わりと近いところの記事で、何度も「パクり、パクり☆」ということについて書いてしまったので(笑)、まあそんな人誰もいない……とわかっていても、一応先に自己申告しておこうかな~なんて
アストラシェス僧院の大僧院長であるゾシマ長老の「ゾシマ」は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に出てくるゾシマ長老から取りました。わたし自身、カラマを読んだこと自体かなり前のことなので(汗)、内容についても記憶が結構あやしくなってきてるのですが(いえ、自分的に犯罪小説の最高峰と思ってますけども)……今回、上巻をぱらぱらっとだけ見てみましたところ、結構主人公のアリョーシャがゼンディラに似てなくもないかな~といったように思わなくもありませんでした(笑)。
ただ、書いてる間わたしの頭の中にアリョーシャのことはまったくありませんでしたし、結構お話の後半書いてる時に……もしかしてこれ、タイトル『惑星ガンダーラ』でも良かったのかな的なことに気づき、それで西遊記の夏目雅子さんのことを少しだけ思いだしたっていう感じかな~なんて思ったり(^^;)。
いえ、例の『NYガールズダイアリー』のパクり問題ですが、あのあとも『Lの世界』を見ていて「ここもかなあ」みたいに感じる点はいくつもありましたし、『ライザのサバヨミ大作戦』の中における『NYGD』に対するパクり返しの見事さには(いい意味で・笑)舌を巻くほどでした
『SATC』の続編の、『AND JUST LIKE THAT…』の『NYGD』に対するパクリ返しは、「う゛~ん。気持ちはすごくわかるけど、ちょっと意地悪な感じかなあ」みたいなところがあって、実はわたし的にあんまり賛同できないところがあるんですよね。でも、『サバヨミ!』のパクリ返しは、時に塩味が効いてたり、「これは辛子効いてるね~♪」と感じたり、とにかくウィットに富んでて好感の持てる感じの高度なパクリ返しが多くて、すごく面白いと思って見てました
まあ、長くなるのでこの件についてはもっと前文に文字数使える時にしたいと思うんですけど……正直わたしも「パクリがどうとか」問題については、自分的にあんまし書きたくないな~とは思ったりしてますなんでかっていうと、まあ細かく分析していけば「ここはなんとかのアレじゃない?」的痕跡みたいなものは、大抵誰しもあるものですし、そうしたことを記事にしつつ漫画や小説などを描いたりしてると、「パクりパクり言うけど、おまえのアレやコレだって元を辿ればあれやこれやそれの影響モロ受けじゃねーかよ」とか、色々言われることになるわけじゃないですか。
なので、基本的にパクリって言葉自体ネガティヴなので、文章の中でも使いたくないなと思いつつ……ただ、『NYGD』はパクリ方が大胆すぎてほんと、むしろここまでくるとすごく面白いんですよ。しかも、そのことに対して色々キッチリ☆パクリ返ししてたりとか、自分的に「もしやこれは新しいドラマ視聴法ではなかろーか」と驚きを禁じえなかったほどです(笑)。
そうそう、あと↓に出てくるアスラ神のアスラはまあ、『百億の昼と千億の夜』の阿修羅王のイメージがあるような気はしたり……まあわたし、光瀬龍先生の原作いまだに読んでないっていうのがなんなんですけど(汗)。
実はこのお話はわたし的に、特に十代~二十代くらいの若い方が、「この世界に神はいるのかいないのか」ということを考えるのに、神学と哲学を半分こにした感じで、ある種の分水嶺として、参考になるといいかな~と思ったりしてる小説だったりします
まあ、その割にわたしSFに関して無知なので、そのあたりに関して言い訳事項が山ほどあるっていうのがそもそもなんなんですけどね(^^;)
それではまた~!!
惑星パルミラ。-【2】-
「私の実の兄と姉が、父の財産を巡って骨肉の争いをしたという話は、前にしたことがあったね?」
「はい……」
部屋の中を照らすのは、窓から差し込む青白い月の光と、まるで本当に松明が燃えているかのように輝く、壁にかかった発光ダイオードの橙色の光だけであった。
ふたりはいつも、外の美しい景観を眺めるのに、そちらに向けて椅子を並べて話をした。他に、室内にあるものと言えば、テーブルにのった果物籠の上の果物と、干しぶどう入りのパン、暖炉、そしてアスラ神を祀った聖像の安置された個人用の小さな礼拝堂だけである。
「そのことを話してから少し時間が経ってしまったが、私の兄と姉がその後どうしたか、ある程度見当のほうはついたのではないかね?」
「まさか。そのような……長老さまが話してくださることはあまりに不思議すぎて、わたしにはなんの見当もつきません。ただ、裁判か何かで和解していたらいいとは思いましたが、長老さまの悲しい口振りからいって、おそらくそうではなかったのだろうと、そんなふうに想像されるばかりです」
「ふむ……」
ゾシマ長老はこの時もまったく感心した。いや、感服したといってもよい。実は、彼が話を「いいところ」で区切ってゼンディラを部屋へ帰らせたのは、その後の彼の態度を観察するためであった。ゴシップ好きのご婦人が見せるようなそわそわした様子をゼンディラがあからさまに見せることはあるまいと思いはしたが――彼はこの若さですでに分別なるものをすっかり身に着けてしまったのだろう。それ以上のことを長老のほうから率先して話す気がなければ、その後もこの件には一切触れるつもりがなかったに違いない。
