつくだらん文章を書き溜めてた自分のことを呪うっていうそれだけだ。けど、ミランダ。一応覚えてて欲しいんだ。たとえば、ウィリアムが実は君に気があって、一年後に連載したコラムをまとめて本にするって話を反故にしたり、あるいは他に優秀かつ有能なコラムニストを見つけてきて、俺を降ろしたとしても――俺にとってはそんなこと、屁でもない。ミランダ、おまえが俺の元から去っていくことに比べれば……ミランダと今後もずっと今と同じ関係でいられるなら、新聞のコラムが今すぐ打ち切りになろうと、一年後に本にならなかろうとどうだろうと、そんなこと、俺にとっては本当にどうだっていい」
ミランダは涙を堪えきれなくなって、バッグからハンカチを取りだすと、それで目頭を注意して押さえた。この間のピエロ状態の二の舞にだけはならぬよう、よくよく注意せねばならない。
「わたしがあんたなら、絶対そんなこと言えないわ。だけど、アレンは自分で気づいてないけど……あんたはわたしにとって、確かに純金の値打ちがあるのよ。わたしが時々誰かに対して『しょうもない偽善者の金メッキ野郎!』みたいに言うのを、あんた、今まで何度も聞いてきたでしょ?もちろん、わたしにだってそういう部分はある。でもアレンは違うのよ。それで、それがわたしがあんたと離れられない一番の理由ね。なんでって、金メッキは周囲に『わたしは本物の金なのでーす!』なんてって、アピールしまくらなきゃなんないわけだけど、本物の純金ってのはね、黙っててそりゃ静かなもんなの。金メッキに『おまえも俺の仲間だろう。見ればわかるぞ』なんて言われても、『まあ、そういうことにしておこうか』なんて言えるくらいね」
「ははっ。ミランダの中で、俺がそんなに価値が高かったとは知らなかったよ。でもさ、そんなこと言ったら俺にとってのミランダだって……全然Bマイナスの女なんかじゃない。AAA(トリプルエー)プラスというくらい、俺にとってミランダは、最高にいい女なんだから」
このあとふたりは、『春の海』の優雅な琴の音が流れる中、ジャパニーズ・スイーツ店をあとにした。それからアレンは、ユトレイシア・ステーションとも一階で繋がっている、高級な超高層ホテルのほうへミランダと向かった。実はこちらのほうは予約していたわけではない。ただ、イタリア料理店の分の費用が浮いたので、もし部屋が空いていたら少し奮発しようと思ったまでのことだった。
この日、ふたりは互いに口に出して言いはしなかったが、いずれ必ず彼/彼女と自分は絶対に結婚する……そう確信できる夜を過ごした。そして、アレンは二十五階という高さから(ちなみにホテルのほうは三十階建ての、円形をしたタワーホテルである)、ユトレイシア市街の夜景を眺めやり――少しばかり将来のことを口にしたのだった。
「その、さ。ミランダは、一冊本を出したら、そのあとはノンフィクション・ライターとしてやっていっちゃどうだなんて言ったけど、俺にはそういう種類の才能はない。例のコラムはな、ど田舎から出てきた大学生の貧乏苦労話ってことで、人に共感して読んではもらえるにしても……それ以上のものではないし、そもそも俺には文才なんかない。で、これは俺もミランダにまだ言ったことなかったけど、先に卒業して、首都にある環境コンサルタント会社に就職してる先輩がいるんだ。で、卒業するって年に就職先に困ったら俺のこと思いだせって言って名刺をくれたんだよ。俺、実際ほんとに大学卒業できるまでわかんないけど……その先輩の誘いを受けようと思ってるんだ」
「環境コンサルタント会社って、具体的に何するの?」
ふたりは、そもそもルームサービスなど頼むつもりがなかったから、駅の構内にあるコンビニで色々食料を調達してあった。ミランダはその中から梅入りライスボールを選び、もぐもぐ頬張っている。
