ここは医師専門の駐車場である。
今日は日曜日だから駐車してある車は少ないが、
週中は高級車でいっぱいである。
窓際のベッドに入院しているじいちゃんと、毎日見舞いに来ているその妻、ばあちゃんの会話。
「良く降ってるが~て~」
「こんげの水っぽい雪なんか、すぐ溶けるこてぇ~」
じいちゃんはばあちゃんに完全に掌握、仕切られてはいるが、年を取っても和やかだなぁ。
老夫婦に憧れを抱く。
ここは医師専門の駐車場である。
今日は日曜日だから駐車してある車は少ないが、
週中は高級車でいっぱいである。
窓際のベッドに入院しているじいちゃんと、毎日見舞いに来ているその妻、ばあちゃんの会話。
「良く降ってるが~て~」
「こんげの水っぽい雪なんか、すぐ溶けるこてぇ~」
じいちゃんはばあちゃんに完全に掌握、仕切られてはいるが、年を取っても和やかだなぁ。
老夫婦に憧れを抱く。
つい4、5日前はこの電子書籍は予約になっていたけれど、
昨日見たら、発売になっていた。
買って読んだ。
Apple Booksで1,300円。
この単行本は1987年発売になっていたので、その頃読んだのだろう。
31年前か?
大まかな漠然とした印象しか覚えていない。
ただベストセラーになった書籍の重みは覚えている。
あっ、読みだしてから一つ思い出したことがある。
主人公は「ワタナベ君」である。
私と同じ。
「ワタナベ君」は繊細なのである。(笑)
やはり、読んだら切なくなってしまった。
人間はみな不完全である。
完璧というものを求めるが、99%上手くいっても、後の1%でダメになれば「ボンッ!」になる。
私も経験しているから良くわかる。
その不完全さに傾倒し、それを踏襲し、不安の中でその居心地に満足しているのも事実だ。
『愛』と『死』に集約している。
人の死があるゆえに、辛いことだが自分の生を確認せざるを得ない。
我々は生きている。
生き続けることを考えなければならない。
時々のぞかせる彼の文章のユーモアに頬をゆがめさせられる。
性描写にも興味を注いでしまう。
村上春樹氏は「『ノルウェイの森』は死とセックスのことしか書いていない」とも言っている。
そしてこれは彼の書籍に共通しているのだが、主人公の何とも言えない曖昧さがいい。
私も曖昧だから・・・・。
まずかった過去の恋愛を思い出し、再び悔いる。
『ノルウェーの森』をもう一回ギターで弾いてみたい。
が若者の人気を博して、日本では30億円の大台に乗るなど、
売り上げを伸ばしているらしい。
私はもちろん観ていないが、リアルタイムでクイーンを聴いてきた世代として嬉しいのも一つだ。
ここからは某記事の引用。
映画の魅力として、まず、ルックスや身なり、演奏シーンでの動き方まで、
メンバー本人に酷似させたキャスティングなど、映画全体を支配する抜群のリアリティがある。
しかし、クイーンをよく知らない20代の若者が、繰り返し何度も見たくなったことに関しては、
さらに別の理由があったのではないか?
