こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

不倫小説。-【14】-

2019年02月28日 | 不倫小説。
(「トリカヘチャタテ」の名前は由来は、「とりかへばや物語」から来ているそうです^^;)


 では、ある部分前回の話の続き。。。

 トリカヘチャタテという昆虫さんがいらっしゃいまして、この虫さん、オスとメスとで性の役割と生殖器の形状が他の生物と逆転しているそうです。


 >>「トリカヘチャタテ」の交尾はメスがオスの体内にペニスを挿入。オスはペニスを通じて精子と栄養が入ったカプセルをメスの体内に送り込むのだそうです。そして1回の交尾にかかる時間は40~70時間と非常に長いのも特徴。

(参考サイト様m(_ _)m=https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1404/18/news130.html


 そのですね……こんなこと書くと「気持ちわるっ!」と拒絶反応を示す方もいらっしゃるかもしれないんですけど――まあ、これを人間に当てはめて、男女の性欲の強さというのが入れ代わった場合、どうなるんだろうと思ったんですよね(^^;)

 たぶん、いい点としては、これでいくと女性のほうに性の主権があって、レイプされる可能性というのはかなりのところ減る、ということかもしれません。また、バースコントロールというのも、女性のほうで「いつ子供が欲しいか」、「何人欲しいか」といったことをかなりのところ主権的・計画的に決められるので、男の人の発言権はかなりのところ弱くなるような気がしたり(^^;)

「うるせえな!産むのはこっちなんだからな。てめえはただ精子だけ提供してりゃいいんだよ!」……とか言ったりするのは、夫に対する性的ハラスメントだ、なんていうふうに言われることになるのかどうか(^^;)

 で、男性向けの風俗よりも、やっぱり女性向けのそれのほうが多いっていうことになりそうですよね。あと、男性同士のゲイが多いみたいに、女性同士のそれもすごく増えるような気がします(いえ、なんとなく^^;)

 あと、これはトリカヘチャタテさんに聞いてみないとわからないものの……これでいくと、メスよりもオスのほうが交尾の時の快楽というのかエクスタシー(笑)が強いような気がする。しかも、それが長く続くということみたいなので――結構こういうカップルとかが多いっていうことになるんでしょうか(^^;)


 女性:「なんだ!?物欲しそうな顔しやがって!もしかして溜まったのをオレに吸いとって欲しいのか」

 男性:「………そんなこと、男のわたしの口から言わせないで(//_//)

 女性:「しょうがねえオスブタだな。じゃあ、裸になって四つん這いになれよ!気持ちよくしてやるから


 また、女性が男性をレイプする際には、「オレがおまえに女を教えてやるよ」とか、「もう女なしじゃいられねえ体にしてやるぜ!」的なことになるんでしょうか(爆☆)

 ただ、性的に女性のほうに主権があって、バースコントロールもしやすいのが利点とはいえ、形状的にあんなのが足の間にぶらさがることになる……と想像すると、まあ大抵の女性は「いらねー!」ってなるとは思うものの、まああくまでちょっとした仮定のお話ということで(笑^^;)
 
 でも、子供も出来て、もうこんなもん(生殖器・笑)いらねえなってなったら、まあ医療的に安全な方法で去勢すればいいってことになるんでしょうか。。。

 なんにしても、こういうの小説にしたら面白いだろーなー☆みたいには、まるで思えず……やっぱり、自分的に理想(?)なのは中性体で生まれてきて、パートナーが出来た時にお互いにその日の気分で「今日、おまえメスやれよ。んで、俺はオスな」、「ん。わかった!」とかいうのですけど(笑)、逆にこれでやってくほうが人間関係的には複雑で難しいのかな(でも、お魚さんには性別の変わる種がいたりしますよね^^;)(性別が変わる魚たち)

 ではでは、単なるくだらん空想話でした。。。

 それではまた~!!



