(イーサンが今年ミミの誕生日にプレゼントしたのは、こんな感じの何かだったんでしょうねえ♪^^)
ええと、今回の前文は何について書こうかな……と思いつつ、やっぱり特にあんまし書くことないかな~なんていう気もしたりしなかったりww(どっちだよ)
前に、↓のお話の中で一度、ホイットマンの詩について軽~く触れていたんですけれども、実はホイットマンはエミリー・ディキンスンと同時代人なんですよ(^^;)
ただ、詩のスタイルとかその内容とか、それぞれが生きた人生とか……これほど違う詩人もいないかな、という気がします。
確かエミリーも、ヒギンスン宛ての手紙に「あまり上品でないと聞いています」みたいにホイットマンについて書いていたと思うんですよね。ホイットマンはエマーソンの後押しということもあって、エミリーとは違い詩人として生前から名声を手に入れることが出来た――ように思うのですが、同時代人としてホイットマンとディキンスンが一緒に論じられていたりすると、自分的にはなんとなくすごく変な感じがします(^^;)
エミリーが何故ホイットマンの詩に対し、上品でない――ようするに下品と書いたのかは、彼が性ということについてセキララに歌っているからだと思います(笑)
>>わたしを通して、禁圧されていた声が、
性(セックス)と色欲の声が、蔽いをかけられた声が、そしてわたしはその蔽いをとりのぞく、
わたしによって清浄とされ高尚にされた淫らな声が。
わたしは、わたしの口に指をあてて押えることをしない。
わたしは、頭と心臓のまわりと同じように腹のまわりも優しく守る、
性交は、死と同じように、わたしにとっては少しも野卑なものでない。
わたしは、性欲と食欲をよいものと信じる、
見ること、聞くこと、感ずることは、奇蹟である、
そして、わたしのどの部分も、どの垂れっぱしも、ひとつひとつ奇蹟である。
内も外もわたしは神聖である、どんなものでもわたしの触れるもの、わたしの触れられるもの、それらをわたしは神聖にする。
わたしの腋の下の匂いは、お祈りより芳香を放ち、
この頭は、教会や聖書や、あらゆる教義以上のものなのだ。
…………
(『ホイットマン詩集』木島始さん訳編/思潮社刊より)
まあ、こういったような詩でありまして、当時の時代背景的なことも考えると、文壇で詩人として崇められるのはなかなか難しいような気もするのですが……その問題性も含め、ホイットマンは後世に名を残すことの出来た稀有な詩人だった、というようにも思います(あ、べつにわたし、ホイットマンについては詳しいわけでもなんでもありませんけどね^^;)。
あ、そういえばようやく、↓のほうでは、マリーとイーサンの関係が少しは動く気配を見せたようで……いや~、子供たちのエピソードがちょっと長く続いたもので、わたしも書きながらイーサンにはなんか悪いことしたな……みたいに、思ったり思わなかったりww
ではでは、次回はランディが奇跡的に入学した私立校にマリーとイーサンが父兄参観に出席するみたいな、そんな話だったようにぼんやり記憶してます。。。
それではまた~!!
聖女マリー・ルイスの肖像-【36】-
ミミの誕生日がやって来ると、放課後、招待状を受けとったクラスの女の子たちは全員、マクフィールド家の屋敷へやって来た。
ミミと特に仲良くしているエマ・ライデンとリリー・ハーパーはその豪壮な邸宅の中を見たことがあったが、他の子たちは来訪が初めてだったため、やはり驚いたようだった。しかも、玄関ホールのところに妖精の衣装がサイズ別に用意してあって、女の子たちは着替えをすませると、妖精の女王として真珠のティアラをつけたミミに献上物を捧げたというわけである。
「ねえ、メアリーのプレゼント見た?」
少し意地悪なところのあるオードリーが親友ふたりにそう囁きかける。
「すごくちっちゃいの」ぷぷっと笑って、アンバーが言う。「中、何入ってるんだろ。生きたヒキガエルとか?」
「っていうか、もともとミミちゃんから取ったものが入ってたりしたら、超受けない?」
三人の、見た目だけは本物の妖精かと見紛うような女の子は、わざとメアリーに聞こえるところでそう言っていた。マリーはキッチンでの準備に忙しく、この日はマグダにも手伝いに来てもらっていたのだが――マグダは『噂の』メアリー・コーネルのことを見ると、なんだか少し気の毒だった。
親が(この場合は祖母ということだが)あまり彼女の見た目のことなどに構いつけないのだろうか、ぼさぼさの髪を三つ編みにし、妖精の格好をする前までは古びたジャージの上下を着ており、しかも今時珍しく、その膝のところには<つぎ>が当たっていた。
マグダはメアリーのところへ行くと、「よく似合ってますよ、お嬢さん」と声をかけた。「なんだったら少し、髪のほうも整えましょうかね?」
「ほんと!?ほんとうにそうしてくれる?」
メアリーの様子が特にひねこびたところのない、実に子供らしい素直な反応だったため……一階の客間のひとつに彼女のことを連れていくと、そこのドレッサーの椅子に座らせて、マグダは髪を高く結い上げてあげた。最後にピンでしっかり留めると、ミミのピンク色のシュシュを巻きつけて完成といったところである。
「すごいねえ、おばさん。あたしね、人んちにお呼ばれするのってこれが初めて。だけど良かった。他の子はみんなめかしこんでくるってわかってたけど、あたしの持ってる服っていったらお粗末なものばっかしなんだもん」
「まあ……」
マグダはそれ以上のことは言葉に出来なかった。彼女自身、これまでの人生の中で、メアリーのような子のことは何人も見てきた。自分が小学生の時にも同じクラスにそうした子というのはいたし、自分の子供たちのクラスにもメアリーと似た境遇の子というのはいた。けれど、マグダは中産階級よりも少し下というくらいの所得層にずっと属していたが(これは結婚後も変わらなかった)、ミミのような富裕層に属する子とメアリーとでは――どうつきあっていくのがいいのか、マグダには見当がつきかねたのである。
「そんなにびっくりすることないよ、おばさん。こんなこともうあたし、慣れっこだしね。ただ、今日なんであたしがここに来たかっていうと、ミミちゃんがどんなとこに住んでるのか見たかったからなの」
「そうなの」
メアリーと手を繋いでマグダが居間のほうへ入っていくと、そこではみんなよりも少し高い女王の座席に座ったミミがみんなのプレゼントを順番に開けていくところだった。可愛いカチューシャやミミの好きなサンリオグッズや壁にかける可愛いタペストリーなどなど……ひとつ包みや箱を開けていくたび、ミミは「アンバーちゃん、ありがとう!」とか「エマちゃん、ありがとう!」と言っては、屈託なくニコニコ笑っていた。
その様子を見て、マグダは実に安心したものである。自分がこの屋敷にいた頃までは、ヌメア先生という気味の悪いぬいぐるみと離れられず、ひとりごとを言うようにそのぬいぐるみとコソコソしゃべってばかりいたあの小さな子が――今や小学生となり、クラスのみんなからも慕われている……そう思うと、マグダは胸の奥のほうがじんわり温まってくるものさえ感じたほどである。
ところが、最後にミミがメアリーの小さなプレゼントの箱を開けようとした時のことだった。メアリーはずっと青い顔をしながら自分のプレゼントの順番がやって来るのを待っていたのだが、その時に突然メアリーは鋭く叫んでいた。
「ミミちゃん!それ、あんたがあとでひとりになってから開けてよ。それでもあたしにとって一番大切なものが入ってるんだからさ」
ミミは素直な子ので、ただメアリーの言ったとおりにしようと思った。それで、ミミが「ありがとう、メアリーちゃん!」と言おうとした時のことだった。
「なんで?そんなのずるくない?みんなのプレゼントは全部開けたのに、メアリー、なんであんたのだけあたしたちが見れないのよ!?」
「そうよ。ミミちゃん、メアリーのプレゼントも絶対開けて見せて!だってあたしたち、いつもミミちゃんからあんたが色んな物を取ってきたのを見てきてるんだから。そのあんたがミミちゃんに何かあげるものがあるのかどうか、興味あるわ」
そう言ったのはアンバーとオードリーで、その後ろでふたりと仲のいいジュリアもまた、何度も繰り返し頷いてみせる。他の女の子たちの反応はまちまちだった――彼女たちと同じようにメアリーのプレゼントを見たいという子たちと、そんなことをしたら可哀想だ、といったような困惑した顔の表情を浮かべる子と……。
マリーはケーキを持っていく準備をしていたのだが、マグダがこのちょっとした異変を知らせると、彼女は急いでケーキのほうを居間へ持っていこうとした。だが、そのほんの三分ほどの間に、迷っているミミの手からアンバーが小さな箱を奪うと、その中身を開けてしまったのだった。
「何よ、これ。あんた、ふざけてんの!?」
そう言ってアンバーは、箱の中のものをすべてぶちまけていた。そこには色んな形のボタンがぎっしり詰まっていて、それは見ようによってはとても綺麗なものだったといえる。
