TAZUKO多鶴子

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『青山二郎』の日記より

2008-06-08 | TAZUKO多鶴子からの伝言

…………
日本人が人臭いものを嫌うのは伝統的であつて、
こういう菓実に対する感覚を必要とする事、
世界中に類を見ないものだと思ふ。
だから、茶、生花、琴が女のたしなみであり、
笑ふ方が少し何うかしているので、
その証拠には俳句、骨董なぞを男の方はひねつている。

良く考えて見ると、
俳句だつて骨董だつてお茶だつて、
本当に良くこれ迄に人臭いところを洗ひ落としたものだと思ふ。
感心していると切りがない程、
蓄音機の流行歌が人をひきずり込む様に、
人心の極に達している。
随分これは皮肉な民俗なのだ。
その道の達人我輩が骨身応へて申すのであるから信用していいだらう。
人臭いものを嫌ふ極致へ発展しやうとした私小説は、
遂にその美を極めずして今日の大勢にのたれ死にして仕舞つたのである。
何故今日私小説がのたれ死にして仕舞つたかと言ふ事は難しい。

大勢に論じまくられて御維新に肩あげを捲くり上げて出発する無数の時代的文人の出現は、
その大勢に意味があるだらうが、
私小説がこれには向ふ力はない。
併し、ただ私小説家に力がない事だけに注意されたい。
音楽家の追求すべき世界、
美術家の追求すべき世界はまた大勢を論じない。


          …… 青山二郎の日記より ……


<参考資料>『なぜいま青山二郎なのか』
       著者:白洲正子
       発行者:佐藤隆信
       発行所:(株)新潮社