こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ユトレイシア・ユニバーシティ。-【11】-

2021年12月10日 | ユトレイシア・ユニバーシティ。

 

『エイス・グレード~世界でいちばんクールな私へ~』は、深夜の映画紹介か何かで見た時から、必ず見たいと思ってました

 

 なんでかっていうと、アメリカでの十代くらいの子のSNS中毒の深刻度っていうんでしょうか。そのあたりのことがわかりそうな映画だなあ……なんて思ったので(^^;)

 

 それで、ウィキを見るとこの映画、R指定になってたりします。その理由というのがどうも、blow jobという言葉が出てくることにあるらしいのですが、実際には主人公のケイラちゃんは、好きな男の子であるエイデンくんに「blow jobできる?」と言われ、実は意味についてわかってないのに、「結構うまかったりするのよ」みたいに答えてしまうという(爆☆)。

 

 で、家に帰ってきてネットで調べたり動画を見たりしたところ……まあ、「おえっ!」みたいに当然なるわけですよね(^^;)

 

 ちなみに『エイス・グレード』というのは8年生……日本で言うところの中学二年生みたいなので、ケイラちゃんは大体13~14歳くらいかなって思います。

 

 心優しいけれど、繊細で傷つきやすく、自分ではそう思わないにしても、まわりに<無口>と思われているケイラちゃんは、学校に友達がいません。そこで、イケてる女の子の誕生パーティに無理していってみたりもするけれど、何か色々なことが空回りして、うまくいかない毎日。。。

 

 ケイラちゃんと同じ年代でなくても、「うんうん、わかる」と共感しまくりの映画と思うし、親御さん世代の方が見ても――結構、「向こうの子のスマホ中毒ってここまで進んでるんだ」、「いや、日本でだってもちろん同じ問題はあるけど……」、「親はこういう時、一体どうすればいいのだろう」などなど、色々考えさせるところが多い気がする、というか。

 

 あとはblow jobといったような、ネットですぐ調べられる環境でなければ、「パパ、blow jobってなあに?」状態なはずなのに、エイデンくんが「告白してきた子に裸の写真送れって言ったゲス男」と言われてるみたいに……そうしたエロサイトについても見ようと思えばいくらでも見られるだけに、そのあたりの問題についても映画の中では触れられている気がします。

 

 あとは、ケイラちゃんが上級生の男の子に送ってもらって、エロい方向に話を持っていかれたりとか、ケイラちゃんのパパじゃなくても、女の子を持つ親御さんはこうした危険から子供を守るにはどうしたらいいのだろうかなど……笑えるところももちろんあるけれど、すごく重い問いかけのある映画だなって思いました(^^;)

 

 で、なんでこの映画のこと取り上げたかっていうと、↓の内容と若干関係あるからだったりします。ちなみにわたしがblow jobっていうか、フ××チオっていう言葉を初めて知ったのは、同人誌のBL漫画の中でだったんですけど……ケイラちゃんと同じ、中学二年生くらいの頃のことです。正直、その時にはなんのことやらさっぱりわからなかったものの、「何かすごくヤラしい行為名らしい」くらいのことは一応わかってました(まあ、BL同人誌で知ったっていうのがなんですけどね・笑)。

 

 今は割とオーラル・セックスみたいに書いてあることが多くて、それだとそんなに自分的にヤラしい感じがしないものの……結構前に大好きな女性作家さんの本の中で、フ××チオという言葉がズバリ出てきていて、実は一瞬嫌悪感を覚えたわけです。あ、わたしその方の作品については読んだものすべて愛してて、割と恋愛セックス赤裸々系作家さんなので、まあ、そのくらい当然といえば当然くらいな気はします(ちなみに海外の有名作家さんです)。

 

 でも、↓に関していえば、オーラル・セックスもblow jobもなんとなくピンと来ないし……ということで、そのまま伏字なしでフ××チオと書いてあるっていうのが、今回の言い訳事項ですm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

 

 いえ、なんかフェ○チオとか書くのも馬鹿っぽくて笑っちゃうし、この程度の内容で年齢制限設けるのもなんだしなと思い……軽いコメディと思って笑っていただけると幸い(?)です的なww(殴☆

 

 それではまた~!!