「自分はミミちゃんから鉛筆とか消しゴムとか、色んな物を取っていったくせに!」
「違うよ!あれはミミちゃんがわたしにくれたんだもん。ね、そうだよね、ミミちゃん!?」
この時にマリーは初めてメアリーのことを見て、少し驚いたかもしれない。どちらかというと、話に聞いた限りではアンバーのように気の強い意地悪タイプの子であるように想像していたからだ。
「う、うーんと、ミミはね……」
ミミが困ったようにもじもじしだすのを見て、マリーは彼女の目の前に大きなケーキを置くことにした。ミミの大好きなうさぎのチョコレートののった、イチゴのたくさん詰まったケーキである。綺麗にアイシングで飾られたケーキには、「ハッピーバースデー、ミミちゃん」の文字と、七本の蝋燭がのっている。
「さあ、ミミちゃん。お願いごとしてから蝋燭を吹き消してね!」
マリーの言ったとおり、ミミは少しの間目を閉じて何かお願いごとをすると、ふうっと蝋燭を吹き消した。このあとはすぐおやつの時間になったため、アンバーとメアリーの対決については、一時お預けということになった。
マリーはメアリーの元にケーキを持っていくと、「綺麗なボタンをどうもありがとう。あんなにたくさん集めるの、大変だったでしょう?」と話しかけた。
「う、うん。まあね」
自分にそう直接話されたわけではなかったが、ミミが「マリーおねえさん」という人を大変自慢にしているらしいというのは、メアリーも知っていた。『おねえさんはミミのためになんでもしてくれるの!とっても優しい天使みたいな人なのよ』といったように……そしてメアリーもまた彼女に対して大体のところ似たような感慨を抱いた。それは子供の直感による、<この人は自分にわざと恥をかかせたり、嫌な思いをさせたりなんかは絶対しない人だ>という無条件による信頼のようなものだった。
用意された食事も実に豪華なもので、メアリーはこんなに美味しいものを一度にたくさん食べたことがなかったため、夢中になって一杯食べた。そのことがあとから、アンバーたち一派の陰口の種になるとも知らずに……。
その後、マリーがいたせいもあって、アンバーとメアリーの間で言い争いのようなことにはならずに済んだ。ミミはみんなに歌を歌ってもらって祝福してもらったし、そのあとアニメの「ミニオンズ」を見て、みんなで笑い転げた。ミーガンというひょうきんな子が、ミニオンズの話す言葉を真似るのがうまくて、彼女がその物真似をするたびに、みんなで「みにょもにょ」話しては大笑いしたのだった。
クラスの女の子たちが全員帰る頃、メアリーだけがひとり最後まで残っていた。何分広い家のことである。ちょっとどこかに姿を隠してしまえば、自分がただ食らいだけしてさっさと帰ったのだろうとしか、アンバーやオードリーも思わないとメアリーにはわかっている。
「ミミちゃん、ごめんね。あたし、他の子と違ってあんたに大したもんあげられなくて……」
「ううん、そんなことないよ!」とミミは屈託なく明るく言った。「それより、今日は来てくれてありがとう。ボタン、大切にするね」
マグダとマリーは誕生パーティの後片付けをしながら、メアリーとミミのそんな様子を見てほっとした。それからメアリーは髪の毛のピン留めやピンク色のシュシュも外して、ミミに返した。そして、紺色のジャージの上下にぼさぼさの髪のまま、玄関口のほうへ向かっていこうとする。
「メアリーちゃん、これ、おうちに帰ったらおうちの人と一緒に食べて」
マリーはタッパなどにパーティのおやつやご馳走の残りを詰めると、それをデコラデパートの紙袋に入れ、メアリーに渡した。
「入れ物のほうはね、べつに返さなくてもいいから」
「は、はい。ありがとうございました。テーブルの上のものはみんな、こんなに美味しいもの、あたし今まで食べたことないってくらいとっても美味しかったです」
メアリーは礼儀正しく礼をすると、入れ物のほうは必ず洗って返すことを約束してから――嬉しそうに頬を紅潮させて、マクフィールド家から出ていったのだった。
この日あったことは、マリーにとって心の痛むことのほうが多かったかもしれない。どうやらミミは学校で本人が思っている以上に人気者らしく、マリーはその点については安心した。それに、メアリーとの関係もマリーが当初想像したようなものでなくて、その点についてはほっとしていたのだが……。
「やれやれ。やっとミミの誕生パーティ終わった?」
ロンは階下の騒ぎが静まったらしい頃合を見計らって、自分の部屋のほうから下へおりてきた。
「ううん、まだよ。今度は家族みんなでミミちゃんの七歳の誕生日のお祝いしなくちゃ」
「あ、そうだったっけ……」
そう言ってロンは前もって用意してあったミミへのプレゼントを取りに、再びエレベーターに乗りこんでいた。彼が戻ってくる前にココがカレンの家から戻って来る。そして一番最後がイーサンだった。
夕食の時、ミミはロンからは『うっかりペネロピ』と『ミッフィーちゃん』のDVDをもらい、ココは妹に速く走れるという靴を、イーサンはシルバニア・ファミリーの家や人形などをプレゼントし――マリーはうさしゃんとおそろいの可愛い服をあげていた。ココがくれた靴はスニーカーだったので、マリーのアンティークな赴きのある服とはまるで合わなかったが、それでもミミはマリーのくれた服に姉のプレゼントしてくれた靴をはき、そのままの格好で家の中を走りまわると、最後は子供部屋でロンのくれたDVDを見ながら今日の戦利品を秘密基地で数えあげたのだった。
マグダは夕食の前に帰っていたが(誘ったのだが、家の用があるとのことだった)、メアリーのことでは彼女も複雑な気持ちを味わったらしい。
「いくら同情したところで、結局何かしてやれるというわけでもないんですけどね」と、前置きしてマグダは言った。「可哀想な子ですよ。わたしがあの子なら、今ごろ帰り道で『世の中なんて不公平なんだろう!』と思って泣いてるかもしれませんね」
だが、メアリーは実際には泣いてなどいなかった。彼女は実に逞しい精神の持ち主だったので、家のおばあちゃんのために持って帰れる美味しいものがあることを喜んでいたし、何より、大好きな友達のお誕生日会にみんなと呼んでもらえて嬉しかった。ただ、その中にアンバーやオードリーといった、自分の嫌いな子たちがいなければもっと良かったとは思っていたにせよ。
マリーはミミにこれからもずっと、今日みたいに「世界一幸せな子」でいて欲しいと思うことに変わりはない。けれど、ミミの母親代わりとして、教育上言っておかねばならないことがあるとは思っていた。それで、後片付けを途中でやめると、ミミの秘密基地までいき、可愛い末っ子と少し話すことにしたのである。
「ミミちゃんはメアリーのこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
マリーはDVDを止めると、今日は特に断るでもなくミミの秘密基地の中へ入り、彼女とうさしゃんと膝を並べた。
「物を取ってく嫌な子だと思う?それとも……」
「べつに、今はもうそういうことはなくなったからいいの。それに、ミミがメアリーのことを呼ぼうかどうしようかなって思ったのはね、こういうふうになるってわかってたからなの。だけど、クラスでひとりだけお呼ばれされなかったら可哀想でしょ?だからね、結局のところこれはこれで良かったのかなってミミは思うの」
「そう……」
マリーは自分が考えていた以上にミミが『わかっている』ことがわかってほっとした。それで、これ以上は何も言うこともない気がしたものの、一応念のため、確認だけしておくことにする。
「あのね、メアリーはお父さんもお母さんもいなくって、おばあちゃんもご病気でね、とても大変なの。だから、ミミちゃんの物を取ったりとかはいけないことだけど、ある程度のことは大目に見てあげなくちゃいけない部分もあるのよ。そのことで他の子がメアリーのことを悪く言っていても、ミミちゃんは同じようにしないでくれるとおねえさん、嬉しいわ。わかる?」
「うん……べつにね、物さえ取られたりしなかったらミミはそれでいいの!毎日『ちょうだいちょうだい』ってしつこく言われさえしなかったらね、メアリーのことはべつに嫌いってわけじゃないの」
「ミミちゃんがいい子で、おねえさん、ほんとに嬉しいわ」
そう言ってマリーはミミの頭のてっぺんにキスした。けれど、マリーが秘密基地から出ていってしまうと、ミミは頭からはカチューシャを外し、靴も脱いでしまった。どうしてなのかはミミにもわからない。ただ、七歳のお誕生日会が六歳の時のようでなかったことだけは彼女にもわかっていた。
本当はミミも、去年と同じように家族にお祝いしてもらえるだけで良かった。それなのに、お誕生日会を開いてクラスのみんなを呼びましょうと言ったのはおねえさんなのに……なんだか最後に何も悪くない自分が叱られたみたいで、ミミは複雑な気持ちだった。
