こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ユトレイシア・ユニバーシティ。-【7】-

2021年11月29日 | ユトレイシア・ユニバーシティ。

 

 さて、今回は主要登場人物のひとり(?)、ギルバート・フォードが出てきたので……彼の名前の由来についてでも、と思います(^^;)

 

 というか、今回も例のgooblogは30000文字以上……以下略☆問題に引っかかってしまったので、ひとつの章を2つに分ける関係上、前文にあんまし文字数使えないという(なので、今回も変なところでブチッ☆と切れて、次回へ>>続く。となっていますm(_ _)m)。

 

 それで、ギルバートの名前なんですけど、ギルはユト大医学部の一回生でお医者さん目指してるってことで――わたし、いわゆるギルバート症候群にかかってないタイプの『赤毛のアン』の大ファンなんですよ(笑)。そんなわけで、医者目指してる→名前なんにするか→そりゃやっぱギルバートだろう……みたいな感じで、名前はギルってことですぐ決まり、苗字のほうは『アンの娘リラ』で、リラがたぶん最後くっつくんだろうなと思われる、ケネス・フォードのフォードからいただいたという、何かそんな感じかなって思います(^^;)

 

 まあ、はっきしゆってどーでもいいようなことではあるものの……わたしの頭の中では「医者といえばギルバート」というのが基本中の基本(?)なので、そこからって感じでしょうか。

 

 わたしの好きな小説ジャンルとして、ブロンテ姉妹の『ジェイン・エア』や『嵐ヶ丘』の他に、『赤毛のアン』がもしかしたらそれ以上に大好きで……『赤毛のアン』及びモンゴメリの作品についてはたぶん結構語れると思うのですが、今回あんまり文字数使えないので――『赤毛のアン』のギルバートに関していえばわたし、作者のモンゴメリがヒロイン・アンの相手役として、ギルバートに思うところがあまりないらしい……みたいに感じるところが、正直最初からすごく不思議でした(^^;)

 

 もちろん、読む方によっては違う印象を持つと思うのですが、アン以上にモンゴメリにとって自伝的要素の強いエミリー・シリーズのエミリーの相手役であるテディにしても……「そうそう。こういう男性がわたしは理想なの」といった印象はあまり受けないんですよね、不思議と。。。

 

 それで、モンゴメリは学校での成績もよく、男子生徒からもモテたそうなんですけど、たぶんモデルはそうした中でモンゴメリに憧れていた男子生徒や、その後も友達として仲が良かった青年なんだろうなあ……と思ったりするわけです(たぶん)。

 

 ただ、モンゴメリは男性に対する理想が高く、知性の上で自分と釣りあう相手と思い、ユーアン・マクドナルド牧師と長い婚約期間ののち結婚するわけですけど……結婚式当日からそのことを激しく後悔していたというあたり、その後の彼女の不幸な結婚生活の結末について暗示しているように思われることが――後世のファンにとってはとても重く感じられるんですよね

 

 モンゴメリの日記の日本語訳が出版された時、そのうちの『愛、その光と影』のほうを読んで、彼女が理性ではなく本能によって惹かれた男性について書かれた箇所が話題を呼びましたが、このハーマン・リアードさんは農夫の方だったので、知性という部分では自分と釣り合わないし、一時の激情でそうしたことになった場合、絶対あとから後悔する……と思い、モンゴメリは彼との恋愛を諦めることにしたわけです

 

 もちろん、のちのユーアン・マクドナルドとの不幸な結婚生活について思うと、後世のファンとしては、「モンゴメリはユーアンとではなく、ハーマンと結婚してたら幸せだったのでは……」と思うわけですけど、実はわたしもこの意見に賛成です(^^;)

 

 何故かというと、このハーマンさん、若いうちに亡くなってるので――モンゴメリは彼と結ばれ、そしてその後作家としても『赤毛のアン』によって成功する……という道が、実はモンゴメリにとって幸せな道でなかったかと勝手ながら思うのです。

 

 また、『赤毛のアン』によって成功したのち、ハーマンさんの死後に文学的にも教養があり、妻の作家としての仕事にも理解ある男性と巡りあって結婚……ということもあったかもしれませんし、こうしたタラレバは意味がないとわかっていても――モンゴメリが日記に書き綴った悲痛さのことを思うと、ファンとしてはそんなふうに考えずにはいられないほど、やはり胸が痛むというか(さらには、この日記については自分の死後、他の人が読むことを考えて清書までしていたというのもすごいですよね^^;)。

 

 あ、とりあえず今回は一旦、こんなところで

 

 それではまた~!!

 

 

     ユトレイシア・ユニバーシティ。-【7】-

 

 結局、童貞を卒業して間もないこの日、リズのことを考えすぎて頭がおかしくなりそうになり――彼は自分の妄想が『まさか童貞とは思わなかったわ。あ~、もう最悪っ!気持ちわるっ!!』と彼女に思われているのではないかというところまで上り詰めると……いてもたってもいられなくなり、女性関係のことで唯一相談できそうな友人、ギルバート・フォードに電話をかけていた。

 

『はははっ!べつにいいじゃねえか。なんにしてもヤラせてくれたんなら。しかも、コンドームの着け方まで教えてくれたって?そりゃいい女だ。仮に今後大学内でお互いのことを見かけても、一切口を聞かないみたいになったとしてもな』

 

「オレをおまえと一緒にするなよ。こっちはあくまで本気なんだ。本気で悩んでるんだからなっ!!」

 