 

 セルジュ・ゲンズブールははっきりそういう意味をこめてこの曲作ったらしいんですよね(^^;)でも、歌ってるフランス・ギャルはそんなこと想像してもいないからこそ、無邪気にロリポップなめてるわけで……意味がわかった時、恥かしさのあまり暫く引きこもってしまったそうです(無理もない)。

 

 

 たぶん、こちらの曲のほうが「聴いたことある!」といった感じじゃないかな……なんて。でもこちらについても……げほっ、ぐはっ、がはっ!といったような意味があるそうです(^^;)

 

 

 

     ユトレイシア・ユニバーシティ。-【11】-

 

 とはいえ、嬉しい反面、リズにとっては複雑なところもあるクリスマスではあった。また、「テッド・レズニックが訪ねてさえ来なければ、欠点がひとつもない、素晴らしく最高なクリスマスだったのに!」とも、リズは思っていない。

 

 むしろ、その逆でさえあった。正直、リズはテッド・レズニックとは大学内のどこかですれ違ったような記憶さえまったく持ち合わせがなかったが、彼のように教授という立派な役職にある人が、ああしたネチネチした態度……というのは多少語弊があるにせよ、酔っていたとはいえ、だらしのない弱い人間としての側面を見せたことで――リズはロバート・フォスターとの間にあったことを、ロイに話す勇気が持てたのだ。

 

 実際のところ、起きたこと自体はそう大したことでなかったと、リズにしてもそう思ってはいる。強引に胸をつかまれたとか、スカートの中に手を入れられたというわけでもない。けれど、ロバート・フォスターが教授職を辞したあと、どこからともなく「エリザベス・パーカーが原因らしい」といったような噂が流れたのである。また、そこに<セクハラ>という文言がくっついてきたことから――「教授職をクビになるくらいだから、よほどのことがあったのだろう」……という、ここから先のことは人が持つ想像力の賜物としか言いようがないとリズは思っている。

 

 ある者は、「どこかの女学生がフォスター教授に強い憧れを持ったにも関わらず関係を断られ、それを逆恨みした」と思っており、また別の者は「フォスター教授が文学部の女学生をレイプしようとした(実際にレイプした・未遂で終わった)」と思っており……リズはもしかしたら、ロイがそちらの意見のほうを<本当のことである>として信じるかもしれないと思ったのである。

 

 けれど、リズは確かにロイに<すべて>は話さなかった――というのもまた事実だった。また、それが何故だったかといえば、ロバート・フォスター(元)教授のセクハラが、体に触ったりはされないまでも、かなりのところ奇妙かつアウトなものだったからである。

 

 今から約一年ほど前の10月下旬ころ、あるボランティア先の施設からリズが出てきたあと……その先にある交差点で一度だけクラクションがパァッ!と鳴った。それは白のメルセデスだったが、リズはそのクラクションが自分に対して発されたものとは思わず、無視して信号が青に変わるを待っていた。すると、運転席に座っていたフォスター教授が少しだけ窓を開け、「乗りなさい」と言ったのである。

 

 リズにしても一瞬迷ったが、信号が点滅し、このまま自分が乗らないと、車の進行の邪魔になると思い――瞬間的な判断で、助手席に乗ってしまったのである。この時、施設の前で別れた他のボランティア部員数人が、通りの向こうにいるのが見えた。これはあくまであとにして思えば、ということではあるが、このたった一度だけフォスター教授の車に乗ったところを見られたことが、もしかしたら例の噂の流れるきっかけを作ったのではないかと、リズは思わないでもない。

 