もちろん、そのことでおねえさんを責めたいわけではない。けれど、ミミはこの時、悲しくなって少しだけ泣いた。そしてそんな時にイーサンがミミの子供部屋の前を通りかかり、秘密基地の見えないドアをノックしたのだった。
「どうした、プリンセス・ミミ?今日のお誕生日会は楽しくなかったのか?」
「ううん。にいたん……にいたんどうしていてくれなかったの?昼間、クラスのみんながおうちに来た時……」
まさかそんなことでミミが泣いているとは思わず、イーサンは妹に声をかけたことを後悔した。(ガキのままごとにいい大人の男がつきあうのもどうかと思ってな)などとは、口が裂けても言えない。
「それはだな、あれだ。にいたんは大学で勉強してて忙しいもんだからな……」
「ミミ、お誕生日会なんかどうでもよかったの。去年イチゴパーティした時みたいに、にいたんとおねえさんと、家族みんなにお祝いしてもらったら、それで……」
このあと、少しの間ミミは兄の広い胸の中で泣いた。もちろん、ミミが自分にどういうことを言いたいのかは、イーサンにもよくわからない。
「まあ、確かに去年のミミの誕生パーティは楽しかったな。全部が全部、うさぎとイチゴだらけで……あとはリスさんとか鹿さんとか、他の動物もちらほらいることにはいたが……」
「そうなの。ミミ、イチゴが大好きでしょ?だからね、お菓子は全部イチゴで、色んなものにうさぎさんのものが使われてるのも、とっても嬉しかったの。だからミミ、今年も去年とおなしでいいのよ、おねえさんって言ったの。でもおねえさんがそうじゃなくてクラスのみんなを呼んでお誕生日パーティしましょうって言うから、そうしなくちゃいけないのかなってミミ思ったの。でもミミ、ほんとは去年とおなしが良かった。クラスの子なんて、ほんとはどうでもいいの。でもおねえさん、メアリーには優しくしてあげなさいって……ミミ、これでも一生懸命優しくしてるつもりなのに……」
(あー、そういうことか……)
いくら愛しあっている者同士でも、時々こうした行き違いというのは起きうる。マリーは可愛いミミのために一生懸命色んなことをお膳立てしたわけだが、本当のミミの望みは別のところにあったということである。
「そうか。ミミはほんとにいい子だな。確かにそりゃミミの言うとおりだ。もちろん、おねえさんが悪いってことでもないがな。ミミは天使だから、物をとるメアリーみたいな子にも優しくしてるのに、おねえさんがちょっとそのことで注意かなんかしたってことだな?」
「べつに、おねえさんはミミのこと、叱ったってわけじゃないの。ただね、ただ……」
ミミはまたイーサンの胸に顔をうずめて泣いた。まだ七歳ということもあって、これ以上のことはミミにも説明不能だった。この日の夜、ミミが大好きなおねえさんから感じたのは、自分のことをほんの少しだけ突き放したような冷たさだったかもしれない。仮にマリーにそのつもりがなかったのだとしても。
「そりゃ確かにミミにはつらいいことだったろうな。にいたんはしょっちゅうランディやロンのことは叱ったりなんだりしてるが、マリーはそんなふうにしたことがないもんな。だからほんのちょっとのことでも身に堪えるんだろう」
この日、イーサンは珍しくミミが寝仕舞いするのを見守ってやり、ミミがベッドに入ったあと、眠るまでずっとついていてやった。友達がたくさん家にやって来たりなんだりで疲れたのだろう、ミミは眠りに落ちるのも早かった。
(さて、と。俺は俺でマリーに一応このことを話さなきゃならんな)
愛している者の非難はそれがほんの小さなものでも身に堪える――というのは、イーサンにもいまやよくわかっていることである。彼はこれまでの人生の中で、交際相手の女性が自分に何を言っても本当の意味で傷ついたことはない。だが、もし仮にマリーに非難がましいことを言われたり、道理を説かれたりするのは堪らないことだろうと容易に想像がつく。
そして、今回の件についてはイーサンにしても彼女に非常に言いにくいことだった。ミミの七歳の誕生日パーティのためにマリーが骨折った骨折りのことを思うと、自分に一体なんの権利があってそこにケチをつけられるのかという気もする。
(第一俺だって、誕生会の招待状を作った以外のことは何もしてないんだからな。まあ、金のほうは一応俺の財布から出てるとはいえ……)
「あんたに少し話があるんだが……」
ロンもココも、十時には上にあがっていた。ランディが寮へ入ることになり、最初はみな寂しさや物足りなさを覚えていたが、週末に彼が帰ってくるのも三回目くらいになると、だんだんにそのことにも慣れてきた。ランディはとにかく食事の量に物足りなさを感じるのが一番の苦痛だが、その他のことについては寮暮らしにそれほど不満があるわけでもないらしい。
「もしかして、今日のミミちゃんのお誕生日会のことですか?」
ミミも楽しい反面疲れただろうが、マリーもすっかり疲労困憊していた。十五人もの女の子たちが全員居心地よく過ごせるように、みんながみんな「ミミちゃんの誕生日会、楽しいことばっかりだったね!」と言ってもらえるように気を配るというのは……精神的にも体力的にも思った以上にとても疲れることだったといえる。
「ああ。俺もこんなこと、あんたに言える義理じゃないんだけどな。なんでもミミは、クラスのみんななんかどうでもいいから、去年と同じく家族だけで誕生日会を祝って欲しかったそうだ」
「えっと、でもクラスの他の子はみんな、お誕生日会を開いてて……ミミちゃんもアンバーちゃんやエマちゃんのお誕生日パーティに行ってるんですよ?それなのにミミちゃんだけみんなのこと呼ばないなんて変かなって思ったんです」
「まあな。確かに誰が考えたってそりゃそうだ」
イーサンが無意識に人差し指でテーブルをコツコツ叩いたため、マリーはすぐにコーヒーを淹れた。彼がもう何も言わないでも、イーサンがどういう時にコーヒーを飲みたいか、マリーにはわかっていたからである。
「だけど、ミミは去年と同じくうさぎとイチゴだらけのパーティのほうが良かったらしい。ほら、家族みんなで動物の着ぐるみを着て、『近ごろネコさんはご機嫌いかがですか~?』なんてことを、今年もまたやりたかったんだろう。まあ、今年はちょっとブタがいないってのがなんだがな」
これがもしミミが主役の誕生日パーティでなかったら、まずココはつきあいたがらなかっただろう。けれど、マリーが鹿、イーサンがライオン、ランディがブタ、ロンがリス、ココがネコ、ミミがうさぎになった去年のお誕生日会は、家族のみんなが楽しい時間を過ごしたものだった。
「ええ。ミミちゃんも確か、『去年とおなしがいいのよ、おねえさん』とは言ってたと思うんですけど……」
ここでマリーはエプロンの裾でちょっと涙を拭った。そしてイーサンにしてもたったのこれだけで『話が通じた』ことに対し、驚きを禁じえない。
「まあ、べつにあんたが悪いってわけでもない。今日のことは今日のことで良かったさ。動物の着ぐるみ大会のほうは、またブタが帰ってきた時にでもやればいいだろうしな。実際俺はあんたには、何ひとつケチなんかつけられないくらい感謝してるんだ。うさぎのことだけじゃなく、ブタのことでもな」
「ブタって、ランディのことですか?」
そう言ってマリーは少しだけ笑った。
「そうだ。あんたが毎週あいつが帰ってくるたんびに大量の食糧を持たせてやらなかったら、あいつは今ごろ餓飢道に落ちていたろうよ。他の寮生たちもランディが美味しいものを色々隠し持ってると知ってるもんで、ゾンビのように群がってくるらしい。まあ、食堂の料理だけで過ごすのは実際つらいさ。セブンゲート・クリスチャン・スクールじゃどうか知らんが、味付けのほうも大体似たりよったりで飽きてくるしな。だが、先週帰ってきた時にはたったの三週間家から離れただけなのに、二キロか三キロは痩せたんじゃないかって印象だった。これも、あいつの将来的な健康のためにはいいことだろうよ」
「だとしたらいいんですけど……なんだかわたし、まだ少し罪悪感を感じるところがあって。もちろん、セブンゲート・クリスチャン・スクールにランディが合格できたことは嬉しいんです。でも、なんだかやっぱり……」
マリーは自分専用の紅茶のカップに目を落としてそう言った。そこにはセピア色のミルクティーが半分くらい残っている。
「まあ、あんたと俺じゃ立場が違うからな。継母が義理の息子を私立校の寮に追い出したみたいになんか錯覚するんだろう。だがまあ、あいつもホームシックを感じたのは最初の三日だけだったと言ってたからな。次期この状態にも慣れるさ。それに、来年は来年でロンが無事どっかの私立校へ合格したらあいつもいなくなる。ガキどもが大きくなるっていうのは、ようするにそういうことでもあるわけだから」
「ええ。でもなんだか寂しいですね。それに、ミミちゃんにも悪いことしちゃいました。単にわたし、メアリーがミミちゃんにくれたプレゼントは、他の子がくれたプレゼント全部を合わせたくらいの価値があるって、そのことを言いたかっただけなんですけど……」