「実はその後、兄と姉の間ではますます仲のほうが険悪になっていき……お互い、弁護士を通して以外では一切話をしないようになっていった。私は私でね、星府の特殊任務に就いていたから、それで暫く本星のほうは留守にすることになってしまったのだよ。私は兄と違って結婚もしてなかったし、姉のように企業して惑星複合企業のCEOという立場にあるというわけでもなかった。どう言ったらいいものだろうねえ。そりゃまあ、私も父の残した財産が欲しくなかったわけではなかったよ。何分、愛情というものが何か、そもそも自分も与えられなかったからわからない……そんな父親が、金だけは信じられないほどたくさん持っていたんだ。子供が一番欲しい愛情をくれなかった父親から、金くらい出来る限り奪いとって何が悪い――正直、ネイサンとネリーがそんなふうに思った気持ちというのは、私にもわからないではないんだ。とはいえ、財産分与の裁判で自分の旗色が非常に悪くなっていった時――とうとう、ネイサンはネリーと直談判するのに直接会いに行ったらしい。そして、カッとなってつい妹の首を絞めて殺してしまった。兄さんはその後、再生不能状態となるために、自分の頭をレーザーガンで打ち抜いて死んだ。私はこの頃エフェメラを留守にしていたから、その後、具体的に何が起きたかについては実は知らないんだ。ただ、自分の任務先の惑星から一年かけて戻ってきた時……結局のところ、父さんの財産は私ひとりが受け継ぐことになっていたわけだ」
ゼンディラは驚きの結末に、やはり黙り込んだ。結局のところ、一番無欲だった者がすべてを得た――そんな教訓話に聞こえなくもないが、ゾシマ長老が言いたいのはそんなことではないだろうとわかっていた。
「『急に得た財産は減る』という諺がエフェメラにはあるんだが、父の財産相続のみならず、姉の遺産までがそこに加わっていたのには、正直驚いたよ。ネリーは結婚してなかったんだが、それでも会社の役員たちが私の留守中に相当うまく実利のほうを抜き取っていた。私はなるべく誰の恨みも買わないようにして、姉の会社に関係した資産については売却し――父親の財産に関する書類に電子サインしたあとは、もう実務的な仕事のこと以外では一切エフェメラには近寄らないことを心に誓った。ああ、そうそう。私も鬼ではないからね、兄の嫁と彼らの間に四人いた子供たちには、それ相応の資産を贈りはしたよ。あとはこうした場合の典型的な例でね、いつでもなるべく人に居所を突き止められぬよう、私は惑星間をあちこち旅して過ごした。そしてそんな頃、昔の知己と偶然再会し……それもまた、星府の特殊任務に関わる仕事だったんだが、私も永遠の休暇に等しい自分の身分に飽き飽きしてたものだから、つい引き受けてしまったわけだ。ところでゼンディラよ、何故私がこんな話を長々と君に話しているのか、その理由がわかるかね?」
「いえ、まったく見当もつきません……」
だが、まったく見当はつかないながら、ゾシマ長老ほどの人物がここまでのことを自分に話すからには、当然そこには何か明確な理由や目的があるのだろう――ということくらいは彼にもわかっていたのである。
「実は、その昔の知己とやらに、その後私は裏切られ、ここメトシェラに負けぬ劣らぬ辺境惑星にて、随分ひどい目に遭った。彼とはね……かつて、命が懸かったほどの任務において、互いに助けあったほどの仲だったのだが、その男は私の莫大な財産目当てに、私に成り代わろうとしたのだよ。網膜や手のひらの指紋、その他の遺伝情報を私からそっくり盗んだクローンに自分の脳内データを注入し、私のことはここメトシェラから約八十光年ほど離れた惑星プリシェラに置き去りにしたのだ。今も、何故彼は私を殺さなかったのだろうなあと、少々不思議に思うね。私は惑星プリシェラにおいて重犯罪人として逮捕され、裁判惑星コートⅡにて裁判を待つことになった。いや、待ってくれ、ゼンディラ……この裁判惑星コートⅡというのはね、一体いつ審理がはじまるかもわからぬ間、随分長く地下の刑務所のような場所で待機させられ続けるといった場所で、私を裏切った男の目的もそこにあったのだよ。きっと裁判が結審する頃には、もう偽の私である彼が、すべての財産をせしめて私にわからぬどこぞの惑星銀行支店にでもすべての金を移動させたあとだろう。私は弁護士に事情を説明したが、あまりまともに取り合ってもらえなかった。確かに、その時の私にはもう自分の財産を引き出す術が何もなかったんだ。何故といって、私の脳は私ではない人間、まったくの別人に移植されたあとだったものだから」
「…………………」
ゼンディラは再び黙り込んだ。もちろん彼はこの時も、(ゾシマ長老も随分手のこんだ法螺話をされるものだ。それともすでにもうボケてきているのだろうか?)などと思っていたわけではない。ただ彼はクローン人間云々といったことは理解できないながら、確かに父の莫大な財産をゾシマ長老が受け継いだことで――かつての友に相当手ひどいやり方で騙されたのは間違いのない事実なのだろうと、そのように理解していたのである。
「すまないな、ゼンディラ。私も出来れば君にわかりやすいように、そのような説明を心がけたい、そのために本当に起きたことをありのままにではなく、多少割り引いたり、君にもよく理解できるようにべつのたとえで話したりしたいと思ってはいた。が、まあ、結局、これもまた昔の特殊任務機関の上司が……私の身に何が起きたかを察して、コートⅡの地下百メートル深くにある極めて洗練された最新式牢屋から私を助けだしてくれたのだよ。ただし、例によって交換条件があったがね。私も任務に就いていた頃にはよく使った手法だから、文句は言えない。そして、その時の交換条件のゆえに、私は今こうして惑星メトシェラにいる」