「あの……何か御用ですか?」

 

 車がどうも、左岸方向へ向かっていないように感じ、リズは暫くしておずおずとそう聞いた。助手席に座った途端、「君の住んでいる場所はわかっているよ」と言われた時も、若干微妙な気持ちにはなったが、何分、ユト大の文学部に在籍し続ける限り、最低でも四年はつきあいのある予定の教授である。よほどのことでもない限り、やんわりとかわし、お互い気詰まりな思いをしないのが肝要と思っていた。

 

「はははっ!御用ときましたか。君と出会った瞬間、私には感じるところがあったんだよ。彼女はおそらく非常に優秀な学生だろうとね。そしたら、他の学生のように付け焼刃でない、なかなか素晴らしいレポートを毎回提出してくる……私はね、そうした文学的素養のある女性が好きなんだよ」

 

「はあ……」

 

 リズは曖昧に返答した。文学部の教授は何もロバート・フォスターひとりではない。そこで学生たちは入学して一月目から、最低毎月十~二十冊は講義で取り上げられた文学作品、詩集、評論集など、多岐に渡って読み込むことになる。たとえば仮に『ジェイン・エア』であれば、著者であるシャーロット・ブロンテの生涯について書かれた主要な本や文学論集などは最低でも押さえておかないと――教授たちにとっては「私はこんなくだらん文章をいくつも読まねばならぬほど暇ではない」という、そうしたことになるのだろう。

 

「君はたぶん、アンダーソン教授とタイプが一緒だね。ヴァージニア・ウルフやブロンテ姉妹、ボーヴォワールなど、女性の文学について学ぶのが一番好きというタイプだ」

 

「確かに、そうですね。でも、教授の御専門のフランス文学も結構好きだと思います」

 

 この時、もしかしたら<好き>という言葉を口にしたのがあまりよくなかったのかもしれない。教授は一瞬こちらを振り向くと、少しの間意味ありげにリズのほうを見た。直線道路であり、スピードもまったく出ていなかったが、その時の熱を帯びた眼差し、若干紅潮した頬を見て――リズは(なんか、なるべく早く降りたほうがいいみたい)と判断していた。

 

 彼のような地位にある人間が飲酒運転しているとは考えられなかったが、この時リズは(教授はもしかして酔ってるんじゃないかしら)とも思っていたからである。

 

「あの……それとうち、こっちじゃないんですよ。ユト河には北から順に数えて、北ユトレイシア大橋、ダブルレインボー橋、第一水郷橋、ライラック大橋、ユージェニー橋……ってかかってますけど、うちに一番近いのはこのユージェニー橋か、少し遠回りになるけれど、次の南にあるムーンリバー橋のどちらかを渡っていただかないと……」

 

「心配しなくても大丈夫だよ。少し南下して、南ミモザ大橋あたりからリバーサイド通り沿いにまた北上すればいいだけの話じゃないか」

 

(その遠回りの理由がさっぱりわからないんですけど……)

 

 リズは疲れていたせいもあり、(なんかもう、どうでもいいや)とも思った。もし何かあっても、フォスター教授であれば、リズの力でもどうにか殴り飛ばせそうだし、いざとなったら窓を開けて大声で叫ぶ、隣からクラクションを鳴らしまくる、バッグの中のカラシ・スプレーをお見舞いする……などなど、逃げる方法はいくらでもあるに違いない。

 

「私の妻はね、本なぞさっぱり読まない手合いの女でね。読むといえばゴシップ誌と芸能人の暴露本とか、何かその手合いのものが多いんだ。だが、私はそんなことは特にどうとも思わなかったよ。むしろ、何かこう対等であろうとして、いつでも何かためになる本を読んでいる……そんな女のほうが面倒じゃないか。私は家庭では安らぎたい。というか、安らぎが欲しい。それに、結婚するに当たってあっちの女とこっちの女を見比べて、AよりBのほうが条件がいいから乗り換えようだのなんだの、そんなことでガタガタするのも面倒だと思った。だから、自分の人生で一番最初に私と「結婚するよう」仕向けてきた……いや、そのように強い圧力をかけてきた女と結婚することにしたんだ」