「ああ、あれか」
秘密基地の中で、ボタンがたくさん詰まってる小さな箱があるのを、イーサンも見ていた。『ミミ、これはなんだ?』と聞いたら、『メアリーのプレゼントなの!』とミミは答えていた。イーサンはそれ以上特に聞かなかったし、ミミのほうでも特に意見があるようでもなかった。
「可哀想な子っていう言い方はどうかと思うんですけど、両親がいなくて、お世話してくれてるおばあさんも、アルコール中毒だっていう話で……あんまり身のまわりのことも構ってくれないみたいなんです。同じクラスの他の女の子たちが、「またいつもの同じ服」なんてヒソヒソ言ってるのを聞いたら、なんだか胸が痛くって」
疲れていたせいもあって、マリーはここで溜息を着いた。
「だが、それはあんたの手に余ることだろ。そのメアリーって子のことをそのおばあさんから取り上げて直接助けてやれるってわけでもない。まあ、俺やあんたに出来ることといえば、これから何か学校の行事を通してでもその子を見かけた時に……メアリーが何かまずいことになってたら多少は助けてやれるかどうかっていう、そんな程度のことなんじゃないのか」
「あの、もしイーサンにそうしたお気持ちがあるのでしたら……」
ここでマリーは暫くの間言い淀んでいた。一方のイーサンは(一体なんだ、こいつは)と、直感的に思っていたかもしれない。確かにイーサンは彼女と寝たいという気持ちがあるため、マリーの気に入るような慈善的なことに、多少ならば手を貸してやってもいいとは思っている。だが、イーサンは急に何かマリーに対し、深く警戒するものを感じた。
「なんだ、そりゃ。俺にどういうお気持ちがあるっていうんだ?」
「いえ……直接会ってみないことにはまだ何も言えないんですけど、メアリーのおばあさん、アルコール中毒を治したほうがいいんじゃないかって思うんです。昔、わたしがいた病院に、そうしたアルコール中毒専門の独立した病棟があったものですから。それか、断酒会に出席してみるとか……」
「マリー、まさかとは思うがあんた、その費用を俺が負担しちゃどうだなんて言うんじゃないだろうな?」
イーサンはイライラするあまり、コツコツと指でテーブルを鳴らした。マリーは紅茶のカップに目を落としたまま続ける。
「あくまでも噂なので、わたしもはっきりとしたことは言えないんです。でも、メアリーのおばあさんは生活保護を受けていて、そのお金の大半がお酒に消えてしまうとかって……だから、もし専門病院で治療するとしたら、お金のほうは国のほうが負担することになると思いますし。ただ、その間、メアリーのいる居場所がなくなってしまいますから……」
「あんた、一体何言ってんだ!?そのメアリーって子は、うちの可愛いミミの持ち物をぶんどった子なんだぞ。そんなどこの馬の骨とも知れない子をなんでうちに連れて来なきゃならない!?大体あんたはな、アル中の根深さってものをまるでわかってない。ありゃ治るなんて種類のものじゃないんだ。それでも、本人に人生を本気でやり直したい気持ちがあって、治療することに心から同意しての入院とかな、そういうのなら俺も多少は理解する。だが、酒を飲む以外人生になんの楽しみもないって人物がな、人生で嫌なことがあったら真っ先に逃げ出すところが酒なんだ。マリー、あんたは本当に何もわかってないな!!」
「…………………」
マリーは相も変わらずイーサンのことは見ずに、自分の考えごとの世界に耽っているようだった。イーサンは頭にくるあまり、テーブルを叩いてマリーの注意を自分のほうへ向けた。途端、ハッとしたようにマリーが目を上げる。
「あんたにひとつだけはっきり言っておくぞ、マリー。ミミが本当は家族だけで誕生パーティをして欲しかったみたいに……実際、あんたは俺に対しても相当ひどいことをしてるんだ。冗談じゃないぞ、こんな……っ」
そこまで言いかけて、イーサンはぐっと喉が詰まったようになった。それで、くるりと踵を返すとそのまま自分の寝室へ行こうとした。最初は、自分がつい口走ってしまったことを後悔し――そののち怒りが鎮まってくると、最終的に(ああ言ってやって良かった)とイーサンは自分を納得させることにした。
(そうだ。俺がああ言ったことで、マリーも寝る前にでも多少は俺のことを考えるだろう。それで、ひどいことってどんなことだろうとでも頭を悩ませながら寝ればいい。俺だっていつもそうしてるんだからな)
だが、結局のところイーサンはこの日の夜もまた、マリーのことを考えながら眠った。しかも、その過程で自分に忌まわしい動機が存在していることに気づいてもいた。つまり、どこの馬の骨とも知れぬ子メアリーを引き取ることで、もしそのことと交換にマリーが自分と寝てくれると言うのなら……おそらく自分は喜んでそのことをするだろうと、イーサンにはわかっていたのだ。
(くそっ。本当に冗談じゃないぞ、あの女……一度もやらせるでもなく、これからも自分の条件だけを俺に突きつけて、金を支払わせたりなんだりしようってのか)
そして、イーサンは腹立ちのあまり、もう一度ダイニングのほうへ戻った。床にスリッパを擦る音や、電気を消すパチンという音などで、マリーが自分の寝室のほうへ行ったのはわかっていた。だから居間で少しばかり酒を飲んでも誰にも見られることはないと思った。
イーサンがそこでテレビを見ながらちびちびスコッチを飲み、最後に寝酒のためのグラスを手にした時のことだった。後ろに人の気配を感じて振り返ると、マリーが幽霊のような白いパジャマ姿でそこに立っている。
「……あの、わたしがあなたにひどいことしてるって」
「ああ、その話な」
イーサンは疲れたような溜息を着くと、リモコンでテレビを消した。実際のところ、彼はほとんど絶望的な諦めの境地にこの時達していたといっていい。
「まあ、忘れてくれ。ほら、俺もつい腹が立っちまったもんだから、何言ってんだかわかんなくなったってだけだから」
「……でも、そんなこと言われたら気になって眠れないですもの。もしわたしに何か不満があるんでしたら、はっきりそう言ってくださったほうがすっきりすると思って」
(そんなことのためにわざわざ起きてきたのか)
と同時に、マリーのほうでも自分が廊下を歩く気配や何かで、居間にいるとわかったのだろうと思うと、彼はおかしかった。
「あんた、本当に知りたいのか?」
「ええ。もしイーサンが、慈悲深い心からわたしの欠点を長くずっと我慢してくださったんだとしたら、わたしもその部分を直すよう努力したいと思いますし……」
イーサンは微笑った。マリーに何か欠点があるとは、イーサンは思ったことはない。そして、輾転反側しながらそんなことを考えて彼女が眠れなかったのだとしたら……理由について教えてやらないわけにもいかないだろう。
「酒は飲まなくて平気か?」
「あの、わたし……自分はほとんど飲んだことがありませんから、メアリーのおばあさんの本当の気持ちはわからないかもしれませんけど……」
そう言ってマリーがスカートタイプのパジャマのボタンをいじっていると、イーサンはグラスをテーブルに戻した。そして彼女に一歩近づき――マリーの腰を抱き寄せると、かなり強引にキスした。
「…………………っ」
驚きのあまりなのかどうか、マリーから抵抗する気配のようなものは一切感じられなかった。それでも、そのままソファの上に押し倒すと、彼女は初めてこれを現実に起きていることだと認識したようだった。
「イーサンっ……!!やめて……!!」
もちろん、マリーのこの意見はイーサンにとって不本意なものではある。けれど、彼は彼女の言うとおりに体を離した。そしてバカラのグラスを手にすると、そのままマリーのことは振り返らず、寝室のほうへと戻る。
(ガキじゃあるまいし、これでマリーも少しは気づくだろう。そうだ。マリーがいつも、俺と話していながら俺のことは一切問題にせず、子供のことばかりなんだかんだと俺に相談しやがるから……)
イーサンは一気に最後まで関係を持っていけなかったことを残念に思いもしたが、とりあえずあれ以上のことは無理だったということもマリーの瞳を見た瞬間にわかっていた。けれど、これでマリーがはっきり自分のことを男として認識するなら、彼女のほうで自分を受け容れてくれる日も近いだろうと彼は信じることにしたのだ。
(何分、ミミの持ち物をかっぱらったガキのことを引き取りたいなんて、突拍子もないことを言い出す女だからな。せいぜいのところを言って、『結婚するまではダメ』とか言い出すかもしれない。だが、まあいい。あのままずっとマリーが俺のことを虚勢された相談役の宦官みたいに思ってるよりは……思い知らせてやれた分だけ、俺的にはすっきりしたからな)
そのあとイーサンは、酒の力も手伝って、幸せな気分で眠った。思った以上に柔らかい体と唇……あれがいずれ手に入るのであれば、メアリー・コーネルという子のおばあさんがアルコールの治療施設に入ろうと、その貧乏な孫が我が家へ転がりこむことになろうとイーサンにはどうでもよかったのである。