「その、交換条件というのは……?」
自分がそうと聞かずとも、ゾシマ長老のほうで語ってくれるだろうとわかっていながら、ゼンディラはそう問うた。彼にしても、本当は何かが恐ろしかった。彼は、ゼンディラの記憶違いでなければ――ゼンディラがアストラシェス僧院へ捨てられ、第一僧院のメセトナで学びはじめた頃からすでに大僧院長の職にあったはずである。ということは、それが今から二十五年以上前のことであるということは、その頃ゾシマ長老は四十五歳くらいだったということだろう。だが、惑星エフェメラにゾシマ長老がいた期間とは一体何歳の時までのことだったのか?そして、特殊任務に就いていた期間というのは?さらには父の財産を相続し、惑星間を旅した期間というのは?ゼンディラはそれらすべての辻褄を、自分の理性と想像力によってではやはり、すべて結びつけることが出来なかったのである。
「私はそもそも、ゾシマなどという名前ではないのだよ、ゼンディラ」
「…………………っ!!」
「私が話したこうしたことのすべてを、君の心の中にだけこっそり秘めておけ……というのは確かに、酷なことかも知れぬ。私はある時、このアストラシェス僧院の大僧院長ゾシマに成りすますよう命令され、ここへやって来てもう二十年以上にもなるのかね。当然、ゼンディラ、君も不思議に思うだろう。そのことの内には一体どんな意味があったのか、と……」
「長老、わたしは決してこのことを、他の人々には……」
「わかっている。わかっているとも。第一、もし明日ゼンディラ、君が私の正体について僧院すべての人間にバラしたところで、一体こんな馬鹿げた話を誰が信じるものかね?いいかね、ゼンディラ……私は君がひとつ僧院を上へ上がるたび、大僧正たちの口頭試問にどのように答えてきたかを知っている。そこで、こう確信したわけだ。おそらくゼンディラ、君は私がこのアストラシェス僧院に関しての真実を語ろうとも、そう動揺はするまい、とね」
「いえ、動揺ならばすでにもう十分しています」
実際、ゼンディラは随分前から動悸がしていた。他の長老たちがしてくれた、「恥多き過去話」と彼らが前置きして話してくれたことを聞いた時も、ゼンディラは夜に寝床で随分輾転反側しては、何度となく溜息が洩れたものである。だが、ゾシマ長老の語った話というのは……そもそもが、そうした個人の人生スケールを大きく越えるものだった。
「なんにしても、そろそろもう夜も遅い……そして君は、朝の四時には起きて、五時には礼拝堂の鐘を鳴らさねばならない役目まであるわけだ。が、まあ、ここまで話してしまったら、続きはまた明日――というのではなく、このまますべて語ってしまったほうがよかろう。ゼンディラよ、君はアスラ=レイソルとはそも、一体何者と思うね?」
「神ではない……ということは、聖典にて、アスラ=レイソル自身がそのように名乗っていることから、彼は人なのだとは思います。ただ、人ならぬ力を奮い続けて戦争に勝ち続け、時には神通力によっても敵陣を敗退せしめた鬼神――そのようにアスラ聖典にはあります」
もちろん、ゼンディラにも、ゾシマ長老が聞いているのはそうしたことではないとわかっていた。だが、生まれた時からここアスラ寺院があればこそ、今もこうしてつつがなく生きていられる身の彼としては……仮に誘導されたとしても、あまり不敬な言葉は口にしたくないのであった。
「ふむ……若い君と長くアスラ聖典を巡って論争しても構わないのだがね、そうした役割というのは他の長老たちに任せるとしよう。私は先ほど何度か、わたし自身が星府(スタリオン)の特殊任務に就いていたと言ったが、アスラ=レイソルもまた、おそらくはそのような特殊任務を任された本星エフェメラの工作員だったのだろうと思っている。もう千百年も昔のことなのだから、辺境惑星メトシェラの資料くらい閲覧可能だろうと、君も思うかもしれない。が、まあ、ことESP能力開発のことについては、トップシークレット中のトップシークレットということらしくてね。私も自分がここ、アストラシェス僧院の大僧院長と入れ替えられるという時……アスラ教やその聖典について学びつつ、それらのことを随分しつこく担当官に聞いたものだったよ。ゆえに、私にしても確信まではないがね……いつか、もし君がここメトシェラを出て、他の惑星へ行く機会があったとしたら――まずは、『惑星列伝』という本でも読みなさい。何分、現在で五百巻以上刊行されていて、今後とも続きが出版され続けるのだろうから……そうだな。電子端末で<惑星メトシェラ>か<メトシェラ>とでもキィワードを入れるのがいいだろう。私のおぼろげな記憶では、確か三百十数巻を越えたあたりに、アスラ教とその伝播についてといった項目があった気がする。まあ、それはさておき、『惑星列伝』というのはだな、我々人類が地球から出発し、その後どのようにしてこの宇宙の覇者となっていったかの、歴史を物語るものだ。と言っても、我々と同じように『我らこそは宇宙の覇者ぞ』と思う銀河帝国が宇宙の彼方にあって、彼らがいつかわたしたち地球発祥生命体と戦いを交える――そんな映画みたいなことがあって、それで我々が敗れたとすれば、この惑星列伝とやらはようやく最終巻を迎えるのではないかと思うがね」
「……………………」