 

(ああ、そうなんですか)と言うのもおかしな気がして、リズは黙ったままでいた。ユト河沿いの道は、それが右岸であろうと左岸であろうと――建物の灯りがキラキラ輝いていて、とても綺麗だった。その景色だけをただじっと眺めやる。

 

「だが、結婚して二十年以上も経つと思うよね。やっぱり、私は最初の時点で何か失敗したんじゃないかと思うんだ。妻の趣味はスポーツで、夏は毎年真っ黒になるまでテニスをしてるよ。他に水泳やヨガやら何やら多趣味でね……あなたも本ばかり読んでないで、少しくらい運動したらって言われても、私はどこへも行く気はない。それでも、子供がまだ小さい頃は良かった。ほら、妻も自分のすべてのエネルギーが子育ての方向へ向いているし、私も子供のことでは多少はつきあって、アスレチッククラブやらなんやら、通ったよね。だが、子供がふたりとも大学へ進学して家からいなくなると……『わたし、なんのために生きてるのかしら』って、そんなこと、私に聞かれたってわかるわけないだろう」

 

「『空の巣症候群』とか、そういうことですか?あと、いわゆる夫婦のミドルエイジクライシスとか、そういう……」

 

 リズは教授の奥さんや子供の話が出たのでほっとした。たぶん、フォスター教授は少し疲れているのだ。アパートの近くで下ろしてもらったら、今車の中で聞いたことは忘れよう、リズはそうも思った。

 

 この時、フォスター教授は同意してもらえて嬉しかったのだろうか、しきりと何度も頷いている。

 

「そうだ、その通りだ。私はそのミドルエイジクライシスとかいうやつなんだ、たぶん。まったく、心理学者どもも、ぴったりのうまい文句を考えつくもんだよな。そこで私、妻にこう勧めたのだよ。『少し、カウンセリングにでも通ったらどうだい?』とか、その手の本を読んでみちゃどうかと、買い与えてもみた。ところがだね、カウンセリングについては『わたしの頭はおかしくない』と言って怒りだすし、本のほうについてはね、『なんでわたしがこんなもの読まなきゃならないのよ』ってな具合で、まるきり話が合わんのだよ」

 

「奥さま、もしかしたら更年期障害とか、そういう症状があるんじゃありませんか?それに女性は、旦那さんに……いえ、わたしは結婚してませんけど、なんにしてもパートナーの方に正論を説かれると反射的に怒ったりしますよね。でも、口ではそうは言っても、教授の目のないところでこっそりその本とか読んでるかもしれませんし……」

 

「ハッ!更年期障害ね。確かにそうかもしれんな……というより、アレは更年期になるずっと前、若い時分からやたら怒りっぽい女でな。いや、私はそれを欠点とは思ってないんだ。今は違うがね、怒ってもそれは瞬間的なもので、あとから考えて自分が悪いとなったらあやまってきたり、甘えたりなんだり……可愛いところもあった。だがもう、我々はセックスレスになって十年以上にもなる!」

 

 リズは再び黙り込んだ。(うわ……もうこの車、早く降りたい)としか、もはや思えない。おそらく、そのことを言うために長々、夫婦の問題やら何やら語ってきたのだろう。

 