>>続く。
ええと、今回の前文は何について書こうかな……と思いつつ、やっぱり特にあんまし書くことないかな~なんていう気もしたりしなかったりww(どっちだよ)
前に、↓のお話の中で一度、ホイットマンの詩について軽~く触れていたんですけれども、実はホイットマンはエミリー・ディキンスンと同時代人なんですよ(^^;)
ただ、詩のスタイルとかその内容とか、それぞれが生きた人生とか……これほど違う詩人もいないかな、という気がします。
確かエミリーも、ヒギンスン宛ての手紙に「あまり上品でないと聞いています」みたいにホイットマンについて書いていたと思うんですよね。ホイットマンはエマーソンの後押しということもあって、エミリーとは違い詩人として生前から名声を手に入れることが出来た――ように思うのですが、同時代人としてホイットマンとディキンスンが一緒に論じられていたりすると、自分的にはなんとなくすごく変な感じがします(^^;)
エミリーが何故ホイットマンの詩に対し、上品でない――ようするに下品と書いたのかは、彼が性ということについてセキララに歌っているからだと思います(笑)
>>わたしを通して、禁圧されていた声が、
性(セックス)と色欲の声が、蔽いをかけられた声が、そしてわたしはその蔽いをとりのぞく、
わたしによって清浄とされ高尚にされた淫らな声が。
わたしは、わたしの口に指をあてて押えることをしない。
わたしは、頭と心臓のまわりと同じように腹のまわりも優しく守る、
性交は、死と同じように、わたしにとっては少しも野卑なものでない。
わたしは、性欲と食欲をよいものと信じる、
見ること、聞くこと、感ずることは、奇蹟である、
そして、わたしのどの部分も、どの垂れっぱしも、ひとつひとつ奇蹟である。
内も外もわたしは神聖である、どんなものでもわたしの触れるもの、わたしの触れられるもの、それらをわたしは神聖にする。
わたしの腋の下の匂いは、お祈りより芳香を放ち、
この頭は、教会や聖書や、あらゆる教義以上のものなのだ。
…………
(『ホイットマン詩集』木島始さん訳編/思潮社刊より)
まあ、こういったような詩でありまして、当時の時代背景的なことも考えると、文壇で詩人として崇められるのはなかなか難しいような気もするのですが……その問題性も含め、ホイットマンは後世に名を残すことの出来た稀有な詩人だった、というようにも思います(あ、べつにわたし、ホイットマンについては詳しいわけでもなんでもありませんけどね^^;)。
あ、そういえばようやく、↓のほうでは、マリーとイーサンの関係が少しは動く気配を見せたようで……いや~、子供たちのエピソードがちょっと長く続いたもので、わたしも書きながらイーサンにはなんか悪いことしたな……みたいに、思ったり思わなかったりww
ではでは、次回はランディが奇跡的に入学した私立校にマリーとイーサンが父兄参観に出席するみたいな、そんな話だったようにぼんやり記憶してます。。。
それではまた~!!
聖女マリー・ルイスの肖像-【36】-
ミミの誕生日がやって来ると、放課後、招待状を受けとったクラスの女の子たちは全員、マクフィールド家の屋敷へやって来た。
ミミと特に仲良くしているエマ・ライデンとリリー・ハーパーはその豪壮な邸宅の中を見たことがあったが、他の子たちは来訪が初めてだったため、やはり驚いたようだった。しかも、玄関ホールのところに妖精の衣装がサイズ別に用意してあって、女の子たちは着替えをすませると、妖精の女王として真珠のティアラをつけたミミに献上物を捧げたというわけである。
「ねえ、メアリーのプレゼント見た?」
少し意地悪なところのあるオードリーが親友ふたりにそう囁きかける。
「すごくちっちゃいの」ぷぷっと笑って、アンバーが言う。「中、何入ってるんだろ。生きたヒキガエルとか?」
「っていうか、もともとミミちゃんから取ったものが入ってたりしたら、超受けない?」
三人の、見た目だけは本物の妖精かと見紛うような女の子は、わざとメアリーに聞こえるところでそう言っていた。マリーはキッチンでの準備に忙しく、この日はマグダにも手伝いに来てもらっていたのだが――マグダは『噂の』メアリー・コーネルのことを見ると、なんだか少し気の毒だった。
親が(この場合は祖母ということだが)あまり彼女の見た目のことなどに構いつけないのだろうか、ぼさぼさの髪を三つ編みにし、妖精の格好をする前までは古びたジャージの上下を着ており、しかも今時珍しく、その膝のところには<つぎ>が当たっていた。
マグダはメアリーのところへ行くと、「よく似合ってますよ、お嬢さん」と声をかけた。「なんだったら少し、髪のほうも整えましょうかね?」
「ほんと!?ほんとうにそうしてくれる?」
メアリーの様子が特にひねこびたところのない、実に子供らしい素直な反応だったため……一階の客間のひとつに彼女のことを連れていくと、そこのドレッサーの椅子に座らせて、マグダは髪を高く結い上げてあげた。最後にピンでしっかり留めると、ミミのピンク色のシュシュを巻きつけて完成といったところである。
「すごいねえ、おばさん。あたしね、人んちにお呼ばれするのってこれが初めて。だけど良かった。他の子はみんなめかしこんでくるってわかってたけど、あたしの持ってる服っていったらお粗末なものばっかしなんだもん」
「まあ……」
マグダはそれ以上のことは言葉に出来なかった。彼女自身、これまでの人生の中で、メアリーのような子のことは何人も見てきた。自分が小学生の時にも同じクラスにそうした子というのはいたし、自分の子供たちのクラスにもメアリーと似た境遇の子というのはいた。けれど、マグダは中産階級よりも少し下というくらいの所得層にずっと属していたが(これは結婚後も変わらなかった)、ミミのような富裕層に属する子とメアリーとでは――どうつきあっていくのがいいのか、マグダには見当がつきかねたのである。
「そんなにびっくりすることないよ、おばさん。こんなこともうあたし、慣れっこだしね。ただ、今日なんであたしがここに来たかっていうと、ミミちゃんがどんなとこに住んでるのか見たかったからなの」
「そうなの」
メアリーと手を繋いでマグダが居間のほうへ入っていくと、そこではみんなよりも少し高い女王の座席に座ったミミがみんなのプレゼントを順番に開けていくところだった。可愛いカチューシャやミミの好きなサンリオグッズや壁にかける可愛いタペストリーなどなど……ひとつ包みや箱を開けていくたび、ミミは「アンバーちゃん、ありがとう!」とか「エマちゃん、ありがとう!」と言っては、屈託なくニコニコ笑っていた。
その様子を見て、マグダは実に安心したものである。自分がこの屋敷にいた頃までは、ヌメア先生という気味の悪いぬいぐるみと離れられず、ひとりごとを言うようにそのぬいぐるみとコソコソしゃべってばかりいたあの小さな子が――今や小学生となり、クラスのみんなからも慕われている……そう思うと、マグダは胸の奥のほうがじんわり温まってくるものさえ感じたほどである。
ところが、最後にミミがメアリーの小さなプレゼントの箱を開けようとした時のことだった。メアリーはずっと青い顔をしながら自分のプレゼントの順番がやって来るのを待っていたのだが、その時に突然メアリーは鋭く叫んでいた。
「ミミちゃん!それ、あんたがあとでひとりになってから開けてよ。それでもあたしにとって一番大切なものが入ってるんだからさ」
ミミは素直な子ので、ただメアリーの言ったとおりにしようと思った。それで、ミミが「ありがとう、メアリーちゃん!」と言おうとした時のことだった。
「なんで?そんなのずるくない?みんなのプレゼントは全部開けたのに、メアリー、なんであんたのだけあたしたちが見れないのよ!?」
「そうよ。ミミちゃん、メアリーのプレゼントも絶対開けて見せて!だってあたしたち、いつもミミちゃんからあんたが色んな物を取ってきたのを見てきてるんだから。そのあんたがミミちゃんに何かあげるものがあるのかどうか、興味あるわ」
そう言ったのはアンバーとオードリーで、その後ろでふたりと仲のいいジュリアもまた、何度も繰り返し頷いてみせる。他の女の子たちの反応はまちまちだった――彼女たちと同じようにメアリーのプレゼントを見たいという子たちと、そんなことをしたら可哀想だ、といったような困惑した顔の表情を浮かべる子と……。
マリーはケーキを持っていく準備をしていたのだが、マグダがこのちょっとした異変を知らせると、彼女は急いでケーキのほうを居間へ持っていこうとした。だが、そのほんの三分ほどの間に、迷っているミミの手からアンバーが小さな箱を奪うと、その中身を開けてしまったのだった。
「何よ、これ。あんた、ふざけてんの!?」
そう言ってアンバーは、箱の中のものをすべてぶちまけていた。そこには色んな形のボタンがぎっしり詰まっていて、それは見ようによってはとても綺麗なものだったといえる。