ゾシマ長老が愉快なジョークを言っているらしいのは、一応ゼンディラも理解はしていた。だが、それとはべつに、様々な推論を働かせるのに忙しく、彼には儀礼的にですら微笑むことが難しかったのである。
一方、ゾシマ長老はどうやら、自分の過去のことや、自身の生まれ故郷であるエフェメラのことを語るのが楽しくてならないらしく、だんだんにゼンディラに対する配慮を忘れつつあるようだった。いや、むしろ彼にはわかっていたと言うべきだろうか。今は自分が何を言っているかわからずとも、いずれゼンディラはこうしたことすべての理解に至るだろうという、そのことが……。
「ウォッホン。まあ、なるべくわかりやすく話すとすればだな、本星エフェメラといった高位惑星系では、神といった存在はすでにもうあまり顧られなくなって久しい。だが、中位惑星系ではそのあたりのバランスが取れている惑星も存在するし、ここメトシェラ含む下位惑星系では……もっとも宗教活動が盛んといって良いだろう。『惑星列伝』の中にはね、そうしたその惑星に特有の文化や宗教について、その発生や歴史など、客観的事実に基づいて書き記されているのだよ。高位惑星系の人間たちは、自分はすでにもうあまり……というかほとんど神を信じてないにも関わらず、この宗教や神を信じる力というのを非常に重要視している。それが何故かわかるかね?」
「いえ、わたしにはまったく、見当もつきません……わたしは、わたしなりに、物心ついた時からすでに神はいると信じて祈りを捧げてきました。そうです。アスラ=レイソルは確かに、偉大な歴史的人物であると同時に、宗教的指導者とも言えるかもしれないにせよ……神というわけではないかもしれない。けれど、彼が折に触れて助けを求めていたこの全宇宙を統べ治める神ソステヌは、真の神であるかもしれません。いえ、むしろここにこそ、アスラ教のすべてがかかってくるのではありませんか?アスラ=レイソルのように、己の内なるバスラ=ギリヤークに打ち克ち、真実なるこの全宇宙を治める神に助けを叫び求める時――彼のように神通力を操り、天候すらも操って目の前の人生上の困難に打ち勝ってゆく……もちろん、我々はアスラ=レイソルほどの偉大な信仰心は持ち得ない。それでも、信者たちはアスラ=レイソルの信仰の力を見習うようにして、自分の内なるバスラ=ギリヤークに打ち克つ力を得、アスラ=レイソルに助けを乞うことにより、人生の諸問題に立ち向かう力を得るのですから。いえ、この彼がもし本星から派遣された特殊工作員なる人物で……ええと、この場合の彼の任務はおそらくは、惑星メトシェラのいつ終わるとも知れぬ不毛な戦いを終わらせることだったのでしょう。それでも、やはりわたしにはアスラ神がよるべなき民たちには間違いなく必要であるとしか思えません」
(やはり、この者はそうだ……!そして、私の微力な先視みの力がゼンディラにはよく効くことからしてみても、彼は間違いなく早晩自身の内に眠る力に目覚めるだろう。もっとも、その頃私はすでにこの世の者でなくなっているに違いないが……)
ゾシマ長老は、前に祈りと瞑想の間で見た幻視(ヴィジョン)のことを思い出し、一瞬悲しみに胸を覆われそうになったが、それが自分の死後に起きるらしいことについては喜んでいた。今は理解できなかったにせよ、いずれ彼がそうした困難すらも乗り越えて、大きなことを成し遂げる者になるだろうということも……。
「そうなのだよ、ゼンディラ。本当には神を信じていない私がこんなことを言うべきでないかもしれないが……とにかく、高位惑星系の指導者たちは、人間がある程度高度な文明へ至る前段階においては、<神>という存在、また宗教というものが人々の心の拠りどころとして非常に重要であることを知っている。そして、ここメトシェラにおいて戦乱の世を終わらせるためにも、宗教の力というものが必要不可欠と考えたわけだ」
「もしかしてそれが、惑星メトシェラにアスラ教が誕生した経緯ということですか?そして、そのように人為的な形で生まれた神を、まだ十分文明として発展していないメトシェラの人々は愚かにも信じている……そのように『惑星列伝』には書き記されていると?」
「いや、そうではない。そういうことではないのだ、ゼンディラよ。『惑星列伝』には、アスラ=レイソルが本星エフェメラから派遣された特殊工作員だとか、あるいはその疑いが濃厚だだの、そんなことは一切書き記されていない。ただ、アスラ=レイソルという長く続く戦乱の世を終わらせた英雄がおり、その後彼が開祖となってアスラ教が誕生した……そうしたことが、惑星メトシェラに特徴的な自然環境についてや、人々の民族的特徴とともに客観的な事実として書き記されていると考えてくれたまえ。いや、実は大切なのはむしろここからなのだ、ゼンディラよ。ここアストラシェス僧院においては、僧院がアスラ=レイソルによって開かれて以来――今に至るまで、アスラ=レイソルに継いで百二十歳を越えて生きたという僧や、手を置いただけで病いを癒したと言われる敬虔な僧など、高位惑星系の人間が聞いたとすれば、間違いなく迷信であるとして切って捨てるだろう伝説がいくつもある。私はな、ゼンディラよ。神を強く信じ続けるという信仰の力によって、寿命が延びたり、病いが癒されるといったことは実際にありうるのではないかと思っている。つまり、それこそが私がここ、アストラシェス僧院の大僧院長としてすげかえられることになった理由なのだよ」
「…………………」