「私が大学の教員になってから四年後に、私は妻と結婚した。その後、結婚を機に家を建てた。私はこの家の建設についても、犬のようになんでも妻の言うなりだった。でも、それで良かった。言い逆らうようなエネルギーもなかったし……生まれたばかりの子供も可愛かった。だがねえ、結婚は人生の墓場とはよく言ったもんだよね。子供たちはふたりとも、いつだって妻の味方なんだ。言ってみれば私は家の中では3:1の劣性的立場なんだね。彼らが何ひとつ生活に困らずたらふく食べられるのも、すべては私のお陰なのに……感謝の念というものを果たして、父親に持ったことがあるのかどうか。とにかくだね、家を建てて長女が生まれる前まで、私と妻はセックスしまくった。ベッドルームと言わず、リビングで、キッチンで、二階の子供たちのものになる予定の部屋で、廊下で――君も覚えておきたまえ。男にとっての結婚生活というのは、大体この頃が頂点だということを」

 

(はい、覚えておきます)とも言えず、リズはやはり黙っていた。アパートから遠くとも構わない。適当なところで『もうここでいいです』と言って降りるべきだと、そう思った。

 

「君は、男とつきあったことがあるかね?」

 

「ええと、まあ一応……」

 

「ヴァージンかね?」

 

 リズは思わずカッとした。そうであろうとなかろうと、フォスター教授に対し、答える義務はない。

 

「関係ないと思います、教授に。それに、行きすぎた質問だと、もしそう思わないのだとすれば、少しどうかしてるとご自分でもお思いになりませんか?」

 

「何人くらい、経験があるのかね」

 

 教授の中ではそもそも最初から、(ヴァージンではない)という決めつけが存在しているらしかった。この瞬間、リズは本当に腹が立った。今まで、「いいレポートだ」だの「よく書けている」だの言って褒めてくれたのは――そもそもこうしたことが目的だったのかと、そうとすら思えてくる。

 

「答える必要はないと思います。それに、そんなことを自分の大学の学生に質問するだなんて、ご自分の立場を危うくすることですよ。わかってらっしゃいます?」

 

 ここでフォスター教授は、大きな溜息を着いた。まるで、『君がそんなことを言うだなんて、本当に悲しい』とでもいうような、大仰な溜息だった。芝居がかってると言っていい。

 

「私にはね、若い頃からずっとあるひとつの夢があるんだ」

 

(ゆめ、ですか)とリズは思ったが、呆れるあまり喉からもう言葉が出てこない。

 

「今の若い女学生はフェラチオくらい知ってるよね、きっと。フェ・ラ・チ・オ。人生で一度だけでいいから経験してみたいと思ってる。というか、男はみんなそうだ。でも私の場合、妻にそんなことを頼めなくてね……」

 

 車のほうはまだ走行中だったが、リズはもう逃げようと思った。だが、車のドアを開けようとするものの、鍵が開かない。

 

「フフフ……身の危険でも感じたのかい?大丈夫だよ。無事、家のほうまで送ってあげようね……」

 

「わたしもよくわかりませんけど、そういうお店とか、あるんじゃないですかっ。そういうところにでも行けばいいじゃないですかっ」

 

「風俗にかい?どうなんだろうねえ。私も今の今まで、自分の身を慮って、そんなところへ行こうとすらしたことなくてね。いや、行きたい気持ちはあったんだがね、若い頃から……だが、今にして思えば自分の欲望に素直に従っておけば良かった。こんなしょぼくれた中年になる前にね……いやいや、誤解しないでくれたまえ。私は自分の夢を君に叶えてもらえるとは思ってない。ただ、太腿くらい、少し揉んでもらえたら、それでいいんだ……どう?やってみない?」

 

(だれがするかっ!!)