 電話をしたところ、『女のほうは追い払うから、これからうちに来いよ』などと言うので、ロイはギルバートの言葉通りにした。彼はユトレイシア中央駅近くに建つタワーマンションの一室に住んでおり、その暮らしぶりは大学生とは到底思えぬくらいのものである。

 

 たとえば、ダークグリーンの高級な制服を着た屈強なドアマン、たとえば五つ星ホテルかと見紛うようなマンションのエントランス、床に敷かれた高級絨毯、ドアの向こうは大理石の廊下、透明なガラス張りのジャグジー付きバスルーム、200㎡ばかりもありそうな広いリビング、そこに配置された高級家具などなど……ギルバートの身分はあくまで一介の大学生、それもまだ一回生にしか過ぎない医大生である。だが、彼の父親、例のユトレイシア医学界におけるヘルニアの権威、テレンス・フォードが可愛い愛息子のために用意した場所なわけである。自分の望み通り医学の道へ進んだのみならず、自分が卒業した二流とは言わないが、せいぜいのところを言って1.5流の大学ではなく――国立難関第一位の大学医学部に息子が入学したことを祝し、買い与えたマンションの一室だったわけである。

 

「まあ、そこらへんに座れよ」

 

 ギルバートはバスローブ姿で、ドン・ペリニヨンなんぞ飲んでいた。ロイはいまだに(こういう奴って、本当にいるんだなあ……)と、ソファに座っている友人をしげしげと見つめてしまう。

 

「なんだよ?童貞卒業したって割に、なんだか浮かない顔だな。俺はな、こう見えてもおまえやテディには感心してんだぜ。ほら、ロイがあのアバズレに失恋したって時も、俺がすぐヤラせてくれるような女紹介してやるって言ったのに……『初めての時は大切にしたい』とか、『本当に好きな子と』だの、ヴァージンの女みたいなこと言ってたろ、おまえ。いやあ、実に興味があるねえ。それで結局ロイが童貞捧げたのがどんな女かっていう、そんなことがさ」

 

「まあ、その……ずっと、オレの片想いだったんだ。彼女、ボランティア部に所属してて、色々親切に教えてくれたりして……」

 

「ふむふむ。それで、手取り足取り腰取り、コンドームの着け方まで御指導くださったわけだな」

 

 ギルバートは親切心から、ドンぺリを新しいグラスに注いでくれたが、ロイのほうでは首を振った。すると彼はかわりに、冷蔵庫からコカコーラを持ってきてくれる。

 

「それとも、コーヒーとか紅茶とか、あったかい飲み物のほうがいいか?」

 

「いいよ。気にしないでくれ。でさ、彼女の部屋で朝起きてみたところまでは良かったと思うんだ。ベッドの中で、オレのほうでは『ずっと好きだった』だの言って、彼女のほうでも『嬉しい』とか言ってくれて……でも、自分は今日忙しいからとっとと出てってくれっていうオーラが出てて、それでオレ――本当はきのう、自分でもなんかわかんないうちに粗相をしてしまったんじゃないかとか、色々考えちゃって……」

 

 ロイは顔が真っ赤だった。そんな彼のことをからかうように、ギルバートのほうではコカコーラの赤い缶を、ロイの頬に当てる。

 

「ふうん。俺様にはどう聞いても一種のノロケとしか思えんがね。朝起きたら女が不機嫌だったなんて、よくある話だろ?ゆうべのアレコレが不服とかなんとかいうのは関係なく――朝起きた途端に、彼女は彼女にとってのスケジュールに追われるわけだ。それで、『邪魔だからあんたとりあえず出てって!』なんて言われても、俺なら『へいへい』と思うくらいなもんで、気にしないけどな」

 

「そうかな?オレ、たぶん……彼女、オレが初めてとは思ってなかった気がするんだ。だからもしかしたらアテが外れたみたいに思ったんじゃないかと思ったりもして……」

 

「ふうん。でも、次に会う約束なんかはしたんだろ?」

 

「う、うん。っていうか、その前の会話の流れで、クリスマス・ディナーには招待してて……その、だからオレの予定としてはこんなに早く彼女とベッドをともに出来るとは思ってなくて。もちろん、ラッキーだったとは思うよ。だけど、もしかしたらもう少し待ってたほうが良かったのかなと思ったり……」

 

 ここでギルバートは体をのけぞらせて大笑いした。カチン、とバカラのグラスをテーブルに戻す。

 

「バカだなあ、おまえ。そんなこと、本気で思ってるわけじゃないだろう?ずっと片想いしてて、結局一度もヤラせてもらえず終わるより――むしろ展開がスピーディて良かったじゃねえか。だーら、そんなにくよくよする必要なんか一切ねえの。『そっちがその気なら、もう一回くらい抱いてやってもいいけど?』くらいな態度で堂々としてろって。あとはアレだ。キミじゃなくてもべつにオレ、他にもガールフレンドならいるんだよね~みたいに軽く匂わせておくとか」

 

「でっ、出来ないよ、そんなことっ。どっちかっていうと、彼女のほうがそういう感じなんだ。べつにオレじゃなくても、たぶん相手なんかいくらでもいる。だから、不思議なんだ。きのう、部屋に招待してくれた時も……100%絶対って言ってもいいくらい、彼女にそういうつもりはなかったと思うし、なんで急にそういうふうになったんだろうなっていうのも、なんかすごく不思議で……」

 

