今回↓の本文のほうが短いので、今までに残してきた懸念事項(?)について書こうかなとも思ったんですけど……なんていうか、次回で最終回なもので、何かそんなことも「もう、いっかー」な気分にww(殴☆)
んで、今回ここに使えるスペースが結構あるので、<不倫>とか<浮気>といったようなことについてでも、何か書いてみようかなーなんて。。。
まあ、人には色んな事情があると思うので、一口に不倫とか浮気について「100%絶対悪い」、「良くない」とは言い切れないと思うものの……でもやっぱり基本的には良くないことですよね、当然(^^;)
うちは自分の家庭がなんというか、父が浮気大王とでもいうのか、何かそんな感じだったので、母がいつでも変な意味ではなく、欲求不満な状態でした。。。
大体九時~五時でパートの仕事もしつつ、家の料理や掃除や洗濯や子育てや――そうしたことも限りなく完璧にこなそうとする人だったので、なんていうか、母に何か落ち度があって父は浮気している……とかではなく、結婚したのが早かったので(ちなみに出来ちゃった婚☆)、まあなんていうか、そういう部分で「男の人だからしょうがない」的な、父の浮気の理由というのは、大体そんなところでなかったかと思います(あと、飲み屋なんかに行くと結構モテたとか、そういうのもあったと思うんですけど^^;)
そのですね、↓の奏汰先生と七海ちゃんの関係と違って、わたしと父の間には「関係がない」という関係性しかないという感じでした。特に仲が悪いとかなんとかいうより――物心ついた時からたぶん「人間として好きじゃないけど、まあそれでも血の繋がったお父さんだからなー」みたいな感じだったというか。
なので、大体わたしが中学生くらいとかになると、母の父に対するそうした愚痴がはじまったといっていいと思います。そのー、わたしが思うにですね、浮気する男性というのには二種類いるのかな、という気がしてまして。。。
一種類目は、家族は家族で大切で、愛人は愛人で別の存在という……「そりゃ誰だってそーなんじゃね?」と思われるかもしれませんが、よくドラマなんかでありますよね。何かの拍子に妻と愛人が顔を合わせてしまい、この場合、旦那さんは妻のほうに(バレたらまずい!)といった態度で、愛人の存在に対しては「お宅ダレ?」といった態度で、無視するという。で、その時の態度で愛人のほうではスッと気持ちが冷めるというパターン
これは本当に<浮気>で、家庭まで壊すつもりはその旦那さんにはないわけですよね、基本的に。でも、妻との離婚を考えてるとか、妻子のことは捨てて、愛人と逃げようといった計画を立てていたら本気――というより、浮気してる時の、その旦那さんの態度として、奥さんのことは奥さんのこととして大切にしてるっていうんじゃなく、浮気して奥さんのことを踏みつけにしてても、半分くらい「それが何か?」みたいな人っていませんか?(^^;)
この二種類目のパターンの旦那さんの場合は、奥さんのことは奥さんのことで、便利な家政婦として利用し、愛人のことは愛人のことで都合よく利用し……=「結局あんた、自分の利益になることしか一番に考えられない人間なんじゃないの!?」みたいな人が浮気した時のみ――個人的にわたし、それがほんとの「ゲス不倫」なんじゃないかと思ってます。
もちろんそこまで利己的な人っていうのはそう多くないかもしれませんが、今にして思うとですね、まあうちの父というのは、「一体どこまで貴様はゲスなのか」みたいなところがあったと思います。
なんというか、ある部分、子供の目から見ても、毎日朝から晩まで働いて、そういう楽しみでもなかったら給料を全額家庭に入れるっていう気にはなれないかもなあ……というか、そういうのは一応わかるんですよね(まあ、多くのお父さんがそこのところをグッと堪えて一生懸命働いておられるんだろうなとは思うんですけど^^;)