       不倫小説。-【14】-

 おわかり?というようにじっと見つめ返され、清水医師にしても、顔には見せないながらも若干たじろぐものがあったかもしれない。というのも、奏汰に会った時も(なるほど。確かにこれは、女性のほうで放っておかない顔立ちだ)とは、彼も思った。そして、その細君のほうはといえば、ブランドもののスーツにかっちりと身を固めた、女性誌の表紙でも飾ってそうな美人なのである。しかも、彼女のほうでは夫に不満など何ひとつないという。だが、清水は(それであればこそ、今回の離婚ということが持ち上がったのではないのか)と、まずは疑っていたかもしれない。

「けれど、あなたの求めるその不満のない夫というのを演じるのに、旦那さんのほうで疲れていたといったことはなかったのでしょうか?」

「さあ……」

 ここで小百合は、少しばかり首を傾げた。

「無理するも何も、夫はまず、医師としての仕事が忙しくて、そんなこと考えてる暇も何もなかったと思いますよ。夫はまず、家では何より自然体でしたし、家でも自分を装ってたら、疲れて仕事に集中できなかったんじゃないかしら?そのかわり、家にいても書斎に閉じこもりきりになって論文を書いてたり、あとは食事中もうわの空でぼんやりしてることはよくありましたけど、べつにそんなの、どこのお宅の旦那さんだって、そんなものでしょうしねえ。とにかく夫は、性格のほうが謙遜なんです。その上遠慮深くて優しい人ですし、娘にとっても理想のパパで……わたしが願ってたのはとにかく、この幸福がこれから先もずっと続いていってくれることでした。それを、夫のほうで一方的に「愛人ができた」なんて言って、最後通牒をつきつけてきたんです。こんなこと、社会道徳的に考えても、決して許されることじゃありませんわ」

 小百合が怒りのあまり頬を紅潮させるのを見て、(ふうむ……)と清水は考えこんだ。彼がこれまで扱ってきたケースは、夫婦ともに不満だらけであり、だが、それでいて経済的なことや子供のことを理由に離婚することも出来ない、といった泥沼のケースがほとんどだった。そしてその上で「では、その状況下でも離婚せずに暮らしていくにはどうすればいいのか」について一緒に考えていく――といったような場合が多い。

 が、夫が医師という社会的に高い立場にあり、夫妻ともに美男美女のお似合いのカップルであり、特に妻にとっては不満のない、理想的な結婚生活だった、ところが夫のほうに愛人が出来、何を置いても離婚したい……が、妻のほうでは絶対に別れたくない。

 今までこのようなケースは扱ったことがなかったため、清水にしても他のもっと複雑なケースより、今回の桐生夫妻の問題については、別の意味で難しいと感じていたかもしれない。

 とにかく、清水が何かひとつ質問しただけで、小百合のほうでは滔々としゃべりまくるため、その話を聞いてパソコンに打ちこみつつ、清水は約五十分というカウンセリング時間がオーバーしようという頃――最後にようやくいくつかまとめとして質問することが出来たという、何かそのような状況であった。

「桐生さん、あなたのお話を聞いていて思うにですね、何度も「娘のために」離婚したくない、「娘のために」と何度もおっしゃっておられましたが、実際のところ、あなた御自身のほうはどうなのですか?もし仮に娘さんがいらっしゃらなくて旦那さんが浮気したのだったら、慰謝料といった経済的なことさえ保証してもらえれば、ある程度は納得して離婚できたということなのかどうか……」

 もちろん、清水医師も、小百合の夫のことを熱心に語る時の口調から見て、そうではないということはわかっていた。けれど、一応最後に確かめておきたかったのである。

「ええと、その……先生。娘がいないだなんて、今のわたしには想像もできませんけど、でも、仮に娘がいなかったとしても、離婚なんて絶対したくありませんわ。わたし、夫のことが好きなんです。それに、あの人以上にいい人なんて、この世界中探したっていっこないんですし、愛人と手を切って別れるというなら、今回のことは許すつもりでいます。仮に、わたしに愛情がなくて、娘のためだけに戻ってくるというだけでもいいんです。とにかく、あの人が家に戻ってさえくれたら、本当に、それだけで……」

 そう言って、小百合はまたしても頬を濡らし、それをハンカチでぬぐっていた。女性が、涙でマスカラが落ちないようにと案じる、例の独特の拭き方で。

「そうですか。それと、話していて少し気になったんですが……ご主人を呼ばれる時、奥さんはなんて呼ばれてらっしゃるんですか?」

「まあ、そうですわね。娘がいる時はパパとかお父さんとか……あとはあなたって呼んでることが多いかもしれません。でも、何故ですの?」

 小百合は、少し不思議そうに首を傾げてそう聞いた。結婚前までは確かに<奏汰さん>と名前で呼んでいたのだが、結婚後、いつ頃からそう呼ばなくなったのか、彼女にははっきり思いだすということが出来ない。

