魂魄の狐神

天道の真髄は如何に?

魂魄の宰相 第四巻 五(その2)

2007-12-30 21:47:54 | 魂魄の宰相の連載

 『三世代の制』とは、特に学校を重視したので(学校)を建て、三等級の学校から始まって、順序を踏んで学問を身につかせ、然も且つ学問で優れたものを育成して賢者を育み、学校で法令を講習して、法令の重要なところを際立たせ、賢士は高く尊重され手厚い待遇を受け、譬え未だ起用されてい無い賢士だとしても同様に尊重され育成されることを援助して極力高い社会的地位を保証してあげ、衣食に不自由することなど有得無かったのだ。 これが周公の待士への道であった。 

 要するに、王安石は個人の力のみで力を身に着けさせることに反対であったので、政府の行為で学識と教養の士が盛んに成れるような立法を主張した本音は、本当は小心者の狡い奸民であった戦国の賢士が政府へ渡りをつける為に卿と結んで利益を図る輩であり、個人的交際の力量のみで乱世を闊歩したと似非賢士と蔑んでいたからだったのだ。 彼は更に以前に引用した子産に対する孟子の批判を批評して、次の様に指摘している: 「君子の上に立つのは政治で、天下に善い法が立つならば、天下を治めることが出来るのだ; 善い法を一国で立てれば、一国は治まる。 若し、皆が喜ぶ法を立てることが出来無いならば、国が滅びるのは近い。 周公は政治を駆使し、天下で学校の法を制定しなければならないと考えたのだ; 学校を設立し無かったならば、力量が充分ある天下の士を待望しても徒に身を粉にして労することに成り、為す術無く国の勢いは無く為って仕舞っただろう」。 国を治める政治の為に最も重要なのは立法で、然も善法を立てることで、夫々の国で善法を立てられれば、それらの国を隆盛させることが出来、即ち天下に措いても天下を繁栄させることが出来るのだ。 善く統治されれば皆が喜ぶような天下を達成することが出来ようが、善法を立てることが出来無ければ、個人の行為に依ってしか道は無く、恐らく毎日疲労困憊する程一所懸命努力しても目的を達成することはあり得ないのだ。 

 王安石は立法に依って教育事業を興すことが、士を養い、士を育成するのに最善の方法だと考えていたのであり、この考えには極めて深い意義が在り、現在に措いても重要な指導的意義がある。 学校には人材が集中し、人材を養うことに重き役割があるので、人材の育成にとって最も善い場であり、最も優れた人材は学校に集中させ、その待遇を高めれば、学校が夫々の業界、夫々の部門の人材の宝庫と成り得るのであって、更に道徳的な学問の象徴にも成って、社会経済の推進力を担い、これは三世代の盛んな時代の制度でもあり、今日に於いても強力に推進するべき制度であるべきで、況して今日は暮らしや経済も情報化の時代にある為、人材の重要性は一層突出したものに成っているのだ。 

 王安石は立法に依って国家が必ず善く治まることが出来て、総てが完備出来ると読んでいたので、立法による政策展開が目立っていた。 立法権が君主にあり、君主の最も主要な職責は立法であり、これもその時代の必然的な選択で、一旦法律制定の仕事を完成したら、些事については必ずしも関与する必要は無く、何もせずとも天下を治めることが出来ると彼は考えていたのだ。 《周礼?春官?内史》の注釈の中で、彼は指摘している: 「夫を上下に分けてることの理は、法に在る; 太宰が王に群臣の者を制御出来る八つの権力を持たせ、権力者である上の者に法を守る道筋を着け、法に遵う様にしたのだ。 内史では、下の者が謹んで法を守るように王に八の法を掌握させ、人々が法に従わざるを得無いようにしたことを告げた。 所謂、八の法は、権力者の法そのものであった; 所謂王の八の法は、王自ら提出する法である」。 上下に分けることは、主に権力を掌握する道筋を立て、立法に責任を負い、謹んで法令を守り、その実行に責任を負うことであろうと思われる。 太宰が八つの権力を掌握するという事は、理に依って王を代表として群臣の制御を謀るもので、主管はするが法の執行には関与し無いということで、更に重要な責務は立法に協力することであったのだ。 所謂八の法は、法令を掌握する者を只内史で表明しているだけである; 所謂王の八の法は、八の法が王自身が制定すると同様なものとみられるが、内史では法を取仕切り、法の解釈するだけの役割を持つのみとし、立法権は無いとする。 

 立法権を君主の専権とすると、政治が何でも手を出すことを避けることが出来、政令が統一されることを保証出来るのだ。 立法は最重要事項であり、君主は誠心誠意立法に当らざるを得ないことで、立法の問題は解決され、その他の事も上手く実行される様に為った。 そこで王安石は極力君臣の職責を明らかにしなくてはならないと力説し、上にあっては君主に立法権があり、下に措いては群臣が法律を執行して、君道は為るが儘にされ、臣道は在るべき姿に為り、互いの持分を犯さず、若し臣下に立法権を譲るならば、権力を人に渡して自分の身に災いを招き、若し君主が何事によらず必ず自分でやるならば、立法をし、法律を執行して管理しなければならず、結局何も上手く管理出来無く為って仕舞うのだ。 宰相は比較的特殊な地位にあって、やることは満載で、上に君主の立法に協力する責任があって、更に下には百官吏を統率して法律の執行を行のだ。 

 王安石は将に立法から開放されて法の執行を廻り、こうして上から下まで夫々が職責を尽し、下が法律を執行する事は頗る価値があることで在ると考えたのだ。 彼は神宗と統治論を交わした時の様子を語っている: 「王侯の職責について言いたいことがあります。 若し職責が不明ならば、途方にくれて全く困って仕舞い、統治に至る由も無い。 若し職責が明示されているなら、君子も小人も夫々が其の職を全うし、放っておいても天下を治めることが出来、次から次へと難問を抱え込むということも有りません」。 彼は王侯(実際には君相、王君主、公の三人の公)の職が座して空論に耽るばかりであるので、立法の度に職責を明かにし、夫々が職責を尽くすように統治に関するもの以外で上下夫々に適う職務を与えるようにしたいと思っていた; 思いに反して、若し立法し無いならば、職責は不明の儘となり、骨を折っても無駄となる。 王安石はこのように何度も神宗に天下を治める思想が上手く働いてい無いことを具申したものの、神宗が一々些事に拘る人であったので、彼に細務に拘らず根幹の問題を理解する様に促したにも拘らず、胡麻も西瓜も確り捉えられず、王安石が退職した後には、神宗のこの欠点は更に際立って仕舞ったのだ。 

 王安石は法治とは、立法を重視することに力点を置くものだとし、法律を厳格に執行することに対しても同様な関心を持った。 彼は神宗への上奏文の中で指摘している: 「臣は官吏が罪を審議する時には、人情と理の軽重、詔を考慮に入れずに惟法律のみを守る様にしなければない。 若し官吏が断罪する時に常に法を無視するならば、法の権威は無く為り、人は如何したら良いか分から無く為って仕舞うのだ」。 彼は、官吏が厳格に法律を適用し判決を下すべきで、情状を考慮して罪の軽重を少し柔軟に捉える以外、法律の条文の決まりを軽くみて条文を無視し思う儘に断罪しては為らず、そうでなければ権利も無く為り法律を越えることに為って仕舞う。 若し官吏が法律に随って断罪し無いならば、下の人は周章狼狽することに為って、どのように事を進めれば良いか分から無く為って仕舞うのだ。


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