最後の旅を始めよう

-黒の英雄譚・零-

【04】

2010年03月01日 | その他

「もしも、この世界が完全な良心で満たされたのなら、
世界はほんとうに幸せで満たされるのだろうか?」


ACT_00



 ガシャッ、 ガシャッ、 ガシャッ、…




 星一つ無い夜。
深夜を過ぎた、誰も居ない裏路地。

薄暗く道を照らす街頭、その規則的な立ち並びが、ある一角で途切れると、
その先は闇に飲み込まれ、どんなに目を凝らしてもその先を知る事は出来ない。

そこは、“静寂”と“闇”が支配する世界。


耳が痛くなるほどの無音。
時折、どこか遠くから聞こえる救急車のサイレン、


それだけが唯一のノイズ…




だが…、 この日は違った。

…ソレは、日常で聞きなれない音を微かに響かせる。


 ガシャッ、 ガシャッ、 ガシャッ、…

金属音…
それも一定のゆっくりとしたリズムを刻みながら
だんだんと近づいてくる…


 ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ、…


ヒトではない…

人の形をしてはいるが、“ソレ”が一歩、足を踏み出す度に
冷たい金属音が、路地に響いては闇の中へ溶け込んでゆく。












ふと…、
雲の切れ間から一瞬、月が地上を照らす。
その淡い光は“ソレ”の姿を闇の中から切り離した…


“ソレ”は、月明かりを鋭く反射し、その硬さを物語る。

金属のプレートで出来た皮膚、
その隙間からは、張り巡る配線が見てとれる。

全身を無機物で作られた人間・・・
正に、その姿はキカイであった…





ACT_00'

「良心回路」

それは人ならざるもの、
つまり、人造人間≪アンドロイド≫に対して、
自分自身の判断によって善行と悪行を区別し、
悪意を持つ人間の命令を拒否する為に作られた回路だ。

しかし、作成者である、
天才ロボット工学博士、光明寺の手によっても
不完全な形でしか実現は出来なかった。
そもそも、完全な良心など、この世には存在しないのだ。

だが、この良心回路は、ある意外な形で完成する事となる。

良心回路と全く反対機能を持つ、全ての命令を忠実に遂行する為の回路
「服従回路」と繋がった時、それは生まれたのだ。

良心への絶対服従。

それが、可能にしたのだ。
友達を騙す事も、兄弟を殺す事も出来る
「悪の心」を生み出すことを。

その事に、気が付いた 森 光一郎 は、
生まれて初めて恐怖と言う感情を感じた。
それは、自分自身に埋め込まれた良心回路が送る警告なのだろうか。

皮肉な事に「良心回路」は「悪の心」を得る事で完成する。

だがそれは、同時に、
「悪魔」を生み出すことに他ならない。

もちろん、
「人類」にとっての「悪魔」である。

「知らせなければ…」

森 光一郎 は、そう思った。





ACT_01

「ねぇ、まだぁ?」
「うーん、マミちゃん、もうちょっと待ってね…」

シローの作業は、先刻から進む気配が無い、
それどころか、せかされた事でより混乱を極めている。

彼はずっと、この星空の下
天体望遠鏡と格闘していた。



初めこそ、
早く覗いてみたい一心で、シローの周りをぐるぐる回って
セッティングをする彼の背中を見ていたマミだが、

作業がちっともはかどらないと解ると
もって来たレジャーシートの上に座り、
この、焦って望遠鏡をいじる青年の姿を眺める事にした。


さっきまで雲っていたとは思えないほど
今は満点の星空が、マミの頭上に広がっている。

都会では見られない、その幻想的な夜空を、マミは仰いだ。


「きれい…」


丘陵の上から見る夜空、それは眼前に広がる一大パノラマ。
あの、望遠鏡で覗いたらこの星空はどんなふうに見えるのだろう。

無数の星が手に届きそうなくらい目の前に広がるのだろうか?
むしろ視野が狭まってしまい、こんなにキレイな夜空は観ることはできないかもしれない。

でも、今のシローの姿を見ると、
その答えを知る事は、今夜は出来そうに無いようだ。




夏休み。
毎年、田舎の祖父の家に遊びに行くのが、マミの恒例行事であった。
両親は仕事が忙しくて、一緒に来られる方が少ない。結局、今年もマミ一人だ。

小さい頃は、両親と別れて過すのが、とても不安で寂しくもあったが、
最近ではもう慣れてしまった。
流石に、小学校の高学年だ。いつまでも子供という訳ではない。

それに、一人で家に居るよりも祖父の家に居た方が
何倍も面白いと最近は思える様になっていた。



マミの祖父は、地元でも変わり者で有名だった。
それというのも、一風変わった趣味のおかげだ。

自称『発明家』そう祖父は胸を張って名乗っている。

…と、言っても、そんなたいしたモノではない。
便利なんだか不便なんだか良くわからないモノを作っては
近所の人に試しに使ってもらったりしている。

マミも、遊びに来る度にその芸術作品を、
色々と自慢されるのだ。

だから何時でも、
家の中は趣味で作ったヘンテコな発明品がいっぱいに溢れかえっている。

かくいう、目の前の望遠鏡も、その発明品の一つだ。
祖父曰く「シローでも使える超簡単仕様の望遠鏡」だそうだ。
どうやら、今回も失敗作の様である。


しばらくしてマミが星空から地上へ目線を落とすと、
シローはいまだに望遠鏡と格闘している。

こんなに綺麗な星空がすぐ真上にあるというのに…


「もう、いいよ、シロー兄ちゃん。宿題は望遠鏡が無くてもできるからさ。」



「星の観察」は夏休みの宿題だった。
北極星を中心に回る北斗七星とカシオペア座の動きを一晩観察するという課題だ。
(一晩といっても小学生の宿題なので夜の11時くらいまでなのだが…)
折角だから、是非田舎の空気が澄んだ空でその宿題をしたい旨を祖父に伝えると、