 

 そう思い、リズはバンバンドアを叩き続けた。ロックが何故解除できないのかわからなかったが、そのあととうとうサイドウィンドウが開いたのである。だがそれも、教授がすぐに閉めてしまった。

 

「太腿も駄目か……じゃあ、キスはどう?こんなおじさんとキスするなんてやかな?」

 

「すみませんけど、もうどっかそこらへんでいいです。とにかく、車から降ろしてくださいっ!!」

 

「そうだよね。こんなおじさんとなんて嫌か……ハハハ。そりゃそうだよな。じゃあ、指キスなんてどう?ほら、指と口の先でチュッてやつだよ」

 

 フォスター教授はそう言うと、自分の唇のまわりを人指し指で撫で――それからその人指し指の先をなめた。そしてそれを、リズの口許へ近づけてこようとする。

 

 リズが思うにこの時、自分はたぶん『この親父、マジか!?正気か、この野郎!?』といった、そんな顔をしていたのだろうと想像する。このあと、もう少し道を行ったところで――ようやく教授は車のロックを解除してくれた。リズはただ無言で降りた。その頃にはユト河沿いから道をかなり離れてきており……その真っ暗な野原がユトレイシア市内のどこかもリズにはわからなかったくらいである。

 

 だが、ユトレイシアの隣の市にあるアトナイ製紙工場の煙突が、夜空に白い煙を出しながら赤く明滅しているのを見て――随分遠くまで来てしまったことだけはわかった。このあと、タクシーを捕まえるまでにも時間がかかり、結局五十ドルもかけてようやくアパートまで戻ったという、そうしたわけだったのである。

 

   *  *  *  *  *  *  *

 

 この時のことを、リズは今でもただの「笑い話」と思っている。何故といえばこのあと、すぐミランダとコニーに連絡し、自分がロバート・フォスター教授から何を車の中で言われたかを、余さず話して大笑いしていたからである。

 

『でもあいつ、マジで馬鹿じゃないの!?そんなことしたら、もし大学側に訴えなかったとしても……学生同士で噂が回って笑い者になるとは思わなかったのかしらね』

 

『フェラチオ教授、それともプロフェッサー・フェラチオかなあ。わー、どっちにしても、マジでキモ~いっ!!』

 

 ミランダの言葉を受けて、コニーがそう言い、遠慮なく『ぎゃははっ!!』と大笑いしている。笑いすぎて、パソコンのズームの画面から、彼女は一度フレームアウトしていたくらいだった。

 

『それで、リズ。あんた、これからどーすんの?』

 

「どーするったって……まあ、べつに実害はなかったわけだし、わたしの中じゃあんな程度、セクハラにも入んないっていうか。っていうか、フォスター教授っていかにも小心そうじゃない。今回のことに懲りて、もうこんなバカなことはやめにするんじゃない?」

 

『そんなのわかんないよーお』と、コニー。背景のほうは、彼女の部屋のぬいぐるみがいくつも並んだプリンセスベッドだった。『リズが駄目だったから、今度は別の女学生……って感じで、そこらへんで捕まったりするんじゃない?でも、難しいよね。だって、教授がリズのレポートとか褒めてくれたっていうのも、嘘ってわけじゃないと思うの。だけど、今度のことで本来ならAのところをBにするとかさあ。いかにもありそうじゃない?で、そのことでリズが抗議したら、向こうは復讐として、『何を言ってるんだね、それが正当な評価というものだよ』みたいなマトモなこと言うわけよ。でもその実は、『君が私にフェラチオしなかったからじゃないか』っていう』

 

『うっわ!マジできもっ!!』と、ミランダ。彼女は画面の中でぞわついた自分の両腕を抱きしめている。『ねえ、やっぱりリズ、大学側に言っちゃいなさいよ。だって、相当気持ち悪いよ、あいつ。もし告発しなかったら、今度こそ新しい犠牲者がでるかもしれないよ。リズはさ、そこらへんのいなし方とかある程度わかってるにしても――うちの大学、勉強ばっかしてきた初心な子だってすごく多いんだから。「ヴァージンなのかね?」なんて聞かれて、素直に頷いちゃうようなタイプの子だっているわ。でね、あいつのどーでもいい奥さんとか家族の話聞かされて、『可哀想……』と思ったり、「太腿もんで」って言われて、太腿くらいならいっかと思ってそのくらいしてあげたりとか……あると思うわよ、おおいに。それで気がついたら不倫の関係にってやつ!』