それで、ですね……わたしの目から見た場合、浮気してる父の何が一番悪かったかというと、「浮気している」という事実そのものではなかったです。母の話によるとどうもうちの父、結婚生活の大半で浮気していたようなのですが、それのみならず、家庭の何かのことで母を手伝うということも一切なく、そんな母のことを見ていてさして気遣うでもなく――なんていうんでしょう。「よくもこう母を、というか、妻として、ひとりの女性としての母のことをここまで踏みつけにして、ケロリ☆とした態度でいられるものだなあ」という姿を子供に見せ続けたこと……これは父自身も気づいてないことですが、子供に与えた精神的影響で一番よくなかったのは、その「母のことを踏みつけにし、踏みつけにし、踏みつけにしつつも」、毎日母の作ったものを食べてたり、都合のいいところでは母になんでもしてもらっていたり、しかも本人はそのことを当たり前というのかどーとも思ってないようなしれっとした態度だったということ、それが子供に与えた影響で一番よくないことだったんじゃないかと、自分としてはそんなふうに思います。。。
もちろん母も何度か、離婚については考えたらしいんですけど、子供もふたりいるし、耐えて耐えて耐えて過ごしているうちに――いつしか時は流れ……という、何かそんな感じだったというか。
なので、旦那さんが浮気してると女の人がどんなふうになるかというのは、母のことをずっと身近で見ていたのでわかるといった感じなんですよね。まあ、ある種の精神的地獄というか、そういうのを夫から与えられ続けて苦しむ母親の姿を見せ続けたこと……わたし自身はこういうのがたぶん、子供に与えた影響で一番よくないことだったんだろうなって思うというか。
それで、ですね。同じ浮気してる男の人でも、家のことは家のことで別として大切にする方の場合の浮気って、そういうのとはちょっと違うと思うんですよ(もちろん、奥さんにしてみれば、腸が煮えくり返るくらい腹立たしいのは同じと思うにしても)。奥さんのことは奥さんのことで大切にするし、子供たちのこともそれぞれひとりずつ大切だっていう接し方の人が本当に浮気で家庭を壊す気もなく浮気した場合――やっぱりそういう方の場合は、うちの父がしてたような浮気とは違うと思うわけです(^^;)
なんていうか、知り合いの方にもそうしたタイプの人がいるんですけど、男の子の子供がふたりいて、でも、奥さんは奥さんのことで大切、子供たちともちゃんと「関係」を持ってるって感じの接し方で……こうした方の場合は、やっぱり子供のほうでもちゃんと言うこと聞くんですよね。もしこの子供のほうで「そんなエラそうなこと言うて、親父かて浮気しとるやないけ!」なんて言おうもんなら、「そんなこと関係あるかーい!オレとオマエの問題はまた別じゃーい!!」っていう感じで本気でボコる感じでなかったかと思います。
「そんなん、めちゃくちゃやんけ☆」と思われるかもしれませんが、これもまた「ちゃんとした親子関係を築いているから、ちゃんと喧嘩もできる」みたいな、ある意味健全な関係性なんですよ(そして、関係性が薄かったりなかったりするせいで、子供とちゃんと真正面から喧嘩できなくて逃げたり、あるいはなんとなくお金あげて自分の罪悪感を誤魔化すとかいうのが最悪なパターンというやつです。「あ、親父逃げたな」とか、子供はそういうの全部わかりますから^^;)。
でも、うちの父が母にしたことっていうのは、殴ったりぶったりっていうことは一度もなかったにも関わらず、母は精神的には体中痣だらけだったんじゃないかな……みたいなことであり、わたし、たまに自分が男だったら、人殺すとかしててもおかしくなかったんじゃないかと思うことがあります。
つまり、わたしの父が母に与えたものって、「うまく名状しがたいなんとも言えないもの」であり、うちも外側から見る分にはいわゆるほんとに「フツーの家庭☆」っていうやつで、わたしが人殺したりする理由も原因も何も見つからないんじゃないかなと思います。
そんで、うちには今でいうリア充系の兄がいてですね、兄のほうはそうした両親から何か悪しき影響みたいのはあんまし受けてない印象なんですよ。ただ、母は女友達に色々聞かせる感覚で、わたしには色々話してましたし、そういう意味ですごく深いところで母からの潜在的な植え付けがあったっていう意味で……まあ、流石に子供が人殺し――いえ、人を殺さなくても何か別の悪さをして捕まるとかすれば、あの親父も流石にもう浮気どころじゃあるまいっていうんですかね。家族の中にはどこか、そうした繋がりによる「症状」が出ることがあると思います。