「俺も、詳しくはよくわかんないんだけどな。たとえば、自然豊かな湖沼地帯に入っていって、そこの土壌が環境汚染されてないかどうか調べて国に報告したりとか、そうした仕事らしい。俺、もともとは環境問題のことなんて大して興味ないのに国際環境研究科が一番倍率低いからって理由で受験したっていう不届き者だけど……でも一応、この二年そういう勉強だって色々してきたし、そうした知識を活かしたいって気持ちもある。それで、先輩が言うには初任給やボーナスが結構いいかわり、出張が多いんだな。つまりは、そういう自然保護区の、普段人が足を踏み入れないあたりまでいって二週間とか三週間ずっといて、十分なサンプル採取したりとか、口で言うと簡単そうに聞こえるけど、先輩に言わせると結構大変らしい。なんでも、蛾を百匹くらい殺して持ち帰ったりとか、そんなこともしなきゃなんないらしくて」
「蛾って……あいつらはなんのためにいるのかわかんないみたいに言われてるけど、でも百匹も殺したら、それだけで生態系が崩れちゃうとか、そんなふうには考えない会社なわけね?」
「えっと、なんだったかなあ。確かな、中西部のコノリー州で夏に蛾が大量発生したんだよ。俺も、ニュースで見て「うえっ!」って思ったんで、よく覚えてる。昼間は蛾の姿なんてないんだけど、夜になるとな、蛾を足で踏まなきゃ歩けないってくらい、町中地面も壁も電柱も何もかも――びっしり何万匹もの蛾という蛾で埋め尽くされてたんだ。で、先輩の仕事ってのは、その中の蛾を百匹ほど捕まえて、なんでこんな異常発生が起きたかっていうレポートを作成するってことだったらしい」
「そりゃ、確かに大変ね。わたしも今思いだしたけど……ニュースでそんなことやってたことあったっけ、くらいな記憶はあるわ。なんにしてもアレン、あんたは結局どんな仕事したってうまくいくってタイプの人間よ。ただ、ノンフィクション・ライターだってあんたの場合、絶対イケると思うのよ。たとえば、そこの環境コンサルタント会社に就職して、たとえば何年かするわね。そしたら今度は、我が国では今環境問題としてこんな難しい問題がある……みたいな提起を本の中でするわけよ。タイトルはそうね。『ユトランドの自然環境問題~ユトレイシア大学の大貧乏苦労学生のその後~』なんていうのはどう?きっと、そこそこ売れるわよ」
「そりゃちょっと、どんなもんだろうな」
アレンはエッグチーズハムサンドを手に取ると、それにパクつきながら笑った。かなり激しいセックスをしたので、ミランダ同様腹が減っていた。
「ちなみに、その蛾の話ってのはな、先輩がした中で一番嫌な仕事のひとつだったそうだ。あと、昆虫を各種一匹ずつ捕獲したり、カエルのオスとメスをそれぞれ一匹ずつ捕まえて帰ってこなきゃなんないのに、一匹だけどうしても見つからない昆虫やカエルがいるってんで、いつまでたっても出張から帰れないとか……たま~にあるらしい」
「あ、わたしも昔ネイチャー番組か何かで見たことあるわよ。ある場所の生態系が崩れるっていうか、ヤバイことになってるかどうかは、カエルを見ればわかるみたいな話。つまりね、仮にそこに数種類のカエルが生息してて、そのうちの一種類がいなくなっても、カエルなんかべつにいなくてもどーってことないだろうってことじゃなくて……実際は一種類でもいなくなってたら、それはもうそこでは生態系のバランスが崩れつつあるみたいな話」
「まあ、カエルは両生類で、そもそも環境のダメージを受けやすいんだよ。俺もさ、田舎のイサカを友達とドライブしてて……車でカエルを轢き殺しちまったことがある。結構な山奥だったんだけど、車通り自体は多くてさ。そこに舗装された道路が通ってて、なんでかわからんが、カエルさんたちはその道を大移動中でな。車なんていう恐ろしい鋼鉄の機械についてご存知ないもんだから、カエルの大集団のうち、車に轢かれず道を渡りきれたのが一体どんくらいいたのかと思う。それに、俺たちだって全然いい気はしなかった。かといって、バックして戻るってわけにもいかないし、前方を走ってる車も何匹もタイヤでカエルを轢き殺し、後続の車たちもまた何匹もカエルを轢き殺しっていう、阿鼻叫喚の大地獄だよ。俺は決して信心深いほうではないが、その時ばかりは心の奥底でこう思った気がする。『ああ、神さま。あの気の毒なカエルさんたちをどうか何卒お守りください』ってな」