ゼンディラはますます訳がわからなくなった。神は信じていないが、神を信じることから派生する、ある種の奇跡については信じる――それは、ゼンディラにはすでに、議論の前提として破綻しているとしか思えない。
「すまない、ゼンディラ。私にも……そうした能力が昔から多少なりともあったのだよ。もっとも、私に未来を多少なり読む力があると言ったら、それならば何故、兄も姉も死に、自分に父親の財産が転がりこんでくると、最初からわからなかったか、さらには、昔親友だった男に恐ろしく残忍な形で騙されると予見できなかったのか――当然、そういうことになるだろう。ゼンディラよ、確かにそうした能力は私の場合、自分の生命が追い詰められた時に発動することはあったが……私はESPだなんだ、そんなくだらんことにはもともと興味のない質の人間だったものでね。危険な任務地で九死に一生を得たといった時も――脳裏に閃いたひとつのヴィジョンによって、自分も含めた全部隊を救ったというのに……自分の内に眠る潜在能力には気づかなかった。だが、ここへ来て初めてわかったのだよ。最初のうちはそれこそ、馬鹿らしいと思いつつの祈りと瞑想にしか過ぎなかった。だが、この件についての私の担当官の胡散臭いレクチャーが、わたしにもだんだんに理解されてきたのだ。私自身、その後少しずつ精神感覚が鋭敏になり……今では、自分の死期ですら予見できるまでになったのだから」
「そんな……ゾシマ長老はこんなにもご壮健であられるではありませんか。これはあくまでわたし個人の印象にしか過ぎぬことですが、第七至高僧院において、ゾシマ長老はもっとも意気軒昂な人物であるようにすら見えます」
「そうかね。まあ、モントナ老とマロス老には負けるよ……と言いたいところだがね、ゼンディラのその言葉は褒め言葉として嬉しく受けとめておこう。なんにせよとりあえず、本星エフェメラの気も遠くなるような遠大な計画について私は君に話しておこう。ゼンディラよ、今君には私の言っていることが、もしかしたら半分もわかってないかもしれない……が、問題はそうしたことではないのだ。私も、任務でESP能力者に会ったのは二度か三度といったところだったかな。まあ、個人的に親しくお知りあいになったというわけでもなかったので、念動力だ、自然発火能力だのいう、その結果のみ見せられても――その時はまだ半信半疑だったものだよ。しかも、今はもう少し技術が進んだかも知れないが、ESP能力者という奴は大抵が若くて短命なんだ。人工能力開発者というやつは特にね。どうやらエフェメラの情報諜報庁のESP部門では、こう考えているらしい……数としては少ないが、時々天然のESP能力者が生まれることがある。彼らもまた短命であるが、突然精神に異常をきたすということもなく、人工的に能力を開発された者たちよりさらに優れた力を保持している。そこで、情報諜報庁の連中は今度はこう考えたのだ。天然のESP能力者は何故にどうやって生まれるのか、とね。何分この宇宙は広い。ゆえに、彼らの優れた全宇宙探知機……いや、正確にはまあ既知宇宙内探知機といったところだが、それを持ってしてもESP能力者がどの惑星のどこにいるかまではわからない。だが、それでも――下位惑星系に住む者にこそ強いESP能力者が生まれやすいという事実については昔から知られていた。そこで、何十人もの超能力者と会い、その内の多くの者をESP機関にリクルートし……まあ、地道な研究を重ねたわけだな。簡単に結論をいえばここ、アストラシェス僧院からも、短い時には数年に一度、長い時でも数十年に一人くらいは――修行の鍛錬の賜物として、優れたESP能力者が何人も生まれているのだ」
ゼンディラは危うく、体を揺らして笑いそうになった。いや、(そんな馬鹿な……)などと思っていたわけではない。ゾシマ長老の話というのは、最初のうちこそ法螺話めいてはいても、それでいて――いや、それゆえにこそ、むしろ真実味があった。ところが、法螺話が一周まわりきったところで、もはやそれはゼンディラにとって、あまりに突飛すぎて笑いを堪えるのが難しい領域まで高まってしまったわけである。
「いや、笑いたければ思う存分笑うがいい、ゼンディラよ。私が高齢のゆえにボケはじめているのではないかと疑ってもいい。私が入れ代わった元のゾシマ長老も、そのような能力を秘めていればこそ、四十を少し過ぎたくらいの若さで大僧院長の地位に就くことが出来たのだ。彼が今も生きているかどうかは定かではない。だが、情報諜報庁のESP部門で彼が役に立つ働きをしただろうことは間違いないし、事によったらゼンディラ、彼がまだ生きていれば会うことが出来るかもしれぬ。何分、本星の人間は極若いうちから老いを遅らせるための薬を常用しているのが普通だからね……四十いくつくらいからの薬の投与でも、まったく遅くはない。そう考えた場合、本物のゾシマ長老は今も生きている可能性のほうが高いだろうな」
「いえ、わたしは何も……本当のゾシマ長老に会えたとすれば、自称偽りのゾシマ長老であるあなたの言葉をすべて信じましょう――などと言いたいのではないのです。普通に考えて、こうした話をゾシマ長老ほどの方がするメリットとはなんだろうと、わたしはずっとそう考えていました。そして、最初からこうわかってはいたのです。訳がわからないながらも、ゾシマ長老がこうした話をするのはどうやら、最終的にわたしのためであるらしい、と……」