なんていうか、母は今も父と離婚もせず、ぶつぶつ文句言いながらも一緒に暮らしてるというよくある関係性なんですが、そのために実は娘であるわたしが一番犠牲になったんじゃないかと思う部分もあり。。。
実はわたしと母の関係というのはその後、一時期ひっじょーに悪くなりまして、母はあれほど踏みつけにしてきた男を自分の味方につけるといった対応を取ったもので、そのことでわたしと母との関係は本当に関係が回復不能なくらい悪くなりました。
その前まで、すごくうまくいってたというか、仲が良かったもので、それが一度壊れるところまで壊れたっていうんですかね。なので、「お母さんとの関係がうまくいかない」という方の気持ちもよくわかるようになりましたし、そういうあらゆる部分をひっくるめて、両親には本当に感謝しています。
父が浮気していた時、娘の前でも見え透いた嘘を堂々とついて愛人に会いにいくのを見て、「家に色に狂った黄色いサルがおるわ☆」と冷静に眺め、夫が浮気すると女房は最悪の場合どうなるかという精神的標本を間近で見続け……それをフツーとか思ったり、むしろ、自分よりもっと不幸な家庭の人などたくさんおるのだから、こんなことくらい変でもなんでもないくらいの感覚であったこと――でも、実はこういうのが一番ヤヴァイんだなと、その後、大人になってからようやく気づきました(^^;)
まあ、大したお話でもないですが、どなたかのちょっとした御参考にでもなればと思い、ちょっと書いてみましたm(_ _)m
それではまた~!!
不倫小説。-【18】-
明日香はその日、奏汰が来るため、上機嫌に部屋の掃除をし、美味しい料理も作って彼のことを待っていた。彼と会えるのは、病院の部長室以外では、週一度程度になってしまったとはいえ、その時には前と同じように会話も弾み、楽しい時間を過ごせている。
だから明日香は、彼と同じく、「自分たちは愛しあっていて、問題など何もないのだ」という振りをし続けてきた。そしてその日も今までと同じ<そのような日>として過ぎるものと明日香は信じていたのである。
明日香はその日――彼と彼女がつきあいはじめた十二月のことだった――部屋をアロマオイルの香りで満たすと、奏汰に手のマッサージの実験台になってもらおうと思っていた。彼女は結構前からそうしたアロマテラピーの教室に通っており、ハンドマッサージやフットケアの資格も取ったばかりだったのである。
奏汰は、部屋の中へ一歩入るなり、とても良い香りがしてきて、まるでその香りに吸い寄せられるようにリビングのほうへ向かった。
「じゃーん!先生、手、出してください。手!!」
「あ、ああ……」
奏汰はコートを脱いでカバンも置くと、明日香に言われるがまま、右手のワイシャツを腕までまくりあげ、明日香に差しだした。
「これ、なんの香り?」
「ゼラニウムですよ。心配しないでくださいね、100%オーガニックのちょっぴし高いやつですから、混ぜ物をした安いのと違っていいものなんです。あ、でも一応、パッチテストをば」
明日香はコットンに薄めたアロマオイルを浸み込ませると、奏汰の差しだした腕に少しだけつけ、暫くの間様子を見る。
「大丈夫みたいですね。本当はパッチテストって、二十四時間から四十八時間様子を見なくちゃいけないんですけど……先生、前にアレルギーのテストを受けて、特に強いのがハウスダストで、他に植物でアレルギーの出た項目はなかったってことですもんね。じゃあ先生、わたしのハンドマッサージの練習台になってください!」
明日香の施してくれたマッサージは、とても気持ちのよいもので、奏汰はゼラニウムの良い香りと意識が一体になり、うっとりするようなリラックス感を味わった。なんというのだろう。実は自分はこんなにも飢えていて疲れていたのか……と、何かそんなふうに思ったほどだった。
けれど、奏汰はそのあと、明日香が特上のステーキを焼こうとする姿を見て、不意に胸が苦しくなった。それはもうほとんど、発作的な衝動だった。これ以上、彼女に今のような状態を強いるのは、ただの自分の我が儘であり、苦しみを長引かせているだけではないかという気がしてきて……奏汰はハッと気づいた時には明日香にこう切り出していたのである。
「明日香……本当にすまない。別れてくれないか?」
「あ、あの……先生。どうして今、なの?もっと、ごはん食べたそのあととか……」