「いえ、お話を伺っていて……旦那さんのことをずっと<あの人>とばかり呼んでおられるようでしたので。それはもしかして、旦那さんが浮気をするようになってから、特に名前でも呼びたくないとか、そういう……?」

「えっ?わたし、そうですか?でも、結婚して十年もすれば、そんなものじゃないかしら。そりゃ、つきあいはじめたばかりの頃は、相手の名前を呼んだだけで胸がドキドキとか、そういうのはもちろんありましたけど。それに、あの人のほうでだって、わたしのことはママとかお母さんって呼ぶことが多いんですよ。まあ、時々小百合って名前で呼ぶこともあるにはありますけど」

「そうですか。わかりました」

 小百合のほうではまだ話し足りなさそうだったが、清水は次週はまたもう一度奏汰ひとりに来てもらうことにしようと思っていた。何も、奥方の上品な話口調や饒舌な話っぷりにうんざりしたというわけではない。ただ単に、妻である小百合の話を聞いていて、彼には新たに疑問に感じる点があったのである。

 そして、二月の第四週目の土曜の午後三時に、桐生夫妻はカウンセリングルームにある、合成皮革のソファに並んで座り、今度はカウンセラーである清水医師を間に挟んで、具体的に話しあいの場を持つということになった。

 これはもちろん、小百合の側の錯覚ということではあったが、一度清水医師と一時間ほどじっくり話したことで、小百合は彼がすっかり自分の味方なのだというように思い込んでいたかもしれない。というのも、何度も共感的に頷いて話を聞いてくれていたからである。ゆえに、そのような心構えでカウンセリングルームのほうへ夫と一緒に来たものの……このあとの清水医師の対応には、彼女はがっかりしたといっていい。というのも、彼が社会道徳といったものを常識的に夫に説くでもなく、自分と夫が話すのを暫くの間はただ黙って静観していたからである。

「先々週、先生に色々愚痴をこぼして、すっきりしただろ?もちろん、おまえに離婚する気がないのは俺もわかってる。それで、清水先生に俺とおまえの言い分をそれぞれ聞いてもらってだな……」

「先生、ほら、この人まず真っ先に離婚ありきで話を進めますでしょ?だから、最初からお話にならないんですよ。だからわたし、いつも二言目には「娘の七海のことはどうするの?」って言ってやるんです。わたしのことはまあ、半分以上どうでもいいですよ。なんだったら、愛人から無理に引き離されたっていうんで、わたしのことを恨んでくれてもいい。でも、わたしに対してはそれでいいから、娘の七海のために、この人には家に帰ってきて欲しいんです」

「俺だってもちろん、七海のことは大切に思ってるよ。父親として出来る限りのことをしたいとも思ってる。養育費も支払うし、今まで貯めた貯金もすべておまえのものにしていい。ただ、俺に譲れるラインはそこまでだと言っている、それだけなんだ」

 ここで小百合が何か言おうとするのを、清水が合図して止めさせた。彼にはそうした種類の、独特の眼力がある。

「おふたりそれぞれから話を聞いていて……これ以上のところは、いくら言葉を重ねても堂々巡りになるということでしたな。また、わたしも今直に聞いてみて、確かにこれではいくらふたりだけで話しあいを重ねられても、進展するのは難しいだろうなと思います。それに、旦那さんのほうでも奥さんのほうでも、十年もの結婚生活を送る間、お互いに不満なことはほとんどないと……そのですな、ここへ夫婦でカウンセリングに来られる方というのは大体、ひどい場合は相手に殺意を抱いているくらい憎んでいたりする場合もあるのですが――おふたりの場合は違うわけですよ。また、旦那さんのほうで奥さんに不満があって他に女性を作ろうと思ったわけでもない。だから、現況、難しいですな。旦那さんのほうですでに、愛人の女性と同棲されているということになると……」