「ふう~ん。ま、俺にはなんとなくわからなくもないがね。ほら、ロイって見た目もそこそこ悪くないし、手玉に取れそうな坊ちゃんタイプって感じで、女にはなんか安心感あるんだろ。で、IQ180とか、高校生企業家みたいな感じで新聞に載ったこともあるし……こりゃ将来有望株かも。ちょっと手をつけておこうかな~みたいにさ、そんなふう思ったりするんじゃねえの」

 

「違うよっ。彼女はそういう……ジニーみたいなタイプじゃないんだ。ほら、リズはボランティア部に所属してて、お年寄りとか障害者の人と接したりするのがうまいんだ。優しい人なんだよ、ほんと。でもきのう……なんで彼女がそんなにボランティア活動なんかに熱心なのかとか、色々わかったりもして。うん、とにかく彼女は本物なんだ。ギルはさ、ボランティアが趣味なんて聞いただけで、「おえっ!」となって、そんな女とはつきあいたいどころか、知り合いにさえなりたくないっていう感じだろうけど……」

 

「まあなあ~。ロイがもしそのリズって子と寝たって聞かずに、ボランティアを一生懸命頑張ってるいじましい子……とだけ聞いてたら、絶対なんかウラがあるに違いないって疑ってただろうな。けど、もうそれはいいさ。なんにしてもとりあえず、ロイに一回ヤラせてくれた女ってことなら、大抵のことは大目に見てもいい。ま、これからうまくやれよ。最終的に大学卒業前に別れるとか、そんな感じだったとしても――大学生の恋愛ごっこなんてのは、大抵がそんなもんだろうしな」

 

 ここでロイは大仰な溜息を着いた。今更ながら、相談相手を間違えたような気がしてきた。とはいえ、テディもアレンも、今の自分の悩みを話したところで、効果的なアドバイスをしてくれるとは思えない。

 

「むしろギルのほうが異常なんだって、おまえ自分でわかってる?そりゃあさ、こんなタワマンに住んでて、高級車乗り回してたら、女の子なんていくらでも群がってくるんだろうけど……」

 

「バーカ!俺は学内の女には、よっぽどのことでもなけりゃ手なんか出さないのっ!なんでかわかるか?いくら避妊に気をつけてても、『生理が来ないの』、『妊娠したかもしれない』だの、さらにはそれが高じての自殺騒ぎだの――この先の俺の名医としての歴史にしょっぱなから傷なんかつけられてたまるかって。第一なあ、うちの学内の男どもでユト大の女学生と恋愛したいなんて思ってる奴、そんなにいないぜ?頭がいいせいかどうか、男と対等であろうとして張り合ったり、こっちを言い負かそうとしてきたりだの……面倒な女のほうが多いからな。そこいくと、他大学の女子はいーぞおっ!ユト大の学生って聞いただけで、目の色がすっかり変わっちまうんだ。将来はエリートってイメージが強いのかどうか知らんが、合コンなんてしようもんなら、その日のうちにお持ち帰り出来る率は極めて高いし」

 

「そりゃおまえの場合はね……」

 

 ロイは今度は呆れたような溜息を着く。生まれつき容貌もよく家が金持ちで、スポーツも出来る上成績もいい――そんな人間が、本当にいるものなのだ。しかもギルバートの場合、遊んでいるように見えて勉強のほうはきっちりしている。親からのプレッシャーということもあったろうが、『愛情はなくても忠誠は尽くすさ。何分そのくらいの金は今まで十分もらってきたわけだから』という理由によって……彼はこのことを『親子の契約を果たす』という言い方によってよく表現している。

 

「俺の場合は一体なんだよ?ふふん、こんな嫌なやつ、確かにちょっといないくらいだもんな。まあ、ロイ、おまえも……」

 

 ここで、ギルバートはリモコンによって、緩やかなコの字型のソファを右や左に動かしたのち、最後にウィーンと一回転させた。それから同じようにリモコンを操作して、窓にかかったカーテンやブラインドなどを全部上まで上げる。そして、流石に陽射しが眩しすぎたため、それを再び下ろしたり、レースの高級カーテンだけをかけた状態に戻した。

 

「この部屋を貸して欲しかったらいつでも言ってくれ。俺は一週間とか十日……まあ、譲りに譲って半月とか一か月くらいなら――ホテル暮らししてもいいからさ。俺はこんな部屋のどこが女どもの気を惹くのかはよくわからん。けどまあ、ここ連れてくると『キャーッ!ここがあなたのお住まいなのお!?』ってな具合で、大抵態度のほうが180度変わっちまうんだ。だから、なんか特別な日にでもそのリズって子を連れてきてみろよ。もちろん、ベッドメイクその他、部屋の中は家政婦に掃除させておくからさ」

 

「だから言ったろ?彼女はそういうタイプの子じゃないんだって……」

 

(ギルに恋愛相談するのはもうよそう)

 

 ロイはそう諦めると、今度はギルバートの医学部における学生たちの雰囲気や講義のことなどを聞いた。というより、頭がいいのは間違いないのだが(彼はユト国内でナンバーワンと目される伝統校、フェザーライル・パブリックスクールの出である)、将来医者になるには倫理・道徳的に問題ある人格なのは間違いないとしか思えない。

 