「自分はミミちゃんから鉛筆とか消しゴムとか、色んな物を取っていったくせに!」
「違うよ!あれはミミちゃんがわたしにくれたんだもん。ね、そうだよね、ミミちゃん!?」
この時にマリーは初めてメアリーのことを見て、少し驚いたかもしれない。どちらかというと、話に聞いた限りではアンバーのように気の強い意地悪タイプの子であるように想像していたからだ。
「う、うーんと、ミミはね……」
ミミが困ったようにもじもじしだすのを見て、マリーは彼女の目の前に大きなケーキを置くことにした。ミミの大好きなうさぎのチョコレートののった、イチゴのたくさん詰まったケーキである。綺麗にアイシングで飾られたケーキには、「ハッピーバースデー、ミミちゃん」の文字と、七本の蝋燭がのっている。
「さあ、ミミちゃん。お願いごとしてから蝋燭を吹き消してね!」
マリーの言ったとおり、ミミは少しの間目を閉じて何かお願いごとをすると、ふうっと蝋燭を吹き消した。このあとはすぐおやつの時間になったため、アンバーとメアリーの対決については、一時お預けということになった。
マリーはメアリーの元にケーキを持っていくと、「綺麗なボタンをどうもありがとう。あんなにたくさん集めるの、大変だったでしょう?」と話しかけた。
「う、うん。まあね」
自分にそう直接話されたわけではなかったが、ミミが「マリーおねえさん」という人を大変自慢にしているらしいというのは、メアリーも知っていた。『おねえさんはミミのためになんでもしてくれるの!とっても優しい天使みたいな人なのよ』といったように……そしてメアリーもまた彼女に対して大体のところ似たような感慨を抱いた。それは子供の直感による、<この人は自分にわざと恥をかかせたり、嫌な思いをさせたりなんかは絶対しない人だ>という無条件による信頼のようなものだった。
用意された食事も実に豪華なもので、メアリーはこんなに美味しいものを一度にたくさん食べたことがなかったため、夢中になって一杯食べた。そのことがあとから、アンバーたち一派の陰口の種になるとも知らずに……。
その後、マリーがいたせいもあって、アンバーとメアリーの間で言い争いのようなことにはならずに済んだ。ミミはみんなに歌を歌ってもらって祝福してもらったし、そのあとアニメの「ミニオンズ」を見て、みんなで笑い転げた。ミーガンというひょうきんな子が、ミニオンズの話す言葉を真似るのがうまくて、彼女がその物真似をするたびに、みんなで「みにょもにょ」話しては大笑いしたのだった。
クラスの女の子たちが全員帰る頃、メアリーだけがひとり最後まで残っていた。何分広い家のことである。ちょっとどこかに姿を隠してしまえば、自分がただ食らいだけしてさっさと帰ったのだろうとしか、アンバーやオードリーも思わないとメアリーにはわかっている。
「ミミちゃん、ごめんね。あたし、他の子と違ってあんたに大したもんあげられなくて……」
「ううん、そんなことないよ!」とミミは屈託なく明るく言った。「それより、今日は来てくれてありがとう。ボタン、大切にするね」
マグダとマリーは誕生パーティの後片付けをしながら、メアリーとミミのそんな様子を見てほっとした。それからメアリーは髪の毛のピン留めやピンク色のシュシュも外して、ミミに返した。そして、紺色のジャージの上下にぼさぼさの髪のまま、玄関口のほうへ向かっていこうとする。
「メアリーちゃん、これ、おうちに帰ったらおうちの人と一緒に食べて」
マリーはタッパなどにパーティのおやつやご馳走の残りを詰めると、それをデコラデパートの紙袋に入れ、メアリーに渡した。
「入れ物のほうはね、べつに返さなくてもいいから」
「は、はい。ありがとうございました。テーブルの上のものはみんな、こんなに美味しいもの、あたし今まで食べたことないってくらいとっても美味しかったです」
メアリーは礼儀正しく礼をすると、入れ物のほうは必ず洗って返すことを約束してから――嬉しそうに頬を紅潮させて、マクフィールド家から出ていったのだった。
この日あったことは、マリーにとって心の痛むことのほうが多かったかもしれない。どうやらミミは学校で本人が思っている以上に人気者らしく、マリーはその点については安心した。それに、メアリーとの関係もマリーが当初想像したようなものでなくて、その点についてはほっとしていたのだが……。
「やれやれ。やっとミミの誕生パーティ終わった?」
ロンは階下の騒ぎが静まったらしい頃合を見計らって、自分の部屋のほうから下へおりてきた。
「ううん、まだよ。今度は家族みんなでミミちゃんの七歳の誕生日のお祝いしなくちゃ」
「あ、そうだったっけ……」
そう言ってロンは前もって用意してあったミミへのプレゼントを取りに、再びエレベーターに乗りこんでいた。彼が戻ってくる前にココがカレンの家から戻って来る。そして一番最後がイーサンだった。
夕食の時、ミミはロンからは『うっかりペネロピ』と『ミッフィーちゃん』のDVDをもらい、ココは妹に速く走れるという靴を、イーサンはシルバニア・ファミリーの家や人形などをプレゼントし――マリーはうさしゃんとおそろいの可愛い服をあげていた。ココがくれた靴はスニーカーだったので、マリーのアンティークな赴きのある服とはまるで合わなかったが、それでもミミはマリーのくれた服に姉のプレゼントしてくれた靴をはき、そのままの格好で家の中を走りまわると、最後は子供部屋でロンのくれたDVDを見ながら今日の戦利品を秘密基地で数えあげたのだった。
マグダは夕食の前に帰っていたが(誘ったのだが、家の用があるとのことだった)、メアリーのことでは彼女も複雑な気持ちを味わったらしい。
「いくら同情したところで、結局何かしてやれるというわけでもないんですけどね」と、前置きしてマグダは言った。「可哀想な子ですよ。わたしがあの子なら、今ごろ帰り道で『世の中なんて不公平なんだろう!』と思って泣いてるかもしれませんね」
だが、メアリーは実際には泣いてなどいなかった。彼女は実に逞しい精神の持ち主だったので、家のおばあちゃんのために持って帰れる美味しいものがあることを喜んでいたし、何より、大好きな友達のお誕生日会にみんなと呼んでもらえて嬉しかった。ただ、その中にアンバーやオードリーといった、自分の嫌いな子たちがいなければもっと良かったとは思っていたにせよ。
マリーはミミにこれからもずっと、今日みたいに「世界一幸せな子」でいて欲しいと思うことに変わりはない。けれど、ミミの母親代わりとして、教育上言っておかねばならないことがあるとは思っていた。それで、後片付けを途中でやめると、ミミの秘密基地までいき、可愛い末っ子と少し話すことにしたのである。
「ミミちゃんはメアリーのこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
マリーはDVDを止めると、今日は特に断るでもなくミミの秘密基地の中へ入り、彼女とうさしゃんと膝を並べた。
「物を取ってく嫌な子だと思う?それとも……」
「べつに、今はもうそういうことはなくなったからいいの。それに、ミミがメアリーのことを呼ぼうかどうしようかなって思ったのはね、こういうふうになるってわかってたからなの。だけど、クラスでひとりだけお呼ばれされなかったら可哀想でしょ?だからね、結局のところこれはこれで良かったのかなってミミは思うの」
「そう……」
マリーは自分が考えていた以上にミミが『わかっている』ことがわかってほっとした。それで、これ以上は何も言うこともない気がしたものの、一応念のため、確認だけしておくことにする。
「あのね、メアリーはお父さんもお母さんもいなくって、おばあちゃんもご病気でね、とても大変なの。だから、ミミちゃんの物を取ったりとかはいけないことだけど、ある程度のことは大目に見てあげなくちゃいけない部分もあるのよ。そのことで他の子がメアリーのことを悪く言っていても、ミミちゃんは同じようにしないでくれるとおねえさん、嬉しいわ。わかる?」
「うん……べつにね、物さえ取られたりしなかったらミミはそれでいいの!毎日『ちょうだいちょうだい』ってしつこく言われさえしなかったらね、メアリーのことはべつに嫌いってわけじゃないの」
「ミミちゃんがいい子で、おねえさん、ほんとに嬉しいわ」
そう言ってマリーはミミの頭のてっぺんにキスした。けれど、マリーが秘密基地から出ていってしまうと、ミミは頭からはカチューシャを外し、靴も脱いでしまった。どうしてなのかはミミにもわからない。ただ、七歳のお誕生日会が六歳の時のようでなかったことだけは彼女にもわかっていた。
本当はミミも、去年と同じように家族にお祝いしてもらえるだけで良かった。それなのに、お誕生日会を開いてクラスのみんなを呼びましょうと言ったのはおねえさんなのに……なんだか最後に何も悪くない自分が叱られたみたいで、ミミは複雑な気持ちだった。