 

『さっすが不倫経験者!』

 

 コニーが茶化すと、間髪入れずに『うるさいっ!』とミランダがやり返す。

 

『わたしの場合はねえ、そもそも相手が妻帯者だって知らなかったのよっ!そりゃわたしだって軽~く遊んでるぶってたのがよくなかったのかもしれないけど……とにかく、明日三人でアンダーソン教授に相談しにいこ。そしたら、上の人たちやなんかから最低でも注意くらいは受けるでしょ?あいつ、見るからに小心そうだし、そのあたりについてちょっと匂わせられただけでマジでビビりまくりなんじゃない?』

 

「そうよね。ソフトなセクハラじゃ相手に通用しないと思って、次はもっと初心そうな子を狙おうとか、ハードなセクハラに移行するかもしれないもんね。でね、ふたりに聞きたいんだけど……わたし、そういうセクハラに抵抗しないで聞き従いそうに見える?簡単にいえば、強く押せばヤラせてくれそうに見えるとか、そういうことだけど……」

 

『っていうか、むしろ逆じゃない?』と、コニー。彼女は指にマニキュアを塗りながら言った。『セクハラするにしても、よくリズのとこ行ったなって思うもん。普通もっと、いかにも遊んでそうなハデな子とか……ほら、うちだっていないわけじゃないんだよ。学費払うのにそういうところでこっそり働いてる子だっているし。あとは極端に大人しそうな、まかり間違ってもフェラチオなんて自分のお口から言えないタイプの子よお。狙い目って言ったらそのあたりって気がするんだけどな』

 

『わたしもそう思うわよ。たぶんね、あいつ……フォスター教授はアレよ。昔、タイプ的にリズみたいな子に振られたことがあって自分のルサンチマンを埋めたいとか、本当は今の奥さんじゃなくて、リズタイプの子に憧れ持ってたのに、間違って逆のタイプと結婚してしまった。あの時選択を間違えたから自分の人生は今云々とか、とにかくすべて自分・自分・自分よね。男はみんなそうよ。自分のエゴや性欲と結婚してろってのよ、まったく』

 

『ミランダちゃん、まだ若いのにゆめがな~いっ!!』

 

『そういうあんただって、ダニエルにしてあげてるんでしょうが。例のご奉仕を。わたし、フェラチオってキライっ!だって、精子ってまずいもん』

 

『そこをどうかするのが愛ってものじゃなーい?だってダニエル、「今日はや」って言うと、「俺を愛してないのか?」なんて言うんだもん。おフェラしてくれる子と、してくれない子だったら、やっぱり男はそういうことになるんじゃない?まあ、ダニエルの場合は「おまえがしてくれないなら俺には他にも以下略」問題っていうのがあるから仕方ないんだけどさあ』

 

「……わたし、時々あんたたちの友達である自分に、なんか妙に感動するわ」

 

 この翌日、結局リズはテス・アンダーソン教授にセクハラの相談に行った。ミランダやコニーが面白がって、横から「やだもー、そんなこと言われるなんて信じらんなーいっ!」とか、「わたしのまだヴァージンの心が傷ついちゃうっ!」だの茶々を入れたり、リズが先に教えていた指キスの物真似をしたりしたため――最初はアンダーソン教授も至極真面目に聞いていたのに、途中からは笑いを禁じえなかったようだ。

 

「なるほどなあ。よくわかった。上のほうには私から詳しく報告しておこう」

 

「えっと、上っていうと……」

 

 リズがそう聞くと、「詳しくってどのくらーい?」と、コニーが無邪気に質問を被せた。テスは愉快そうに笑った。もっとも、まったく同じ話を涙ながらに語られていたとしたら、彼女はぴくりとも笑いはしなかっただろうが。

 