「だからさ、そういうおカタいタイプの子でも、ここから夜はユトレイシア市街の美しい夜景を眺めたりすりゃ、もう一発だってという話を俺はしてんだよ。うーん、講義のほうか?まあ、退屈だよ。医学部なんつっても、一年のうちはまだ一般教養と基礎医学の授業が半々って感じで、実習みたいのが出てくるのは二年以降だからな。ただ、動物の解剖とか、そういう授業はこれから出てくるらしくて……俺、今も時々思うんだ。俺の親父がヘルニア専門の医者じゃなくて、獣医でさ、動物病院継ぐのに獣医学コースを選べてたらどんなに良かったかって」

 

「そういえばギル、動物大好きだもんな」

 

 ロイはここでようやく、コカコーラの缶をぷしゅっ!と開ける。

 

「そうそう!だから絶対トラウマになると今から思ってんだ……先輩から聞いた話だとなんか、犬の脳を解剖したりとか色々、相当エグいことをやらされるらしい」

 

 心底ゾッとするというように、ギルバートは我が身をクッションと一緒に抱きしめている。そんな様子のギルバートのことを見て、ロイは少しばかりほっとした。彼は自分で自分のことを『出世するタイプ』と時々言うことがあるように――医学部でもそれなりにうまくやっているのだろうと、そう思った。

 

「つかさー、この間うちの泌尿器科の准教授の講義受けたんだけど、ロイおまえさ、突然血尿が出たりしてビビッても、うちの大学病院の泌尿器科だけは来ないほうがいいぜ」

 

「なんでさ?」

 

「なんか『コイツ、マジで大学病院の医者かよ?』みたいな手合いの奴なんだよ。目なんかちょっとどっかイッちゃってんだよな。いや、俺は斜視の人に対して何か悪く言ってるわけじゃないぞっ。ただアイツ、『女性と男性の尿道の長さの違いとは一体なんでありましょうかっ。それはペニスの長さなのでありますっ』とかなんとか、とにかくそんな話口調でずっと講義するんだもんよ。講義が終わった途端、みんなで集まって大爆笑さ。『このままいったらあのDr.チェンさまが教授におなりになるんだろ?』、『そうかー、泌尿器科の専門医になりたかったら、あいつにゴマすりまくらなきゃならんのかー』なんて、みんなそんな話ばっかしてたっけ」

 

 このあと、ギルバートのほうではテディの様子や工学部での講義のことなどを聞いた。そして、テディの名前が出ると、ふたりとも過去のことに遡り、色々な話題に花を咲かせた。ギルバートは中学からすでに寄宿学校のほうで過ごしてはいたが、夏休みやホリディシーズンなど、休暇のたびに戻ってきてはしょっちゅう三人で会うという間柄だったからである。

 

 ロイにしてもテディにしても、ギルバート・フォードという少年と出会って友達になったのは、小学二年生頃のことである。彼は当時から実に羽振りがよく、ほとんど毎日のように同級生にハンバーガーやジュースなどを奢ってくれたものだった。家には面白いテレビゲームが種類を揃えており、誰かがソフトを盗んで売り飛ばしても――何も言わないような器の大きさも、その年齢にしてすでに持ち合わせていたのである。

 

 成績もよく、スポーツも出来て女子にもモテる……ロイは小さい頃吃音があり、時々からかわれることがあったのだが、優等生のギルが庇ってくれたことから――知りあった最初の頃はただひたすら盲目に彼のことを崇拝していたものである。ただひとりテディだけが、「なんかあいつ、好きじゃないっ」と言ったりしていたが、ロイはそのような事情からギルバートの悪口については聞く耳を持たなかった。

 

 けれどある時、いつも通りゲームセンターで遊び、ハンバーガーを奢ってもらった時のことだった。みんなが口々に「ギル、サンキューな!」と言って去っていったあと、彼はぽつりとこう言ったことがある。「友情ですら、金で買える」と……。

 

 何故なのかはわからないが、ロイはその瞬間、財布から自分の分のハンバーガー代をだすと、彼に向かって投げつけていた。それから怒鳴った。「オレはもうおまえとは友達じゃないっ!」と。そのことがどうやらギルバートには相当「こたえた」ようで、以来ギルは誰彼なしに奢ったりすることはなくなり、ロイとテディとだけ、何故か特別親しくするようになったのだ。

 

 ギルバートは今も時々、「ロイとテディは俺の良心の最後の砦みたいなもんだ」と言うことがあるが、それがどういう意味なのか、テディもロイも正確なところはわからない。けれど、ギルバートと長く友達づきあいするうち――彼には彼にとっての家庭の問題、あるいは父親の医者という稼業を継がねばならないというプレッシャーなど、ギルバートにはギルバートにとっての深刻な悩みがあるらしいことがふたりにもわかってきた。

 

 ギルバートはひとりっ子で、ゆえに親の期待値が極めて高かったというのは、ある程度理解できなくもないだろう。とはいえ、『父親は俺のことを愛してなんかいないし、俺のほうでもあいつのことなんか、これっぽっちも愛しちゃいない』と彼が憎々しげに口にする時……テディなどはただ率直に『じゃあなんで、お父さんの期待に応えてお医者さんなんかなろうとすんのさ』と聞いたものである。

 

『そりゃ決まってんだろ。小さい時から欲しいものはなんでも買い与えられ、衣食住においても贅沢すぎるくらいたっぷり与えられてきた。だから俺には親父にそうした種類の恩義がある』

 

『変なのー。ぼくらからしてみたら、ギルバートには将来絶対ノーベル賞をとるんだとかさ、自分のなりたい将来の目標が特にないから、とりあえず親父さんの言うとおりにしてんのかな、なんて思うけど』

 

『まあ、そういう側面も確かにあるけどな』

 

