(※『クローバーフィールド』及び『第9地区』の重要なネタばれ☆があります。一応、ご注意くださいませm(_ _)m)
『クローバーフィールド』を見ました♪(^^)
いえ、だからどーしたwwみたいな話ではあります(笑)。
内容のほうは、巨大エイリアンが突如としてマンハッタン島を襲った――みたいな感じの内容で、この巨大エイリアンが一体どこから姿を現したかなど、理由のほうは最後まで明かされずに終わります。
言ってみればゴジラを巨大エイリアンに置き換えて、東京じゃなくマンハッタン島を襲った……みたいな感じのことなのかなって、自分なりに思ったり(^^;)
そんな巨大エイリアン(『進撃の巨人』に出てくる巨人よりも大きいかも)がニューヨークのビルとかぶっ壊しまくるので、多分被害者のほうは数万人単位なのでは……と思われるほどなんですけど、主人公たちのほうが、ロヴ、リリー、マリーナ、ハッド、べス……といった二十代くらいと思われる若い人たち。
ロヴが日本のほうに栄転(だっけ?)になるとかで、親しい友人たちと「サヨナラ・パーチー」みたいのを開いていたところ、突然大きな地震が……みな逃げ惑いますが、外へ出て逃走するうち、「一体なんだ、アリャア!?」みたいに、巨大エイリアンを見上げることに。
そんで、ハッドくんという青年が、サヨナラ・パーチーの様子をカメラで撮影してたわけなんですけど、9.11の時などもそうだったと思うのですが、まあ、テレビ局に売ってのちのちお金になる可能性もありますし、何より記録として貴重な映像として残る可能性がある……という動機から、ハッドくんはそのまま撮影を続けたものと思われます
なので、ようするに映像のほうが手ぶれありまくりのドキュメンタリータッチなんですよね。わたしも途中まで見てる時は、臨場感があってこういうのもアリかなあ……くらいに思ってたんですけど、現在の天ぷら☆の評価が大体3.3くらいなのが何故かというのは「そんくらいなのは、ま、なんかわかる☆」みたいに、確かにわたしも思いました(^^;)
で、最後まで巨大エイリアンが一体どこからやって来たのかとか、一切明かされなくても――自分的にはその点に不満はないのです。ただ、災害関係でトラウマのある方は見ないほうがいいんじゃないかな……というくらい、臨場感があって、今本当にニューヨークにそんなエイリアンが現れたっていう空気感を出せてるのもすごいと思うものの――途中まで見てくると「それゆえの欠点」みたいのが、なんとなく感じられてくるようにもなるというか。。。
面白くなかったわけでもないし、続きどうなるのかなって気になる部分もあって、あっという間に1時間半過ぎてた……みたいなところもあります(ただわたし、都合があって二回に分けて見ました^^;)。でも、ハッドくんがずっとカメラで撮影してるので、途中からふと「あれ?コイツ死んだらもう撮影出来ないというか、してもいられない状況ということになるんでわww」と、見てる側で思い、その後少したった頃にハッドくん、巨大エイリアンのドアップ☆とともに死亡ww
生き残ったロヴくんとべスちゃんは、セントラルパークへと逃げ込みますが、ここまでずっと撮影してきたんだし、これが自分たちのラストメッセージになるかもしれないと思ってか、その後も最後まで撮影を続けることに。。。そして、ふたりとも結局巨大エイリアンが壊した瓦礫か何かが吹っ飛んできて死んだところでTHE ENDみたいな感じで終わった気がします(たぶん)。
いえ、もしかしたら細かいとこ間違ってるかもれませんが、わざわざ確認しなきゃならない映画でもない気がするので、まあ、あんまし気にしないでくださいwwとか思います(^^;)
それで、わたしが一番思ったのが実はドキュメンタリータッチで映画撮ることの欠点みたいなことだったんですよね。この間、『WAVES(ウェイブス)』っていう映画を見た時には、前半部分においてのみ、このドキュメンタリータッチの手法について「すす、スゴイ……!!」って思ったんですけど……ドキュメンタリータッチでやっちゃうと、実は「感動的な実話」みたいなラストにするのが難しくなるんだなって思ったわけです。