 実際、清水医師も頭を悩ませた。先週の土曜日に奏汰ともう一度話したところによると、愛人の女性のほうは、少々冷たい美人のように感じられる奥さんとは違い、介護という仕事をしている関係もあり、自分よりも他人を第一に優先させるのが当たり前といったような、心の優しい女性だという。

『べつに、だからといって小百合の心が冷たいって言ってるわけじゃありませんよ。ただ、うまく言えませんが、この<差>というものがたぶん……小百合にはいくら説明してもわからないと思うんです。俺は、一度家庭を持った以上浮気をしたりして、妻や娘のことを悲しませるつもりは毛頭ありませんでした。何より、浮気なんてしてる暇もないくらい仕事のほうも忙しいですしね。だから本当に――俺は運が良かったんだと思ってるんです。人が聞けば、何が運がいいだということになるでしょうが、俺はこれは今まで自分が誠実に生きてきたことに対するご褒美じゃないかと思ってて……』

 このあと奏汰は、「こんな話、変ですよね」というように言葉を切っていたわけだが、もちろん、人の悩みを聞き続けて三十年以上にもなる清水医師には奏汰の言いたいことがわかっていた。そしてまた、彼のような人がそうと思って離婚ということを妻に申し出たからには、これは彼にとってもはや譲れないことでもある。一方、妻のほうでも、このまま平穏に続くと思っていた幸せを突然壊されて、不幸のどん底に突き落とされたという言い方をしていた。また、夫が戻ってくるためなら、娘の健全な成長のために自分が憎まれることになってもいいとすら……具体的に離婚ということになると、金というのがさらに揉める要因のひとつとなるわけだが、奏汰のほうでは結構ある貯金をすべて妻に与え、さらに養育費も支払うという。だが、妻のほうでは「金の問題でない」と言っているわけである。

 また、清水医師は「奥さんが本当はどのくらいご主人であるあなたを愛しておられるか、考えたことがありますか?」とも先週聞いていた。すると、彼のほうでは『ええ、知っています』と、世の中一般の男性が答えそうにないことを言っていたものである。

『小百合は、いい女ですよ。美人なだけでなく、家庭的だし、子育てにも熱心だし。でも、妻のいう愛っていうのは、利己的なものなんですよ。こんな言い方、自分でもどうかと思うけど……俺が医者だから結婚相手として自分と釣り合うとか、まあそうした考え方ですよね。自分が尽くすに値いすると思う相手のことは愛せるが、これが道端のこじきということになると……いや、道端のホームレスかな。とにかく、妻の目にはそうした人は自業自得の末にそのようになったという感じで、視界に入ってきても、いないも同然というか。あえて強調して嫌な言い方をしたとすれば、俺はあいつのブランド品としての夫みたいなものなんです。だけどまあ、俺も結婚というか、女なんていうのはそんなものかなと思ってた。でも、そうじゃない女性というのもいて……』

 実をいうと、個人的な心情としては、清水医師はどちらかというと夫の奏汰寄りであった。もちろん、世間一般の人々に街頭アンケートでも取ったとすれば、圧勝するのは妻である小百合のほうではあったろう。だが、このことを彼女に納得させるのはもちろん容易なことではない。小百合自身、自分でも口にしていたとおり、ずっと幸福であったにも関わらず、極めて理不尽な理由によってその結婚生活が突然終わりを迎えようとしているのだ。このことに抵抗せずにいられる人間など、この世界にいるわけがないというのは、おそらく誰しもが理解できることであったろう。

「これまでの結婚生活で、お互いに良かったと思うことを、それぞれ述べてもらえますか?」

 これは、本来であれば、互いに不満だらけの夫婦に良かった時期のことを思いだしてもらうために清水がよく言うことであったが、この場合は、互いに良い点を言いあい、出来れば感謝の念を相手に持ちつつ別れる……という方向に向けての言葉であった。

「そうだな。俺のほうでは、先生。これまでの結婚生活の間、彼女がずっと家庭全般について取り仕切ってくれたからこそ、自分は医師としての仕事に専念することが出来たと思っていて……それと、娘のことも感謝してます。生まれる時も難産で、大変でしたから……そうした苦労をすべて乗りこえて、俺のためにあんなにいい子を生んでくれたことにも感謝しています」