また、ゾシマ長老が今までした話が真実であったとすれば、大体ゼンディラが第一僧門メセトナに捨てられた頃、すでにもうふたりは入れ替わっていたことから……自分の成長を彼は随分長く見守ってきたということになる。第一僧院から第二僧院へ上がる時、あるいは第二僧院から第三僧院、第三僧院から第四僧院へ……その時々において、ゾシマ長老自らが按手し、祝辞を述べてくれたことが、自分にとってどれほどの誇りであり、嬉しいことだったか――また、ゼンディラは何度となく各僧院へやって来たゾシマ長老と、みなでひとつの食卓を囲んで食事したことがあったし、またその際に個人的に話をするという機会にも恵まれていた。そうした時に彼が見せた慈しみ深い眼差しが嘘偽りであったはずがないということ……そのことだけは何故か、心から信じることが出来たのである。
「まあ、私自身のある種の懺悔と、君に話しておくべき秘密は以上といったところだ。ここまで聞いて、何か質問はあるかね?」
「いえ、さらに詳しくお聞きしたいことであれば、いくらでもあります……ですが、今は思考が千々に乱れるあまり、長老に質問すべきことがあまりに多すぎて、先に自分の考えを整理しきれません。もし後日、そうしたことが出てきたとすれば……拒まずにお答えいただけますか?」
「もちろんだとも。いつでも、なんでも聞きに来たまえ。今はそう思えないかもしれないが、私は確かにそう遠くないうちに死ぬ。長老が本当に死ぬ前にもっと色々質問していたら良かった……そうならないことを、むしろ私としては願っているよ、ゼンディラ」
この時、時刻は深夜の三時を過ぎていたが、ゼンディラは礼儀をわきまえて立ち去ろうとして――やはりもう一度、椅子に座り直していた。他の、自分のためを思って過去に犯した罪を告白した長老らにしたように、この時、ゼンディラは己の過去にあった苦悩について、ゾシマ長老に告白しておきたい気がしたのだ。
「ゾシマ長老……わたしと同じく、第一僧院メセトナの僧門前に捨てられていた、幼馴染みのヴィランのことを覚えておいでですか?」
「もちろんだとも。ゼンディラ、君とはまったくもって性格が正反対の、面白い子だったね。いや、悪たれ小僧といったほうが正しいか。彼は確か、割礼の儀式を受けるのを拒み、十五歳の時に僧門を出、俗世へ下ったように記憶しているが……」
アストラシェス僧院にて、一度は心正しく清い僧となろうとしたが、やはり途中で修行をやめて還俗したいといった申し出があった場合――僧院のほうでも、ある程度その後の当人の身の振り方に配慮し、丸裸で冷たい世間へ放りだしたりはしない。ヴィランにしても、アストラ山の麓にある小さな村へ、ゾシマ長老が村長らとよく話しあう形で住居や暫く暮らしていける程度のものは持たせての新たな門出であった。
「そうです。そのヴィランです。一度は村の娘と結婚し、子まで成していながら……妻子を捨て、無責任にももっと大きな町へ旅立ったと、そのように噂で聞きました。彼はわたしが小さな頃から、こんなオンボロ僧院などおんでて、首都で一旗上げてやるとか、よくそんなことばかり話していたものでした。いえ、そのこと自体はいいのです。ある意味、子供らしい夢のようなものですから。わたしも時々、夜眠る前にヴィランと一緒に首都で面白おかしく暮らす、そんな日々を夢想したことがあったものです。ですが、わたしはたぶん彼にずっと……奇妙なコンプレックスを覚えていたと思うのです」
「ほうほう。それはなんとも奇妙なコンプレックスだが、ゼンディラよ、逆にこうも考えられはしないかね?おそらく、ヴィランのほうではヴィランのほうで、常に優等生でいい子の君に、激しいコンプレックスを感じていたかもしれない、といったようにね」
「はい。ゾシマ長老が今指摘されたことは、他にもこのことを話した長老たちに、大体同じことを言われました。けれど、わたしはわたしで……愛憎反するような複雑な思いをヴィランに抱くことがあった。長老、わたしが自分の内なるバスラ=ギリヤークという存在に気づいたのは、実に幼馴染みのヴィランを通してなのです。嘘をついたり物を盗んだりしても、尼僧たちは彼を叱りつけながらも、心の奥底ではいつも寛容に許していました。逆に、わたしはまったく手のかからない、面倒をかけない子でありながら……メラモント尼僧院に、ターニャという、わたしやヴィランが一番好意を持っている女性がいました。わたしたちと同じように、赤ん坊の頃尼僧院の門前に捨てられ、身寄りなどひとりもいない、それでいて気が強くて明るい、元気な若い娘です。ある時、彼女が他の尼僧たちとこんな会話をしていたことがありました……『ゼンディラはまるきり手のかからない良い子だけれど、わたしは何故だかヴィランのほうが好きよ』って。そして、その話を聞いていた他の尼僧たちも、『そうなのよねえ。どうしてかしら。あんなしょうのない悪たれ、いくら可愛がったところでなんの恩も返してこないでしょうに、悪いことをしたあとあやまってきたりすると、ぎゅっと抱きしめて無性にキスしたくなるようなところがあるわ』って。すごくショックでした。そのあと、そこに5~6人いた尼僧のひとりが、わたしの存在に気づいて、『あら、わたしはヴィランよりゼンディラのほうが好きよ。あんないい子、見たことないくらい』と言ってくれましたが……まるでとってつけたように言われたとしかその時には思えませんでしたし、その尼僧があとで、『みんな、あなたのことを心から愛してるってことはわかるでしょ、ゼンディラ?』と諭すように言われても――わたしの心の孤独な闇は、よりいっそう広がるばかりだったんです」
