2014年7月19日。
《LCC全盛の時代に、わざわざ44時間もの時間をかけて日本を目指すバカな男、俺。でもその「44時間」が、色々なものを振り返らせてくれる。この「44時間」が、無駄のようでとても有益のようで・・・なんだかそれがたまらなかったりもする。》
「ついにこの日が来てしまったな・・・。」2014年7月19日の朝、それがこの日の朝の僕の率直な感想だった。
上海の知人宅に泊めていただいていた僕は、その方の車でフェリー乗り場まで送っていただき、ついに日本への岐路へとつくことになった。
実は8年前にも乗ったことがある日中間国際フェリー「新鑑真号」。なんかワラけてきた、またこのフェリーに乗ることになるなんてね!
8年前にも眺めた、フェリー出航前の上海の街並み。ホントにワラけてくるわ、俺またこの景色見てるでやんの!
ふと手帳を眺めてみた。「去年の俺はどこで何をしていたんだろう。」
“2013年7月19日。~ボスタ・ビアからサンタ・エレナへ~”そうか、この日はブラジルからベネズエラへの国境越えをした日だったんだ・・・。
手帳のメモを見ただけで、その日のことが鮮明に甦ってくる。ブラジルで出会って一緒に国境を越えたイギリス人・ベンのことも、国境でベネズエラの通貨に両替をしたら信じられないような札束になってしまったことも、ベネズエラ側の最初の街、サンタ・エレナの街の様子も・・・。
これが旅の凄いところ。旅をしていると「日々冒険、日々財産」なのだ。手帳のほんの少しのメモ書きを見ただけで、その日何をしていたのかが鮮明に思い出される。こんなこと、日本での日常生活ではなかなかない。
12時30分。定刻通りフェリーが動き出した。
僕は少しの間甲板に立ち、何かを考えるでもなく何かを考えてみた。
「なんで俺は、この旅に出ようと思ったんだろう・・・。」
2014年5月14日。僕はロシア上空で、この旅への想いをブログに書いていた。僕はその内容を、ほぼ逐一覚えている。狭い機内の中で黙々とノートにペンを走らせていた、あの時の記憶が甦る。
今この旅を終えるに当たり・・・僕は何を「宣言」すればいいのだろう。何を「宣言」すべきなのだろう。
この旅が無駄だったなんて、少しも思っちゃいない。この旅に出たことが失敗だったなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
本当に楽しかった。本当に得るものがあった。素晴らしい人達に出会え、並々ならぬ学びと刺激が日々僕の目の前に現れてくれた。
人類が住む世界5大陸の縦横断も成し遂げることができた(オーストラリアは以前周遊済み(笑)!)。その土地の臭い、そこに住む人々の優しさ・・・全てが僕の頭に残っている。
それなのに・・・不思議な虚しさもある。「おっしゃ~!やってやったぜ!」という充実感と達成感もそこにはバリバリいるのに、何とも表現し難い「空虚」もまた、その隣にいる。
動き出したフェリーは予想以上に速い。
あっという間に上海の街中を抜け、外海へと出ようとしている。
実は未だに何だか訳が分からない。「このフェリーに乗っていると、俺は日本に着いちまうんだな・・・。」
「よし、何かをしよう。」僕は一冊の本を取り出した。
湖南省の長沙市でお世話になった僕の空手の先輩、堀尾先輩からいただいた中国に関する本だ。
けっこう厚いし字も多いしちょっと読むのは大変なのだけれど、中国のことがリアルに描かれていてなかなか面白い。
「そんな中国を最後に、僕は日本に帰るのか・・・。」
最後の街となった上海も実はメッチャ忙しかったし、バタバタしながらフェリーに乗り込んだ僕は、色々な意味で心の準備が出来ていなかったのかもしれない。
上海では1つ、素晴らしい再会があった。
香港の街で僕に声を掛けてくれた湖南師範大学への留学生、サイトーくんと再会することが出来たのだ。
一緒に昼飯を食い、上海の海を眺めながら一緒にビールを飲み、日本と世界について語り合った(マジでバカみたいに熱い政治談議をしていました)。
彼はまだ20歳なのだが、いい!かなりいい!しっかりと自分の意見を持ち、日本の将来についても真剣に考えている。こういう若者に出会えるとマジで嬉しくなる。こういう若者に日本を背負っていってもらわないと!
夜。
甲板に出てみた。生暖かい風が止むことなく吹きすさぶ。
さすがは海風、あっという間に身体中がベタベタになる。でも、これがまたたまらない。
下の階からは中国人乗客のカラオケの声が、そして食堂からは凄まじい大声を出しながらトランプに興じる中国人の声が響き渡る(笑)。
内心「うるせぇな~ホントに!」と思いつつ、それにもすっかり慣れてしまった自分がいる。面白いもんだ。
2014年7月19日。僕は何も心の整理がつかなかった。僕の人生の中でも大きな節目となる大切な日なのに、僕は何も心がまとめられないまま、今この船上にいる。
館内放送が入った。「時刻を日本時間に設定して下さい。」
ああ、本当に日本に帰るんだな・・・。
そしてまた、今日という日が終わりを迎える。
2014年7月19日。冷房が効き過ぎていて少し肌寒い、新鑑真号のリビングルームにて。
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《LCC全盛の時代に、わざわざ44時間もの時間をかけて日本を目指すバカな男、俺。でもその「44時間」が、色々なものを振り返らせてくれる。この「44時間」が、無駄のようでとても有益のようで・・・なんだかそれがたまらなかったりもする。》
「ついにこの日が来てしまったな・・・。」2014年7月19日の朝、それがこの日の朝の僕の率直な感想だった。
上海の知人宅に泊めていただいていた僕は、その方の車でフェリー乗り場まで送っていただき、ついに日本への岐路へとつくことになった。
実は8年前にも乗ったことがある日中間国際フェリー「新鑑真号」。なんかワラけてきた、またこのフェリーに乗ることになるなんてね!