ここで指摘したいもう一つの魅力は、クイーンが生み出すサウンドそのものである。
あのクイーン・サウンドこそが、クイーンを知らない若年層をも惹き付け、
そして、あの音の世界・音の洪水にまた溺れたいと思わせた。
そうして、「若年層需要」と「リピート需要」が一挙に獲得できたと考えられる。
確かに、当時ラジオで聴いていたクイーンのサウンド(特にフレディ・マーキュリーの歌声)は
とても新鮮で、高貴な美しい輝きを放ってたと思う。
ちょっと他のロックミュージックとは一線を画していた。
特に日本で当時人気があったのも、日本人に合っていたサウンドであったと思う。
今朝体重を量ったら、63kgを切っていた。
日に日に痩せていくぅ~。
フラフラもするぅ~。
さてさて、私のBMI(Body Mass Index)はいくつなの?だろうかと?調べてみた。
これでも20くらいはある。
もとが多かったからねぇ~。
適正値よりも-3kgだけれども・・・・。
160cmくらいの女性は53kgくらいに相当する値。
そんなに痩せてもないじゃん。
モデルの女性なんかはBMI-18を切ってるという。
個人個人違うと思うが、病気をしない健康な体は、
ちょっと小太りのBMI-24くらいあってもいいみたい。
たくわえは必要なのだ。
もちろん太りすぎは良くないが、
自分自身で考え、体調が良く、動きがいいと思われる体が一番いい。
アップルミュージックに入ってみた。
月額980円で5,000曲が聴ける。
とりあえず、3ヶ月無料。
もっと早く入れば良かった。
あらゆる音楽を聴いているだけで、暇がつぶせる。
確かに音楽は心を豊かにさせてくれる。
ジャズシンガー、ニッキ・パロットがいいよ。
C4Dの車のデータはこんなものだ。
後は3ds Maxのデータが数あるが、それは家に帰らなきゃ変換できない。
あっ、Audiがもう1台あった。
五木寛之は私が若い頃、集中して彼の著書を何冊か読んだ事がある。
好きな作家の一人である。
今思えば、彼が今の私くらいの歳であった。
近年は人生について語る著書が多くなったと思う。
過酷な人生を送ってきたからこそ語れる彼の人生観である。
その中の1冊を読んでみた。
彼は私の父親の歳とさほど変わらない。
彼の今の姿は想像できる。
彼は13歳で終戦を迎える。
遥か彼方の平壌の地で・・・・・・。
ソ連軍の包囲が狭まる中、逃げ帰るように、家族で内地に帰ってきた。
まだ帰ってこれた方が幸いだった。
終戦の1ヶ月後に母を亡くす。
父も彼が東京の大学で学んでいる時に他界する。
2.5畳間のアパートでは、寒さをしのぐ為に新聞紙を身に包み、靴を履いて寝たという。
激動の少年期、青年期を過ごした。
私もそうだが、今の人には考えられない。
1977年、東京のある工員の父親が二人の幼子を抱きかかえて、マンションから飛び降り自殺をする。
父親は妻に蒸発され、真面目に働いていたが、子供の世話で「疲れた」と言っていたという。
父親のズボンのポケットには10円しか入っていなかった。
子供が持っていた手帳には「おかあさん、僕たちが天国からおかあさんのことをうらむ。
おかあさんもじ国(地獄)へ行け」と書いてあった。
「胸を締め付けられた」
私も泣いた。
こんなことがあっていいのだろうか。
子供に罪はない、まだ人生を選べないのである。
その記事からこの著書は始まる。
私にも若い頃は漠然とした人生の目的はあった。
その目的が脆くも崩れ去った今、混沌としているのは事実だ。
彼はこう結論付けている。
人生に決められた目標は無い。
人生の目的は、「自分の人生の目的」を探すことである。
その為には生きなければならない。
生き続けていてこそ、目的も明らかになる。
こんな便利な時代になっても、自殺者は多い。
毎日といっていいほど、列車に飛び込んで自殺する人の記事をツイッターで見かける。
それも若い人が多い。
心の平安がないのだ。
私も自分の死については、毎日といっていいほど考えている。
この著書を読んで、私の心の重しが少しは軽くなったと思う。
昨日嫌なことがあっても、昨日は晴れだと思おう。
今日、朝を迎えることに感謝する。
今日1日を大切に生きればいいのだ。
それしかないのである・・・・。
360º ビデオだね。
oculus Goで観るといいね。
iPhoneでも、youtubeで開いて、大画面にして本体を移動させると360º 観えるよ。
を2冊読んでみた。
エロい。
松坂桃李主演の映画化された原作である。
映画の方はまだ観ていない。
性癖というものは誰も持っているものである。
私にも固有のものがある。
生まれて備わっているものなので、これはどうしようもない。
ロリコンはダメよ。
下手に隠しておくと、犯罪の温床になる。
インドなどはそれを発散する場が無いので、レイプなどが頻発している。
日本はそれの緩衝地帯があってまだいいのではないだろうか?
すべてを封印、抹殺することは出来ない。
結婚というものが少なくなった現代では尚更である。