明日香はそう言いながら、涙が溢れてきた。自分では、もし仮にそんな日が来たとしても、せめても先生が目の前からいなくなるまでは、涙を堪えられるだろうと思っていたのに。
「何もかもすべて、俺が悪いし、俺のせいだ。君のことに関しては何もかも、100%俺が悪い。最初に出会ったきっかけのことからしてそうだし、愛人でもいいという明日香の言葉に甘えて、ずるずると今のような関係を続けてきた。もし、離婚を切りだした時に妻がすぐに別れてくれて、七海がそのあと事故に遭ったということなら……俺は君のことを絶対に離しはしなかっただろう」
「…………………」
明日香は黙ったままでいた。彼の言い分を最後まで聞こうというのではなく、本当に喉から声が何も出てこなかった。
「慰謝料、という言い方は明日香は気に入らないかもしれない。だけど、君はそのくらいのものを受けとって当然なくらい、俺にとっては最高に素晴らしい人だった。俺はもう、明日香ほど誰かを愛することはないし、あとはただ娘の成長を見守りつつ、患者に尽くしていく生活が続くというそれだけだ。そして、君に出会う前の俺の人生もそんな感じだった。でも明日香と出会ってから……色々なことがすべて変わったんだ。毎日、会話を交わす、交わさないは別として、病院へ行けば君がいる。週末には会って愛しあうことが出来る……俺は、自分の人生を振り返ってみても、明日香といた時ほど幸福だったことはない。だけと、唯一七海のことだけは、捨てられないんだ。この決断が俺にとって自分の魂を殺すくらいのものだってこと、わかって欲しい」
明日香は両手で顔を覆って泣きじゃくった。奏汰は自分で自分の言った言葉に傷つきながら、明日香のことを抱き寄せようとする。けれど、彼女のほうでは彼に身を任せたりはしなかった。
「……先生、もしそういうことなら、もうお帰りになってください。わたしも、今はひとりきりになって……ゆっくり泣きたいから」
「…………………」
奏汰はこの時、コートを着、カバンを手に持つと、テーブルの上のゼラニウムのアロマオイルの瓶をポケットの中へ入れた。明日香にマッサージしてもらった手だけがとても温かい。そして自分はこの温かみから永久に断絶した場所でこれから生きていくのだと思うと――彼は自分が砂漠の真ん中で方角と希望を失った遭難者のようにさえ感じたものだった。
奏汰が部屋から出ていくと、明日香は思いきり大きな声を上げて泣いた。もちろん、彼が廊下を歩き、そのままエレベーターを降りていったであろう、そのあとで……。
こうなってみて、明日香にも初めてわかった。(一緒にいられるだけで幸せ)だと思っていたあの気持ちは嘘ではない。けれど、その保証として結婚ということを、自分がどれほど本当は欲していたかということを……。
(何かも終わった。それに、今はそう思えないにしても、きっぱり男らしい態度で別れを切りだした先生にも……わたしは、あとになってからなら感謝できるかもしれない。だけど、今は……このあともう何年もしてからじゃないと、そんなことはとても思えない)
そして明日香はこの時、自分はもしかしたら、見苦しいくらい奏汰に縋りつくべきではなかったかという気もしていた。けれど、そうした激情が涙と一緒に洗い流されると、(いや、これで良かったのだ)と思える分別が彼女にも戻ってきた。
「そうよね。まずは、この部屋も片付けて、出ていく準備をしないと……」
明日香は高かった二人分のステーキもそのままに、寝室へいくと体を丸めてそのまま眠った。けれど、微かに奏汰の匂いの残る寝具に身を埋めているうちに、彼との間にあった幸せな思い出が次々と思いだされてきて、明日香はとめどもなくまた泣いた。
そして明日香は、こうして朝まで泣けば、そのあときっと自分は立ち直れると思っていたのだが……翌日になっても彼女は体を起こす気にさえなれず、結局仕事のほうは休んでいた。その次の日の日曜は偶然休みだったので良かったが、それでも土・日は人員が手薄になるため、土曜に自分が休んだことで、仕事の皺寄せが仲間にいっただろうと思うと、彼女としても心苦しく、ごはんも喉を通らない状態ながらも、月曜日には病院のほうへ通常出勤した。