「その心の孤独と、君はどう向きあい、克服してきたのかね?アスラ神に対する信仰によってかね?」
(孤独な心の闇……)ということについては、ゾシマ長老――彼はその本名をネイト・アストロナージェと言ったが、特殊任務においての偽名も加えれば、もはや自分が誰かわからぬほどいくつもの名を持っていたに違いない――にも心当たりがあった。そしてそれは、高位惑星系においても中位惑星系においても、ここ辺境惑星メトシェラにおいても、不変の人の心のもののようである。
(何分、私とて、新しい惑星の任務地では常に孤独を感じ、家族がいながらも本当の意味での絆など見出せず、かつて親友と信じた男には裏切られ、今はこんな本来の私自身とは縁もゆかりもない土地で客死しようとしているのだからな……)
「その時、わたしは何分まだ子供でしたので、その日の夜はとにかく泣きに泣きましたよ。頼れる家族もいない上、母親がわりとして慕っていた尼僧たちにまで自分は嫌われているんだ、自分のことを一番に愛してくれる人はこの世のどこにも存在しない……そんなふうに思って、自己憐憫の涙に暮れたんです。翌日、おそらく例の尼僧が……マーゴットという名でしたが、彼女が他の尼僧たちに話したんだと思います。ヴィランはいつも以上に少々厳しく注意を受け、わたしに対しては『それに比べてゼンディラはなんていい子なんでしょう』みたいに言うわけです。これは、ターニャですらがそうでした。でも、わかっていただけますか?今さらそんなふうにされても……わたしとしては少しも嬉しくない。もちろん、今はそんなこともすべていい思い出です。そして、ヴィランがせっかく温かい心で迎えてくれた村の人たちの心さえ裏切り、逃げるようにして村から出ていったと聞いた時――わたしの胸は痛みましたが、一方で、こう思ったのも事実だったんです。『ああ、あいつは小さい頃から大言壮語を吐くだけの、本当に口先だけの奴だった。それにヴィランは小さい頃から図太かったから、野たれ死ぬような目に会っても実際には野たれ死ぬようなこともなく、貧しさに呻きつつ、今もどこかで生きているだろう』……そのことを、わたしは心のどこかで喜び、満足したのです。ゾシマ長老、これが随分長いこと、わたしの心の内のバスラ=ギリヤークでした」
「でした、と過去形で語るということはアレだね?ゼンディラよ、君は祈りと瞑想の中で、そのような心の内なるバスラ=ギリヤークにも信仰の力によって打ち勝ったということなのかね?」
「いえ……自分でもわかりません。ヴィランのことはわたしの中で、時間とともにその存在の輪郭がだんだんに薄れていきました。ただ、わたしが一時期彼のことを激しく憎悪したことがあったというのは事実です。これは、小さい頃にあった尼僧たちの話とは一切関係がなく……ここから先は、僧として禁を犯したことに対する懺悔も含みますが、村へ下りて僧院の用を足していた時、ヴィランに呼ばれて恋人を紹介されたんです。その頃は、彼も恋人のマリアも、とても幸せそうでした。マリアは、わたしやヴィランの初恋の相手といってもいいターニャに、面差しがよく似ていて……ヴィランが何故彼女に恋したかは、わたしにとって多くの説明を必要としないことでした。彼はわたしのことを自分の家に招き、『ボロ家だが、愛さえあれば幸せさ』とすら言ってのけ……わたしはヴィランやマリアと表面上はにこやかに話しながら――別れ際には、『君たちの幸せのために祈っている』と口にしながら……心の中は暗澹たるものでした。わたしはヴィランが僧院を出た時、幼馴染みと別れる寂しさから、涙とともに彼のことを見送りました。あの時ほど、自分は実はヴィランのことをこんなにも愛していたのだと感じたことはなかったほどです。けれど、「俗世に出て自分はこんなにも幸せだ」という姿を見せつけられた時……心の奥底からヴィランに嫉妬したんです。そしてその嫉妬の黒い炎は、かつて子供の時分にターニャが、自分よりもヴィランのほうが好きだと言った時のものより……自分でも手の施しようのないほど、絶望的なものでした」
ゾシマ長老はゼンディラの心をよく理解した。ヴィランとマリアが結婚式を挙げたのは十八歳の頃のことだから、おそらくその頃彼は十七歳とか、そのくらいだったことだろう。それ以前から高位惑星及び中位惑星系の人々のように、いくらでも性的な情報に触れられる環境にあるでもなく、さらには十四歳になる前に去勢手術まで受けているゼンディラにとって――それはあまり性といったものが関係しない嫉妬でなかったかとゾシマ長老には想像された。ただ、この場合ヴィランが母親代わりともなってくれる心優しき妻を得たことに対し、「自分ももしかしたらそうであったかもしれない」という、もうひとつの幸せな未来像を彼は見せつけられたということではないだろうか。
「わたしは僧院へ戻ってきた時……自分で自分に自問しました。ヴィランに激しい嫉妬の炎を燃やしている理由、その原因は一体なんだろうと。素晴らしい女性を得て今は幸せであるにしても、村での生活というのは苦しいものだし、ことによったらここアストラシェス僧院で暮らしていたほうが、そうした生活の最低限の保証があるくらいなのに、と……明らかにわたしは、俗世に生きるヴィランよりも、自分のほうが優れていて平穏な生活を送っているという根拠になるものの理由を探していました。けれど、祈りや瞑想によってこの嫉妬からどうにかして離れようと思ったわけではないのです。むしろ、そんなことは一度もしたことがなかった。わたしはただ、時が経過して自分の心の内に燃え盛る嫉妬の炎が、少しずつ静まっていくのを待ちました。ヴィランに対する嫉妬の感情を、ただあるがまま受けとめることにしたのです。やがてふたりが結婚し、子供が生まれたと聞いた時も――わたしの複雑なヴィランに対する嫉妬の情は、まだしつこく続いていました。けれどその後、さらに時が経って……つい二年ほど前ですか。ヴィランがまだ小さい子供も妻も捨てたと聞き――ようやく、『ああ、なんだ。あんな奴、そもそも自分が嫉妬する値打ちすらない奴だったんだ』と思い、ある意味溜飲を下げたのです。なんの罪もないマリアとその子供たちには、なんとも気の毒なことですが……」
