『ピンクパンサー・シリーズ』の監督として知られているブレイク・エドワーズ。ワイルダーの『アパートの鍵貸します』に設定が似ている映画序盤を見て、てっきり本作をラブコメディと勘違いした方も多かったのではないか。両作品の主役をつとめたジャック・レモンはともかく、相手役のリー・レミック(ダミアンのお母さん役)にシャーリー・マクレーンのような花を感じられないためちょっとガックシきたのだが、これはこれで正解だったことが後々わかってくるシナリオなのだ。
身持ちの固そうな取引先の秘書カーステンとの初めてのデートで、後に妻となる彼女が酒の味を覚えてしまったのが運のつき。2人の間に子供も産まれ、さあこれから幸せ物語の始まり始まりと思いきや...見るも哀れな底なしのアル中地獄へと2人はまっさかさまに堕ちてしまうのである。これではいけないとカーステンの父親が経営する園芸農園に住み込みで働き、一度はアルコール依存から立ち直るかに思えた2人だが...
「大酒飲みは世の中五万といるのに、俺たちのようにアル中になる奴とならない奴がいる」子は鎹というけれど、ジョーとカーステンのアル中夫婦の場合、まさに“酒”がその鎹となっているのだ。仕事や育児でたまったストレスの発散はもちろん、幼少期の不幸な記憶さえ美しく楽しい思い出に変えてくれる魔法の薬。そんな“酒”が、夫婦関係を円滑にする上でなくてはならない必需品になって来るのである。
断酒&飲酒を何度も繰り返す2人。父親宅に預けられていたカーステンが行方不明になり、一人モーテルで酒に溺れていたカーステンを迎えにいくシラフのジョー。「今度酒を飲んだらおしまいだ」とわかってはいながら、酒に酔い潰れた惨めな愛妻の姿をみて同情したジョーは、カーステンのために一緒に地獄に堕ちてあげるのである。あの『ペットセメタリー』のラストシーンを思わせる、深い愛に満ちた究極のサクリファイスを是非ともご覧いただきたい。
そして、デートの約束をする冒頭シーンにリンクにしたラストシーンがこれまた秀逸だ。「酒をやめなきゃお前とは暮らせない」「(飲まないと)すべてが汚れて見えるのよ」肩を落とし部屋を出ていったカーステンを窓から見送るジョー。「(デートを約束した時のように)きっと戻ってくるさ」愛妻の姿を一目見ようとを振り返ったオルフェウスことジョーは、冥界の闇の中に再び引き摺りこまれていったエウリディケことカーステンの姿を2度と見ることはなかったのである。
酒とバラの日々
監督 ブレイク・エドワーズ(1962年)
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