この時、明日香のことを救ったのは、もしかしたらいつもは彼女が助けている患者だったかもしれない。実際に仕事がはじまってみるまではどうにも体が重く、それ以上に気分が重くて仕方なかったのだが、同僚たちには「きーちゃん、どうしたの?」と具合を心配され、患者さんたちにも「一体どうしたの?」と会う人たびごとに優しい声をかけてもらった。
もちろん、その中に明日香が一番欲しい人の声はない。また、病院の廊下などで会うことはあっても、今はもう顔さえ見るのもつらい相手だった。そして、奏汰のほうでもそれは同じらしい――とわかった時、そのことは少しばかり明日香にとって慰めにはなった。
彼は病棟回診の時などに、そこに明日香が居合わせると、思わず明日香が恥ずかしくなるくらい彼女のほうをじっと見る。はっきり、自分は未練があるし、こういう時でもないと顔を見ることさえ出来ないから……とでもいうように。
そして、明日香が奏汰から別れを切りだされた一月後――つまり、年の明けた一月の半ばごろ、ナースの休憩室で彼女は看護師たちのこんな噂話を聞いたのである。
「ねえ、聞いた!?桐生先生、東京のほうに栄転ですって」
近藤看護師がお菓子を広げつつ、いの一番にそのニュースを告げると、勤務開始前で、ナースの休憩室に十名ばかりも詰めていた看護師たちは一様に驚きの叫び声を上げた。
「あーあ。まあ、いつかはこんな日が来るとは思っていたけどねえ。見ているだけで目の保養になるイケメンドクターがいなくなるだなんて、なんかちょっと寂しくなるわねえ」
「そうよ。研修医の緑川先生あたりなんかじゃ、桐生先生のいなくなった穴はとても埋められないわよ!」
この日、看護師たちは「あーもう、がっかりがっかり」と口々に呟いて、朝の申し送りのためにナースステーションのほうへ出ていった。もちろん、明日香もショックを受けた。申し送り内容をメモする間も……病院でちらと見かけることさえこれからはなく、奏汰が妻子とともに手の届かないところへ行ってしまうのだと思うと――まだ癒えていない失恋の傷に、塩でも塗られるような思いだった。
何より、あのあと明日香は一度、ふたりで住んだ部屋のほうで奏汰と一度だけ会っていた。片付けのほうは済んでおり、鍵のほうも奏汰に返した。けれどその時彼は、「別れないでいられる方法があれば……」とか、「本当に、今も愛してるんだ、明日香」という、彼女の心がぐらつくようなことばかり口にしただけで――東京の本院のほうで副院長に昇進することになったとは、明日香に一言も話さなかったのである。
だから、奏汰のほうでも驚いただろう。手術の予定をすべてこなし、疲れきって部長室へ戻った時、彼にとっての癒しそのものの女性がそこにいるのを見出して。
「先生、ここの病院は今年の三月でやめて、四月からは東京のほうへ引っ越すって本当ですか?」
「あ、ああ……」
驚きと同時に喜びに心が満たされて、奏汰は思わずごくりと喉を鳴らした。医局の自販でジュースを一本買ったのだが、もう一本買ってくれば良かったと、心から後悔する。
「どうしてそのこと、もっと早くにおっしゃってくださらなかったんですか!?」
「だって、なんだか昇進したから愛人を捨てる最低な男みたいな気がして……いや、こう言って明日香にわかってもらえるとは思わない。俺にとっての本院への栄転なんて、本当にくだらないゴミみたいなことなんだ。これからも明日香と一緒にいられることに比べたらね。ただ、娘の事故のことで、俺は他の何を犠牲にしても今後すべての危険から七海のことを守る必要があると思った。娘は今十歳だが、もし仮に大学までいったとすれば、それなりにお金もかかる。それなら、待遇がいいに越したことはないからね。それに、明日香と別れたあと、環境を変えて仕事に忙殺でもされていたほうが……君のことを少しでも忘れられるかと思って」
「先生、きっと三月に引っ越すまで……お忙しいでしょうけど、最後にわたしと、お別れのためにつきあってもらえないですか?」
(そんなことをすれば、お互いにつらくなるだけだよ)
奏汰はそう言おうとして言えなかった。明日香に別れを切りだしてから、奏汰は半死人のような精神状態だった。家でも以前ゾンビだった頃と同じく、ぼんやりしてばかりいたが、小百合は夫が愛人と切れた気配を感じていたため、奏汰がそんな状態でも何も言いはしなかったのである。