自分的になんとなく、デヴィッド・フィンチャー監督などもこれに近い感じはするんですけど、その部分と物語性のバランスが絶妙に取れてるラインを狙えてるところがスゴいってことなんだなって、初めて思ったというか。
いえ、『クローバーフィールド』でいったら、まずカメラ持ってるハッドくんが最後まで生き残ってしまったら、「まあ、カメラ持ってるコイツが死亡したらそれまでだもんな」的ウソくささが出てしまう。ドキュメンタリータッチなのに、「あ、やっぱドキュメンタリー風ってだけで、ドキュメンタリーじゃないんだから、ま、しゃあないっか☆」みたいな……で、作り手さんのほうでもんなこたちゃんとわかってるから、ハッドくんは巨大エイリアンの顔をドアップで撮れたのと同時に死んでしまう。ここはまあ、「ハッドくん、乙!!」みたいな感じとは思います、映画的に。
でも、リリーちゃんはヘリコプターで救出されたものの――まあ、これで仮にゾンビ映画を同じドキュメンタリー風に「ほんとにこんな恐ろしいことが起きちまったんですよ……」的に撮ったにしても、やっぱり着地点的には、必ずしも主人公が助かるとは限らないにせよ……主人公グループのうちの誰かしらは生き残るのがセオリーというやつなわけで。。。(=これが映画における物語性)。
『クローバーフィールド』においては、主人公カップルと思しきロヴくんとべスちゃんが最後、ふたりとも死にます。で、わたし的には「あ~死んじゃったか。まあ、あれでなんとかギリギリ助かったとかだと、ドキュメンタリータッチで撮ってるのにウソくさい感じになっちゃうもんな」と思ったんですよね。
たぶんここが、『クローバーフィールド』がドキュメンタリータッチで撮られているがゆえの残念さなのかなって思ったりしました。う゛~ん。いや、わたしも終わり方としては「これしかない」って思いました。セントラルパークのあの馬車引いてる白いお馬ちゃんが出て来たあたりから(笑)。
で、もしドキュメンタリータッチで撮ってなかったら撮ってなかったで、「よくあるエイリアンの出てくるパニック映画」ということで、真新しいところは何もない。かといって、人間ドラマその他で優れた「物語性」のほうを強く打ち出そうとすると、ドキュメンタリータッチで撮ってることの意味がなくなる――というバランスですよね。自分的には成功してるか失敗してるかでいったら、「成功してる」ほうに票は入れるけれども、なんかこうバカップルがポップコーン食べながら見て、お互いに「結構面白かったね~♪」なんて言って映画館でた三日後には内容忘れてる……みたいなポップコーン映画でもあるような気がしたわけです(^^;)
そんで、『エリジウム』が面白かったので、同じニール・ブロムカンプ監督の『第9地区』をたまたま偶然その前に見てました。べつにわたし、エイリアンものが特に好きなわけでもなんでもないのですが(笑)、でもこちらのほうはやっぱりすごく面白かったです
こちらも、主人公がその後どうしたのかなど、見てる側が気になるところが描かれずに終わるのですが、同じようにドキュメンタリータッチで描かれているのと同時に、登場人物(特に主人公)の人間性や彼を取り囲む人々(&エイリアン)の物語性のバランスが絶妙なところで巧く撮れていると思いました。。。
あ、べつにわたし、映画的に『第9地区』を上げて、『クローバーフィールド』を下げたいわけでもなんでもないのです。このあたりはほんと、見た方のそれぞれの趣味と思うので。『第9地区』はわたしも、半エイリアン化した主人公を「必ず迎えにくる」と言ったエイリアン親子がほんとに迎えに来てくれたところまで見たかったと思いましたし……でも一応わかるっちゃわかるわけです。そこまで描いたら、せっかくここまでドキュメンタリータッチで描いてきたことが台無しになるってことなんだろうなとか、そこらへんについては一応。。。
そんでこの猫缶大好きの醜いエビ・エイリアンたちのほうが――主人公の勤めてるMNUの上層部の人間たちなんかより、よほど仲間思いで人間以上に思いやりがある……というところも、自分的には色々考えるところがありました(いえ、わたしはホロコーストと同じようなことは現在も起きているし、いずれまた起きるだろうと悲観的に思ってる人間なので)。
なんにしても、映画の内容忘れないうちに駄文を綴っておこうと思ったという次第です(^^;)
それではまた~!!