 だが、ロイとテディが当初想像していた以上に、フォード家はややこしい家庭だった。「ふたりとも、本当にどこも整形してないのだろうか?」というくらいの美男美女だったが、その関係は冷え切っており、母親のほうは何不自由ない生活を約束されていながら、ギルバートが小さな頃から浮気の疑われる節が非常に濃厚であったという。そしてギルバートはといえば……この母親から「本当の意味での」愛情など一度も感じたことはない、そう言うのである。

 

「俺ってさ、すげえと思わねえ?」

 

 ふたりですっ裸になり、ジャグジー風呂に浸かっていた時、過去話の何かで大爆笑したあと――不意にギルバートがそう言った。

 

「だってそうだろー?普通、あんな四角四面な親父と遊んでばかりのおふくろに育てられたら……いや、実質的に俺のことを育てたのは家政婦のダイアナだけどな。ちゃんと愛してやれない代償に、金だけたくさん与えられみたいな養育法でも、国で一番の大学に受かって、それが親父念願の医学部なんだぜ?もうほんと、親孝行はこの時点ですでに終わったと俺が思うのも当然だろ?」

 

「確かにな。ギルは……あの名門のフェザーライルに入学して無事卒業したって時点で、もう親孝行は終わったんじゃないか?ただ、実際に医者になって自分で金稼いで独立できるまでってなると……」

 

「そーなんだよ、そーなんだよ!!そこがなんとも悩ましいところでな、実際なんかの専門医になってその看板を掲げてもいいってなるまでに、あと軽く9年はかかんだぜっ。そん時俺、一体いくつだよ。まあ、開業については親父が喜んでいくらでもなんでもしてくれるに違いないとはいえ……その頃結婚して、ガキ作って、親父に孫抱かせて恩返しして――でも俺、親父とは違って、自分の子供には医者になれとは言えない気がするんだよなー。でも親父がそういうふうに誘導してきたらどうすべ……なんて思っちまったりな」

 

「そんなの、随分先の話じゃないか。っていうか、ギルでもちゃんとそういうこと考えてるのな。親父さんの病院継ぐ頃にはしかるべき女性と結婚して……なんて、オレはてっきりギルは生涯遊び人のままでいるのかとばかり思ってたけど」

 

「そうさ!実際のとこ、それが理想だよ」

 

 ギルバートはジャグジーの流れに逆らうようにして、そのあたりに背を向け、暫くの間耐えた。なんでも、東洋医術によれば、こうするとツボとやらが刺激されて体にいいらしい。

 

「けど、いつまでもっていうのは流石に無理だ。だからせいぜい今のうち適度に遊んでおいて、学業のほうも頑張って、せめても自分が興味の持てる外科の専門医になって……心から愛する女性と、俺が育ったのとは違う温かい家庭とやらを築くんだ」

 

「おまえ、それ本気で言ってんの?」

 

 ロイは遠慮なく笑った。近くの棚にあるドンペリのグラスを手にして、それを飲む。酒でも飲まない限り、到底聞いてられない与太話だ、とでもいうように。

 

「わかってるよ!テディなんか、俺がこの話すると、腹を抱えて大笑いしやがんだ。もちろんさ、こんな女にだらしない奴がひとりの女を幸せにできるとか、俺もあんまし考えられない。一時的にその女に夢中になったところで、結婚したあと絶対浮気しちまいそうだなあ、俺……としか、今の時点ですでに思ってない。でも、医者になるってのはつまりはそーいうこった。『あの名医フォード先生の息子さん』の元に患者さんがやって来てくださるってことは、どこに出しても恥かしくないよーな女と結婚してて、子供がふたりくらいいて、フォトフレームに幸せそうに収まってるってな具合のな。つまりはそこが俺にとっての人生の着地点、あとはそこから真っ直ぐ墓場に進むってなコースなわけだよ」

 

「普段スーパーポジティヴなギルさまらしくもない、なんとも悲観的な物言いだな」

 

 手にしたシャンパングラスをギルに横から奪われたため、ロイは一度風呂から上がると、自分の分のシャンパンをグラスに注いだ。

 

「はーあ。そりゃ、悲観的にもなるさ。俺の小さい頃から、親父とおふくろの間に愛情なんてものがないのは明らかだった。でも、部屋中のあっちこっちに、結婚した時の幸せそうな写真だの、新婚旅行先で撮った写真だの、俺が小さかった頃のそれだのがベッタベッタ貼ってあるんだぜ?たとえば俺が学校でなんかがうまくいかなくて、問題起こして例のフェザーライルを放校処分になったとするわな。しかも、普段滅多なことでは叱ったこともない親父が不機嫌にでもなってみろよ……俺、あの自分が生まれ育った豪邸に火でもつけて燃しちゃってたかもなって、今でもたまーに思うくらいなんだからさ。で、警察に捕まったあと、自分が小さい頃から感じてきたことを洗いざらいぶちまけちまうわけだ。『あんな欺瞞的な家庭、もう我慢できなかったんですう』とかなんとか、さめざめ泣きながらな」

 

「大丈夫だよ。ギルは結局のところ絶対うまくやるって。そうだなあ……結婚したあと浮気したとしても、そっちは完璧に体だけの遊びって感じで、俺にとって大切なのは君と息子と娘だけだとか言って、お嫁さんのほうでもひろーい心で受け止めてくれるとかさ。絶対おまえ、そこらへんについてもうまくやりそうなタイプだもん」

 