「もちろん、こんなこと言って、わたしだってあとから後悔するかもしれない。それでも、病院で時たま会う時だけ、あんなふうにされても……」
明日香が頬を微かに赤くして顔を背けると、その顔の表情で奏汰はある種の力を得た。彼女のことを抱きしめ、それから、今までなかったくらい、激しくキスしあい――互いに互いを激しく求めあった。
「あーあ。また元に戻っちゃった」
ソファベッドの上に片足をついて服を脱がせあい、最後には白い毛布の中に収まって抱きあいながら、明日香は満足の吐息とともにそう言った。
「でも先生、これは先生のいなくなる三月までの関係ですからねっ。そのこと、忘れないでください」
「あのマンション、解約なんかしなけりゃよかった」
奏汰はそう言って、ソファベッドの上でもう一度愛しい女性のことを抱いた。明日香の中にも彼への気持ちが残っており、それは奏汰の中でもまったく同じだったから――ふたりの間でかつてあった愛は再び激しく燃え上がった。
また、奏汰がもう三月末には転勤するといった関係から、彼は明日香とそれまでしたかったことを色々した。会員になっている高級スポーツクラブで一緒に泳いだり、テニスをしたり、スキー場へもスキーをしにいった。この間、奏汰の例のあの嘘をつく癖が戻ってきていても、小百合は見逃すということにしていたものである。何故といって、四月にはもう、自分たちは新しい生活をはじめるのだ。そのことを思えば、また、娘の七海が転校後に学校でうまくやっていけるかどうか、不安になっているのを思えば――小百合にとっては夫の行動のすべてが些細なことのように思えていた。
そして奏汰と明日香にとって、これが本当に別れだというその日……ふたりはS市の中央を流れる川の河畔公園で別れるということになった。何故場所がそこだったかといえば、そこは明日香のお気に入りの場所だったからだ。同じ介護士の飛鳥司が、川沿いに建つ近くのマンションに住んでおり、彼の部屋に仲間内で集まった時など、公園の石の階段のところに座ってビールを飲んだりしたものだった。
もしかしたら明日香は無意識のうちにも――奏汰を完全に失うという今、そうした友人たちの力が欲しかったという、そのせいもあったのかもしれない。
「なんか、会うたびに同じこと言うみたいだけど……俺にとって明日香と一緒にいられたこの四年ほどの間くらい、幸せだったことはない。俺は十代の頃は受験に追われて青春時代なんてなかったし、それは医大に入ってからもそうだった。まあ、ちょっとくらいは青春くさいこともあるにはあったけど……そういうかなりのところ貯まってた貯金があったから、最後に運命の人と出会えたんだって、本当にそう思ってた。今からだって、明日香と一緒に逃げたい気持ちは俺にもある。妻のことも副院長の椅子がどうとかいうことも捨てて、とにかく君と一からやり直したいって……」
「わかってます、先生。それに、わたしの気持ちも、先生と同じだってことも」
不思議なことだったが、明日香は三月の末には奏汰ともう会えなくなるという期限が出来たことで……むしろ気持ちを整理することが出来ていたかもしれない。もちろん、会うたびに別れる時には切なさがこみあげてきて、ひとり部屋に帰ってからは泣いてばかりいた。
「わたし、何もかも、先生が初めてでした。こんなに誰かを好きになったのも、きちんと深いところまでおつきあいしたのも……それに、仮に先生が結婚してて不倫の恋でも、最後のお別れがこんなにつらくても、それでも先生が初めての人で良かった。先生との間にあったことは全部、絶対一生忘れません」
「それは俺の科白だよ。こんな駄目な親父のために四年も振り回して悪かったとも思ってる。それでも、これからの人生、俺は明日香のことを思えば、大抵のことは乗り越えられる気がしてる。これから東京で俺を待ってるのは、明日香のいない灰色の日々だけだ。それでも、明日香と一緒に過ごした四年の間に幸せの貯金をすべて使い果たしたと思えば……これも当然の報いと思って生きていくしかないとも思ってる」
奏汰は実際、これから明日香が失恋から立ち直り、自分以外の誰かと幸せになることを想像しただけで――気が狂いそうなほどの嫉妬を覚えてもいた。こうした別れのつらさのすべてが、不倫という道ならぬ恋の報いであったにしても……この先、彼女のいない長く暗い歳月を喪失感とともに生きていくのだとしても、あのかけがえのない四年という年月は、彼にとってなくてはならないものだった。
