学 生 運 動
今日の朝日新聞の「耕論」に,『今どきの学生運動』のタイトルで三人の方のコメントが載っていた。
2000年生まれのヴァイオリニスト北澤華蓮さんは,自分の学生時代の経験からコメントしている。授業料値上げ反対の運動に関わっていた時は,怖がられずにつながることを意識して,アジテーションでなく冷静淡々と話すように心がけていたという。しかし,「集まっていた運動」の強さも感じていた。
1990年生まれでアジア経済研究所研究員の三浦航太さんは,留学したチリの学生運動について紹介している。今年誕生した36歳の大統領は学生運動のリーダーだった。チリでは学生運動に市民が好意的で,政治変革の原動力になっているという。今どきの日本の学生運動にはデモという選択肢を言う人は少ないが,チリでは市民を巻き込んだ100万人に達するデモが学生運動や労働運動を起点として展開されている。
1982年生まれの社会学者小杉亮子さんは, 研究対象としての学生運動について,1968年以降を歴史的に概括している。当時の運動が現在の学生運動のくびきとなっているとし,その理由を,党派間の内ゲバ,過激派という言葉による警察のイメージづくり,当時を否定的に見る年長者の眼差し,の三点を挙げている。しかし,当時の運動で提起された権力を自己にかかわるものとしてとらえ返す意識は,今に通じるものがあると指摘する。
わたしとは一世代以上離れている3人の方のコメントだが,違和感なく受け止めることができた。
わたしの学生時代の運動は,学生自治会を通して提起され,それは全学連という上部組織の方針に依っていたと思う。そして,全学連や自治会のヘゲモニーをめぐって,政治党派間の対立や争いがあった。そうした政治党派の究極的な目標は,社会改革・革命にあり,その実現に向けてのイデオロギー的な対立だった。
いろいろな勧誘はあったが,わたし自身は党派に加わることは拒否してきた。党派間の対立はわたしには理解不能であり,提起される個々の課題が受け止められる場合に運動に参加してきた。つまり,党派あるいは指導部が演繹的に位置づけた課題によって行動してきたと言える。だから,60年安保闘争の挫折の総括をめぐっての学生運動主流派の分裂は,わたしの運動への興味を急激に冷ましたように思う。
学生自治会のある大学は,今ではきわめて稀になっている。全学連を名乗る組織は,政治党派直属である。一方,今どきの「意識高い系」とされる若者たちの運動を見ていると,上からの指示ではなく,自ら発する問題意識から出発しているように思える。そして,お互いを束縛せずにつながっていくということを志向している。力強さには欠けるかもしれないが,わたしには50~70年代の学生運動の総括の一つであるように思える。
若者の異議申し立ては社会にとって必要であり,それが健全な形で変革の原動力となれば,素晴らしいことだと思う。
東京丸の内
久しぶりに所用で東京に出かけ,ついでに丸の内界隈を散歩してきた。
街路樹の銀杏はかなり落葉していた。
東京駅の前に,草間彌生作のオブジェが設置されていた。
ビルの谷間に,富士山が顔をのぞかせていた。
STOP WAR!
昨日はお天気が良く、お散歩日和でした。ビルの谷間に,富士山が綺麗に写っていました。私には、東京は遠くなりました。
アングルですね。