「べつに、いいのではないかね。むしろ私は……『なんの悩みも苦しみもないが、神への祈りと瞑想に専心できる』などという人間より、そのように人間らしい感情で悩める君のほうに、より深く共感することが出来るね。ゼンディラよ、これはあくまでここだけの話、ということにして欲しいのだが――もしもう一度君が男としてのしるしを取り戻し、還俗したいということなら……私ならば君のその願いを叶えることが出来ると思う。だが、それはあくまで私が生きている間に、なるべく早めにそう言ってくれないと、上層部からの認可が下りる前に私が死んでしまってからでは遅いということなんだ。そのこと、どう思うね?」
「どうって……まさか、今からでもヴィランのように還俗して世で暮らしたければそうも出来るとおっしゃりたいわけではないでしょう?」
男としてのしるし――その部分について、ゼンディラはまるきり深く考えていなかった。何故といって彼は今に至るまで、一度は失くした生殖器が戻ってくればよいのに、などと考えたことはないからだ。また、性にまつわる夢さえ見たことはなく、勃起という状態も知らぬ前に去勢手術を受けたことから……自分にペニスさえあれば、今からでも女性と恋人関係になり、十分な官能的満足を互いに得られたろうに……といった夢想さえ、輪郭もおぼろな欲望を持ったか持たぬかという、彼の場合は女性に対する欲望が本当にその程度しかなかったのである。
「いや、私はただ、可能性として不可能ではないという話を今している。私はね、ゼンディラ。父親がかかっていたのと同じ遺伝病なんだ……薬によって症状のほうはかなりのところ抑えられてはいるがね。ほとんど不死に達したともいえる高位惑星系の人々にも、いくつかこの病気ばかりはかかるともはや癒せぬという病気が存在するのだ。本星エフェメラの連中は、『長老ゾシマは死んだ』として、私自身は本来いるべき惑星へ帰ってきて、延命のために治療すべきじゃないかと有難くも助言してくれたよ。だが、私はここ、惑星メトシェラで客死することを選んだのだ……ここから見える、あの花崗岩の霊廟に安らかに死体を収められたい。何故なのだろうな。私はもう、生きるのに飽いた。もう一度、若い男か女の体の中で、幸せな人生体験を得たいとすら考えない。簡単にいえば、とにかく疲れたんだ……いや、私のことはいいとして、ゼンディラ。そのような事情からだね、本部の連中は、君ひとりくらいなら私の代わりに本星へやって来て、一度失った男としてのしるしを与えることなど――まあ、彼らの医療技術では簡単なことなのでね。むしろ珍しいケースとして面白がって対応してくれるくらいですらあるだろう。そうしたことも出来るということも含めて、私が今夜言ったことについては、よく考えてみてくれたまえ」
「…………………」
ゼンディラは、今度こそ重い腰を上げて、ゾシマ長老に暇を告げた。ふたりにとって、実に不思議なことだったが、その後彼らはふたりとも、この夜互いに話したことについて、ほとんど言及することはなかった。ゼンディラにとっては、生まれた時からこのアストラシェス僧院が自分の人生のすべてであったし、還俗するという可能性について、一応考えるような振りだけしてみたとはいえ――それは彼にとって、最初から決まっている答えの上で、空想の計画を多少なり立てるというだけのことに過ぎなかったのである。
ゆえに、ゼンディラのほうではゾシマ長老が話してくれた件について、長老のほうから話があれば答えただろうが、ゾシマ長老のほうではゾシマ長老のほうで……「そうしたい」という強い望みがあれば、ゼンディラのほうから申し出てくるだろうと考えたのである。というよりむしろ、ゼンディラのほうで積極的に話を進めたいという意欲を見せてくれるくらいでなければならない――そう考えていたことから、ゾシマ長老は自分からはその件に触れることは避けたのであった。
こうして、ゾシマ長老は最初に自分で「私は今から半年後に死ぬ」と言っていた月、アストラの山々や峰々が真紅や黄金に紅葉する秋も深まった頃……すべての準備を完璧に整えて死んだ。それは、惑星エフェメラとの最後の通信といったことについてもそうであったし、何より彼は「元は偽の」ということであったとはいえ、今ではすっかりこのアストラシェス僧院のことが好きになっていた。いや、心から愛していたと言っても過言でなかったろう。彼はアストラシェス第七至高僧院の長老たちにも、それぞれ死ぬ前に語るべきことを語り終え……ゼンディラには死ぬ前夜、こんな不思議な言葉を残していた。『我が子よ。おそらくこれから、身を切るような災厄が汝を襲うであろう。だが、決して諦めてはいけない。神というものは、ただ降り注ぐだけの光のためでなく、むしろ闇多き歳月にこそ、我々に強い力を与えてくれるのだから』と……。
>>続く。