ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

異常【アノマリー】

2023年12月05日 | 映画評じゃないけど篇

今まで30冊以上の売れない小説を書いていた作家の最新作が人生初のベストセラーとなった時、人はそれを“異常”と呼ぶのだろうか。殺し屋、(エルヴェ・ル・テリエの分身と思われる)作家、余命宣告された元パイロット.....その他なんの繋がりもない多種多様な登場人物たちの元に、突然FBI捜査官があらわれ召集される。なぜ?まったく身に覚えのない人々は、エールフランスのとある航空機に同乗していたことが判明するのだが.....

日本国内の書評には割と好意的な意見が多かった気がするのだが、はたしてどうなのだろう。これだけ大勢の登場人物のナラティブを、最後一つに収束させられるのかと心配しながらの読書体験だったのだが、その不安が見事に的中してしまったのである。確かに登場人物たちが集められた理由が判明するまでは読みごたえがあった。しかし、それに続く登場人物たちそれぞれのドラマが想定内のステレオタイプなストーリーに留まってしまっているのである。

私は最近ミシェル・ウエルベックの小説に嵌まっていて、その繋がりでこのフランス人作家の小説に手を出したのだが、どこぞの資料から捻り出したと思われる薄っぺらな人物造形にまったくリアリティを感じなかったのである。それは、テリエの分身とも思われるミゼルという作家に関しても同様の扱いに終始している。書いた本がまったく売れず遺作となった『(本作と同タイトルの)異常』が、作家の死後評価されるという最高に面白いシチュエーションを思いついていながら。

最近見た映画デヴィッド・フィンチャー監督『ザ・キラー』を思わせるハードボイルドな殺し屋ブレイクにしても、○○○に命を狙われるという、これだけで1本の映画になりそうな内容にも関わらず、その結末はなんともお粗末。彼が書いた他の作品はまったく読んだことがないのだが、おそらくこのエルヴェ・ル・テリエという人、登場人物の内面を(ウェルベックのように)掘り下げて書き切ることができない人なのではないだろうか。

もしかしたら、奇抜なプロットは思いつくものの、そこに肉付けしてリアルな物語として表現することが苦手な作家さんなのかもしれない。つまるところ、自分の内面をさらけ出すことのできない、あるいは、人前にさらけ出すような自己を持っていない人なのだろう。得てしてたくさんの肩書きを持っているテリエのような器用貧乏な方には、表層的な自己を小出しにして満足してしまっている作家さんが非常に多い気がする。

それは現代の日本人作家にも顕著な傾向であり、最近の日本人作家の書く小説が全く面白くないのも、多分そのせいなのである。要するに自分の内面が傷つくことを怖れている証拠なのだ。クッツェーにしても、クンデラにしても、ウェルベックにしても、私が興味を引かれる作家さんは全て、自己の内面に覆い被さっている分厚い皮膜を切り開いて、読者の前にさらけ出している勇気ある作家たちなのである。

異常【アノマリー】
著者 エルヴェ・ル・テリエ(早川書房)
オススメ度[]


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