 だが、妻の小百合のほうでは、本当に口先だけでなく、感謝しているというなら、それを態度でも示せと思っているようであった。無論、奏汰の言っていることは紛れもなく心からの言葉なのだろうと清水にはわかるのだが、なんというのだろう、それはどこか<冷ややかな感謝>でもあった。そのかわり、経済的なことにおいては俺は、何ひとつとしておまえや七海に不自由させなかったはずだぞ、といったような。

「わたしだって、夫に感謝してますわ。この人の脳外科医としての仕事ぶりも立派なものだと思って誇りに感じていますし、そう思えばこそ、夫の浮気にもずっと前から気づいていながら見逃してきたんです。今にして思えば、夫の衣服にわたしのじゃない女性の髪がついていた最初の頃に、すぐにも断罪していたらって後悔してます。それだったらこの人も、今こんなふうに離婚するとまでは言ってなかったかもしれませんもの」

「そうですな。私は精神科医として、普段はそう自分の意見について述べたりはせず、お互いに話すことの調整役に当たることが多いんですが、おふたりの場合はもう話しあっても結論が出ないからここへやって来られたわけですし……私の言えることというのは、次のようなことかもしれませんな。つまり、世の中の多くの人々が『自分の好きなとおりには生きていない』ということです。旦那さんに対して言うなら、奥さんの他にも愛人を持ちたいといったような欲望は、大抵の男性が隠し持っているものです。また、実際に配偶者のどちらかが不倫しているカップルというのは、世の中によくいます。もちろんお話を聞いていて、旦那さんのお気持ちというのはわかりましたよ。ですが、一頃流行った『マディソン郡の橋』ではありませんがね、子供や家庭のことを考えて踏み止まった人というのも、世の中には多くいるものです。そして、わたしが思うに、家庭を捨てたほうが幸せだったのか、それともそうしないほうが良かったのか、実はこうしたことというのはわからないものなのですよ。その両方を同時に経験できる人などいないのですからな。それに、そうしないでおいて良かったと十何年もしてから気づくという場合もあります」

 ここまで清水医師に言われた時、先週、随分共感的に話を聞いてもらえただけに、奏汰としては少々がっかりしたかもしれない。そして、彼の隣に座っていた小百合のほうでは、清水が夫の心に響く言葉を言ってくれて良かったと喜んだのも束の間、そのあと、顔つきが相当厳しいものに変わるということになった。

「次に、奥さん、ですがね。私は今、『世の中はとかくままならぬもの』だと言いました。妻子を捨てて愛人と結婚するだなんて、一般的に考えてとんでもない話です。ですが、世の中にはそのように夫から一方的に別れを告げられたり、あるいは病気などで死別するということもありますね。そして、誰しもがみな、『わたしの人生こんなはずじゃなかった』、『こんな予定じゃなかった』という何かを抱えて生きているのがむしろ普通で当たり前なくらいなのですよ。何も奥さまだけが特別なのではありません。結局のところ奥さんの望み通り離婚しなかったにしても、このこと、頭の隅のほうにでも置いておいていただけたらと思います」

 この時、小百合が膝の上でハンカチを握りしめる手は、微かに震えていた。そして、突如湧き上がってきた怒りとも嘆きともつかない感情に支配されたまま、小百合はその場からダッと逃げだしていたのである。

 もう二度と自分はあんなふうにはならないと思っていたあの激情――小百合はその感情に見舞われると、今度は夫の脳天にではなく、この鷹揚として、人の不幸を俯瞰した立場から訳知り顔に語る精神科医の頭にこそゴルフクラブを叩きつけてやりたいという激しい衝動に駆られていたのである。

「おい……小百合!」

 奏汰は清水医師に一礼すると、廊下を走って妻のことを追っていった。奏汰の耳には清水医師の意見というのは、至極平等なものであるように聞こえたが、彼女の性格からいってそうでなかったろうというのは、彼にはよくわかっていたからである。

「俺は自分に言われた清水先生の言葉はもっともと思ったがな。なんでも、自分の好きなとおりにしたら幸せになれるっていうものでもない。だけど、俺が今同棲している女性に拘っているというのは確かだ。それで、おまえのほうでは自分の幸福に執着を持ってる。もちろん、それは当然のことだし、何もかも悪いのは俺だっていうこともわかってる。でも、先生が言ったことも一部分当を得たことだというのは……少し考えてみる必要のあることだと思う」

