タックの庭仕事 -黄昏人生残日録-

接続助詞「が」の不適切な使用で文体がだらしなく弛緩した悪文の見本

 この「巷論」執筆者による接続助詞「が」の不適切な使用については、これまでに何度か指摘(直近の記事についてはこちらをクリック)した。今回は、最近の「巷論」の中から2例を呈示し、小中学生の作文でさえ避ける、接続助詞「が」の連続に対して注意を喚起したい。

 タック爺はもともと、複雑構文が好きで短文の羅列を嫌う傾向が強いが、それでも上掲2例の締まりのない文体には辟易する。二つないし三つの文から成るべき文節を、二つの「が」によって一文にすると、文体は見るも無惨に弛緩し力強さを喪失する。執筆者は、他人が読むことを念頭に置いて、草稿の段階で十分な推敲を重ねるべきだろう。個性の尊重だとか思想信条の自由といった問題ではない。新聞社の側は、購読料を支払う読者に対して、執筆者の文章作法をチェックする義務があるのではないか。

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