もちろん、そのことでおねえさんを責めたいわけではない。けれど、ミミはこの時、悲しくなって少しだけ泣いた。そしてそんな時にイーサンがミミの子供部屋の前を通りかかり、秘密基地の見えないドアをノックしたのだった。
「どうした、プリンセス・ミミ?今日のお誕生日会は楽しくなかったのか?」
「ううん。にいたん……にいたんどうしていてくれなかったの?昼間、クラスのみんながおうちに来た時……」
まさかそんなことでミミが泣いているとは思わず、イーサンは妹に声をかけたことを後悔した。(ガキのままごとにいい大人の男がつきあうのもどうかと思ってな)などとは、口が裂けても言えない。
「それはだな、あれだ。にいたんは大学で勉強してて忙しいもんだからな……」
「ミミ、お誕生日会なんかどうでもよかったの。去年イチゴパーティした時みたいに、にいたんとおねえさんと、家族みんなにお祝いしてもらったら、それで……」
このあと、少しの間ミミは兄の広い胸の中で泣いた。もちろん、ミミが自分にどういうことを言いたいのかは、イーサンにもよくわからない。
「まあ、確かに去年のミミの誕生パーティは楽しかったな。全部が全部、うさぎとイチゴだらけで……あとはリスさんとか鹿さんとか、他の動物もちらほらいることにはいたが……」
「そうなの。ミミ、イチゴが大好きでしょ?だからね、お菓子は全部イチゴで、色んなものにうさぎさんのものが使われてるのも、とっても嬉しかったの。だからミミ、今年も去年とおなしでいいのよ、おねえさんって言ったの。でもおねえさんがそうじゃなくてクラスのみんなを呼んでお誕生日パーティしましょうって言うから、そうしなくちゃいけないのかなってミミ思ったの。でもミミ、ほんとは去年とおなしが良かった。クラスの子なんて、ほんとはどうでもいいの。でもおねえさん、メアリーには優しくしてあげなさいって……ミミ、これでも一生懸命優しくしてるつもりなのに……」
(あー、そういうことか……)
いくら愛しあっている者同士でも、時々こうした行き違いというのは起きうる。マリーは可愛いミミのために一生懸命色んなことをお膳立てしたわけだが、本当のミミの望みは別のところにあったということである。
「そうか。ミミはほんとにいい子だな。確かにそりゃミミの言うとおりだ。もちろん、おねえさんが悪いってことでもないがな。ミミは天使だから、物をとるメアリーみたいな子にも優しくしてるのに、おねえさんがちょっとそのことで注意かなんかしたってことだな?」
「べつに、おねえさんはミミのこと、叱ったってわけじゃないの。ただね、ただ……」
ミミはまたイーサンの胸に顔をうずめて泣いた。まだ七歳ということもあって、これ以上のことはミミにも説明不能だった。この日の夜、ミミが大好きなおねえさんから感じたのは、自分のことをほんの少しだけ突き放したような冷たさだったかもしれない。仮にマリーにそのつもりがなかったのだとしても。
「そりゃ確かにミミにはつらいいことだったろうな。にいたんはしょっちゅうランディやロンのことは叱ったりなんだりしてるが、マリーはそんなふうにしたことがないもんな。だからほんのちょっとのことでも身に堪えるんだろう」
この日、イーサンは珍しくミミが寝仕舞いするのを見守ってやり、ミミがベッドに入ったあと、眠るまでずっとついていてやった。友達がたくさん家にやって来たりなんだりで疲れたのだろう、ミミは眠りに落ちるのも早かった。
(さて、と。俺は俺でマリーに一応このことを話さなきゃならんな)
愛している者の非難はそれがほんの小さなものでも身に堪える――というのは、イーサンにもいまやよくわかっていることである。彼はこれまでの人生の中で、交際相手の女性が自分に何を言っても本当の意味で傷ついたことはない。だが、もし仮にマリーに非難がましいことを言われたり、道理を説かれたりするのは堪らないことだろうと容易に想像がつく。
そして、今回の件についてはイーサンにしても彼女に非常に言いにくいことだった。ミミの七歳の誕生日パーティのためにマリーが骨折った骨折りのことを思うと、自分に一体なんの権利があってそこにケチをつけられるのかという気もする。
(第一俺だって、誕生会の招待状を作った以外のことは何もしてないんだからな。まあ、金のほうは一応俺の財布から出てるとはいえ……)
「あんたに少し話があるんだが……」
ロンもココも、十時には上にあがっていた。ランディが寮へ入ることになり、最初はみな寂しさや物足りなさを覚えていたが、週末に彼が帰ってくるのも三回目くらいになると、だんだんにそのことにも慣れてきた。ランディはとにかく食事の量に物足りなさを感じるのが一番の苦痛だが、その他のことについては寮暮らしにそれほど不満があるわけでもないらしい。
「もしかして、今日のミミちゃんのお誕生日会のことですか?」
ミミも楽しい反面疲れただろうが、マリーもすっかり疲労困憊していた。十五人もの女の子たちが全員居心地よく過ごせるように、みんながみんな「ミミちゃんの誕生日会、楽しいことばっかりだったね!」と言ってもらえるように気を配るというのは……精神的にも体力的にも思った以上にとても疲れることだったといえる。
「ああ。俺もこんなこと、あんたに言える義理じゃないんだけどな。なんでもミミは、クラスのみんななんかどうでもいいから、去年と同じく家族だけで誕生日会を祝って欲しかったそうだ」
「えっと、でもクラスの他の子はみんな、お誕生日会を開いてて……ミミちゃんもアンバーちゃんやエマちゃんのお誕生日パーティに行ってるんですよ?それなのにミミちゃんだけみんなのこと呼ばないなんて変かなって思ったんです」
「まあな。確かに誰が考えたってそりゃそうだ」
イーサンが無意識に人差し指でテーブルをコツコツ叩いたため、マリーはすぐにコーヒーを淹れた。彼がもう何も言わないでも、イーサンがどういう時にコーヒーを飲みたいか、マリーにはわかっていたからである。
「だけど、ミミは去年と同じくうさぎとイチゴだらけのパーティのほうが良かったらしい。ほら、家族みんなで動物の着ぐるみを着て、『近ごろネコさんはご機嫌いかがですか~?』なんてことを、今年もまたやりたかったんだろう。まあ、今年はちょっとブタがいないってのがなんだがな」
これがもしミミが主役の誕生日パーティでなかったら、まずココはつきあいたがらなかっただろう。けれど、マリーが鹿、イーサンがライオン、ランディがブタ、ロンがリス、ココがネコ、ミミがうさぎになった去年のお誕生日会は、家族のみんなが楽しい時間を過ごしたものだった。
「ええ。ミミちゃんも確か、『去年とおなしがいいのよ、おねえさん』とは言ってたと思うんですけど……」
ここでマリーはエプロンの裾でちょっと涙を拭った。そしてイーサンにしてもたったのこれだけで『話が通じた』ことに対し、驚きを禁じえない。
「まあ、べつにあんたが悪いってわけでもない。今日のことは今日のことで良かったさ。動物の着ぐるみ大会のほうは、またブタが帰ってきた時にでもやればいいだろうしな。実際俺はあんたには、何ひとつケチなんかつけられないくらい感謝してるんだ。うさぎのことだけじゃなく、ブタのことでもな」
「ブタって、ランディのことですか?」
そう言ってマリーは少しだけ笑った。
「そうだ。あんたが毎週あいつが帰ってくるたんびに大量の食糧を持たせてやらなかったら、あいつは今ごろ餓飢道に落ちていたろうよ。他の寮生たちもランディが美味しいものを色々隠し持ってると知ってるもんで、ゾンビのように群がってくるらしい。まあ、食堂の料理だけで過ごすのは実際つらいさ。セブンゲート・クリスチャン・スクールじゃどうか知らんが、味付けのほうも大体似たりよったりで飽きてくるしな。だが、先週帰ってきた時にはたったの三週間家から離れただけなのに、二キロか三キロは痩せたんじゃないかって印象だった。これも、あいつの将来的な健康のためにはいいことだろうよ」
「だとしたらいいんですけど……なんだかわたし、まだ少し罪悪感を感じるところがあって。もちろん、セブンゲート・クリスチャン・スクールにランディが合格できたことは嬉しいんです。でも、なんだかやっぱり……」
マリーは自分専用の紅茶のカップに目を落としてそう言った。そこにはセピア色のミルクティーが半分くらい残っている。
「まあ、あんたと俺じゃ立場が違うからな。継母が義理の息子を私立校の寮に追い出したみたいになんか錯覚するんだろう。だがまあ、あいつもホームシックを感じたのは最初の三日だけだったと言ってたからな。次期この状態にも慣れるさ。それに、来年は来年でロンが無事どっかの私立校へ合格したらあいつもいなくなる。ガキどもが大きくなるっていうのは、ようするにそういうことでもあるわけだから」
「ええ。でもなんだか寂しいですね。それに、ミミちゃんにも悪いことしちゃいました。単にわたし、メアリーがミミちゃんにくれたプレゼントは、他の子がくれたプレゼント全部を合わせたくらいの価値があるって、そのことを言いたかっただけなんですけど……」
「ああ、あれか」
