今日は浜松市天竜区ヤマタケの蔵で開いている壬生織り木綿の会へ
いってきた。
梅雨入りをして今日は雨で霧雨状態の二俣の町であった。
(浜松市の保存対象のヤマタケの蔵は今外壁を補修中である。)
由緒ある旧内山家の蔵群の中の多目的スペースとワークショップで
遠州の木綿を中心にした手織り技術の伝承を目的に開いた。
(ここは本田宗一郎ものづくり伝承館で管理されている)
二俣は古い昔、壬生の郷と言われた事を由来に壬生織りと名を付けた。
歴史的にも明治大正期には日本一の絹の集産地であって、地名に白糸町の名もあり
昭和初期まで製糸紡績工場もあった。
戦時中から東洋紡績二俣工場がありジャガード織専門工場として
ダマスク織りを織っていた。
現在竜山地区には牧場があり羊毛も手に入るのだ。
そんな歴史のある町の古い蔵で手織りをやってみたいと思い立ち
教室をひらいたのである。
蔵のワークショップではレース織りを織っている生徒や
カラミ織りを織っていた。
ここ二俣は天竜木材の産地であったが現在は安い外材輸入で林業家も製材工場も衰退して
私達繊維業界と同じ状態である。
しかし繊維産業と違うのは山には無尽蔵に森林があるのだ。
資源の宝庫であるはずが、間伐などの手入れがされていない山が多く山は荒れて
良材は育っていない状態である、これは商売人まかせの国の無策か
それとも国策だったのだろうかと思いたくなる。
だが最近、切り出した材木を積んだトラックを見るようになった。
私はその光景をすごく懐かしく思った。
トラックに積まれた木材の芯に赤身のある本当の日本の材木を久しぶりに見たのだ。
そして故郷の木材の香りに懐かしさを強烈に覚えたのである。
しかしその光景の裏に熱帯雨林の資源の枯渇の危機から
日本の材木に戻ったのか?、それともこのところの円の相場が原因であろうか、
物価とともに喜んで良いのやら…。