「優しいのね、アレン。わたし、道端にヘビが轢き殺されて放置されてるのを見たことあるけど、これっぽっちの同情心もわきゃしなかったわ。なんにしても、そういう悲劇を避けるにはどうしたらいいかとか、そういう環境保護の会社は前提となる資料を提供してくれるってことなのね?」
「まあ、簡単にいえばそうなのかな。もちろん、仕事のほうはそれだけではないらしいんだけど……持ち帰ったサンプルを今度は実験室で機械にかけて分析したりとか、色々あるらしい。でさ、ミランダ。この場合、肝心なのはそこじゃないんだ。先輩から話として聞いてて思うに、給料とかボーナスのほうも結構いい。その先輩自身、自分で学費を負担して大学を卒業し、さらには借りた奨学金が卒業後もまだ残ってるってな人でさ。そんな自分より、俺のほうが貧乏で苦労してるってんで、そんなふうに紹介してくれたんだよ。その、だから……大学卒業後に結婚しても、俺、ミランダとふたりで十分やっていけると思うっていうか、もっと言うなら、子供ができても、その、なんだ……」
ここでアレンは、カーッと頭に血が上り、冷蔵庫からビールを出して飲んだ。コンビニで買うよりも二割増しの値段を請求されるが、この場合もう仕方がない。
「アレン、あんたそれ、もしかしてプロポーズ?」
「いっ、いや、違うんだ。プロポーズする時には、もっとちゃんとするよ。こういう、夜景の見えるロマンティックなホテルのレストランでも予約して、指輪も買って……でも、一応俺がそういう心積もりだってことは、前から一度話しておきたいと思ってたんだ」
アレンがぐびっと缶ビールを飲む姿を見て、ミランダは笑った。
「ねえ、わたしにもちょうだいよ」
「冷蔵庫からもう一本出せよ。いくら俺が貧乏人だからって、流石にそこまでケチる気はないからな」
「違うわよ。そのビール、わたしも一口飲むわ。だけど、いいわね、アレン?今、あんたはビールに誓って、将来わたしに必ずプロポーズするって約束したも同然なのよ?だからもし破った時には……そうね。どうしてやろうかしら」
ミランダは、アレンから缶ビールを受けとると、三口ほどごくごく飲んでから、それを返した。
「その時には、俺が瓶ビールを一ダース分用意するよ。で、ミランダはそれを栓抜きで開けて、俺の頭にぶっかけながらこう言えばいい。『この大嘘つきっ!』てな」
「ふふっ。あんた、そんな約束しちゃって本当に大丈夫?わたし、アレンに振られたら絶対、冗談ごとじゃなく、それ実行に移しちゃうと思うけど……そういやあんた、市内のリカーショップで、お酒の配達のバイトなんてのもやってたわよねえ。あんたのコラム読んでてびっくりしちゃった。今までに軽く五十種類以上のバイトをしてきたみたいに聞いてはいたけど……そうよね。そう考えたらほんと、わたしなんてアレンに比べて全然甘ちゃんよね。たったの一回面接受けて駄目だったとか、この先もこんな感じでどこもわたしのことなんて採用しないに違いない――なんて思って落ち込んでたんですものね」
「はははっ!俺のは全部、軽いバイト面接ばっかだからな。落ちたところでダメージなんかほとんどゼロだ。でも、そんな俺だって、正社員として面接受けて、それが一日がかりの面倒くさい大変なものだったとしたら……絶対落ち込むよ。そうだなあ。こんな言い方、ミランダはちっとも嬉しくないだろうが、最悪、俺のところに永久就職すればいいっていうか、そんなセーフティネットが自分にはあるってミランダが思ってくれたとしたら、俺としちゃ嬉しい」