秘密基地の中で、ボタンがたくさん詰まってる小さな箱があるのを、イーサンも見ていた。『ミミ、これはなんだ?』と聞いたら、『メアリーのプレゼントなの!』とミミは答えていた。イーサンはそれ以上特に聞かなかったし、ミミのほうでも特に意見があるようでもなかった。
「可哀想な子っていう言い方はどうかと思うんですけど、両親がいなくて、お世話してくれてるおばあさんも、アルコール中毒だっていう話で……あんまり身のまわりのことも構ってくれないみたいなんです。同じクラスの他の女の子たちが、「またいつもの同じ服」なんてヒソヒソ言ってるのを聞いたら、なんだか胸が痛くって」
疲れていたせいもあって、マリーはここで溜息を着いた。
「だが、それはあんたの手に余ることだろ。そのメアリーって子のことをそのおばあさんから取り上げて直接助けてやれるってわけでもない。まあ、俺やあんたに出来ることといえば、これから何か学校の行事を通してでもその子を見かけた時に……メアリーが何かまずいことになってたら多少は助けてやれるかどうかっていう、そんな程度のことなんじゃないのか」
「あの、もしイーサンにそうしたお気持ちがあるのでしたら……」
ここでマリーは暫くの間言い淀んでいた。一方のイーサンは(一体なんだ、こいつは)と、直感的に思っていたかもしれない。確かにイーサンは彼女と寝たいという気持ちがあるため、マリーの気に入るような慈善的なことに、多少ならば手を貸してやってもいいとは思っている。だが、イーサンは急に何かマリーに対し、深く警戒するものを感じた。
「なんだ、そりゃ。俺にどういうお気持ちがあるっていうんだ?」
「いえ……直接会ってみないことにはまだ何も言えないんですけど、メアリーのおばあさん、アルコール中毒を治したほうがいいんじゃないかって思うんです。昔、わたしがいた病院に、そうしたアルコール中毒専門の独立した病棟があったものですから。それか、断酒会に出席してみるとか……」
「マリー、まさかとは思うがあんた、その費用を俺が負担しちゃどうだなんて言うんじゃないだろうな?」
イーサンはイライラするあまり、コツコツと指でテーブルを鳴らした。マリーは紅茶のカップに目を落としたまま続ける。
「あくまでも噂なので、わたしもはっきりとしたことは言えないんです。でも、メアリーのおばあさんは生活保護を受けていて、そのお金の大半がお酒に消えてしまうとかって……だから、もし専門病院で治療するとしたら、お金のほうは国のほうが負担することになると思いますし。ただ、その間、メアリーのいる居場所がなくなってしまいますから……」
「あんた、一体何言ってんだ!?そのメアリーって子は、うちの可愛いミミの持ち物をぶんどった子なんだぞ。そんなどこの馬の骨とも知れない子をなんでうちに連れて来なきゃならない!?大体あんたはな、アル中の根深さってものをまるでわかってない。ありゃ治るなんて種類のものじゃないんだ。それでも、本人に人生を本気でやり直したい気持ちがあって、治療することに心から同意しての入院とかな、そういうのなら俺も多少は理解する。だが、酒を飲む以外人生になんの楽しみもないって人物がな、人生で嫌なことがあったら真っ先に逃げ出すところが酒なんだ。マリー、あんたは本当に何もわかってないな!!」
「…………………」
マリーは相も変わらずイーサンのことは見ずに、自分の考えごとの世界に耽っているようだった。イーサンは頭にくるあまり、テーブルを叩いてマリーの注意を自分のほうへ向けた。途端、ハッとしたようにマリーが目を上げる。
「あんたにひとつだけはっきり言っておくぞ、マリー。ミミが本当は家族だけで誕生パーティをして欲しかったみたいに……実際、あんたは俺に対しても相当ひどいことをしてるんだ。冗談じゃないぞ、こんな……っ」
そこまで言いかけて、イーサンはぐっと喉が詰まったようになった。それで、くるりと踵を返すとそのまま自分の寝室へ行こうとした。最初は、自分がつい口走ってしまったことを後悔し――そののち怒りが鎮まってくると、最終的に(ああ言ってやって良かった)とイーサンは自分を納得させることにした。
(そうだ。俺がああ言ったことで、マリーも寝る前にでも多少は俺のことを考えるだろう。それで、ひどいことってどんなことだろうとでも頭を悩ませながら寝ればいい。俺だっていつもそうしてるんだからな)
だが、結局のところイーサンはこの日の夜もまた、マリーのことを考えながら眠った。しかも、その過程で自分に忌まわしい動機が存在していることに気づいてもいた。つまり、どこの馬の骨とも知れぬ子メアリーを引き取ることで、もしそのことと交換にマリーが自分と寝てくれると言うのなら……おそらく自分は喜んでそのことをするだろうと、イーサンにはわかっていたのだ。
(くそっ。本当に冗談じゃないぞ、あの女……一度もやらせるでもなく、これからも自分の条件だけを俺に突きつけて、金を支払わせたりなんだりしようってのか)
そして、イーサンは腹立ちのあまり、もう一度ダイニングのほうへ戻った。床にスリッパを擦る音や、電気を消すパチンという音などで、マリーが自分の寝室のほうへ行ったのはわかっていた。だから居間で少しばかり酒を飲んでも誰にも見られることはないと思った。
イーサンがそこでテレビを見ながらちびちびスコッチを飲み、最後に寝酒のためのグラスを手にした時のことだった。後ろに人の気配を感じて振り返ると、マリーが幽霊のような白いパジャマ姿でそこに立っている。
「……あの、わたしがあなたにひどいことしてるって」
「ああ、その話な」
イーサンは疲れたような溜息を着くと、リモコンでテレビを消した。実際のところ、彼はほとんど絶望的な諦めの境地にこの時達していたといっていい。
「まあ、忘れてくれ。ほら、俺もつい腹が立っちまったもんだから、何言ってんだかわかんなくなったってだけだから」
「……でも、そんなこと言われたら気になって眠れないですもの。もしわたしに何か不満があるんでしたら、はっきりそう言ってくださったほうがすっきりすると思って」
(そんなことのためにわざわざ起きてきたのか)
と同時に、マリーのほうでも自分が廊下を歩く気配や何かで、居間にいるとわかったのだろうと思うと、彼はおかしかった。
「あんた、本当に知りたいのか?」
「ええ。もしイーサンが、慈悲深い心からわたしの欠点を長くずっと我慢してくださったんだとしたら、わたしもその部分を直すよう努力したいと思いますし……」
イーサンは微笑った。マリーに何か欠点があるとは、イーサンは思ったことはない。そして、輾転反側しながらそんなことを考えて彼女が眠れなかったのだとしたら……理由について教えてやらないわけにもいかないだろう。
「酒は飲まなくて平気か?」
「あの、わたし……自分はほとんど飲んだことがありませんから、メアリーのおばあさんの本当の気持ちはわからないかもしれませんけど……」
そう言ってマリーがスカートタイプのパジャマのボタンをいじっていると、イーサンはグラスをテーブルに戻した。そして彼女に一歩近づき――マリーの腰を抱き寄せると、かなり強引にキスした。
「…………………っ」
驚きのあまりなのかどうか、マリーから抵抗する気配のようなものは一切感じられなかった。それでも、そのままソファの上に押し倒すと、彼女は初めてこれを現実に起きていることだと認識したようだった。
「イーサンっ……!!やめて……!!」
もちろん、マリーのこの意見はイーサンにとって不本意なものではある。けれど、彼は彼女の言うとおりに体を離した。そしてバカラのグラスを手にすると、そのままマリーのことは振り返らず、寝室のほうへと戻る。
(ガキじゃあるまいし、これでマリーも少しは気づくだろう。そうだ。マリーがいつも、俺と話していながら俺のことは一切問題にせず、子供のことばかりなんだかんだと俺に相談しやがるから……)
イーサンは一気に最後まで関係を持っていけなかったことを残念に思いもしたが、とりあえずあれ以上のことは無理だったということもマリーの瞳を見た瞬間にわかっていた。けれど、これでマリーがはっきり自分のことを男として認識するなら、彼女のほうで自分を受け容れてくれる日も近いだろうと彼は信じることにしたのだ。
(何分、ミミの持ち物をかっぱらったガキのことを引き取りたいなんて、突拍子もないことを言い出す女だからな。せいぜいのところを言って、『結婚するまではダメ』とか言い出すかもしれない。だが、まあいい。あのままずっとマリーが俺のことを虚勢された相談役の宦官みたいに思ってるよりは……思い知らせてやれた分だけ、俺的にはすっきりしたからな)
そのあとイーサンは、酒の力も手伝って、幸せな気分で眠った。思った以上に柔らかい体と唇……あれがいずれ手に入るのであれば、メアリー・コーネルという子のおばあさんがアルコールの治療施設に入ろうと、その貧乏な孫が我が家へ転がりこむことになろうとイーサンにはどうでもよかったのである。
>>続く。