「言うまでもなく、理事長だ。学部長に話すと、自分のほうからフォスター教授に注意しておこうレベルで終わるかもしれないのでな。君たちは『基本的には笑い話だと思ってる』と言ったが……私の基準では完璧にアウトな事案だよ。犬の奴はもう終わりだな。退職金としてドッグフード一粒もらうことはないだろう。なんにしても、よく言ってくれたと思う。一線を越えてそのくらいまでやってもお咎めなしとなったら、次は別の誰かに目をつけていたかもしれないからな」

 

 ――こうして、文学部の教授のひとり、ロバート・フォスターは自らその職を辞したわけだが、同僚たちからは『クビになった』と思われていた。というのも、被害を受けた女学生が「大事にしたくない」と申し出たため、新聞沙汰は避けられたとはいえ、「そうした不祥事があった」ことは内々に理事長の説教つきで通達されていたからである(短くつづめて言えば、「もしこの被害にあった女学生が有名人権活動家Pの娘だったらどうなっていたと思う」、「あるいは長者番付トップ40の某IT企業の娘だったら」という、そうしたことでもあったろう)。

 

 ゆえに、その後リズとしてはこう考えなくもなかった。自分が貧しい左岸育ちで、父親は怪しげな事件に巻き込まれて死亡(犯人はまだ捕まっていない)、母親は精神病院に入院中……そんな娘であれば、うまくどうにか出来るかもしれない、そしてうまく事に及べた暁には、それなりの金さえ渡しておけば、良心もごまかされる――といった選定によって、もしや自分はセクハラの被害に遭ったのではないかと。

 

 また、このことに思い至るとリズはやはり腹が立ったし(というのも、自分が奨学金で大学に通っていることも、フォスター教授は調べて知っていたに違いないからである)、今まで支払ったこともないような金額のタクシー代を払ったこともそうなら、残りもうひとつだけ、心の底からがっかりしたことがある。

 

 リズはもともと、ロバート・フォスター教授のことが好きだった。もっともその気持ちは、恋愛云々とは程遠いものではあったが、フランス文学に造詣の深い知性についても尊敬し、他の学生たちが「犬の講義マジで退屈じゃね?ワンワン!」などと揶揄していようとも、純粋に拝聴の価値のある面白いものだと感じていた。

 

 だから、まったくべつの意味で確かにショックではあったのである。左岸の貧しさの洗礼を受け、決して教養の高い、気品ある人々に囲まれて育ったとは言えないリズではあったが、ユト河を越えたその向こうの右岸では、夫が女房を殴る家庭内暴力件数も激減し、男たちか汚い言葉や物騒な脅し文句を言う回数も左岸よりずっと低いのだろうと、ずっとそう思っていた。ましてや国で一番の国立難関大学といったら――そこに勤める先生方はクリスチャンの標本とも言うべき高潔な精神性を持っているに違いないと信じていたのである。

 

 簡単にいえば、このリズが持っていた信頼を大人たちは裏切った、ということでもある。唯一、テス・アンダーソン教授だけは違ったが、ロシア文学が専門のナサニエル・アクトンなどは、「私のこともクビにしないでくれよ」と、冗談とも思えない口調で言ってきたし、『緋文字』の講義中、「うちの女学生にも同じように胸に緋文字をつけたほうがいいのがいるな」と当てこすりを言ってきた教員もいる。

 

 今では、リズにもよくわかっていた。左岸よりも右岸のほうが、道徳心の高い人間が多い……というのは、彼女の抱いていたただの幻想に過ぎないと。そして、左岸で犯罪が起きるたび「育ちが悪いから」、「貧しいから」、「教育がなってないから」と右岸の人々は論じはじめるわけだが、実はそうではないのだ。マトリョーシカをひとつずつ取っていって、最後にこれ以上は小さく出来ない、その根源のところに横たわる問題というのはまったく同質のものであること、リズは何よりそのことにがっかりしたのである。

 

 

 

 >>続く。 

 

 

 

 

 


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