 もちろん、こんなことを奏汰が妻に言っても通じないというのは、彼自身が一番よくわかっていることだった。また、清水医師の言ったことが、妻にとっては相当の荒療治となる言葉であったろうということも。

「わたしは……誰がなんと言おうと絶対に別れないわ。あなたは、あの愛人さんとよろしくやってたらいいんじゃない?でも、わたしは離婚はしない。それでいいじゃないの」

「なんでだ?世間的な体裁を気にしてるってことか?」

「そうよ。もちろんそれもある。べつに、そうすることであなたが苦しめばいいっていうより……とにかく、色々困るわ。プライドが高くて見栄っぱりだとあなたも思うでしょうけど、わたしにとってはそれが何より一番大切なことなの。それに、七海だって可哀想だわ。『あの子のお父さん、お医者さんなんだってー』、『ナナちゃんちのお父さんスゴイねー』っていうのが突然なくなって、『あの子のお父さん、離婚していないんだってー』っていうことになるのよ。そういうことも何もかも、本当にあなたは全然わかってない……っ!!」

 小百合は、目の前が真っ暗になるあの衝撃を覚えて、この時、クリニックの廊下のところで蹲った。この間、奏汰は妻に「大丈夫か?」と言って背中をさすったあと、先に会計を済ませようとしたのだが、戻ってきた時、妻の姿はすでになかったのだった。

 奏汰はとりあえず、翌週にまた予約を入れておいたのだが、この時また清水医師に呼ばれ、少しばかり話をすることになった。

「奥さまは、大丈夫そうですか?」

 ああした結論をカウンセラーが直接言うというより、そうしたことに気づくよう本来であれば話を持っていかなくてはならないのに……清水としても、もっと小百合の性格的なことを考えるべきであったと、この時後悔していたのだった。

「ええ、たぶん。これから俺も家のほうに戻りますし、うまくフォローしようと思ってますから……それに、先生のおっしゃってることは、実際当たってましたよ。俺に言ったこともそうですし、俺や他の人には先生が小百合に何を言わんとしてるかがわかるでしょうけど、結局、小百合にだけはわからないし、通じない。でも、先生の言葉は、俺には通じたし、実際、ここへ来て少しばかり話のほうが進展もしました」

 ここで奏汰は、先ほど小百合が話したことを清水医師に伝え、そのことでは反省もしたと、そう言った。

「まあ、妻は自分でも認めているとおり、確かにプライドが高くて見栄っぱりで……だから、離婚したなんて人に言いたくないというのは、人一倍あると思います。それに、俺のことを純粋に愛してくれているというか、そういう部分があるのもわかってるつもりですから。そして、そうしたすべてを総合して、妻のほうでは死んでも離婚はしないと言ってるわけですよね」

「ですが……こう言ってはなんですが、仮に離婚しても桐生さんは娘さんのお父さんなんですし、学校の作文や何かにだって『わたしのお父さんはお医者さんをしています』といったようには書けるはずですよ。あとは毎年必ず運動会には参加するとか、工夫することはいくらでも出来ると思いますし……」

「でも、普段家に父親がいないというのはやっぱり、大きいものだと思います。小百合が自分のためじゃなく、娘のためを考えてそのあたりをどうにかして欲しいとの気持ちもわかりますし……結局のところ答えは出ないままですが、それでも、小百合の本心を聞けて良かったです。それだけでも、ここへ来た甲斐があったというか……」

 ――だが、結局のところ、このあと小百合が「もうあんなところ、絶対ぜっったい、ぜええったい行きたくないっ!!」とヒステリックに泣き叫んで言ったため、奏汰はそれ以降、清水心療内科クリニックでのカウンセリングというのは、断念しなければならなかった。

 また、奏汰の場合、小百合とは違い……清水医師の言葉についてはかなりのところ胸に刺さるものがあったといえる。そこで、明日香のいるふたりの愛の巣へ戻ると、この時も大体のところすべて隠さず話すことにしていたのである。