8年前にも眺めた、フェリー出航前の上海の街並み。ホントにワラけてくるわ、俺またこの景色見てるでやんの!
ふと手帳を眺めてみた。「去年の俺はどこで何をしていたんだろう。」
“2013年7月19日。~ボスタ・ビアからサンタ・エレナへ~”そうか、この日はブラジルからベネズエラへの国境越えをした日だったんだ・・・。
手帳のメモを見ただけで、その日のことが鮮明に甦ってくる。ブラジルで出会って一緒に国境を越えたイギリス人・ベンのことも、国境でベネズエラの通貨に両替をしたら信じられないような札束になってしまったことも、ベネズエラ側の最初の街、サンタ・エレナの街の様子も・・・。
これが旅の凄いところ。旅をしていると「日々冒険、日々財産」なのだ。手帳のほんの少しのメモ書きを見ただけで、その日何をしていたのかが鮮明に思い出される。こんなこと、日本での日常生活ではなかなかない。
12時30分。定刻通りフェリーが動き出した。
僕は少しの間甲板に立ち、何かを考えるでもなく何かを考えてみた。
「なんで俺は、この旅に出ようと思ったんだろう・・・。」
2014年5月14日。僕はロシア上空で、この旅への想いをブログに書いていた。僕はその内容を、ほぼ逐一覚えている。狭い機内の中で黙々とノートにペンを走らせていた、あの時の記憶が甦る。
今この旅を終えるに当たり・・・僕は何を「宣言」すればいいのだろう。何を「宣言」すべきなのだろう。
この旅が無駄だったなんて、少しも思っちゃいない。この旅に出たことが失敗だったなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
本当に楽しかった。本当に得るものがあった。素晴らしい人達に出会え、並々ならぬ学びと刺激が日々僕の目の前に現れてくれた。
人類が住む世界5大陸の縦横断も成し遂げることができた(オーストラリアは以前周遊済み(笑)!)。その土地の臭い、そこに住む人々の優しさ・・・全てが僕の頭に残っている。
それなのに・・・不思議な虚しさもある。「おっしゃ~!やってやったぜ!」という充実感と達成感もそこにはバリバリいるのに、何とも表現し難い「空虚」もまた、その隣にいる。
動き出したフェリーは予想以上に速い。
あっという間に上海の街中を抜け、外海へと出ようとしている。
実は未だに何だか訳が分からない。「このフェリーに乗っていると、俺は日本に着いちまうんだな・・・。」
「よし、何かをしよう。」僕は一冊の本を取り出した。
湖南省の長沙市でお世話になった僕の空手の先輩、堀尾先輩からいただいた中国に関する本だ。
けっこう厚いし字も多いしちょっと読むのは大変なのだけれど、中国のことがリアルに描かれていてなかなか面白い。
「そんな中国を最後に、僕は日本に帰るのか・・・。」
最後の街となった上海も実はメッチャ忙しかったし、バタバタしながらフェリーに乗り込んだ僕は、色々な意味で心の準備が出来ていなかったのかもしれない。
上海では1つ、素晴らしい再会があった。
香港の街で僕に声を掛けてくれた湖南師範大学への留学生、サイトーくんと再会することが出来たのだ。
一緒に昼飯を食い、上海の海を眺めながら一緒にビールを飲み、日本と世界について語り合った(マジでバカみたいに熱い政治談議をしていました)。
彼はまだ20歳なのだが、いい!かなりいい!しっかりと自分の意見を持ち、日本の将来についても真剣に考えている。こういう若者に出会えるとマジで嬉しくなる。こういう若者に日本を背負っていってもらわないと!
夜。
甲板に出てみた。生暖かい風が止むことなく吹きすさぶ。
さすがは海風、あっという間に身体中がベタベタになる。でも、これがまたたまらない。
下の階からは中国人乗客のカラオケの声が、そして食堂からは凄まじい大声を出しながらトランプに興じる中国人の声が響き渡る(笑)。
内心「うるせぇな~ホントに!」と思いつつ、それにもすっかり慣れてしまった自分がいる。面白いもんだ。
2014年7月19日。僕は何も心の整理がつかなかった。僕の人生の中でも大きな節目となる大切な日なのに、僕は何も心がまとめられないまま、今この船上にいる。
館内放送が入った。「時刻を日本時間に設定して下さい。」
ああ、本当に日本に帰るんだな・・・。
そしてまた、今日という日が終わりを迎える。
2014年7月19日。冷房が効き過ぎていて少し肌寒い、新鑑真号のリビングルームにて。
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