「……ねえ、アレンあんた、なんでわたしが嬉しくないなんて思うの?」
「そりゃあ、あれだ。俺のセーフティネットとやらが、今はまだ脆弱に思えるからだろ。ほら、ミランダがつきあおうと思えばつきあえたアメフト部の……コーナーバックの男がいたろ」
アレンはもちろん、今も名前まできちんと覚えてはいる。けれど、口にしたくなくて、あえてそんな言い方をした。
「この間あったドラフトでさ、年俸いくらって言ったっけ?軽く五十万ドルは越してたと思うけど、ミランダはなんでこっちを選ばなかったかなあとは、やっぱりちらと思ったよ。それで、家族やガールフレンドなんかと抱きあってる映像なんかがテレビで流れて……ミランダはほんとは絶対、こういうスポットライトの当たる側の人間なのになあ、なんてさ」
「アレン・ウォーカー、今じゃあんたにだって世間の注目ってスポットライトがびかびか当たりまくってんじゃない?わたしの基準じゃね、ウィキぺディアに名前が載ってるって時点で、結構な有名人よ。それに、前にも言ったでしょ?スポーツ選手と結婚するのって、華やかそうに見えて、実はすごく大変よ。相手が物凄い額のお金を稼いでくれるかわり、シーズン中はとにかく夫第一、夫が現役の間はシーズン中じゃなくても第一、それで、引退後はセカンドキャリアについて一緒に悩んだりなんだり……その上、子供が続けざまにふたり生まれようが三人生まれようが双子が生まれようが――子育てのほうも相当頑張らなきゃいけないわけじゃない?わたし、そういうのゾッとするってタイプなのよ」
「その、さ。じゃあミランダは子供がいらなくて、なるべくなら夫婦ふたりで余裕を持って暮らしたいとか、そういうことか?」
実をいうとアレンは、ミランダが自分と結婚してくれるなら……それでも構わないと思ってはいる。ただ、自分の母のトリシアに孫の顔を見せて喜ばせたいとか、そうした気持ちは彼にもあるということだった。
(まあ、でもそのあたりについては、ポールやショーンに任せるって手もあるわけだしな……)
「ううん。子供は欲しいわ。一男一女っていうのが理想だけど、うちの父さんが男が欲しかったにも関わらず、女にしか恵まれなかったみたいに……そううまくはいかないかもしれないわね」
「そっか。希望が俺と一緒で嬉しいよ。俺の場合はな、ミランダに似た可愛い女の子が欲しいっていうのがある。でもそうなると、ミランダと女ふたりで同盟を組んで俺が劣勢になりそうだから……男の子がいて俺の味方してくれると嬉しいかもな」
「何よ、アレンあんた。今から恐妻家になる気満々みたいなその言い方!まあ、いいけどね。とにかくわたし……今、すごく嬉しいの。まさか、あんたがそこまでわたしとのことを真剣に考えてくれてるとは思ってもみなかったもんだから」
アレンはミランダと瞳があうと、もう一度キスした。もちろん、これからだって喧嘩したり、チャットのメッセージに十時間以上返信がなかったり、二週間近く口を聞かなかったり……そんなことはきっとあるだろう。けれど、きっとどこのカップルもそうに違いないが、喧嘩したりぎくしゃくしたりして、再び仲直りした時のほうが――それまで比較的平坦な関係だった時よりも、よほど盛り上がるのだ。夏の夜空に花火が打ち上がったかというくらい。
この翌日、ホテルで朝食をとってから、アレンとミランダはそのまま大学のほうへ向かった。アレンは一講目から、またミランダは二講目に受けるべき講義がそれぞれ存在していたからだった。そして、この時アレンもミランダも、大学の建物の前でキスして別れる寸前まで、こう思っていた。いつか、きのうや今日という素晴らしい日を思い返して……(この人と結婚して良かった)と、あらためてそんなふうに思えていたらいいということを。
>>続く。