「はははっ!まさか聖人君子のロイ・ノーラン・ルイスさまから、浮気容認発言がでようとはな。だっておまえ、昔から言ってたじゃん。自分は結婚したら絶対浮気はしないと思う……なんていう寝言をさ。しかも、なるべく早く自分にとって運命と思える女性と結婚して、落ち着いた環境で研究だけに没頭したいとかなんとか」

 

(そんなこと言ったことあったっけ)と思い、酒ばかりのためでなく、ロイは顔を赤くした。

 

「うん。ギルは笑うだろうけど、それが俺の人生の夢なんだ。俺は『この人!』と思ったら、よそ見はせずに、その人とだけ一緒にいたい。まあ、これに近いこと口にするたんびに、確かおまえは笑ってたよな。「実際に女を知ったらそうはいかないぞ~」とかなんとかさ。でもやっぱり俺は変わらないよ。リズがオレを選んでくれるなら……そういう暮らしを彼女としたいんだ」

 

「くそっ!この幸せものめっ!!」

 

 このあとギルバートは、「これでもか!」というくらい、隣のロイに水を浴びせかけてやった。もちろんロイのほでも「くらえっ!」とばかりやり返してやる。

 

「やれやれ。これじゃ俺たちまるで、裸ではしゃいでるホモみたいじゃねえか!」

 

 ギルバートはそう言って大笑いし、ロイのほうでも笑った。結局この日、ロイはこの金持ちの親友の部屋へ泊まり――風呂から上がったあとは、一緒にゲームをしたり、映画を見たりした――翌日の月曜日は、お互い単位を取らねばならぬ講義があるため、朝の八時にはマンション地下にある駐車場のほうへ向かった。

 

 だがこの時、ロイはギルバートのフェラーリに乗ったことを後悔した。何故といって、ラッシュの渋滞に引っかかってしまい、これなら地下鉄で大学のほうへ向かっていたほうが……遥かに早く到着していたろうからである。

 

 ユトランド共和国で一般運転免許が取得できるのは16歳からとなっており、ゆえに、大学のほうにも自動車で通学する生徒というのはまったくいないわけではない。だが、朝などは特にラッシュに引っかかるといった事情もある上、近くに駐車場を借りねばならぬ事情からも――そうしたタイプの学生というのは大抵が、ギルバートのような家が金持ちの学生ばかりである。

 

 けれどこの、危うく第一講目に遅れそうになった日、ギルバートが医大付属病院の職員駐車場に平気で駐車するのを見て、ロイは驚いた。何故といって、ロイは兄が医師としてここへ勤務している関係上、職員駐車場は許可を取得した関係者のみ使用できるだけでなく、駐車できる場所もきっちり決められていると知っていたからだ。

 

「ギル、駄目だよ。ここの56ってナンバーの入ってるとこ、ちゃんと許可を取ってる職員しか使えないってことになってるんだ。うちの大学の駐車場を管理してるおっちゃんたち、そこらへんすごくうるさくて、バレたら絶対そのこと、書類にして上のほうに連絡するんだよ」

 

「上って、ようするに事務局のほうにか?そいつは知らなかったな……が、まあロイ、おまえは心配する必要ねえよ。なんでってここ、うちの整形外科の看護師が使ってる駐車場だもん。彼女、今日は非番なんだ。で、自分が使わない日は使っていいって言われててさ」

 

「……ギル、おまえはまだ一年坊主のくせに何やってんだ。自分のキャリアに傷がつかないためにも、学内の女性には手を出さないんじゃなかったのか?」

 

「しょうがないだろー?たまたまバーで知りあったら、そういうことになったあとで、実はユト大付属病院の看護師だってわかっちまったんだから……」

 

 ギルはバックでオレンジの枠内にぴったりフェラーリを停めると、「これでよし!」と言って、外に出た。走ればどうにかギリギリ間に合うだろう。

 

「あ、あとさ!今日もし時間あったら教育棟Aの一階にある第三会議室に来いよ。三時からセックスについての討論会があんだ。俺、そんなのさっぱり興味なんかねえんだけど(理論よりも実践だ!)、先輩たちに『おまえの力が是非とも必要だ』とか泣きつかれて、引っ張り込まれちまったのな。簡単にいえば男の学生vs女の学生のどっちが勝つか負けるか、これで今後のユト大内での男女の状況が変わるというくらいの……いや、とにかく来い!童貞卒業したってんなら、ロイも絶対参加したほうがいい討論会だ」

 

「セックスの討論会ねえ」

 

 ふたりは走りながらそんな話をしていたわけだが、ギルは最後、「幸運を祈る!」と言ってロイの背中を叩き、病院に隣接した医学部の建物のほうへ入っていった。ギルが「幸運を祈る」と言ったのは、ここから工学部の建物までは結構距離があるからで――講義に遅刻しないよう「幸運を祈る」といったような意味である。

 

 この時、ギルバートは大学の正門から入って車道を脇に逸れ、医大職員専用の駐車場へ入っていったのだが、運転席と助手席に座る彼らの姿に注目した女学生がいたことに、一切気づかなかった。大学正門前は交差点になっているのだが、運悪く赤信号に引っかかってしまい――ギルバートが最高潮に不機嫌になり、「ファック!」などと叫びつつ、車のハンドルあたりを叩いていた時のことである。

 

「何よ、あいつ!!ムカつくーっ!!まだ大学一年生の分際でフェラーリなんて乗っちゃってるわけえっ!?」

 