「おお、じゃあ、観測所の在る裏山がいい。
あそこは邪魔な明かりがまったく無いから特に良く星が見られるぞ。シローに車を出して貰えば直ぐだしな、
そうだ、丁度、昔作った天体望遠鏡がある筈だ。ちょっと見てこよう。」

…と、妙にはりきって奥から望遠鏡を出してくる、

 …が、

コレが意外と重かったようで、
持病のギックリ腰を再発してあえなく留守番と成ってしまった。

それで、
結局シローと二人で今ここに居るという訳だ。



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6 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-04-15 13:57:58
満点の星空を見渡すと、
特徴的な形の北斗七星がすぐ目に入った。

明るい星で構成されたこの星座は、
昔から世界各地で神話や伝説が残っている。

それと同時に、
北極星を探して北の方角を知るという
実用性を持った使われ方もしてきた
人類にとって最も馴染みの深い星座かもしれない。


マミは観察用のノートを取り出すと、
北斗七星の位置を書き込んだ。
返信する
Unknown (Unknown)
2010-04-19 13:09:53

「ごめんね、マミちゃん」

シローは、すまなそうに頭を下げる。

「博士は、僕にでもセット出来るくらい、
 簡単だって言ってたんだけどなぁ…」


シローは、
祖父の助手として働いている青年だ。

彼が“博士”と呼ぶように、祖父は博士号を持つ研究者らしい。
けれど、その助手であるにも関わらず、シローはトンでもない機械オンチで
テレビのリモコンすらマトモに使えた所を見たことがない。



「お爺ちゃん、
 シローの機械オンチを、ちょっと舐めていたみたいだね。」

「ううっ・・・」




どうして、
こんな機械オンチに祖父の助手が務まるのか、
マミ自身も最初は疑問に思った。

しかし、シローには特殊能力があるのだ。

…といっても大袈裟なものではない、
並外れた体力と怪力の持ち主なのである。

祖父の仕事柄、その特殊能力はとても役に立っている。



返信する
Unknown (Unknown)
2010-04-19 13:35:07

祖父の主な仕事は、
自然環境の“観測”である。

季節ごとの気温の変化から、
天候、風の流れ、植物の育ち方まで何でも観測し、
そのデータを纏める。

そして、それらのデータを分析することで、
地震や異常気象などの自然災害を予知したり環境破壊の進み具合などが
解るように成るらしい。

祖父曰く
「地球と仲良くする為の仕事」だそうだ。


シローの特殊能力は、ここで大いに役に立つ。

祖父の研究施設は、
その目的からも開発の進んでいない山奥にある事が多い。
観測機器を置いた文字通りの観測小屋が、
この辺りの山々に点在しているのだ。
モチロン、その観測小屋への移動手段は徒歩のみ。
この山道を、必要な機材や道具を持って行き来するのは、
祖父のような御老体には無理である。

そこで、シローの出番なのだ。

冗談混じりに、祖父が話していたが、
自分が疲れた時はシローが機材と一緒におぶって山を登ってくれるらしい…
返信する
Unknown (Unknown)
2010-04-20 13:38:17

 …それは、突然だった…

「ダーンッ!!」

という銃声が響くと同時に、
木々で眠っていた鳥達が騒ぎながら飛び立つ

銃声は、ヤマビコと成ってまだ聞こえている。



「なに!?」

「ちょっと見てくる、マミちゃんはここで待ってて。」

そういうと、シローは懐中電灯も持たず走り出した。

「シロー兄ちゃん!!」

マミが、呼んだ時には、
もう彼の姿は木々の影の中に飛び込んだ後であった。


「シロ…」

マミは、一人取り残されてしまった。

急に、世界の空気が変わる。
暗い風が木々を揺らしザワザワと身を揺する。

「シロー兄ちゃん、早く帰ってきて。」



マミにはトラウマがあった。

小さいころ、田舎に遊びに来たときに、
山の中で迷子に成った事がある。

泣きながら木々の間を走ったが、
誰も助けてくれない。知っている場所にも出ない。
このまま深い森の中に誘い込まれていく様だ…

押し潰されそうな不安に耐えながら
必死に両親を呼んだ…、でも、山々は嘲るようにソレを反復し、
まるで無意味である事をまだ幼い少女に告げるのだった。

こんな、事なら田舎になんて来なければ良かった。
早く家に帰りたい。安心できるあの場所へ。




どのくらい時間が経っただろうか…

マミは泣き疲れ、とぼとぼと木の葉の上に足を引きずっていた。

「私、もしかしてこのまま死ぬの?」


返信する
Unknown (Unknown)
2010-04-21 13:10:04
それは、
マミが生まれて初めて自分の死を感じた瞬間だった。


そんな彼女を見つけたのがシローだった。

「マミちゃん、こんな所に居たのか…」

シローが、目に入ったとき
再び涙があふれ出した。

シローは、マミを抱き上げ、
マミはその胸の中で嗚咽した。
そのまま眠ってしまったらしく、その後の事はよく覚えていない。

マミが今のようにこの場所に来れるのはシローおかげなのだ。

返信する
Unknown (Unknown)
2010-04-21 13:29:14

次に、シローが木々の間から現れた時は、
知らない男をおぶっていた。

「シロー兄ちゃん!」

駆け寄るマミ、

「マミちゃん、山道にこの人が倒れていた。
 とりあえず山を降りよう。」


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