「そんな……先生には成長の楽しみな娘さんもいるし、次の副院長っていうポストだって、先生ならきっとやりこなせますよ。人生の楽しいことは、これからまた必ずやってくると思います。もちろん、わたしだって今は全然そう思えないけど……それにね、先生。一番いいのはもちろん、先生がわたしと一緒になってくださることだったんですけど、先生がね、娘さんのために離婚されなかったことで、先生に対して尊敬する気持ちもあるんです。ほら、わたしは母親にも父親にも捨てられた子だったから……ふたりとも、そうした責任を放棄してわたしを捨てた人たちだったから、だからわたし、こんなにも先生のことを好きになったのかなって思ったりもしたくらい」
「明日香……その、こんなこと今さら言うのは最低だってわかってる。でも、来ないか?明日香さえよかったら、東京のほうに……」
明日香は力なく、首を左右に振るだけだった。その瞳から今にも涙がこぼれそうなほど溢れてくる。
「ダメですよ、先生。そんなこと言っちゃ。それにわたしも、ついまた悪い男に騙されちゃう。わたしにとって先生は最高に悪い男なんですから、本当、誘惑に負けないようにしなくっちゃ」
明日香は溢れる涙をコートの袖でぬぐうと、最後、隣の奏汰の首に抱きつき、そして彼の頬にキスしてから、その場から立ち上がっていた。
「先生、いつまでも幸せで、お元気でいてくださいね」
「君も……」
そのあと、明日香は走って橋のほうへ向かおうとしたのだが、一度だけ奏汰のことを振り返っていた。奏汰のほうではただ、彼女の切なげな顔の表情を読みとり、ただ胸を貫き通されるばかりだったといえる。
『明日香ーっ!!こんなにも君のことが好きだーっ。ずっとこれからも永遠に愛してるーっ!!』
安手の恋愛映画のように、そう叫べたとしたら、どんなに良かっただろう。奏汰はこの時ほど、自分が何故彼女と同じ年齢に生まれなかったのかと、後悔したことはない。
(俺がもし、もっと若かったら……多少無理をしてでも明日香のことを奪い取れただろうか?それとも、彼女は父親のイメージを俺に重ねて好きになったところもあったから、俺の今の年齢であればこそ、明日香は俺のことを好きになってくれたんだろうか……)
明日香の水色のコートが橋を渡って見えなくなるまで、奏汰は彼女のことをずっと見送っていた。そして、力なく石段の上に再び腰掛け、目の前の春の野原と川とを眺めた。ただの偶然だったが、その川も一部が一時的に本来の流れから分かれて、もう一度本流に戻るという川筋を辿っている。
冬の間は永遠に消えないかに思えた雪も消え去り、川べりの樹木も緑の色を吹き返しつつある。奏汰は、明日香のことをずっと、こんな春の匂いのように感じていた気がする。明日香と一緒にいると、いつでも希望のような癒しを感じることが出来た。
そして奏汰はこの時ほど、自分の選択した誤りを悔やんだことはない。
(どうして俺は、妻や娘とピクニックへ行った時、似たような川の流れを見て、これはもう一時的に逸れただけで、元に戻る運命だった、自分はやはり小さい頃からそのように道を踏み外せない運命なのだと思ったりしたんだろう?こんなに、こんなに明日香のことを愛しているのに……っ)
奏汰は暫くの間、石段の上に身を屈めて泣いた。何より、自分は大人の男で、妻子もある身だった。だから、水面下でどんな激情が渦巻いていようとも、表面上は「何もない」という振りをしてやり過ごすことには慣れている。けれど、彼は明日香はそうでないとわかっていた。それに彼女は病院での仲間や友達は多かったが、いざ頼るべき両親というのがいない。その上、その父親のイメージを重ね合わせるところもあっただろう自分とも今こうして別れ……そうしたすべてが奏汰はつらかった。自分の今の押し潰されそうなほどの思いは、仕事の忙しさでどうにか誤魔化せるだろう。何故なら彼は若い頃から、精神的にそうした訓練を積んできたも同然だったから。けれど、自分のためでなく、明日香のことを思うと、しかももう二度と会うことも、抱きしめあうこともキスして彼女のことを慰めることも出来ないのだと思うと……そのことに奏汰は絶望していた。
>>続く。