 ミランダが目線で示した赤のフェラーリのことは、いくら車の車種に疎いリズでもすぐにわかった。運転席ではモデルか俳優かといった風貌の青年が不機嫌な顔をしており――そして次の瞬間、リズはその場に足を止めていた。

 

「どうしたのよ、リズ。あたしたちも急がなくちゃ一講目の講義、遅れちゃうわよっ!!」

 

「う、うん。ミランダ、あんたあの生意気フェラーリ野郎のことなんて何か知ってるわけ?」

 

 リズがもちろん気になったのは、フェラーリ野郎のほうではない。助手席に座ってハンバーガーを食べ――親指についたソースを最後に一なめしていたロイのほうである。

 

「知ってるも何も……っていうかリズ、あんた人の話聞いてたっ!?あのギルバート・フォードとかいう一年坊主がね、今日あるセックス討論会の我々女学生が倒すべき敵なのよっ!ほら、うちの大学ってガラの悪い不良タイプの学生ってほとんどいないじゃない?そのせいもあって、男どもも偏った思考の軟弱野郎が多い……とまでは言わないけど、でも大体あたしの言いたいことわかるでしょ!?だから、すっかり油断してたのよね。っていうより、これ以上男子学生たちをいじめちゃ可哀想かしらってくらい、余裕ぶっかましてたんだけど――あいつが来てからなのよっ。話の流れのほうがすっかり変わっちゃって、むしろこっちが追い詰められ気味になってきたのはっ!!」

 

「う、うん。聞いてる、聞いてる。ちゃんとわかってるから落ち着いて?ね、ミランダ……」

 

 ミランダ・ダルトンは父親がイタリア系、そして母親がスペイン系だからだろうか。性格が情熱的というのか、時々それがさらに高じて激情家になることがままあるのだった。

 

「何よっ!あんたもコニーもあたしのこと時々、荒馬を静めるみたいな対応で落ち着かせようとすることあるわよねっ。まったく、あの子もあの子よ。電話で3時間同じことばっか繰り返ししゃべくるもんだから、埒が明かないと思ってあの子の家まで会いにいったら、そのあともさんざん同じことしかしゃべんないわけ。まあ、そのほとんどがダニエルのことなんだけどね。『自分のことが面倒くさくなったら、ダニエルには他にもつきあえる女の子がいくらでもいる』とかなんとか、毎度の例のやつよ。あ~もう、女の友情なんかうんざりっ!リズ、あんたはあんたで、あたしずっと電話待ってたのに、ボランティア部の可愛い男の子とよろしくやってたですってえっ!?もうっ、信じらんないっ!!」

 

「ミ、ミランダ!声が大きいってば……」

 

 こうして、やはり隣のミランダを荒馬を静めるように扱うリズだったわけだが……実は、大学正門前の交差点で生意気フェラーリ野郎を見かける前までしていた彼女の話というのが、今日の午後三時からある『フェミニスト・クラブ』のことだった。顧問のほうはテス・アンダーソン教授が務めており、大体週に一度か二度、学生同士で男女の性や同性愛のことについてなど、意見の交換会をしているのである。

 

 何分、『フェミニスト・クラブ』という名前から、女学生はともかくとして、男子学生は『フェミニスト』と聞いただけで、誰も近寄らないのではないかと思われるのだが、この討論会の様子がIDパスを持つ学生のみがアクセスできる学内動画で、異様な視聴率の伸びを見せたことから――だんだんにテス・アンダーソン教授率いる『フェミニスト・クラブ』の討論会のほうは有名になっていったのである。

 

 九月となり、新入生が多数加わったこともあり、最初は恋愛についての討論からはじまったのだが、やはり動画を通して有名になるにつれ、男子学生の数も増えてきたせいだろう。かなり明け透けなセックスに関してのやりとりも増えてきた。このあたり、アンダーソン教授の手綱さばきは「流石」としか言いようのないものだったが、フェザーライル校時代、ギルバートがフェンシング部で一緒だった先輩が彼をこの討論会へ呼んでからというもの……教授をして全体の討論の流れをコントロールするのが難しくなりはじめていたのである。

 

 そして先週の水曜日には――ギルバートは真面目かつ、冷静な顔のまま、こんなことを言ったわけであった。

 

『男性と女性では、性の周期が違うという、アンダーソン教授のご意見はもっともと思います。また、個人によって性差があるので、いつでもどちらかの性の嗜好にばかり合わせることは出来ない……またこの場合、当の男性が気づいているかどうかは別として、女性のほうが男性の早く回ってくる性の周期に合わせる、また性的嗜好についても男性側に合わせていることのほうが多いだろうというもっともな意見。僕も、まったくそのとおりと思います。ただ……』

 

 このあとギルは、(こんなことを言うのは、僕も気が進まない)といったような溜息を着いてから続けた。彼の周囲にいる男子学生の支援者は全員が全員、(この役者めっ!)と心の中で思っていたに違いない。

 