「そうですよね。清水先生のおっしゃること、わたしにもよくわかります……わたしも先生も、ふたりで暮らしはじめることさえ出来れば幸せになれるとか、何かそんなふうに思ってて。でも、よく考えたら本当にそうだと思います。自分たちさえ良ければいいのかっていうか、そのために何も悪くない奥さまや七海ちゃんにだけ犠牲を負担させていいのかっていうか……先生、わたし、先生と結婚できるのは<いつか>ってことでも構いません。ただ、これからもここでふたりで暮らせさえしたら、それだけで……」

「明日香、本当にごめん。俺の考えが浅はかだった。家を出さえすれば、流石に小百合もいずれは首を縦に振るに違いないだなんて、そんなふうに思ってて……」

「いえ、いいんです。ただ、わたしはともかくとして、先生はこれからも週に一度は向こうへ行くことになるでしょう?だとしたら、先生の負担のほうは大丈夫かなっていうか。もちろん、七海ちゃんに会うことが出来るのは、先生にとっても嬉しいこととは思うんですけど、それでも、毎週必ずっていうのは……」

 ここで明日香が少しばかり言い淀んだため、あとのことは奏汰のほうで引き受けた。彼女の言いたいことは、みなまて聞かなくても彼にはよくわかっていたからである。

「まあ、これも今の俺たちの幸せの代償と思って、そのうちなんとかするよ。それに、俺は明日香とは時間はかかっても必ず結婚できると思ってるんだ。俺、こっちに来てからもう三年以上になるだろ?だからたぶん……来年かさ来年かわからないけど、とにかくまた転勤っていうのがあると思う。それまでの間にさ、俺と小百合の関係っていうのも変わっていくかもしれない。もちろん、今の段階では小百合が何か少しでも考えを変えるとは思わない。明日香も、今の病院居心地いいだろうし、他にも色々あると思う。でも、次の俺の転勤先が知り合いがあまりいないような土地であったとすれば、そのあとはふたりきりで堂々とどこへでも出かけられるようになると思うんだ」

「でも、もし奥さまがそちらにも、七海ちゃんのために一緒に行くっておっしゃったとしたら……」

「どうかな。それがもし東京とかなら、そう言うかもしれないけど、ここと同じく知り合いがほとんどいない土地だったとしたら、流石に小百合もそこまでのことはしないと思う。とにかく、まだ別居して四か月だ。こうした状態が長く続くうちに、俺と小百合の間ではおそらく何かが変わっていくと思うんだ。だから……すまないけど、明日香、もう暫くの間、待っていてほしい」

 その日曜日、奏汰が帰宅したのは十時過ぎのことだった。もちろん、明日香としては不安だ。けれど、離婚に応じたくないという小百合の気持ちも彼女にはよくわかっていた。自分だって奏汰のような男性と結婚して、このまま彼と娘のいる幸福な生活が続くと思っていたのに、それが突然結婚十年して「他に愛人が出来た」などと聞かされたとすれば――ゴルフクラブどころか、包丁で刺したいほどの殺意すら覚えるかもしれない。

 その一方、明日香としてはまた別の懸念があった。このまま奏汰と同棲生活を続けるにしても、この生活を一体いつまで続けられるか、というのがあるし、自分と彼との不倫の噂などというものが院内のどこかで立ったとしたら……自分は病院を辞めなくてはならないだろうと思っている。それだけでなく、奏汰と彼の妻の小百合が離婚しないままでいる間に、何かが起きるという可能性もあるだろう。たとえば、肉親のうちの誰かが亡くなるなどして、やはり葬式の席など親戚が全員揃うといったことがあった場合……やはり、きちんとした妻がいて、子供がいて、という奏汰言うところの、そうした<表面的な立派さ>というのはとても大切なものだ(この表面的、というのは、仮に水面下でどれほど問題があろうとも、世間や親戚などに向けては「何もない」振りをして、体面を守れるという立派さという意味である)。

 そして、明日香との間にちょうど新味のようなものが薄れてきた時にそうした「何か」が持ち上がったとすれば――やはり、内縁の妻というのは極めて立場が弱いということになるのではないだろうか。

 けれど、結局のところ明日香は、それがどのような条件下であろうと奏汰とは離れられないとわかっている。だから、その日の夜も奏汰に体をぴったりと寄せて眠った。この世界で頼れる人は、まるで彼ひとり以外自分にはいない……とでもいうように。



 >>続く。





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