『僕の知る実話として、こんな話があります。彼はまだ二十代後半の青年なのですが、腎臓に病気を持っていて非常に疲れやすい体質なわけです。そんな中で一生懸命働き、結婚したばかりの妻を養っていました。奥さんのほうではパート勤務で働いて家計を助けているといったところなんですが、彼女、週に最低でも二回は夫にセックスして欲しいって言ったそうです。まあ、新婚だったらわかりますよね?ところがこの男性、病気のせいもあって週に二回はキツイ、週に一回じゃどうだ、おまえ……と奥さんに言ったわけですが、実際は仕事で疲れて帰ってくると寝てしまい、二週に一度とか、三週に一回とか、そんな感じだったところ、ある時奥さんが浮気してしまいました。おそらく、旦那さんのセックスに質・量ともに不満だったのでしょう。そこで僕が昔からわからないのが――この討論会の前々回あたりでありましたよね?男のほうでは、女性がしたくない時にはマスターベーションで我慢すればいいのに、どうしてあんなにがっついてくるのか、みたいなことだったと思うのですが。こののちに離婚した夫婦のケースでは逆なんですよ。そこで僕は思うわけです。女性のほうではそういう時、男性にしてもらわなくても、自分ですることで我慢できないのかどうか、ということを……」

 

 ギルバートがマイクを置いて発言を終えると、彼をこの討論会に招いた先輩たちは、それぞれ左右から「よくぞ言った、ギル!」とか、「よくやった。最高だ、おまえ!」と、彼の肩や背中を叩いていた。ギルバートはギルバートで、(これでさらに反論できたとすれば、大したものだ)とばかり、涼しい顔をしたまま、周囲の仲間たちと幾度となく握手を交わしている。

 

 教育棟Aの第三会議室はこの時、水を打ったようにシーンとなった。最初は男子学生と女子学生で分かれて討論していたわけではないのだが、いつしか会場は男vs女といった雰囲気となり、それぞれの陣営にひとつずつマイクが置かれ、交互に言い合うという形になっていたのである。そしてこの場合、次に発言すべきは女学生のうち誰か……ということであっただろうが、誰もマイクの前に立とうとする者がなかったのである。

 

 そこで、テス・アンダーソン教授は「今日はこのくらいにしておこう、みんな!」と呼びかけることになった。「すでに討論をはじめて三時間近くになる。次は月曜日の三時から、女性陣が今度は男性陣側の疑問を受けて答えるところからはじめよう!それでは解散!!」

 

 ――というわけで、今日がその続きの月曜日というわけなのだった。大学のほうは今週の水曜あたりからホリディシーズン前ということでほぼ休講状態となる。だが、ここで議論を年明けまで待たせたとすれば、女の沽券に関わる……とテス・アンダーソン教授が考えたかどうかまではわからない。とにかくこの回の動画は、大学内の学生全員が見ているのではないかというくらいの視聴回数を数え、こんな中で何か発言することは、ほとんど全大学内に向けて語るに等しいという中……この日、教育棟Aの第三会議室は外にまで人が溢れるほど学生が見学に来ていた。

 

 この第三会議室のほうは、ゆうに二百名以上の学生を収容できるスペースがあったが、階段式の座席のほうは学生でぎゅう詰めとなり、後ろに立っている学生もいれば、廊下からこちらの様子を窺う立ち見客のような学生までいたほどだったのである(さらには、この廊下にはスマートフォン片手にこの討論会のライブ中継まで見ている者もいた)。

 

 こうした中、先週の議論の続きをするにあたり、女性陣側のマイクの前に立ったのが――誰あろう、文学部二年のエリザベス・パーカーだったのである。リズはミランダから以前よりこの討論会に誘われてはいた。けれど、あまり興味がなかったので、「また今度ね」とか「今日はボランティアがあるから……」といったように、断り続けていたわけである。ところが、「妊娠したかもしれない」ということで泣き喚く、ほとんどヒステリー患者かノイローゼ患者のようなコニーを押しつけたのみならず、その間新しいボーイフレンドとよろしくやっていたということで――今回はその誘いを断りきれなかったというわけだった。

 

 そして、この『フェミニスト・クラブ』の部長でもある、三年のジュディ・コールリッチは、危機感に駆られ、次に我々女性陣としてはどう相手を言い負かしてやるかと相談を重ねていたわけだが……リズが先週の水曜の動画を見ると、「簡単じゃない、こんなの」とのたもうたため、ミランダが「リズ、あんたマジっ!?」と鼻息を荒くしてコールリッチ部長に親友を推薦したのであった。

 

 けれどまさか――こんな恋愛討論会に、先週初めて寝たばかりの後輩が出席しているとは思わず、リズとしてはこれから自分が語る内容云々ではなく、(こんなくだらないことでわたしたち、別れることになるのかしら……)と、内心溜息を着いていたわけである。

 

 実際のところ、ギルバートの真後ろの席に<招待>されていたロイも(彼もまたこの直前、ギルから「見とけ!」と言われて、先週あった討論会の動画を見ていた)、まさかこんな場所にリズが登場するとはまったく思ってなかっただけに――マイクの前に一番最初に立った彼女の姿を見るなり、目を見開き驚いていた。

 

「新顔だな」と、ギルの右隣に座る理学部三年、アーサー・クロフォードが小声で言う。

 

「さあて、お手並み拝見といくか」と、ギルの左隣の医学部二年、ジミー・ハワード。

 

 ギルバートはといえば、余裕しゃくしゃくたる様子で、これから自分の美声を轟かすのに備え、レモン味のミネラルウォーターを飲んでいる。

 

 さて、テス・アンダーソン教授の到着と同時、教授が「先週の水曜の決着をつけようじゃないか、みんな!」と話しはじめると、その場にいたほとんど全員から喝采が上がる。「もうすぐ大学のほうは休講になる。ゆえに、この討論会の続きは来学期から……ということになってしまうからな。出来れば今日はキリのいいところ、理想を言うなら男女ともに納得できるような答えが導かれるようにと私も願っている。では、今回は女性陣からはじめるんだったな?」

 

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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